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仲裁範囲と権利侵害

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2003年5月1日

権利侵害の仲裁可能性が争点となった「江蘇物資集団v. 香港裕億集団・カナダ太子公司事件」がある。この事案は、国際貿易契約における仲裁条項があるにもかかわらず、紛争事項が権利侵害にかかわるものであることをもって、高級人民法院と最高人民法院の二審で中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)の仲裁範囲と認定するか否かが争われ、最高人民法院でCIETACの管轄権が認定されたものである。中国企業との国際契約においては、紛争処理条項に仲裁条項が設けられることが多い。このとき日本企業としては、仲裁管轄範囲を理解しておくことが必要である。

 

権利侵害も仲裁範囲であると認定された事案 (注1)
江蘇物資集団v. 香港裕億集団・カナダ太子公司事件

<人民法院>最高人民法院(裁定日:1998年5月31日)

<当 事 者>上訴人(原審被告):香港・裕億集団有限公司(X1)
 上訴人(原審被告):カナダ・太子発展有限公司(X2)
 被上訴人(原審原告):江蘇省物資集団軽工紡織総公司(Y)

<主  文>
本件各当事者は何れも契約書で締結した仲裁条項の拘束を受け、発生した紛争は仲裁により解決すべきであり、法院は管轄権を有さない。江蘇省高級人民法院が行なった裁定は法律の適用を誤ったもので、民事訴訟法第111条第2項、第257条第1項の規定により、(1)江蘇省高級人民法院(1996)蘇経初字第78−1号民事裁定を取り消す。(2)江蘇省物資集団軽工紡織総公司の訴えを棄却する。

<関係条文>
 民事訴訟法第29条、第111条第2項、第140条、第243条、第257条第1項。
 民事訴訟法の適用にかかわる若干の問題に関する最高人民法院の意見第28条、第145条、第146条。
 仲裁法第2条、第3条、第19条第1項
 中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)仲裁規則(1995年9月4日改正)第2条

 

1 事案の概要

(1) 事実関係

1996年5月5日、香港・裕億集団有限公司(以下、「X1」という。)と江蘇省物資集団軽工紡織総公司(以下、「Y」という。)は、CC960505号売買契約を締結した。この契約内容は、X1が普通の中古電機製品5000トンを1トン当たり348.9米ドルでYに販売することを約定したものである。同年5月6日、Yとカナダ・太子発展有限公司(以下「X2」という。)はCC960506号売買契約を締結し、X2が普通の中古電機製品5000トンを1トン当たり348.9米ドルでYに販売することを約定した。

前記の2件の契約書第8条は、「この契約に起因し、またはこの契約に関して発生したすべての紛争は、双方は友好的協議により解決する。友好的協議によっても解決できない場合は、CIETACに付託し、その仲裁規則により仲裁を行う。仲裁判断は終局的なものであり、双方に拘束力をもつ。」と明記している。

Yは、本件契約に基づく貨物が港に着いた後に商品検査をしたところ、次のことが明らかになった。貨物の総重量は9586.323トンで、当該貨物は主に各種の廃材、廃鋼管、廃鉄などであった。Yは、ここにX1とX2が権利侵害(不法行為)をもって財産上の損失をもたらしたとして、江蘇省高級人民法院に訴えを提起した。

X1とX2は、契約書の仲裁条項により、法院の管轄権に対する異議申立をした。
しかし、江蘇省高級人民法院は、本件は、詐欺により生じた権利侵害の損害賠償請求に関する紛争であるから、Yは法院に権利侵害の訴えを提起する権利を有し、双方当事者が締結した仲裁条項の拘束を受けないとし、中華人民共和国民事訴訟法第243条の規定により、1997年9月10日にX1およびX2の本件管轄権に対する異議を棄却した。

X1とX2は、Yとの権利侵害による損害賠償紛争の事案につき、江蘇省高級人民法院の第一審裁定に不服のため最高人民法院に上訴した。

(2) 上訴人の主張

X1およびX2は、以下のとおり主張する。

(1)Yが訴状の中で述べている事由には事実がなく、承認できない。故意に権利侵害責任と契約責任を混同させ、法律の規定および契約の約定を回避しようと企図している。本件内容によれば、本件は契約紛争と見るべきである。当事者間の契約紛争は仲裁合意によるという自由意思があるからには、法律により原審法院は本件を受理すべきではない。

