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SARSによって明らかになった中国経済の諸問題

中国ビジネスレポート マクロ経済
田中 修

田中 修

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2003年6月13日

<マクロ経済>
SARSによって明らかになった中国経済の諸問題

田中 修

はじめに

昨年11月に開催された中国共産党第16回党大会は、2020年までの中期目標として2020年に2000年の4倍のGDPを達成(毎年約7.2%の経済成長が必要)するとともに「小康(いくらかゆとりのある)社会」を全面的に建設することを掲げた。2003年第1四半期(1−3月)のGDP成長率は9.9%を達成し、胡錦涛新体制は順調な滑り出しを示すかにみえた。しかし、4月に表面化した新型肺炎SARSの拡大は、中国の経済発展に暗い影を落としつつある。本稿では、中国においてSARSが深刻化した背景及び今後の中国経済に及ぼす影響につき、5月末までの情報をもとに解説することとしたい。

SARSは中国経済が抱える問題を顕在化

今年3月の全人代における政府活動報告や温家宝新総理の初めての内外記者会見においても、現在の中国経済が抱える多くの困難・問題が指摘されていたが、SARS問題の発生により、これが顕在化することになった。

1.農民収入の低さ、農村における衛生医療施設・社会保障制度の未整備

中国では、農業・農村・農民の抱える困難を「三農問題」と呼んでいる。今年1月に開催された農業の基本政策を決定する中央農村工作会議では、「小康社会を全面的に建設するというマクロ目標の実現にとって、最も困難な問題は農村にある」とし、「農民の小康実現なくして全国人民の小康実現はありえず、農村の現代化なくして国家の現代化はありえない」という認識が示された。そして「農業・農村・農民問題を解決することを全党工作の重点中の重点としなければならない」としたのである。

農民の収入の低さ(2002年の農民1人当たりの純収入は2,476元=約3万5千円)については、昨年の全人代でも代表の1人が「農民は一旦病気にかかると1年分の収入が吹っ飛んでしまう」と農民の窮状を訴えていた。今回のように入院を要する病気の場合、病院は事前に保証金を要求することが多く、これは農民には到底払えない。結果的に農民は病院から遠ざかることになり、これが感染を拡大することになりかねないのである。このため、政府は農民のSARS治療費の免除を打ち出している。

また、農民は低い収入を補うため、都市に出稼ぎに行っている。旧正月の時期には、都市・農村間で帰省のための大規模な人口移動が発生するが、この時期にSARS対策が全く手付かずであり、その後も彼らの帰省が続いたため、感染を拡大させることになった。

農村における衛生医療施設の未整備もSARS被害拡大の懸念要因となっている。もともと広東省は新型インフルエンザの発生源ではないかという疑いがもたれていたが、これが確認できなかったのも衛生医療施設の未整備が一因である。98年に積極的財政政策を採用して以降、前政権は西部大開発や三峡ダムといった巨大プロジェクトや都市建設には熱心であったが、農村のインフラ整備や衛生医療環境の向上はおざなりにされてきた。昨年に至り、ようやく政府は財政資金を農村に振り向けることや、農村における衛生活動の強化を本格的に打ち出したが、時すでに遅しであった。

さらに、農村における社会保障制度の整備が遅れていることも、事態を深刻にしている。政府は都市における社会保障制度の整備を優先させたため、農村では医療保障が確立していなかった。昨年10月に開催された全国農村衛生工作会議において、2003年から中西部における農村の共同医療の支援を強化する方針が決定されていたが、その矢先にSARSが襲ってきたのである。既に河北省では農民への感染が急拡大している。

2.都市の貧困

温家宝総理によれば、一時帰休・失業人口は約1,400万人であり、これに加えて農村に最低でも1.5億人の余剰人員が存在する。高度成長を続けても、これらの労働力を吸収することは容易ではなく、このため全人代経済報告では、本年の都市部登録失業率を4.5%以下に抑制する(昨年実績は4%)ことを目標としている。高成長でありながら、失業率は上昇し、農村からの出稼ぎ労働者をも含めた都市の貧困人口は確実に増加しているのである。これらの人々は農民同様、病院とは無縁であり、これが都市部におけるSARS患者の急拡大の一因となっていることは疑いない。このため、政府は農村同様、都市貧困者についても治療費免除を打ち出している。また、都市においても衛生医療施設の整備は十分ではなく、これが院内感染を拡大したことが指摘されている。

