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中国経済の光と影 (3)

中国ビジネスレポート マクロ経済
田中 修

田中 修

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2005年6月23日

<マクロ経済>
中国経済の光と影 (3)

田中修

3.経済成長の制約要因

 このように現在の高成長には様々なひずみが存在するが、中長期的に中国経済の順調な発展を阻害する政治・経済・社会的要因としては、以下のものが想定される。現実問題としては、このいくつかが相互連関しながら同時に顕在化する可能性が高いのではないかと考えられる。なお、中国の政治体制リスクについて分析するのは本稿の課題ではないので、政治体制リスク要因については、考慮すべき項目を簡潔に指摘するにとどめる。

(1)経済的要因

A エネルギー・資源・電力不足

 上述のとおり、中国経済の発展に石油・天然ガス等のエネルギーや資源の確保が追いつかないおそれがある。国務院発展研究センターの予測では、中国の主要鉱産資源45品目のうち、2010年に自給できるのは11品目、2020年には9品目、2030年には2、3品目と減少していくだろうとしている。またこのままの石油消費が続くと、2020年の石油需要は4.5−6億トンにも達すると見られている。

 2004年で中国の原油生産量は1.75億トンにすぎず、今後これを1.8−2.0億トンまで拡大し、石油需要を4.5億トンに抑えこんだとしても、中国の石油輸入依存度は55−60%に達すると見られている。

 このため、国務院は2003年12月「中国の鉱産資源政策」白書を公表し、エネルギー鉱物資源の探査・開発に一層力を入れ、エネルギーを節約し、鉱物資源の管理を強化する旨述べ、胡―温体制は資源節約型経済社会を構築すべく、2004年から2006年まで全国において資源節約運動を展開することにしており、次期第11次5ヵ年計画(2006−2010年)も資源・エネルギーを節約しつついかに高成長を維持するかが最大の課題になると見られている。

 だが、今後の需給バランス次第では近い将来東アジア地域において資源・エネルギー争奪戦が発生するおそれもあり、国際相場にも大きな影響が出よう。東シナ海や尖閣・南沙諸島周辺海域の海洋資源が更に政治問題化する可能性もある。

B 水不足

 建設部によれば中国の1人当たり水資源は世界平均の4分の1(2004年で2220立方メートル)しかなく、世界の7%の水資源で21%の人口を養っている。

 都市の水不足の総量は60億立方メートルに達し、全国660の都市のうち400余りが水不足であり、110はかなり深刻である。またGDP当たりの水使用率は世界平均の5倍である。

 また、毎年未処理の汚水が2000億トン排出されることにより、都市の水質汚染率は90%以上、湖沼の75%は富栄養化している。(2005年3月22日新華社北京電、6月7日人民網)。

 2030年に中国の人口はピークの16億人に達するが、1人当たり水資源は1750立方メートルにすぎず、中国は深刻な水不足の国家になると予想されている。とくに北部の水不足は深刻化しており、黄河は断流状態にある。華北は全国の3分の1の人口を占めているにもかかわらず、水資源は6%しかないのである。北京では地下水の汲みすぎにより、毎年地下水位が1メートル下降し地盤沈下が発生している。

 これが工業の発展をストップさせ、都市機能を麻痺させるおそれがある。現在進められている「南水北調」プロジェクト(長江の水を黄河に誘導するもの)がこれに間に合い、水不足を一気に解決する保証はない。

C 投資過熱の反動不況

 上述のとおり、現在不動産開発など一部の業種の固定資産投資が過熱しており、この傾向が十分抑制できず2008年北京オリンピック・2010年上海万博まで継続すると、その後の反動不況が深刻化するおそれがある。日本・韓国においても、オリンピックの後に経済停滞が発生しており、特に中華民族の威信をかけたオリンピック・万博においては、政府主導により過大投資が行われる危険性が大きい。

 北京市発展・改革委員会によれば、今後7年間でオリンピック関連投資1兆5000億元を見込んでおり、その内訳はオリンピック施設220億元、都市インフラ2800億元、製造業・ハイテク関連1500億元、金融・貿易・物流・展示会・旅行が2000〜3000億元、新たな都市建設・不動産開発7000〜8000億元、教育・文化・医療・衛生・コミュニティサービス・公共安全関連が800〜1000億元と見込んでいる。また消費需要も1兆5000億元と見込んでおり、その内訳は自動車購入245万台以上、住宅購入1億平方メートル等となっている。

 こうした3兆元の需要を当て込んで、2004年3月28日からは空港の拡張工事が始まっており、工費は194.5億元とされている。2004年1−3月期に着工されたプロジェクトは73件、278.8億元(対前年同期比3.5倍)であり、4つのスタジアムと関連インフラに10億元近くの資金が投入されているのである。ただ、最近の投資過熱に対する経済引締めの一環として、オリンピック関連投資の一部見直しが進められている。

