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経済過熱は果たして収まったか

中国ビジネスレポート マクロ経済
田中 修

田中 修

無料

2004年8月14日

<マクロ経済>
経済過熱は果たして収まったか

田中修

はじめに

 7月16日、1−6月期の経済指標が発表され、過熱の傾向を示していた中国経済はあたかも「軟着陸」の方向へと順調に向かっているかのごとき報道が見受けられるようになった。しかし、この段階で中国経済の動向を断定するにはまだ不確定要素が多い。以下、現時点での問題点を拾っていくこととしたい。

1.1−6月期経済情勢

(1)GDP、物価

 1−3月期の実質GDP成長率は9.8%(9.7%を上方修正)であったが、多くのエコノミストは4−6月期は2桁成長を予測していた。にも関わらず、実際には成長率は9.6%に低下し、1−6月では9.7%に落ち着いた。
 しかし、これは2003年4−6月期の成長率が突然6.7%から7.9%に大幅に上方修正され、同1−6月の成長率も8.2%から8.8%に上方修正されたことによるところが大きい。これは国家統計局の説明によれば、2003年4−6月期の第3次産業の伸びを0.8%から4.5%に修正したこと、とくにその他サービス業の伸びをマイナス6.8%からプラス5.7%に大幅修正したことによるものである(2004年7月19日人民網電)。
 しかし、いくらSARSで混乱していたとはいえ、ここまで極端な統計誤差が出るものか、疑問なしとしない。普通GDP統計の修正は速報発表後1〜2カ月で可能なはずであり(例えばわが国の2004年1―3月期の2次速報は6月9日に発表されている)、わざわざ1年後の速報発表時に合わせ突然発表すること自体に作為的なものが感じられる。

 すなわち、まずGDP値が確定したあとに2004年4−6月期成長率が1−3月期よりもダウンした形になるように、2003年4−6月期成長率を修正したのではないか、という疑念が残るのである。前年度の修正がなければ、成長率は10%を確実に超えていたのである。
 このような上昇修正は昨年10−12月期にも発生した。人民銀行は2003年度貨幣政策報告の中で2003年7−9月期の成長率は9.1%、10−12月期は10.7%であったとしたが、国家統計局は7−9月期9.6%(第1次速報の9.1%を上方修正)、10−12月期9.9%と発表した。その後人民銀行は成長率を急いで国家統計局の数値に修正したが、この食い違いは国家統計局が突然7−9月期の数値を上方修正したことによって起こったものであり、実勢は人民銀行の発表した数値に近かったのではないか、という疑念が残る。

 そもそもこのような疑念が生まれるのは、2003年の経済過熱論争の中で、国家統計局は本来の統計を正確に発表するという役割を超えて、経済過熱論を封じ込めようと画策していたからである。例えば、2003年6月24日、温家宝総理のもとでエコノミストが集合し、景気座談会が開催されたが、その終了後国家統計局のチーフ・エコノミストである姚景源は、「全局から見れば過熱問題を討論する必要はない」と断定的に総括し、以後の議論を封じ込めようとしたのである(2003年8月8日付け「商務週刊」)。当時エコノミストは

(イ)一部地方・業種の投資動向には注意を要するが経済過熱は全く存在しない
(ロ)一部に深刻な投資過熱が存在するが全体としては良好
(ハ)経済過熱は既に発生している

の3グループに分かれて論争していたが、国家統計局は(イ)、人民銀行は(ハ)を代表していた。
 人民銀行は早期の金融引締めへの転換を模索していたが、その際の1つの決め手は成長率であった。過去の経験からして成長率が2桁になったときは経済過熱が発生していたからである。
 他方、高成長推進論者の牙城である国家統計局としては、人民銀行に金融引締めの口実は与えたくなかったであろう。消費者物価は2003年10月までは2%以内におさまっていたので、成長率さえ9%台に抑えれば「経済は潜在成長率の範囲内」と強調することができるからである。
 成長率が2桁になる危険性があったのは、2003年10−12月期と2004年4−6月期であった。2004年1−3月は前年同期の成長率が9.9%にも達していたので、ぎりぎりで10%以内におさまる可能性があったからである。
 ここで国家統計局の行ったことは、2003年10−12月期については、7−9月期を上方修正(9.1%を9.6%に)することで9.9%に押さえ込み、2004年1−3月期については、まず1−3月期を上方修正(9.7%を9.8%に)したうえで、2003年4−6月を大幅に上方修正(6.7%から7.9%に)することによって、1−3月期より低い成長率9.6%を公表したのである。この成長率であれば、マクロ・コントロールは着実に効果を顕していることになり、人民銀行に一層の金融引締め(利上げ)の口実を与えないで済むのである。