3. 市場経済秩序の混乱

WTO加盟が射程距離に入った2001年頃から、中国では市場経済秩序の混乱が大きくクローズアップされるようになった。併せて、経済活動における「信用」を重視する観念や道徳観念の欠如も問題視されたのである。WTO加盟後の混乱を回避するため、市場経済秩序の整理・整頓が政府の重要課題となった。ところが、今回のSARS騒動の中で、またしても市場経済秩序の混乱が表面化したのである。パニックが拡大するにつれ、瞬く間に買占めや価格吊り上げ、ニセ薬品・粗悪なマスクが横行し、地方政府が勝手に道に検問を設け交通を遮断し、自動車に消毒液をふりかけ、法外な料金を請求したり、農民から消毒費用を徴収するという事件が各地で発生した。悪質な事例については国家工商行政管理総局、国家発展改革委、国家質検総局などの取り締まり機関が公表し、責任者を処罰しているが、違反行為は全国に及んでおり、地方政府関係者も次々に更迭されている。

 

SARSが中国経済に与える影響

SARS問題が表面化した段階における中国の論調は、その経済に及ぼす影響については軽微とする楽観論が強かった。楽観論者の論拠としては、(1)第1四半期(1−3月)にGDPは9.9%の高成長をとげており、この勢いが直ちに衰えることはあり得ない、(2)中国の経済成長は工業が55%前後寄与しており、旅行業やサービス業が多少落ち込んでもGDPに与える影響は少ない、(3)中国の消費者の70%はウインドー・ショッピングを楽しんでいるだけであり、これがいなくなっても卸売り・小売業は大きな影響を受けない、(4)直接投資は多少落ち込むかもしれないが、投資全体に占める割合はさほど大きくはない、といったことが挙げられている。しかし、SARS患者・感染地域が拡大するにつれ、「中国経済に与える影響を直視せよ」という論調も強まってきている。

確かに報道を見ても、SARSは中国経済にかなりな打撃を与えている。

国家統計局が4月25日に全国1,321社に行った緊急調査によれば、29.8%の企業が生産・経営に大きな影響があるとし、影響が無いとする企業は29.3%に止まった。4月の飲食業の売上げは、14の省市で前年同期比マイナスとなり、旅客運送量同6.9%減、国内旅行者数同20−30%減、旅行者の消費額同100億元減となった。外国人旅行者による外貨収入も同11億ドルの減である(5月21日付経済参考報)。北京旅行学会副会長の劉徳謙は本年の旅行業総収入の減少を30−50%と見込んでいる(5月29日付中国経済時報)。5月1−6日の民間航空旅客輸送量は同81.2%減(5月15日付中国証券報)、5月1−24日の鉄道旅客運送量は1日当たり183万人減少し、1日当たりの運賃収入減は1億元以上に及んでいる(5月27日付経済日報)。このため、国家発展改革委経済研究所の王小広は、2003年の最終消費は1,800億元減少すると予測している(5月16日付中国証券報)。ただ、中国商業連合会が全国100ヶ所の百貨店を調査したところ、5月1−5日の売上げが前年同期比35.66%減であったのに対し、6−11日は同24.39%減、12−18日は同14%減と、落ち込み幅は少しずつ改善されており(5月27日付市場報)、中国商業連合会等が行った全国100の小売企業調査では、5月下旬の売上額が前年同期比3.98%増とようやくプラスに転じた(6月8日付経済時報)。

特に北京市の被害は甚大で、4月の外国人旅行者は前年同期比59.9%減、ホテルの国内旅行宿泊者同21.4%減、外貨収入の損失は1.9億ドル、市内20観光スポットの国内旅行者は同51.7%減、売上収入も同49.6%減となった。5月1−5日の旅行業務量は更に落ち込み、前年同期比99.1%減となっている(5月29日付中国経済時報)。4月の北京の社会消費品小売総額の損失は17億元である。飲食業売上げは前年同期比4%増であったが、5月1−5日の売上げは更に落ち込み同70%減であった(5月22日付経済日報)。北京海淀区飲食業協会の調査では、1,000平方メートル以上の企業で50%が休業しており、小規模飲食業は85%が休業に追い込まれている(5月26日付中華工商時報)。大型百貨店の売上げはもっと深刻で18の大型店の4月30日−5月4日の売上げは同72.9%減(5月27日付市場報)、王府井百貨店の1日の来客は20万人から7,000人に激減し、1日の売上げも200万元から40−50万元に減少した(5月22日付経済日報)。また、患者の少ない上海でも、4月の五つ星ホテルの客の入りは20%に満たなかった(5月27日付中国経営報)。

