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「世界の工場」を脅かすSARS -一斉に対策に乗り出す電機各社-

中国ビジネスレポート 各業界事情
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2003年5月1日

<各業界事情>
「世界の工場」を脅かすSARS
−一斉に対策に乗り出す電機各社−

アジア・マーケット・レビュー 2003年5月15日号掲載記事)

中国・香港地域を中心にして猛威をふるっている新型肺炎であるSARS(重症呼吸器症候群)は、アジア地域の経済にも暗い影を投げかけている。とくに「世界の工場」である中国の広東省などに生産拠点を配置している日本をはじめとする電機業界は、実際にかなりの影響を被りつつあり、今後の事業活動の見直しは避けられない情勢だ。

SARSをめぐっては、WHO(世界保健機関)が4月に入って中国・広東省や香港地域に対する渡航自粛勧告を出したのに伴い、日本政府も現地への渡航の是非を検討するように求めたが、これに合わせて日本の電機業界の中では、NECやリコーなどが香港を含む中国全域のほか、シンガポールや台湾、ベトナム、カナダなどSARSの感染者が多く発生している地域に対する出張を禁止した。また、三菱電機では広州市にある電子部品工場で大規模な消毒作業を実施し、感染を未然に防止する対策を講じた。

一方、海外の電機メーカーの中では米国の大手コンピューターメーカーであるヒューレット・パッカードは従業員の中にSARS感染が疑われる症状がみられたため、香港のパソコン組み立て工場を一時閉鎖したほか、この香港工場に勤める社員全員を一時的に自宅待機とした。また、世界最大のMPU(中央演算処理装置)メーカーである米国インテルでも、香港事務所で働いていた社員がSARSに感染した可能性があるとして、この事務所を閉鎖した。さらに米半導体・通信機器大手のモトローラもシンガポールエ場を一時的に閉鎖するなどの感染予防対策に乗り出した。

このようにSARSが与える影響は、工場の操業や事務所の作業中止にまで広がりをみせており、世界経済の大きなマイナス要因になる恐れも強まっている。

患者の9割が中国・香港に集中

今年に入ってSARSの影響は増すばかりだ。中国側が当初、SARS感染者の広がりを否定するなど情報開示のあり方をめぐる問題が指摘され、かえって不安が広がる場面もあった。その後、中国政府は北京市長らを解任し、WHOの調査に対して政府も全面的に協力する姿勢を示したことで感染者や死者などの情報がようやく開示され始めると、中国国内の感染者だけで連日100人ぺ一スで増え続けた。中国政府は共産党や軍を含め、文字通り国を挙げてSARSの封じ込めに躍起となっているが、4月末段階では依然として感染者の増加傾向は止まっておらず、混乱はしばらく続く見通しだ。

全世界のSARS患者のうち、その9割以上が中国・香港地域に集中しているのが現状であり、WHOでは感染者の減少傾向を理由にしてカナダ・トロント市への渡航延期勧告は解除したが、中国の北京と山西省、広東省のほか、香港に対する渡航延期勧告は解除しておらず、感染拡大の防止に向けた厳戒体制は一段と強化されつつある。

こうした中では、中国に進出している各社とも感染拡大を防ぐ予防的な対策を重視せざるを得ないのが現状だ。「患者の増加ぺ一スが落ち着けば、事業活動の正常化に向けた検討に着手できるが、感染患者がどこまで増えるかという先行き不透明な状態では出張の禁止解除など具体的な対応を考えることはできない」(大手商社幹部)というのが本音であり、SARSの影響は長期化する様相をみせている。4月に入ってWHOが広東省や香港に対する渡航自粛勧告を出したのに伴い、現地に進出した日系の電機メーカーは現地への出張を一斉に自粛した。

上海地域で半導体の合弁事業を手掛けるNECグループのNECエレクトロニクスは、この渡航自粛勧告に合わせて香港を含む中国全域やシンガポール、ベトナムなどへの出張を全面的に禁止した。また、リコーはこれらの地域に対する出張を見合わせるのと同時に、海外出張そのものを自粛するように社内に通達した。こうした出張の禁止措置は、電機をはじめとする日本の大手メーカーがほぼ足並みを揃えて実施し、SARSに対する危機感の強さをうかがわせた。中国で複写機やファヅクスなどを生産しているキヤノンでは、二週間を期限にして中国地域への出張禁止を決めたが、その後もSARS感染の勢いが衰えないため、引き続き現地への出張禁止措置を延長しており、出張の延期は当面続けられる見通しだ。

出張を禁止、駐在員の帰国も検討

こうした出張の禁止は、日本の電機メーカーだけでなく、他の海外企業でも一斉に実行されているが、出張が見送られることで実際の商談にも影響が出始めている。インテルでは4月中旬に台湾と中国で相次いで技術フォーラムを開き、半導体技術に関する発表会を開催する予定だった。このフォーラムはインテルの技術開発動向をユーザーに説明することで、今後、量産化が進む次世代半導体の導入を円滑に行うために定期的に開催しているものだが、SARSの影響に考慮して延期を余儀なくされた。同社は数カ月以内にフォーラムに代わる小規模な説明会を開く方針だが、開催時期など詳細は未定だ。

