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人民元問題と中国経済

中国ビジネスレポート マクロ経済
田中 修

田中 修

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2005年8月11日

<マクロ経済>
人民元問題と中国経済

田中修

はじめに

 人民銀行は7月21日19時に人民元の対ドルレートを2%切り上げるとともに、通貨バスケットを参考とした管理された変動相場制への移行を発表した。その後様々な論評が出ているが、本稿では余り取り上げられていない点をいくつか指摘しておきたい。

1.対米戦略

 今回の上げ幅は、米国の期待するものとはあまりにもかけ離れていた。しかし、米国政府がこれを非難せず一応評価した背景には、発表後G7間で素早い意見調整が行われたことと、6者協議再開に中国がこぎつけていたことがあろう。

 最近の中国は米国安全保障スタッフからすると、6者協議再開の調整役としての役割を十分に発揮せず、逆に日本に対し原子力潜水艦による領海侵犯事件を起こしたり、反国家分裂法を制定するなど、むしろ東アジアの不安定要因とみられていた。

 これが、2005年に入って米国が人民元切り上げ要求を激化させた1つの背景と考えられる。しかし、今回中国が北朝鮮を説得し6者協議再開にこぎつけたことにより、2%という小幅な切り上げに対する米国の反応はかなり改善されたものと考えられる。

 今回の人民元切り上げは、9月の胡錦涛国家主席訪米を控えた米国懐柔策の一面を持つことは疑いない。江沢民前国家主席が訪米の際の待遇について大変なこだわりを見せていたこともあり、今回の訪米で胡錦涛主席に対する待遇が江沢民前主席よりも下回れば、胡主席の威信は著しく国内的に傷つくことになる。今回の中国の一連の動きは、胡主席訪米前に対米懸案事項をできるだけ減少させようとする努力の表われであろう。

 また、しばしば指摘されることであるが、胡錦涛中央軍事委員会主席はまだ完全に軍部を掌握しているわけではない。例えば、2005年8月1日付けの解放軍報建軍78周年社説は、くどいほどに軍に対する党の絶対的指導を強調するとともに、「最も重要なことは、胡錦涛同志を総書記とする党中央の権威を断固として擁護し、わが軍がいかなる時も、いかなる状況下でも、断固として党の話を聞き、党と共に進むことを確保しなければならないということである」「我々は絶えず党中央と高度な一致を維持し、党中央・中央軍事委・胡主席の指揮に断固として服従し、政令・軍令が滞りなく下達されることを確保しなければならない」と述べているが、ここまで強調せざるを得ないこと自体に、胡主席がまだ軍を掌握しきれていない状況がみてとれる。

 最近の反日動向や朱将軍の対米強硬発言をみると、軍部内に対外強硬派が台頭し始めている可能性があり、この動きを有効に抑え、平和で安定した環境の下で経済建設を進めるためにも、対米関係を良好に保つことが不可欠なのである。この意味で胡錦涛指導部にとって、対米関係は内政問題でもある。

2.なぜ2%か

 これは第1に経済の先行きに政府が不安を抱いていることの証左と考えられる。現在の中国経済にはいくつかの懸念材料がある。

(1) 農民の収入増の困難性の増大

 220億元に及ぶ減税政策が実施されたこともあり、上半期の農民の現金収入の伸びは実質12.5%と、都市住民可処分所得の伸び9.5%を上回った。しかし、食糧価格の伸びが4月に−1.7%とマイナスに転じた後、5月は−1.6%、6月は−1.1%とマイナス傾向が続いている(2005年8月5日付け経済参考報)。

 農民の平均現金収入1586元のうち707元が農産品収入であることからすれば(2005年7月26日新華社北京電)、この食糧価格の低下は農民の現金収入に今後大きく影響を及ぼす可能性がある。くわえて、原材料・燃料の値上がりにより農業の生産財価格が上昇しており、下半期の農民生活の改善はかなりの困難を伴うおそれがある。

(2) 工業収益の悪化

 上半期の工業企業の収益は全体としては19.1%の伸びを示したが、その伸びは対前年比で22.5ポイント落ち込んでおり、赤字企業の赤字額は59.3%増と中国が深刻なデフレ下にあった1999年以来の高水準となっている。全体として収益が低下した産業は、建材(−22.1%)、機械(−7.6%)、電子(−5.5%)、電力(−4.4%)であり、赤字企業の赤字額が拡大した産業は、石油化学(4.3倍)、電子(76.6%増)、建材(66.1%増)、電力(66.2%増)となっている(2005年7月27日付け人民日報)。