他方で好調な業種もある。薬品・医療機器・健康器具・食料品などはもちろんであるが、バス・地下鉄・タクシーが敬遠されたことにより、自動車・自転車の売上げが爆発的に伸びている。北京では、4月の自動車売上げは3万4千台で、3月に比べ21.4%も増加した(5月22日付経済日報)。5月1−9日の北方自動車展示場には多くの客が訪れ、レンタカーも全て貸し出された状態になっている。他方で、SARS収束後の反動減・過剰生産を心配する声も出始めている。また外出できないこともあり、携帯電話が売れ、インターネットによる商品取引も急拡大している。

今後SARSが中国経済に及ぼす影響については、次の点を指摘しておきたい。

1. 第1四半期の9.9%成長は中国経済の真の実力ではない。

1−3月期は、不動産開発投資が前年同期比34.9%増と異常に高い伸びを示している。しかし、この不動産開発投資の伸びについては、バブル的要素が含まれていることがかねてより指摘されており、既に建設部、国家発展改革委、人民銀行(中央銀行)、国土資源部などの政府機関が規制を強化している。したがって、このような高い伸びが今後とも継続するかは疑問である。また企業設備の更新・改造投資も36.7%増と高い伸びを示しているが、自動車・鋼材については投資過熱が指摘されており、この結果、電力・石炭・鉄道輸送が逼迫し始めているのである。他方で国家発展改革委は、固定資産投資の水準維持を指示しており、今後不動産バブルや盲目的設備投資が助長されるおそれもある。

2. 休日経済の効果は今年は働かない。

中国は低迷する消費を刺激するため、旧正月以外に5月と10月に長期連休を設定し、旅行を奨励してきた。しかし、今年の5月はSARS拡大を防止するため、5月の連休を縮小し、移動を禁止するなど全く逆の政策をとっている。現在の状況では、10月に政策が転換される見込みは低く、休日経済効果は期待できない。また、SARSの影響で消費の対象が薬品・マスク・体温計・消毒液などの関連商品や食料買いだめ、自動車・自転車に偏っており、一般庶民は医療支出に備えて通常の消費を手控えるおそれがある。

3. 外国企業による対中直接投資の契約の伸びが更に鈍化するおそれがある。

既に契約額は1−3月前年同期比59.6%増から、4月単月では同27.2%増、5月単月では17.62%増と大きく鈍化している。最初に感染が拡大した広東省では、契約額は4月同4.5%減、5月同0.58%増と低迷が続いている(6月12日付日経)。SARSが長期化すると、更に外国企業の対中投資計画の見直しが進み、ASEANなどにリスクを分散していく可能性がある。松下電器の一部工場で操業停止も発生しており、中国熱に浮かされて対中投資を考慮していた日本企業にとっても、冷静に対外投資戦略を見直すよい機会となろう。ただ、短期的にはこれまでの高額の契約が実行されていくので、直接投資の鈍化は中国経済にボディブローにきいてくるものと思われる。

4. 第3次産業のダメージは社会不安を引き起こす可能性がある。

これまで、第3次産業は、国有企業からリストラされた労働者や農村からの出稼ぎ労働者を吸収する重要な社会的クッションであった。飲食店を中心に第3次産業が大きなダメージを受けることは、雇用吸収機能が低下することを意味し、都市における失業者の増加、農民の副収入の減少を招き(2002年の農民出稼ぎ収入は1億人で5,278億元、うち約3,274億元を故郷に持ち帰っており、出稼ぎ収入は農民の増収の42%を占めている(5月27日付中国経営報))、さらには社会不安・治安悪化を引き起こす可能性がある。中央電視台によれば、800万の出稼ぎ農民が帰郷し、212万の大学生が就職できず、北京では飲食業の80%の従業員がレイオフ状態にあるという(5月26日付中国新聞網)。このため、労働社会保障部は事業者に対し、SARSを理由に労働契約を解除しないこと、業務が停止している期間も規定に従い、労働者に給与・生活費を支給することを指示している(5月17日付人民日報)。だがすでに、一部の地域ではデマによる農民暴動が発生しているとも報道されている。