 ただ、問題は、2003年11月以降消費者物価が急速に上昇傾向を示し、6月にはついに5%に達したことであった。市場では、1年の貸出金利5.3%に近い水準まで物価が上昇すれば、金利の実質的マイナス化を防ぐため、人民銀行は利上げを決断せざるを得ないと予想していたからである。このため、統計数値を公表した7月16日、国家統計局のスポークスマン鄭京平は、「5%上昇の影響を誇張する必要はない」と防戦に努めた。彼は、
(イ)5%のうち、新たなインフレ要因は1.1ポイントだけで、残りは前年の物価上昇によるものであり、この要因は7月はまだ強いが、8月以降は次第に弱まってくる
(ロ)5%のうち、食品価格の影響が4.4ポイントあり、夏季の食糧生産は4.8%増と好調なうえ秋季の作付け面積が拡大しているため通年の食糧増産の安定的基礎が形成されている
のでインフレは発生しない、と強調したのである。これは明らかに人民銀行に対する牽制である。

 統計発表後、国家統計局に対する疑惑は国内でも高まったようである。7月24日、「中国経済発展とマクロ・コントロールの動向」フォーラムに参加した姚景源は、出席者から統計結果の公正性を問われ、「昨年5月に内部での把握と中央の分析の参考に供するため、GDPについて通常と異なる試算を行った。これは非公開の予定であったが、自分が中央電視台の記者と雑談した際にこの試算による数値を話題にしたところ、記者が正式にニュースとして発表してしまった。この責任は自分にあり、このときの試算は科学性が不十分である」と陳謝した(2004年7月25日中国青年報電)。
 また、国家統計局国民経済計算司の許憲春司長は、「昨年7月15日以降、SARSの影響を速やかに反映させるため、他の資料がないなかで、旅館業・旅行業・理髪・美容室・娯楽業・公共旅客運送業・タクシー等2万社余りの企業を標本に新しい方式で調査を行った。2003年4−6月期のGDPはこの緊急調査に基づいており、これは通常の方式による統計結果とはかなり差が出てしまった。我々は後に新たな資料により、社会サービスの低下幅が過大評価であると分かったのである」と弁明している(2004年7月26日付け21世紀経済報道)。
 ならば、新数値が判明した時点で直ちに統計を修正公表すべきであり、なぜ1年後に唐突に修正値を発表したのか、疑問は依然残る。しかも、この修正に伴う2003年成長率の改定値も発表されていない。

(注)筆者は7月28−31日に北京を訪れた際、数人のエコノミストに以上の疑問を投げかけてみたが、国家統計局の作為について積極的に否定する意見は聞かれなかった。

(2)その他の指標

 問題の全社会固定資産投資は、1−6月期は前年同期比28.6%増となり、前年同期より2.5ポイント、1−3月期より14.4ポイント下落した。うち、都市固定資産投資は同31.0%増であり、1−3月期より16.8ポイント下落した。不動産開発投資は同28.7%増で、1−3月期より12.4ポイント下落している。中央のプロジェクト投資は同1.3%増であり、地方のプロジェクト投資は同38.5%増であった(2004年7月21日新華社北京電)。
 ただ、新規着工のプロジェクトの計画総投資額は前年同期比30.8%増、施工中のプロジェクトの総投資額は同34.4%増であり、大きな低下を見せていない。また問題となっている鉄鋼・セメントの投資は、それぞれ同54.7%増、56.5%増であり、1−3月期の107.2%増、101.4%増からは減少したとはいえ、その水準は依然高い(2004年7月26日付け財経時報)。
 なお、国務院発展研究センターの巴曙松金融研究所副所長は、都市固定資産投資の伸びが1−2月期53%、3月43.5%、4月34.7%、5月18.3%と急落していることについて、「わずか3ヶ月で投資がこのように急落したことは最近10年ではなかったことである」とし、「4−6月期の数値は正確さが十分でない可能がある」と指摘している(2004年7月27日付け国際金融報)。

 社会消費品小売総額は前年同期比実質10.2%の増であり、実質ベースでも2桁の伸びを回復した。
 都市住民の可処分所得の伸びは前年同期比実質8.7%増であり、農民の現金収入の伸びは農村支援強化の結果、実質10.9%増と97年以来の高い伸びとなった。この農村部の所得の伸びが消費を伸ばしたものと考えられる。
 輸出は前年同期比35.7%増、輸入は同42.6%増であり、貿易赤字は68億ドルであった。直接投資利用額は契約ベースで727億ドル(42.7%増)であり、実行ベースでは339億ドル(12.0%増)であった。

