『国務院による対外投資に関する規定』の解説
1、2026年5月5日、李強国務院総理は国務院令第837号に署名し、『国務院による対外投資に関する規定』(以下『規定』)を公布しました。『規定』は2026年7月1日より施行されています。
【弁護士による解説】
『規定』は、中国において初めて国務院の行政法規という形式で対外投資活動について体系的なルールを定め、統一的に制度を整備したものです。『規定』は、対外的な経済開放を高い水準で推進し、対外投資の質の高い発展を促進するとともに、対外投資を適切に管理し、投資家及びその対外投資に関する適法な権益を保護し、国家主権、安全保障及び発展上の利益を維持することを目的としています。『規定』は全34条で構成されており、主な内容は以下のとおりです。
1.1 適用範囲の明確化
『規定』第2条では、中国境内(訳注:中国大陸の内の意。香港・マカオ・台湾を含まない。)の投資家による対外投資に『規定』が適用されることが明確にされています。また、対外投資とは、境外(訳注:中国大陸の外の意。外国のみならず、香港・マカオ・台湾といった制度の異なる地域も含む。)への投資を指すものであり、中国境内の投資家が直接又は間接に他国(他地域)の企業、資産等に関する権益を取得する活動が適用対象となることが規定されています。さらに、香港・マカオ・台湾への投資についても、『規定』を参照して管理するものとされています。ここでいう投資家には、中国境内の企業、その他の組織及び居住者個人が含まれます。
『規定』では中国境内の居住者個人が投資家の範囲に加えられ、具体的な管理方法については今後、別途定められる予定ではあるものの、個人による境外投資(境外金融市場への投資を含む)も正式に法規制の枠組みに組み込まれることになったという点に注意が必要です。そのため、富裕層による対外投資、クロスボーダー資産運用、個人による対外担保を行う際には、総合的な評価を実施することをご提案いたします。また、移行期間中は個人による境外投資について現行の外貨管理及びクロスボーダー資金登録制度を厳格に遵守するとともに、今後発表される関連細則を十分に注視していく必要があります。
1.2 投資家に求められる最低ラインの明確化
『規定』では、投資家が法に基づき対外投資に関する自主決定権を有し、自ら意思決定を行い、自らリスクを負担し、自ら損益を負うことが明確にされています。一方で、投資家が遵守すべき行動基準も明確にされており、法律法規及び国際慣行を遵守し、市場競争秩序を乱す行為、環境破壊、労働者の適法な権益を侵害する行為を行ってはならないことが強調されています。また、中国の国家安全保障、国家利益、社会の公共利益を害する行為も禁止されています。さらに、他の投資家の営業上の信用や商品の評価を毀損する行為、営業秘密の侵害、不当廉売、営業秘密の窃取、商業賄賂等も明確に禁止されており、企業間の海外における健全な競争を促進し、中国企業全体の国際的なイメージ向上を図る内容となっています。
1.3 技術及びデータの越境移転に関する管理
『規定』第13条は、投資家が国により輸出を禁止されている貨物、技術、サービス及び関連データを輸出・使用してはならず、また、国により輸出が制限されている貨物、技術、サービス及び関連データについて、許可を得ることなく輸出・使用してはならないことを明確にしています。また、技術者の海外派遣、海外勤務者の派遣、越境での技術指導、越境研修の実施等の方法により、国が輸出を禁止している貨物、技術、サービス及び関連データを他国(他地域)へ移転し、又は国家が輸出を制限している貨物、技術、サービス及び関連データを許可なく他国(他地域)へ移転してはならないと規定しています。
当該条項は、輸出管理及び技術及びデータのセキュリティに関する規制を対外投資に組み込んだものであり、技術者の海外派遣、越境での技術指導、海外研修の実施といった実務にも一定の制約が及ぶことになります。ハイテク企業には、より高度なコンプライアンス対応が求められることから、海外展開にあたっては、輸出管理上の分類判定及びデータ越境移転に係るコンプライアンス評価を事前に実施することをご提案いたします。
1.4 境外投資に対する安全審査