各機関の2003年の中国経済成長率見通しも下方修正が相次いでいる(表1)。6月13日10時現在において、中国の感染者数は5,327人(死亡343人)であり、120人の疑いのある症例はあるものの新規患者増はゼロとなった。しかし、高強衛生部副部長は、5月30日の記者会見で、「SARS防止・治療活動情勢は依然峻厳であり、最終的にこれを駆逐するにはなお相当長い道のりを要する」としており、WTOも警戒を緩めていない。この状況では、今後成長率は7%台前半に落ち込む可能性がある。

温家宝総理は、5月7日緊急経済対策を打ち出した。これは、(1)農業生産の安定、(2)公共投資の公共衛生インフラ等への拡大(既に投入した15.5億元に加え、今後更に8.126億元を追加投資)、(3)自動車、一般住宅の消費のてこ入れ、(4)輸出と外資利用の促進、(5)民間航空、旅行、飲食、貿易、タクシーなどSARSによる影響の大きい業種への支援(5月1日−9月30日まで税の減免、利子補給、低利貸付等)、(6)税収の増加・財政支出の節約、(7)雇用・社会保障政策の推進、(8)正常な生産・生活秩序の維持の8項目からなっている。また、22日には国務院全体会議を招集し、「一部の産業がSARSにより大きな打撃を受けており、疫病が経済に与える影響を十分に推し量る必要がある」とし、一方でSARSを防止・治療しながら、一方で経済建設という中心を動揺させてはならない、と両面作戦を展開していく方針を示した。財政部は準備した20億元の対策基金のうちすでに10億元を支出している(地方政府も80億元支出)。中央予算の予備費は100億元であり、さらに支出増と税収減(中国新聞網5月19日電によれば、国家税務総局税収研究所の張培森研究員が200−300億元の税収減を予測している)が本格化すれば、補正予算も必要となろう。財政部は否定するが、「衛生国債」の発行も噂されている(5月18日付財経時報)。

また、6月4日に開催された国務院常務会議では、温家宝総理は、経済成長の勢いを維持する対策として、(1)正常な生産秩序・生活秩序・社会秩序の段階的回復、(2)困難な業種・小企業・困難な大衆への支援、(3)内需拡大方針を積極的に実施し、投資・消費両方面から経済成長を促進する、(4)対外開放に力を入れる、(5)西部大開発・東北旧工業基地の構造調整・食糧生産地区の農民の増収・国有企業改革・非公有制経済の発展等の政策措置をしっかり検討すること、の5項目を指示し、あわせて社会安定維持のための活動をしっかり行い、各種の社会矛盾の解決に努力するよう求めている。

今後の中国経済を占うには、これらの対策の経済効果と感染拡大がいつの時点で完全に収束するか(特に現在感染者が少ない上海の動向)に注目していく必要がある(なお、4月までの経済指標は表2参照)。

(03年6月13日記・7,731字)
財務省財務総合政策研究所
客員研究員田中 修

表1 主要機関等の中国2003年成長率予測

機関名
成長率予測
アジア開発銀行 6月までにSARSが収束すれば7.3%、7−9月期まで影響が長期化すれば7.0%
世界銀行北京事務所 6月までに収束すれば7%
ゴールドマンサックス 7%
モルガンスタンレー 6.5%
第一生命経済研究所 6月までに収束すれば7.3%、12月まで流行が続くと6.1%
UFJ総合研究所 影響が観光と消費に止まれば7%程度、輸出や投資にまで影響が現れる場合、景気刺激策や中国への信頼回復のための措置が取られなければ、7%を大きく下回る可能性
中国国家情報センター 7.5%
林毅夫(北京大学中国経済研究センター主任) 成長率は1−2%低下
胡鞍鋼(清華大学国情研究センター主任) 8−9%
樊綱(中国改革基金会国民経済所長) 今後2−3ヶ月で抑制されれば7.5−8%
中国人民銀行貨幣政策委員会報告 7%前後の成長は可能
王小広(国家発展改革委経済研究所) 自然体では6.7%。有効な対策がなされれば、7%以上の成長も可能
国際貿易経済合作研究院 7.8−8%
国務院発展研究センターマクロ経済予測部 6月までに抑制なら8.35%、7−9月期までかかるなら8%
宋国青(北京大学中国経済研究センター教授) 8.3%
陳東

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