(3)電力・石炭・石油・輸送

 国家発展・改革委によれば、上半期の電力制限地域の範囲は、昨年の21省から24省に拡大した。電力供給不足は引き続き深刻化しており、上半期の発電量は前年同期比15.8%増であったが、4−6月期のピーク時の不足は2000万キロワットを超え、7−9月期は3000万キロワットに達する見込みである(2004年7月20日新華社北京電)。
 浙江省では一般企業に対して「給4停3」(1週間に4日電力を供給し、3日停止)、杭州市蕭山区に至っては「給3停4」を実施している。電力不足緩和のため、一部の企業は国の命令で淘汰された小型ディーゼル発電機をやむなく購入しており、全省で約720万キロワットの発電機が稼動している(2004年7月13日付け新華社論評)。

 石炭は全体で前年同期比14.9%増、国有重点炭鉱では同11.9%増の生産を行い、これは全国産出量の50%以上に達した。しかし、能力を超えた生産が普遍化しており、全国3分の1の国有炭鉱は生産能力の継続に問題が生じている。
 また、発電所の石炭在庫が正常水準を下回っており、石油化学・冶金の一部大型企業の石炭在庫も減少している。さらに、電力用石炭の需要の伸びが急激したため、石炭輸送の逼迫が激化し、輸送量は前年同期比8.7%増、とりわけ石炭輸送は12.3%増となり、主要鉄道幹線の利用率がすでに100%に達し、ないし接近しているのである。

  このため、鉄道部は7月19日から20日間を「鉄道戦役」と銘打ち、8月7日までに1日平均5万両以上に石炭を積み込み、電力用石炭を通常より600万トン多く輸送するとしている(2004年7月20日新華社北京電)。
 また原油生産が前年同期比1.9%増にすぎなかったため、原油の輸入量は同40.3%増に達した(同新華社北京電)。
 このように、固定資産投資の伸びが急落している割には、エネルギー・輸送の逼迫状況は改善されるどころか、ますます激化しているのである。一定のタイム・ラグを考慮したにせよ、ここにも今回の統計の整合性に疑問が生ずる。

(4)金融関連

 金融面では、6月末の貸出残高が前年同期比16.3%増となり、前年同期より6.8ポイント、前年12月末より4.8ポイント、本年3月末より3.8ポイント、5月末より2.3ポイントの減速となった。M2は、同16.2%増となり、前年同期より4.7ポイント、前年末より3.4ポイント、本年3月末より2.9ポイント、5月末より1.3ポイント減速し、本年のコントロール目標17%前後の枠内におさまった。

  6月末の外貨準備高は4706億ドルで、前年同期比35.8%増であり、この6カ月間で673億ドル増加している(2004年7月13日新華社北京電)。直接投資実行額が339億ドルで貿易赤字が68億ドルであったにもかかわらず外貨準備高が急増していることは、依然ホット・マネーの流入が続いていることを窺わせる。
 この金融指標からすると、一見コントロールが順調に機能していることを示しているように見えるが、2004年7月16日付け国際金融報は、4つの注意すべき問題が暴露されたと指摘している。

(イ)貸出の伸び率の反落速度は速いが、時期的には6月に集中しており、構造上は手形融資方面に集中している。

a上半期の貸出は前年同期比で3501億元伸びが減少したが、このうち6月の伸びの減少は2396億元であり、68%を占める。これは、上半期の貸出増加傾向が5月以後にようやくコントロールできたことを示している。このため、預金準備率や公開市場操作といった金融政策の効果と行政的関与(商業銀行に対する貸出停止要求等)の効果を比較すると、明らかに後者の方が有効であったように見え、もしそれが実証されるならば、貸出の急速な伸びは反動増の可能性があることになる。
b貸出構造上からすると、上半期の貸出の鈍化に最も貢献したのは手形融資である。上半期の手形融資の伸びは2128億元減少しており、これは61%を占める。手形融資が多いのは中小企業であり、このことは貸出の急激な収縮は主に中小企業の資金需要に対して起こっていることになり、マクロ経済の動向に巨大なショックを与えることになる。
c数字から見ると、貸出の反落が速いのは国有銀行であり、株式制銀行の貸出の伸びは依然速い。もし、中国銀行・建設銀行・交通銀行の6月の貸出減少分を控除すると、貸出の伸びは相応に増加している。この状況下でマクロ・コントロールが完全に実現したというのは時期尚早であり、なおしばらくの観察が必要である。
 このほかにも、貸出の大幅で急速な反落は商業銀行の不良債権問題を再燃させる可能性があり、高度な注意を要する。