『規定』第15条では、国は境外投資安全審査制度を健全化することとし、国務院の投資主管部門及び商務主管部門が関係部門と共同で、国家安全保障に影響を及ぼす、又は及ぼす可能性のある境外投資及び関連資産・権益等の譲渡・処分について安全審査を実施すると定めています。また、関係する組織、個人は当該審査に協力しなければならず、拒否や妨害を行うことはできず、安全審査の決定を遵守しなければいけません。
当該規定から、境外投資安全審査は投資そのものにとどまらず、関連資産・権益の譲渡・処分にも及ぶことがわかります。したがって、境外投資家には、センシティブな業種・地域のプロジェクトについて、取引スキームを設計する段階から各段階における安全審査リスクを十分に検討することをご提案いたします。
1.5 越境証拠提出及びデータセキュリティ
『規定』第22条では、中国境内の組織、個人が対外投資に関連する仲裁・訴訟に参加する場合、又は海外の司法・法執行機関による調査を受ける場合に、境外へ証拠又は関連資料を提供する際には、国家秘密の保護、データセキュリティ、個人情報保護、技術輸出管理、輸出管理、司法共助等に関する法律、行政法規及び国の関連規定を遵守しなければならないと規定されています。また、主管当局の許可が必要な場合には、関連する法的手続を履行する必要があります。
境外投資家が境外機関の調査及びクロスボーダー訴訟に対応する際には、境外に証拠を提出する前に秘密保持、データセキュリティ、個人情報保護、輸出管理、司法共助等に関する多面的なコンプライアンス確認が必要となります。また、法により主管当局の許可が必要な場合には、所定の手続を適切に履行する必要があります。したがって、境外投資家には、境外での訴訟対応又は調査協力を行う前に、境内のコンプライアンス義務についても併せて履行・評価し、中国の関連法律・法規への違反を回避することをご提案いたします。
1.6 多層的な対抗措置の構築
外国による差別的な禁止措置、制限措置又はその他これに類する措置に対し、『規定』第24条では、中国政府及び関係部門が実情に応じた措置を講じ、投資家及びその対外投資の安全及び正当な権益を保護し、中国の海外における利益が脅かされ、侵害されないよう保護することができると規定しています。また、国務院の関係部門は、差別的な禁止措置、制限措置又はその他これに類する措置の策定、決定、実施に直接又は間接的に関与した組織、個人を対抗措置リストに掲載し、相応の対抗措置を講じる権限を有するものとされています。
また、『規定』第23条では、貿易に関連する投資障壁又はその他の投資・経営上の障害に直面した場合、国務院の関係部門は、調査結果に基づき、関係国に対する投資政策の調整、関連する貨物・技術の輸出入又は国際サービス貿易の禁止若しくは制限等の措置を講じることができると定められています。さらに、『規定』第25条では、中国の国家主権、安全保障及び発展利益を不当に侵害する者に対し、国務院の関係部門は、中国との輸出入活動の禁止又は制限、中国境内への投資の禁止又は制限、中国境内の組織・個人との取引・協力等の活動の禁止又は制限、関係する人員・製品・輸送手段等の入境の禁止又は制限、関係者の中国境内における就労・滞在又は居留資格の取消し又は制限等の措置を講じることができると規定されています。
1.7 海外進出企業への提案
『規定』の内容及び当弁護士チームの実務経験を踏まえると、『規定』は各種支援制度を通じて企業の海外進出を後押しする一方で、ODI(境外直接投資)に対する管理は一層厳格化されるものと考えられます。海外進出を検討する企業には、以下の点に留意することをご提案いたします。
1.7.1 海外進出前に、国の奨励・制限・禁止対象に関する各種リストを確認し、認可・届出、情報報告、クロスボーダー資金登録等の必要な手続を適切に行うとともに、関係資料を正確に提出し、主管部門による監督・検査へ適切に協力すること。
1.7.2 海外進出前に、輸出管理区分の確認、データ越境移転評価、境外投資安全審査等のコンプライアンスチェックを徹底し、法令に適合した取引スキームを構築すること。
1.7.3 境外投資先企業におけるコンプライアンス、内部統制及びリスク管理体制を確立するとともに、腐敗防止、マネーロンダリング対策、商業賄賂防止、ESG関連制度を制定し、境外従業員に対するコンプライアンス教育を強化し、中国法及び投資先国・地域の法令を遵守すること。
1.7.4 投資先国・地域において貿易関連の投資障壁又はその他の経営上の障害若しくは差別的な禁止・制限措置等を受けた場合には、速やかに商務部等の主管部門へ報告し、国による必要な対抗措置につなげること。