D 金融危機

 中国経済の最大の問題の1つは、金融体制改革の遅れ・金融システムの未整備である。

 特に深刻なのは金融機関の不良債権が巨額なことであり、2003年末の4大国有商業銀行の不良債権比率は20.36%(1.92兆元)、主要金融機関全体では17.80%(2.4兆元)にも及ぶ。日本の不良債権問題が最も問題にされたときでもその比率は8%程度であるから、いかに中国の問題が深刻であるかが分かるであろう。

 現在政府は、国有商業銀行の株式制化・上場を推進し、国有色を薄める方向であり、すでに建設銀行と中国銀行は株式会社化しているが、預金保険制度等のセイフティ・ネットは未整備のままである。

 また、不良債権処理は見かけ上進展し、2004年末の4大国有商業銀行の不良債権比率は15.6%に低下、主要16行では13.2%に低下した。しかしこれについては、銀行業監督管理委統計部の劉成相主任が、旧債務の新債務への借換えによる虚偽の報告が含まれていることを指摘している(2005年1月26日付け21世紀経済報道)。

 最近の過熱業種への過剰貸出が潜在的な不良債権となっているおそれもある。1998年末には3106億元しかなかった不動産貸付残高は2004年末には2.6兆元にまで急増し、貸付総額の14.7%を占めるに至っている。

 人民銀行上海分行は、不動産貸付が新規貸付増の76%を占め、かつ個人住宅ローンの中長期新規貸付け増に占める比重が48%に高まっており、不動産市場のリスクが銀行貸出しリスクに転化する可能性があると警告しているのである(2005年1月27日新華社上海電、同2月6日付け中国経営報)。2005年2月末で個人住宅ローンの貸付け残高は1兆6508億元に達しており(2005年3月14日京華時報)、人民銀行は2005年3月17日から個人住宅ローンの優遇金利廃止に踏み切った。

 さらに、国務院発展研究センターの夏斌金融研究所長によれば、全国130銀行中自己資本比率8%を満たしているのはわずか22行であり、資本金不足は1兆元、さらに貸倒引当金引当不足が1兆元にのぼると指摘している(2005年1月27日付け北京青年報)。

 国民は銀行が国有であるからこそ経営内容が悪くても預金を引き出さないのであり、2006年末から外資系金融機関が本格的に中国で営業を開始すると、大量の預金・人材シフトにより、経営基盤が弱体な一部の国有商業銀行やその他の金融機関が深刻な経営危機に陥るおそれがある。

 また、米国の圧力に押され、資本取引の自由化を中国政府が加速した場合には、上記の金融危機とあいまって、人民元の急落が発生するおそれもある。この場合、中国発第2次アジア通貨危機に発展する可能性すらなしとしない。

E 賃金の急上昇・失業の増大

 今後胡錦涛−温家宝体制の所得格差解消策が強化され、産業の高度化・情報化が進めば、農村出稼ぎ熟練労働者の賃金引上げ圧力につながり、中国製品の価格優位性は次第に失われることになる。すでに広東省や上海の低賃金の工場では、2004年に入り出稼ぎ労働者の不足が発生している。2005年も広東省の出稼ぎ労働者不足は100万人以上と予測されているのである(2005年2月2日新華社北京電)。

 他方、現在の急激な経済構造変革(産業の高度化・情報化)は、都市における中高年の一時帰休・失業者や技術・教育水準の低い農村出稼ぎ労働者の就職・再就職を困難にし、雇用のミスマッチによる失業の増加が都市の社会不安を誘発するおそれがある。

(2)社会的要因

A 高齢化

 労働・社会保障部によれば、中国は2004年末で60歳以上の老齢人口は既に1.45億人と総人口の11%を占めており、その後も老齢人口は年3.3%のペースで増加するとみられている。2004年末で65歳以上の人口比は7.6%となっている。2020年には60歳以上の人口は2.43億人、全人口の17%を占めるに至ると予想されている(2005年3月17日付け法制晩報)。

 このように高齢化が急速であるにもかかわらず、社会保障制度の整備(特に農村)が遅れており、年金の積み立て不足は2.5兆元にも及ぶとみられる。これが一方で財政圧力をもたらし、他方で社会不安を増大させるおそれがある。

B 感染症の拡大

 エイズなど感染症患者の急拡大が中国の社会混乱や直接投資の減少を招くおそれも否定し得ない。2004年に入り、呉儀副総理兼衛生部長がSARSに続きエイズ対策の責任者に任命されたが、これは当局の危機感をよく現すものといえよう。