(ロ)中長期貸出の伸びは依然速く、政策効果が明らかでない。

貸出構造からすると、上半期の短期貸出の増加は5441億元で、前年同期比1684億元の伸びの減少となっているが、中長期貸出の増加は7331億元で、前年同期で伸びが738億元増加している。これは明らかに中長期貸出のマクロ・コントロールが逆方向に作用していることを示しており、とりわけ一部中小商業銀行の流動性は巨大なプレッシャーに直面している。しかも、短期貸出は企業の運転資金不足を緩和する主要ルートとなっており、短期貸出の大幅な下降は企業の流動性に巨大な悪影響をもたらす可能性がある。上半期の温州民間貸借金利が12%に急騰(さらに大胆に推測すると40%)しているのは、この判断を裏付けるものである。

(ハ)企業預金の増加が反転しており、企業の流動性に問題が顕在化している。

1−3月期の企業預金残高は、7.5兆元で、前年同期比21.7%増、伸びは前年末より2.3ポイント高かった。1−3月の累計では2003億元増で、前年同期比284億元多く伸びているが、4−6月期では企業預金の増加は3521億元で、前年同期比で伸びが848億元減少している。企業預金の伸びが大幅に下降したことは、企業資金がますます欠乏に転じていることを示しており、(ロ)の短期貸出の下降を考慮すると、企業の流動性に出現している問題を警戒する必要がある。

(ニ)預金の伸びが引き続き下降傾向にあり、流出問題に注意を要する。

6月末、都市住民の預金の伸びは1.01兆元で、前年同期比で522億元伸びが減少している。すでに連続5カ月前年同期比で伸びが減少しており、預金の流出減少は日増しに深刻になっている。さらに注意すべきは、国有銀行の預金の伸びが緩慢なのに対し、株式制商業銀行の預金は快速で伸びていることである。この角度からすると、商業銀行の安定の維持、とりわけ国有銀行改革の順調な進行を保証するために、利上げへのプレッシャーはまだ軽減されていないようである。もし、預金流出問題が引き続き悪化し、これを解決できず、しかも中長期貸出が引き続き快速に増加すれば、商業銀行の安定はショックを受ける可能性がある。

2.政府・全人代・党の評価

(1)国務院常務会議

 温家宝総理は、7月14日国務院常務会議を召集し上半期の経済情勢、マクロ・コントロールの状況と下半期の経済活動について検討を行った(2004年7月14日新華社北京電)。
 これによれば、「マクロ・コントロール強化の各種措置は着実に実施され明らかな効果が現れており、国民経済は平穏で快速な発展という良好な勢いを維持している。これは、経済運営における不安定・不健全な要素を抑制できたという点に集中的に現れている」とし、食糧生産の減少傾向から増加傾向への反転、一部の過熱業種の投資・生産速度の明らかな反落、マネー・サプライと貸出の伸びの緩慢化、耕地の買占め現象の改変、基礎産品価格の上昇緩和といった成果を挙げている。
 同時に、農民の現金収入がここしばらくなかったような速度で伸びていることを強調し、中央のマクロ・コントロールの強化・改善は十分に必要であり、非常に時機にかなっており、中央の指導方針・政策措置は完全に正確・有効であった、としている。ここまで中央の正当性を強調するのは、今回のマクロ・コントロール強化措置について地方を中心に強い異論があったことを窺わせる。

 ただ、会議では「経済運営中の際立った矛盾・問題はまだ根本的に解決しておらず、固定資産投資の規模は依然かなり高く、投資構造は全て合理的とはいえず、石炭・電力・石油・運輸の需給逼迫という矛盾は未だ有効に緩和されていない。マクロ・コントロールをうまく行うことの困難性・複雑性を十分に認識しなければならず、盲目的に楽観的になったり、政策の手を緩めたり、中途半端に終わらせてはならない。各種政策を緩めることなくきちんと行うことを堅持し、国民経済の持続的・快速で調和のとれた健全な発展の実現を確保しなければならない」とする。後述するとおり、1−6月期の統計が過熱の改善傾向を示したことから、たちまち引締め政策の緩和を求める声が上がっており、これを牽制したものであろう。
 このため、下半期の経済政策の基本方針としては、「政策の安定」「冷静な観察」「成果を強固に」「反復の防止」「区別して対応」「構造の調整」「改革の深化」「法治の強化」「統一して企画し、各方面に配慮」「短期と中長期の結合」「思想の統一」「協力体制の形成」という漢字にして「48字方針」を打ち出している。
 この「48字方針」に基づき、重点政策としては次の10項目が提示された。