(2)原審法院は審理手続の過程で、する権利侵害行為の有無、具体的には第三者の財産に損害を与えたか否か、といえるのではないかといった実体的問題審理をせず、Yが主張したX1およびX2が詐欺を働いたという訴訟請求を認定したことは、仲裁法第2条、仲裁法第19条第1項の解釈を誤った違法な裁定である。

ゆえに原審裁定を取り消し、法院には本件の管轄権はないという裁定をすることを請求する。

(3) 被上訴人の主張

原告Yは、以下のとおり主張した。

仲裁法の規定および仲裁に関する慣例によれば、仲裁機関は、仲裁合意を締結した双方当事者間の紛争を審理するだけであり、双方当事者間に生じた法律事実について利害関係のある第三者には管轄権は及ばず、審理をすることはできず、その判断も第三者の問題に及ぶものではない。

本件事実に関していえば、本件は単純な契約紛争ではなく、詐欺による権利侵害に関する問題である。この行為と結果は、直接に第三者にも及ぶ。仲裁手続により本件を審理すれば、明らかに本件事実の究明に不利であり、当事者の合法的権益を保護するにも不利である。

法院が本件を審理するのは、法律によって賦与された審判権をもって徹底的に事実を究明し、不法者の責任を追究し、当事者の合法的な権益を保護するものである。

ゆえに原審裁定を維持し、被告X1およびX2の上訴を棄却することを請求する。

(4) 最高人民法院の裁定

最高人民法院は、以下のとおり認定し、裁定した。

本件紛争の焦点は、仲裁機関が当事者間の権利侵害紛争について判断する権限を有するか否かである。仲裁法が1995年10月1日から施行されているが、該法第2条は「平等な主体である公民、法人およびその他の組織間で生じる契約紛争およびその他の財産権にかかわる紛争は仲裁に付託することができる。」、第3条は「以下の紛争は仲裁によることができない。(1)婚姻、養子縁組、監護、扶養、相続に関する紛争、(2)法に基づき行政機関が処理すべき行政紛争」と規定する。CIETAC仲裁規則第2条も「(該委員会は)国際または渉外の契約性または非契約性の経済貿易から生じる紛争を解決する。」と明確に規定する。被上訴人Yが原審の起訴状において陳述した事実および理由からすると、上訴人X1およびX2の権利侵害行為は、何れもCC960505号およびCC960506号の2通の売買契約の締結および履行の過程で生じたものであり、同時に仲裁法の施行後に生じたものである。かつ該2通の契約書第8条は何れも「この契約に起因し、またはこの契約に関して発生したすべての紛争は、双方は友好的協議により解決する。友好的協議によっても解決できない場合は、CIETACに付託し、その仲裁規則により仲裁を行う。仲裁判断は終局的なものであり、双方に拘束力をもつ。」と明記している。仲裁法および仲裁規則の上述の規定に基づき、CIETACは権利侵害の紛争を受理する権限がある。従って本件は仲裁により解決すべきであり、法院には管轄権がない。

原審法院が、Yが提起した権利侵害の訴えは、双方が締結した仲裁条項の拘束力を受けないと認定したことは、明らかに仲裁法および仲裁規則と矛盾する。しかも原審法院が、YがX1およびX2を契約を利用して詐欺を働いたと起訴した状況の下、実体審理を行なわずに実体裁定をもって確認し、かつ裁定形式で上訴人が契約を利用して詐欺を働いたと認定したことは、わが国民事訴訟法第140条の裁定の適用範囲に関する規定に反し、手続上においても錯誤がある。上訴人の上訴理由は成立し、支持されるべきものである。本件双方当事者は、契約書において発生した紛争は仲裁形式により解決すると明確に約定しており、該契約が関係機関によって無効であると確認されていない状況下、当事者は当該契約条項の拘束を受けなければならない。本件が第三者におよび、仲裁廷が第三者の責任を追究できない状況下において、Yは第三者を被告として法院に別途訴訟を提起することができ、当事者の合法的権益は依然として保護することができる。Yの「本件は第三者にもおよび、……法院が本件を審理することによってのみ、事実を究明でき、当事者の合法的権益を保護することができる。」との答弁は、採用することができない。