また、インターネットなどのネットワーク関連機器メーカーである米国のサン・マイクロシステムズは、4月初旬に上海で開催する予定だった「サンネヅトワーク・アジア」と題する技術者向けのシンポジウムを延期した。同シンポジウムにはアジア各国から250社、約4,000人が参加する見込みだったが、SARS感染が広がりをみせていることに対応し、開催の延期を決めた。

SARS感染の拡大が与える影響は、出張の禁止や会議などの開催延期だけにはとどまらない。日本政府は北京を中心としてSARSが依然として猛威をふるっている事態を憂慮し、4月下旬に日本企業に対して北京の在留邦人に滞在の是非を検討するように求めたが、これを受けて松下電器産業が北京に滞在する駐在員100人を帰国させる方向で検討に入った。すでに同社は中国に滞在する駐在員の家族については段階的に帰国させる措置に乗り出していたが、SARS感染患者の急増ぶりをみた結果、駐在員の健康を優先する必要があると判断し、駐在員を一時的に日本に引き揚げる方向で検討を始めた。

また、これに先立ってNTTコミュニケーションは5月の連休に合わせて中国国内の駐在員を日本に帰国させることを決定した。こうした措置はトヨタ自動車など他の日本企業にも広がっており、中国で働く駐在員の帰国ラッシュが始まる気配だ。ただ、駐在員が一斉に帰国すれば、現地の工場や事務所などの業務がストップする事態は避けられず、中国ピジネスに与える影響は深刻化する可能性が高い。

工場停止に備えて在庫を積み増し

一方、中国の工場などで感染者が発生した場合には、中国の衛生当局がその工場や関連する事務所などを一時的に閉鎖して消毒を施すほか、一緒に働いていた従業員らを一時的に隔離して発病する恐れがないかなどをチェヅクする仕組み。このため、SARS感染患者が発生した現地工場の稼動は止まるため、メーカー側は患者が発生する前に製品を増産し、在庫を積み増して工場の操業がストップした場合に備えるなどの措置を講じている。

感染患者が多い広東省は、複写機やプリンターなどで全世界シェアの約6割を生産している一大拠点であり、世界のパソコン生産の半数を担う台湾企業は中国の工場に生産を委託しているケースが多い。このため、工場の操業が停止した場合の影響が大きいだけに各社とも在庫の積み増しに動いているようだ。

また、台湾の大手パソコンメーカーである宏碁電脳(エイサー)は、上海に組み立て工場を建設して低価格タイプのノート型パソコンを今年中に生産する計画だったが、SARSの影響が広がるのに伴い、中国生産を当面先送りする方針を固めた。同社では台湾内の大手メーカーである広達電脳に委託生産する量を増やすことで中国生産を代替する計画だが、中国で生産するよりも生産コストは高くなるため、中国生産の開始が遅れれば遅れるほど、コスト増となって利益水準を圧迫することになる。

中国以外でもSARSの影響は深刻化しつつある。台湾と中国での技術フォーラムの開催を延期したインテルでは、香港の事務所で働く従業員にSARS感染が疑われる症状がみられたため、香港事務所を閉鎖したほか、その事務所が入る同じ階を立ち入り禁止とした。また、ヒューレット・パッカードも香港工場の従業員に感染を疑わせる症状が出たのに伴い、その従業員が勤務する工場を一時的に閉鎖した。モトローラもシンガポールの通信機器工場を一時的に閉鎖する措置を講じるなど、日本だけでなく、海外の電機メーカーもSARSを受けて厳しい対応を余儀なくされている。東芝グループの東芝エレクトロニクスでは中国・香港地域で働く従業員がSARSに感染する可能性を少しでも減らすため、一定時問内ならば自由に出勤できるフレックスタイム制を導入しているが、こうした取り組みは今後も増えそうだ。

日本の主要な電子・電機メーカーで組織する電子情報技術産業協会(JEITA)の調査によると、2003年は主な電子機器のうち、カラーテレビやカーステレオ、ノート型パソコン、PDA(携帯情報端末)など8品目で中国・香港地域が生産シェア1位になるとみている。SARSの影響が今後も続けば、こうした電子機器の生産にも暗い影を投げかけることになり、「世界の工場」である中国・香港からベトナムなどに生産を移管する動きが表面化しそうだ。(松尾泰介)

本記事は、アジア・マーケット・レヴュー掲載記事です。

アジア・マーケット・レヴューは企業活動という実践面からアジア地域の全産業をレポート。日本・アジア・世界の各視点から、種々のテーマにアプローチしたアジア地域専門の情報紙です。毎号中国関連記事も多数掲載されます。

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