(イ)引き続き農業、とりわけ食糧生産を強化する。
(ロ)マネーと信用貸出の総量を合理的に抑制する。
(ハ)西部大開発と東北地方等の旧工業基地振興の措置を真剣に実施する。
(ニ)固定資産投資プロジェクトの整理を加速し、発展を奨励する産業と制限する産業をさらに明確にし、市場参入許可の基準と具体的運用方法を速やかに制定・公布する。
(ホ)土地市場の整理整頓工作をきちんと実施する。土地管理の新体制・新制度をしっかり確立する。
(ヘ)石炭・電力・石油・運輸の需給逼迫状況の緩和に努める。
(ト)消費の誘導・拡大に努める。就業・社会保障工作をさらにしっかり行い、出稼ぎ農民への賃金未払いの清算を引き続きしっかり行う。
(チ)対外開放を拡大する。
(リ)経済体制改革を深化させる。投資体制改革方案を速やかに打ち出し、国有企業改革を推進し、非公有制経済の発展を奨励・支援・誘導する政策措置をしっかり検討し制定する。
(ヌ)大衆の切実な利益に関するもの、とりわけ土地買占めと都市の立ち退きにおける矛盾・問題の解決を高度に重視し、社会の安定を維持する。

 最後に会議は、「マクロ・コントロールの予測目標を実現するカギは、各クラスの指導幹部が思想をさらに中央の政策決定に統一することである。各地域、各部門は中央の確定した各種政策措置を着実に実施しなければならない」としており、中央の政策への地方の抵抗が依然強いことを窺わせている。
 この点につき、7月14−15日に開催された全人代財政経済委員会は、「ある地域では、投資プロジェクトの整理に対する決意が強くなく、甚だしきは傍観的態度を示している。このため、現在マクロ・コントロールを緩めてはならず、さらに認識を統一し、引き続き断固として中央が確定した政策措置を全面的に実施し、投資の反動増を防止しなければならない」と、地方の面従腹背の姿勢をはっきり指摘しているのである(2004年7月16日付け人民日報)。

(2)党中央政治局会議

 胡錦涛総書記は、7月23日政治局会議を招集し、当面の経済情勢と経済政策を検討した。会議では、「現在マクロ・コントロールの得た成果は初歩的であり、段階的なものであり、経済運営中の際立った矛盾と問題が緩和したとはいえ、根本的な解決には至っていない。マクロ・コントロールは肝心要の時期にある」との認識が示された。
 したがって、「全党同志はマクロ・コントロールの困難性と複雑性を十分に認識し、マクロ・コントロールの政策措置の実施を堅持し、決心を揺るがせてはならず、政策を緩めてはならず、力の入れ加減を正確に把握し、マクロ・コントロールの科学性・有効性を保証しなければならない」とした。
 そして、下半期の経済政策に当たっては、各クラスの指導幹部が思想認識を中央の経済情勢判断、科学的発展観、マクロ・コントロール政策に一層統一させるよう要求したのである(2004年7月24日付け人民日報)。
 これとほぼタイミングを同じくして党外人士座談会も開催され、胡錦涛総書記・温家宝総理は、この場でも民主諸党派首脳・全国工商連幹部に対し、マクロ・コントロールの継続の必要性を強調している(同日付人民日報)。

 

3.指導者の動向

(1)温家宝総理

 7月19日、25日に公表される「投資体制改革に関する国務院決定」に先立ち、重要指示を行い、投資体制改革の推進はマクロ・コントロールの強化・改善に特別重要な意義をもつと指摘した。そして、投資体制改革の基本的出発点は次の諸点であるとしている(2004年7月22日新華社北京電)。

a 企業が投資活動において主体的地位を確立する
 企業は自主的に投資し、黒字・赤字の責任を負う。銀行は自主的に貸付を行い、自らリスクを負う。
b 政府の投資職能を合理的に画定する
 発展計画、産業政策、経済運営、法律という手段により社会投資を誘導する。
c 政府投資プロジェクトの政策決定ルール・プロセスを改善する
 投資政策決定の科学化、民主化レベルを向上させ、厳格な投資政策決定責任の追及制度を確立する。