以上から、本件各当事者は何れも契約書で締結した仲裁条項の拘束を受け、発生した紛争は仲裁により解決すべきであり、法院は管轄権を有さない。江蘇省高級人民法院が行なった裁定は法律の適用を誤ったもので、取り消す。
ここに当法院は、民事訴訟法第111条第2項、第257条第1項の規定により、1998年5月31日に以下のとおり裁定する。

(1)江蘇省高級人民法院(1996)蘇経初字第78−1号民事裁定を取り消す。
(2)江蘇省物資集団軽工紡織総公司の訴えを棄却する。

 

2 最高人民法院の裁定の結論と法律構成

最高人民法院の裁定は、4つの段落から構成されている。

第1段落は、(1)権利侵害紛争に関する仲裁機関の管轄権の有無についての検討がされている。
第2段落は、(2)江蘇省高級人民法院の認定手続に関する検討がされている。
第3段落は、(3)第1、第2段落から判断された結果を述べる。
第4段落は、(4)上記の結果に基づく最高人民法院の裁定の結論を述べたものである。

(4)の結論を導くのが、(3)であり、(3)の根拠として(1)および(2)の2つの争点が検討されている。そこで、争点として検討すべきは、(1)および(2)の2点ということになる。

1)権利侵害紛争に関する仲裁機関の管轄権の有無について

第1段落では、権利侵害紛争に関する仲裁機関の管轄権の有無について検討がなされている。
仲裁機関は権利侵害紛争に関する仲裁範囲を有するか否か。本件の仲裁機関は、CIETACである。そこで、権利侵害に関する紛争は、CIETACの仲裁範囲か否かが問題とされている。

この点に関連して、上訴人X1、X2は、本件紛争は、権利侵害紛争ではないと主張している。本件紛争は、権利侵害紛争か否かという争点も考えられる。しかし、最高人民法院は、権利侵害紛争か否かについての判断基準は明示されておらず、権利侵害紛争であることを前提とした審理がなされている。

本件は、権利侵害紛争であるとして、仲裁機関は、権利侵害紛争について判断する権限を有するか否か。最高人民法院は、仲裁法第2条、第3条、およびCIETAC仲裁規則第2条を判断基準として言及している。この規定が判断基準とされるのはなぜか。形成基準については、言及されていない。この契約が中国法により定められることを契約書の頭書で明記されているか、契約書中で中国法を準拠法としているか、契約の履行地が中国であるから準拠法を中国法としているのであろうと考えられる。法源として仲裁法およびCIETAC仲裁規則の両方が挙げられている。なぜ2つを判断基準として挙げているのか。この点についても言及されていない。この判断基準の適用は、どのように考えられるか。これについても特段の言及はない。仲裁法およびCIETAC仲裁規則から、当然に判断されるとの考えであろうか。

次に、被上訴人Yが原審の起訴状において陳述した事実および理由からすると、上訴人X1およびX2の権利侵害行為は売買契約の締結および履行の過程で生じたと述べている。この点について言及するのは、最高人民法院が次のように考える過程を示そうとするからである。すなわち、Yは、当該紛争は権利侵害に関する問題であるから、仲裁によることはできないと主張するが、この権利侵害は売買契約の締結および履行の過程で生じたものであることは、Yも認めていることを確認する意味である。このことにより、最高人民法院は、本件紛争は、契約にかかわるものであることを確認している。同時に、仲裁法の施行後に生じた。これにより仲裁法が判断基準となることも予備的に述べている。

最高人民法院は、「かつ」と述べ、さらにCIETAC仲裁規則の本件への適用が正当である判断を示す。契約書第8条は何れも「この契約に起因しまたはこの契約に関して発生したすべての紛争は、双方は友好的協議により解決する。友好的協議によっても解決できない場合は、CIETACに付託し、その仲裁規則により仲裁を行う。仲裁判断は終局的なものであり、双方に拘束力をもつ。」と明記していることが、この理由となる。