 なお、衛生部の発表によれば、2003年現在エイズ感染者は約84万人であり、発病は約8万例となっている。このほかにも、肺結核患者が約450万人(毎年145万人新規発生)、B型肝炎ウイルス長期保有者が1.2億人(うち慢性B型肝炎患者は2000万人)、C型肝炎感染者が推計3800万人(うち約50%がウイルス保有者)などとなっている。これも農村における貧困と衛生医療体制の未整備が主要な原因である。

C 環境破壊

 国家発展・改革委の馬凱主任は、2003年12月22日の人民日報インタビューで中国の粉塵排出量は世界先進水準の10倍であることを認めている。

 また、国務院発展研究センターによれば、中国のNO2、CO2の排出量はそれぞれ世界1位、世界2位であり、酸性雨が降る国土面積は、80年代から90年代半ばにかけて100万平方キロ余り拡大した。年平均でPH5.6以下の降水がある国土面積は全国の30%前後を占める。内外の研究機関によれば、大気汚染がもたらす経済損失は、GDPの3−7%に及ぶとされている。

 また、これ以外にも水質汚濁の問題は、使用可能な水量を必要以上に減少させている。水利部によれば、現在中国農村の3億人分の飲料水が安全を欠き、うち6300万人の飲料水のフッ素含有量が衛生基準を上回り、骨の変型や骨粗鬆症等により労働困難に陥る者も現れているのである(2005年3月21日新華社北京電)。

 国家環境保全総局の解振華局長は、「粗放型の経済成長方式が生態環問題の根本原因である」とし、今後15年の環境問題として、

  1. 製紙・醸造・電力・化学工業・建材・冶金等の工業の継続発展による汚染

  2. 石炭を主とするエネルギー構造が長期に存在することによる二酸化硫黄、窒素酸化物、CO2、煤煙、粉塵
  3. 都市化の過程で発生する大量のゴミ・汚水
  4. 農業・農村発展における化学肥料・農薬の不合理な使用、養殖業の無秩序な発展、遅れた農村衛生、汚水灌漑、工業の移転
  5. 社会消費の転換における電子・電気器具廃棄物、排気ガス、有害建築材料、ハウス・シッキング
  6. 遺伝子組み替え産品・新化学物質等の新技術・新産品による潜在的リスク
の6点を指摘している(2005年6月6日付け人民日報)。このため、胡―温体制は、水問題を含め循環型経済社会の構築を重要課題としている。

(3)政治体制リスク要因

 中国の経済成長は国内の政治的安定と周辺諸国との平和共存が前提であるが、以下のようなリスク要因が存在する。

A 台湾の新憲法制定

 2004年3月の総統選で再選された陳水扁政権は、公約どおり2008年の北京オリンピック前に新憲法制定を打ち出すべく、準備を進めることになろう。これは中国政府(特に人民解放軍)には到底容認できない事態である。

 現在中国は米国政権及び台湾野党による陳政権牽制に期待しているが、これらが陳政権を抑えきれなければ、両岸関係が緊張するおそれもなしとしない。中国は陳政権を牽制すべく2005年の全人代において反国家分裂法を成立させたが、これがかえって台湾及び周辺諸国の武力統一への懸念を増大させる結果となっている。

B 少数民族・宗教問題

 イスラム原理主義・過激主義がアジアでも活発化しており、これと結びついた独立勢力がテロ攻勢を激化する可能性がある。またチベットの宗教・少数民族問題も、ウイグルほど過激化するおそれはないにしても、ダライ・ラマの高齢化により流動的な面がある。

C 農民暴動

 すでに2004年に入り、党・政府幹部の腐敗への不満等から多くの地域で農民の集団抗議行動が発生しているが、「法輪功」といった新興宗教が、腐敗の蔓延や都市住民との経済格差拡大に不満をもつ農民の広域的暴動を誘発する危険がある。歴代の中国政権の多くは農民暴動をきっかけに崩壊していることに注意する必要がある。

D 東南アジアにおけるイスラム過激勢力と華僑の対立

 東南アジアのイスラム勢力は、最近のアフガン・イラク情勢を受け次第に一部が過激化しつつあり、その矛先は米国のみならず、経済を支配する華僑に向かうおそれがある。この場合、アジア通貨危機時に発生したインドネシア反華僑暴動のような事態が再現されれば、中国と東南アジアに軍事的緊張がはしる可能性もある。また、東南アジアと中国は元々南沙諸島問題を抱えていることにも注意を要する。

E 北朝鮮の危機

 軍事的暴発・政権崩壊、いずれにせよ隣接する中国東北地方は混乱に陥ることになり、現政権の東北地方等旧工業基地の振興戦略は蹉跌することになる。

F 天安門事件の再評価

 2009年の天安門事件20周年の際に、民主化勢力から事件の全面的再評価が要求され、これが他の不満勢力と連携した場合、広範な政治民主化運動に拡大する可能性がある。

以前の記事=「中国経済光と陰 (1)」を読む

(2005年6月12日記・5.847字)
信州大学教授 田中修

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