 7月26日、国家電力配分センターを視察し、電力がピークとなる夏対策について6項目の指示を出した(2004年7月27日新華網北京電)。

a電力の需要側の管理を強化する
 あらゆる手段を尽くして、住民生活、農業生産、病院・学校・金融機関・交通中枢・重点プロジェクト、ハイテク等の優位企業の電力需要を確保する。
b電力供給の増加に努める
cコントロールの度合い、協調を強化する
 地域・省を越えたピークと谷、過不足の調整を図る。
dあらゆる手段を尽くして節電を行う
 電力多消費の業種・企業の生産を抑えるとともに、各業種・単位に全面的な節電活動を推進させ、都市照明の節電を呼びかける。
e電力の安全運行を確保する
f電力サービスを積極的に改善する

 また同じ頃、国務院は非公有制経済発展座談会を開催し、ここで温家宝総理は非公有制経済の発展を奨励・支援・誘導する政策措置を急ぎ検討・制定し、非公有制経済の発展を制限する法規・政策を整理・改定し、体制的障害を除去し私有財産権を保護することにより非公有制経済とその他企業に同等の待遇を与え、公平な競争を実現するよう重要指示を行った。
 また、「現在国家が実行しているマクロ・コントロールは、経済運営中の際立った矛盾・問題を解決するものであり、国民経済の平穏・快速な発展に有利であるのみならず、非公有制経済の健全な発展にも有利である」と指摘している(2004年7月26日新華社青島電)。
 ただ、今回の金融引締め局面で銀行から融資が得にくくなっているのは非公有制経済である可能性があり、曾培炎副総理はこの会議における重要講話で、金融体制改革を深化させ、非公有制経済と中小企業の発展の需要に適応した融資メカニズムを確立するよう指示している。
 つづいて、温家宝総理は7月29日、北京の鉄道・道路輸送の状況を視察し、次の7点を要求した(2004年7月30日新華社北京電)。

a組織的な指導を強化し、輸送力の協調を強化する
 鉄道・道路・水運等各種輸送方式を協調して組み合わせる。
b輸送力を傾斜させ、重点物資の輸送を確保する
 石炭・石油・化学肥料・食糧等の重点物資の輸送は当面の輸送全体の最重点である。
c輸送力の配置を高度化し、輸送の潜在力を発掘する
d管理を厳格化し、輸送の安全を確保する
e輸送力の構築を加速し、能力を拡大する
f運輸改革を深化させ、経営メカニズムを転換する
g輸送秩序を規範化し、サービス水準を向上させる

(2)胡錦涛総書記

 7月26−29日上海の電力状況、造船・自動車産業の状況等を視察し、その際「マクロ・コントロールの強化・改善においては、区別して対応することと、あるものは保護し、あるものは抑制するという原則を貫徹し、経済運営中の不安定、不健全な要素を断固として抑制するとともに、経済社会発展の脆弱な部分に対しては強化措置を取らねばならない」としている。
 この胡錦涛総書記の上海訪問は、政治的には極めて重要な意味を持つものと考えられるが、この点は筆者の専門ではないので指摘のみにとどめておく。

 

4.留意点 

 筆者は7月28日から31日まで北京を訪問し、いくつかのシンクタンク関係者と意見交換を行った。その点をも含め、今後の中国経済の動向については、次の諸点に注意が必要と思われる。

(1)今後の経済運営について完全な意見の一致が見られるわけではない。

 現在の経済運営については、
(イ)投資はすでに落ち込み過ぎており、このままでいくと「硬着陸」の可能性があるので、現在の計画経済的手法による行政指導は速やかに撤回し、引締めを緩和すべきである
 例えば、社会科学院経済研究所の袁鋼明研究員(2004年7月19日付け中華工商時報)、国務院発展研究センターの張立群(2004年7月26日付け中華工商時報)、国有資産監督管理委研究センターマクロ戦略部の趙暁部長(2004年7月28日付け中国新聞網)は基本的にこの立場であり、北京大学経済学研究センターの宋国青教授も投資が絶対的かつ大幅に下降していることを強調している(2004年7月26日付け財経時報)。

(ロ)地方政府は様子を見ているだけであり、一旦行政指導を緩和すれば、再過熱の可能性もあるので、現在手綱を緩めるべきではなく、しばらく様子を見るべきである
 例えば、2003年の経済過熱論争に火をつけた中国改革基金会国民経済研究所の樊綱所長(2004年7月8日付け経済参考報)や社会科学院数量・技術経済研究所の汪同三所長(2004年7月23日付け国際金融報)は基本的にこの立場である。
という2つの意見が対立している。これは昨年の経済過熱論争の3つの立場がそのまま反映されており、過熱の存在を否定するグループは(イ)、一部深刻過熱・全面過熱を主張するグループは(ロ)の立場をとる傾向にある。