CIETACは、権利侵害の紛争を受理する権限がある。これは判断基準の適用過程である。「権利侵害の」とは仲裁規則上明文化されていないが、含まれるとの解釈である。この解釈をする判断基準は、最高人民法院の「わが国が加入した”外国仲裁判断の承認および執行に関する条約”の執行に関する通知」に求めることができる 。(注2)

従って本件は仲裁により解決すべきであり、法院には管轄権がない。

2)原審法院の裁定について

最高人民法院は、原審法院がYが提起した権利侵害の訴えは、双方が締結した仲裁条項の拘束力を受けないと認定したことは誤りであると述べる。これは、仲裁法および仲裁規則と矛盾するからである。

ここまでは、第1段落の評価の確認である。

以下、「しかも」と続けている。これは第1段落に予備的な評価を加えたものである。そして、この予備的な評価は、手続上の問題として扱われている。すなわち、次のとおりである。

(1) 原審法院は、YがX1およびX2を契約を利用して詐欺を働いたと起訴した状況の下、実体審理を行なわなかった。
(2) 原審法院は、実体裁定をもって確認した。
(3) かつ、裁定方式で上訴人が契約を利用して詐欺を働いたと認定した。

(1)、(2)、(3)を認定したことは、民事訴訟法第140条の裁定の適用範囲に関する規定に反する。

以上から、上訴人の上訴理由は成立する。従って、上訴人の上訴理由は、支持される。本件双方当事者は、契約書において発生した紛争は仲裁形式により解決すると明確に約定している。このことは、該契約が関係機関によって無効であるとの確認はされていない。ゆえに、当事者は当該契約条項の拘束を受けなければならない。

本件が第三者におよび、仲裁廷が第三者の責任を追究できない状況下において、Yは第三者を被告として法院に別途訴訟を提起することができ、当事者の合法的権益は依然として保護することができる。Yの「本件は第三者にもおよび、……法院が本件を審理することによってのみ、事実を究明でき、当事者の合法的権益を保護することができる。」との答弁は、採用することができない。

 

3 裁定の分析と検討

この事案の実質的な争点は、仲裁機関が当事者間の権利侵害紛争について判断する権限を有するか否かである 。(注2)

最高人民法院は、仲裁法第2条、第3条、およびCIETAC仲裁規則第2条を判断基準として言及した。

仲裁法第2条における契約性紛争とは、当事者が契約において契約の成立、不成立、有効か否か、違約方はどちらか、どのような責任を負うべきか、どの位の責任を負うべきかなどを争点とする紛争である。

非契約性紛争とは、主に権利侵害または無因管理(事務管理)から生じる紛争である。中国は、1994年のCIETAC規則の制定のときから、紛争の客体または法律関係の性質上、仲裁委員会の管轄範囲を確定することとした。この規定は、UNCITRAL模範法を参考にし、かつ1958年のニューヨーク条約の規定とも一致したものである。

UNCITRAL模範法第7条第1条前段は、「”Arbitration agreement” is an agreement by the parties to submit to arbitration all or certain disputes which have arisen or which may arise between them in respect of a defined legal relationship, whether contractual or not.」(”仲裁契約”とは、契約に基づくものであるかないかを問わない一定の法律関係について、当事者間においてすでに生じているかまたは生じることのある全てのまたはいくつかの紛争を仲裁に付託する当事者の合意をいう。)と定める。

ここで「契約に基づくものであるかないかを問わない一定の法律関係」というのは、実務上生じる全ての非契約性商事紛争のことをいう。例えば、第三者が関与する契約関係として商標侵害やその他不正競争などを含む 。CIETAC仲裁規則第2条が、非契約性というのもこのwhether contractual or not.の意味である。(注3)

UNCITRAL模範法とCIETAC仲裁規則の解釈は、接近していることが判然とする。


(注1)人民法院公報、1998年第3期、109-110頁。

(注2)この事案は、仲裁合意の独立性についても争点となっている。例えば、宋・管轄権、115-116頁においても仲裁合意の独立性に関する事案として言及されている。ただ、この節においては、仲裁合意の独立性については言及しない。仲裁合意の独立性に関する争点整理は、第1節の仲裁合意において行われているので、ここでは省略する趣旨である。

(注3)A Guide to the Nncitral Model Law on International Commercial Arbitration. At290.


(03年5月20日記・6,998字)

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