 工業企業の収益鈍化の要因として、国家発展・改革委経済運行局朱宏任副局長は次の点を指摘している(上述人民日報)。

  1. 原燃料、動力価格の上昇幅が加工工業品出荷価格よりも高い状態が続いている
    両者の差は、2002年0.8、2003年4.6、2004年6.6、2005年上半期7ポイントと拡大している。

  2. 一部業種の生産能力の伸びが市場の需要よりも速い
    電解アルミ、鉄鋼、自動車、板ガラス、化繊等の業種において、市場競争の激化、産品価格の低下、利潤減少、赤字額上昇が際立っている。

  3. 季節的要因
    セメントは、第1四半期の消費が少ない傾向にある。

  4. 国際市場需要の変動要因
    国際市場の不景気により、上半期の電子機器の輸出の伸びが大きく減少した。

 また、国家発展・改革委によれば、工業企業の在庫は上半期で19.5%増加しており、とくに鉄鋼は32.9%増、電解アルミは125企業中38社が生産停止、56社が赤字に陥っている(2005年8月3日新華社北京電)。商務部の発表でも、鋼材・自動車・建材・家電の供給能力過剰は深刻と指摘されている(2005年8月2日新華社北京電)。にもかかわらず、上半期の新規投資は8万件余りに及び、6月だけでも2.4万件となっている(2005年8月6日付け人民日報)。中国の過大投資はもはや病理といってよいだろう。

(3) 直接投資の落ち込み

 実行ベースで、4月−16.0%、5月−10.3%、6月−22.3%とマイナスが続いている。過去の契約額は高い伸びを示していたことからすると、これは契約解除が相次いだか、過去の契約統計が虚偽であったかということになる。

 現在、2004年の直接投資額が下方修正されているようであり、直接投資統計が地方政府の政治業績と結びついていることからしても、5・6月の高い契約額の伸びも割り引いて考える必要があろう。2004年に顕在化した電力不足・賃金上昇・不動産価格上昇により、対中投資のコストは増大しており、くわえて今年の反日デモにより、政治リスクも増大している。WTO加盟を契機とした対中投資ブームはすでに山を越え、企業はより多角的な投資戦略を展開し始めているのである。

 第2に、変動レートに対する企業・金融機関の未習熟が挙げられる。

 人民銀行第2四半期貨幣政策執行報告は、a企業が構造調整を加速し、自主革新能力を増強し、競争力を高め、各種の為替リスク回避手段を速やかに掌握し、自身の為替レート変動への対応能力を増強することと、b銀行部門がデリバティブを運用し、リスクを管理するノウハウを学ぶ必要性を強調している。

 かつての日本と同様、中国企業・金融機関は固定レートに慣れ親しんでおり、為替リスク回避のノウハウを十分に身に着けていない。混乱を回避するためにも、まずは小幅な引き上げにより企業・金融機関に為替リスクを学習させ、対応能力を高める必要があったのであろう。

おわりに

 人民銀行第2四半期貨幣政策執行報告によれば、2003年10月の党16期3中全会において「人民元レートの形成メカニズムを完備し、人民元レートが合理的で均衡のとれた水準に基本的に安定することを保持する」と決議した際、国務院はまず国有商業銀行改革と外貨規制緩和、外為市場建設を先行し、後に為替レート改革を行うという手順を確定したとされる。そして、2004年に国有商業銀行改革が全面的に推進されるなか、国務院内に専門小組が設立され、人民元レート形成メカニズム改革案を研究制定したとしている。

 3中全会において、初めて「為替レート安定優先、為替レート改革はその次」というそれまでの順番が逆転されており、この時期党中央・国務院内部で為替レート改革について重要な政策決定が行われていたことが、人民銀行報告によって改めて確認されることになった。おりしも、3中全会の直後に胡錦涛国家主席はブッシュ米大統領と最初の首脳会談を行っており、この決定が米国を意識したものであったことは明らかであろう。中国の為替政策は対米戦略と密接不可分なのである。

(2005年8月10日記・3.456字)
 田中修

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