 私がヒアリングした関係者はおおむね(ロ)の立場であり、開発区・土地の整理が一段落したら、地方政府は新たな投資を計画しているという社会科学院関係者の指摘もあった。金融の動向を見ても、中長期貸出が依然増えているということは不良債権の発生を恐れる銀行が過熱業種への資金供給を続けているものと想像され、地方政府・企業・銀行は引締め緩和をじっと息を殺して待っているのではないか、と思われる。(イ)は彼らの意向を反映した論調といえよう。
 また、(ロ)の立場であっても、具体的な政策になると意見が一致していない場合も多い。例えば、人民銀行は現在の不正常な貸出金利実質ゼロ・預金金利実質マイナスを是正する小幅利上げのチャンスを狙っているが、これに同意する者はあまり多くはなく(前述の袁鋼明は利上げには賛成しており、張卓元も適当な時期の小幅な利上げには賛成している2004年7月26日付け中華工商時報))、しばらくは新たなコントロール強化策を打ち出すべきではないという意見が強い(例えば、社会科学院金融研究所長で人民銀行貨幣政策委員会委員の李揚はこの立場であるし(2004年7月20日人民網)、国家発展・改革委マクロ経済研究院の王一鳴副院長(2004年7月18日新華網北京電)や国務院発展研究センターの蘆中原マクロ部長(2004年7月26日付け中華工商時報)および夏斌金融研究所長(2004年7月16日付け国際金融報)、国家統計局総合司経済情勢分析課題グループ(ヘッドは鄭京平、2004年7月26日付け財経時報)もこの立場である)。

  中には、「企業は金利動向ではなく地方政府の指示で投資を行っており、金利をいくら上げても投資は行われるので、利上げの効果はない」とあたかも投資体制改革は全く成功しないと言わんばかりの論調を展開しながら、「でも利上げは断固反対」という矛盾した見解もあり、人民銀行関係者を憤慨させている(筆者ヒアリング)。
 また、国家発展・改革委は、一方で投資抑制を主張しながら、他方で同委のスポークスマンが財政部の積極的財政政策の中立化に反対し、積極的財政政策の継続を求めている。巨大国家プロジェクトを遂行する立場にある彼らは資金が締まっては困るのである(財政部関係者からの筆者ヒアリング)。
 さらに、(ハ)マクロ・コントロールが一定の成果を収めた以上、市場化の流れの中で計画経済的手法を長く続けることは適当ではなく、早急に行政指導を撤回し、市場誘導型のマクロ・コントロールに切り替えるべきである、という意見もある(例えば、国務院発展研究センター経済情勢分析課題グループ(ヘッドは謝伏瞻と劉世錦、2004年7月19日付け人民日報)や国家情報センター経済予測部(2004年7月26日付け財経時報)の見解)。
 これは一見もっともらしく聞こえるが、現段階においては基本的に(イ)と変わらないことに注意する必要がある。投資・貸出の抑制が本格的に効き始めたのは、鉄本鋼鉄事件が4月末に発覚し、行政指導が強化されてからである。それまで人民銀行が行ってきた金融引締めに十分に効果があったかどうかは検証されていない。とすれば、行政指導を撤回するということは全面的な緩和に等しいかもしれないのである。

(注)なお、国家統計局経済景気監測センターの4−6月期調査では、50人のエコノミストに景気判断を尋ねているが、「過熱」2.3%、「やや過熱」25.6%、「正常」44%、「なお判断困難」23%となっており、6月の経済は「好転」25%、「不変」64%、「悪化」12%となっている。また今後6カ月の物価については、「上昇」60%、「現行水準」26%、「下降」14%であり、利上げについては「上げるべき」53%、「不変」47%となっている(2004年8月3日付け証券時報)。

(2)カギは、「投資体制改革に関する国務院決定」(以下「決定」)が着実に実行できるかにある

 投資体制改革は、年初より叫ばれていたにも関わらず、結局決定は7月下旬までずれ込んだ。これは地方政府及び中央のプロジェクト所管官庁の抵抗がかなり強かったものと想像される。
 それがどうにか決定にこぎつけたのは、4月下旬から強化された地方不正投資プロジェクトの摘発もさることながら、6月24日に審計署が2003年度会計検査報告の全文を公表した中に多数のプロジェクトの資金流用が指摘されており、「会計検査の嵐」と称される世論の高まりを受けて中央紀律委・監察部が事案の解明に動き始めたという事情もあったろう。あいつぐ強権発動の脅しにより、抵抗勢力も不承不承決定に同意せざるを得なかったものと想像される。
 しかし、抵抗勢力の本領は、決定の実施プロセスにある。ここで決定が換骨奪胎されてしまえば、地方における政府・企業・銀行の癒着構造は何ら解消されないであろう。今後決定が着実に実行に移されるかどうかを観察する必要がある。投資体制改革が実施されてはじめて上記(ハ)のような議論も現実性を帯びてくるのである(上記国家発展研究センター経済情勢分析課題グループも、投資体制改革の加速が急務であると主張している)。

(3)金融リスクの高まりに注意する必要がある

 銀行業監督管理委は7月27日、6月末の主要商業銀行の不良債権比率が5分類で13.32%(金額は1兆6631億元)、国有商業銀行の不良債権額は1兆5231億元(年初より4014億元減)、不良債権比率は15.59%(年初より4.82ポイント減)になったと発表した(2004年7月28日付け国際金融報)。

 これを個別に見ると、中国銀行集団は2003年末の16.29%から5.46%に、建設銀行は同9.12%から3.08%に、工商銀行は同21.51%から19.2%に、農業銀行は同30.65%から27.45%に改善されている。
 しかし、2004年7月31日付け経済観察報は、中国銀行と建設銀行の比率が大幅に改善されたのは、6月に不良債権を大量処理したからであり、この要因を取り除くと不良債権は逆に増加していると指摘する。
 中国銀行は、6月に1063億元の不良債権を償却し、1498億元の不良債権を信達債権管理公司に転売した。この要因を除くと上半期に不良債権は新たに192.75億元増加しており、うち4−6月期は286.32億元の増である。同様に、建設銀行は6月に1289億元の不良債権を同公司に転売しており、この要因を除くと不良債権は上半期新たに9億元の増、うち4−6月期は34億元の増である。
 このような処理をしていない他の2行についても、不良債権の減少額は1−3月期より4−6月期の方が緩慢になっているのである。これは、マクロ・コントロールの強化により、貸付の不良債権への転化が始まったことを示している。
 前述のとおり、金融機関の中長期貸出の割合は高まる傾向にあり、期間リスクが増大している。この中長期貸出が次第に不良債権化した場合、深刻な事態が予想されるのである。

 また、株式制銀行、とりわけ中小銀行では、預金の減少による資金難が深刻化している。浙江省の一部の中小銀行では、1万元の定期預金を紹介してくれた人間には40−60元の紹介手数料を支払っており、上海のある株式制商業銀行では、顧客の預金残高が50万元を下回らない場合には、住宅ローン・自動車ローンの金利を0.5ポイント優遇しているのである(2004年8月2日付け中国経営報)。
 このほかにも、金融機関が一律に貸出削減を行った結果、多くの企業とりわけ中小企業が資金ショートを起こし、その未回収額は上半期に2兆元を超え、これが不良債権に転化する危険も指摘されている(2004年8月2日付け財経時報)。

 このような事態を受け、人民銀行の郭樹清副行長は、現在の金融情勢には、3つの注意すべき新状況と3つの警戒すべき傾向があるとする(2004年7月26日付け国際金融報)。
 3つの注意すべき状況とは、a銀行系統の貯蓄の伸びの顕著な減少、b在庫の伸びが平均20%を超えている、c一部の地域で銀行貸出の画一的削減現象が出現している、ことであり、3つの警戒すべき傾向とは、a農村住民の収入の増加分が違法な手段で集金されている可能性、b政府の関与が別の形式で再強化される可能性、c企業が「運転資金」の名目で行政から資金を借り、在庫増や基本建設投資の資金不足に充当する可能性、である。

 また、銀行業監督管理委の劉明康主席も浙江省を視察の際、「今回のマクロ・コントロールの過程において、少数の末端行に仕事を単純化し、甚だしきは画一処理の現象が確かに存在している」とし、「出現した新状況・新変化を高度に重視し、企業・銀行の両方面から各種貸付がタイトになっている原因について深く分析し、事の性格に応じ異なる措置をとり、『区別して対処し、あるものは保護し、あるものは抑制する』ことを実施することにより、マクロ・コントロールの成果を強固にし、発展させなければならない」と述べ、産業政策と市場参入条件に合致し、構造調整を助けるプロジェクトについては積極的に支援を行うよう要請している(2004年8月3日付け中国経済時報)。
 このように、マクロ・コントロール強化は思わぬ金融の副作用を生んでおり、これが中国経済の今後の動向にどのような影響を及ぼすか注意する必要がある。

(2004年8月記・15,245字)
信州大学教授 田中修

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