<投資環境> 中国ビジネスの基本ルール
筧武雄
日本企業が中国ビジネスに進出する際、念頭においておくべき基本ルールについて以下のとおり箇条書きで整理してみよう。これらはいずれも国家制度の骨組みの違い、あるいは過去たどってきた歴史経験の相違から来るものであり、日中民間企業の力だけでは容易にすぐ解決できる課題ではない。進出先各地におけるこれらのルールをよく事前調査し、これらを前提として自己のビジネス戦略を組み立てていくことが必要である。
- 契約の有効性
- 中国契約法第2条では「自然人、法人、その他組織の民事協議」を対象とするとうたわれているが、同法第44条では「行政法規、規定により許可、登記の手続きを経なければならないと定められているときは、それに従う」と契約の有効性が条件付きとなっている。
- たとえば合弁企業法、合作基本法では中国人個人との契約が禁じられているため、中国人個人との合弁契約は無効である。同時に、法人との合弁契約であっても合法的許可と登記を経ていないものは、正式に調印されていても法的に無効な契約ということになる。
- 土地の私有は認められず、期限がきたら返さなければならない
- 中国の土地はすべて国有か集団所有であり、中国人・公司でも土地は所有できない。中国で「不動産」と呼ばれているものは所有権ではなく、国から払い下げられた国有地の長期リース権である
- 工場建物、マンションなど土地上の建設物、付属物については私有が認められている
- 個人所有のマンションを外国企業が借り受ける場合、正式契約の締結と不動産管理当局への登記が義務付けられている。(都市不動産管理法第53条)
- 国土の多くを占めている払い下げの認められない計画国有地、集団所有地に立地した場合、突然の収容に対しては無条件で立ち退かねばならない。また担保質入、譲渡、転貸も禁止されている。このような場合はリース権の取得前に「払い下げ国有地」に登記変更する必要がある
- 払い下げ土地使用権も期限が来たら建物・付属物も土地と一緒に無償で政府に返還しなければならない。(国有地使用権払い下げ暫定条例第40条)
- 外商投資企業には経営期限がある
- 無期限を申請することもできるが極めて稀
- 通常は土地使用期間に合わせて決められる。工場短期賃貸契約の場合は一般的に20年程度の経営期間が認められる
- 経営期限が到来したとき、董事会の全員一致決議があり、管理当局の許可が得られれば経営期限の延長は可能とされている
- 企業の営業範囲は個別許可が必要
- 3千万米ドルを超える投資規模、または政府指定の制限業種に該当する場合はすべて北京の中央政府の許可が必要、それ以外は地方の各省、市政府の許可が必要
- 上記に指定された場合は立地場所、会社形態だけでなく生産モデル・生産数量計画など全般にわたって審査を受け、個別許可を取得することが必要となる
- 制限業種は中国政府が発表している「外商投資産業指導目録」に公表されている。製品の80%以上を輸出する制限業種は制限類からはずされ一般業種として取り扱われる特例もある(外商投資方向指導規定)
- 政府により許可された経営範囲を逸脱した取引は法的に無効であるので、事前に相手方公司の経営範囲を営業許可証によって確認しておくことが必要である。
- 中国人は戸籍を自由に移動できない
- 都市と農村で大きく戸籍(「戸口」)が分かれており、本人の意思で自由に移転はできない。都市戸籍には常住戸籍と寄住(臨時)戸籍の二種類がある
- 戸籍のほかに「档案」と呼ばれる身上書(家庭環境、職歴、思想暦、犯罪暦などを記録)もある
- 所在する都市部以外の農村、他の都市から職員を正式雇用する場合は、戸籍移動の手続きが必要となる
- 外国企業は生産工場を持たなければ中国法人を設立できない
- 現状、支店設置が認められるのは一部の地域で銀行のみ
- 事務所は営業不可、売上金の入金もできない
- 小売販売会社の設立には5千万元(約7億5千万円)以上の資本金が必要(1999.6外商投資企業試行弁法)
- 中国語で「生産性企業」と呼ばれ、一定の加工、組立などの生産活動を行わなければならない。中国ではペーパーカンパニーは許可されない
- 外商投資企業は自分で製造したものしか国内販売できない
- 自分の中国工場で製造したものは自社で国内販売、海外輸出ともに自由であるが、それ以外のもの自社ブランド品であっても自社での国内販売、輸出ともにいっさい不可(もちろん中国内の商社を経由すれば輸出入ともに可)
- 投資性公司にはサンプル品に限り自己外貨資金による輸入販売が認められている
- 条件を満たす一部の企業には、非自社製造品の輸出が認められている
- 外国と自由に貿易できる権利を貿易権といい、WTO加盟後規制緩和されつつある
- 輸入代金を支払うために外貨交換する場合でも、税関と銀行で貨物通関の事実を確認される。貨物の通関を伴わない対外決済は要事前許可事項
- 外資系企業でも保有できる外貨には限度(資本金200万米ドル以下の場合は30万米ドルが最高残高限度)が課せられる
- 中国以外の海外で人民元は交換不能通貨(一部の銀行、両替所では応じているところもある)
- 中国以外の海外(香港を含む、中国銀行香港支店でも)人民元口座は開設できない
- 「外−外」取引は関税も増値税も非課税
- 保税扱いを受けるものは、事前の保税扱い許可届出が必要で、数量などの出入りが一致していなければならない
- 廃材も含め、税関から国内販売したとみなされた場合は関税と増値税が課せられる
- 国内販売、流用される可能性がある場合は税関に保証金の差し入れを要求される
- 「不渡り制度」のような信用システムが存在しない
- 香港も含め、中国には不渡り制度が存在せず、残高不足の場合は取立手数料を差し引かれて手形・小切手を戻されるだけである
- 香港にはクローズド・チェックという銀行支払保証小切手制度があり、これは不渡りにならない。中国内でも最近類似した制度が生まれつつある
- 日本であるような、先日付小切手を担保として受け取っておくことは中国ではまったく意味をなさない
- 司法権が行政権から独立していない
- 中国は共産党を単独執政党とし、行政・司法・立法ともに党の指導を受ける人民民主主義独裁体制の国家である(憲法前文)
- 法律体系も急速に整備されつつあるが、仲裁裁定、裁定確認判決、強制執行などを含めて司法判断への党の指導、地域保護主義の影響が避けられない
- 国民の遵法(契約遵守)意識が薄い
- 「上に政策あれば下に対策あり」と言われるとおり、中国の法律や制度は守るものというよりも利用するものという感覚が強い。これは法律が国民の権利を守るものという発想ではなく、国民を取り締まって処罰するものという立法概念の伝統から生まれた国民性と思われる
- 会計原則法についても、株主に財務状況を正確かつ適切に公開する目的ではなく、税務当局に正しく所得申告し納税させるための取り締まり目的で制定されている
- 契約履行についても同様で、たとえば売掛金の回収難について「自分は支払を受けられなかった被害者だから、他人への支払を踏み倒しても罪にはならない」あるいは「財務担当としては言を左右にして出来る限り対外支払を引き伸ばすのが職責」と考える意識が強い
- 問題が発生した場合、法にもとづく解決よりも権力者個人の弾力的な運用に頼って問題を解決しようとする傾向が強い
- 合意、承諾したことは当事者間で文書化し、その場で署名をとる、トラブル発生時は第三者にも立ち会ってもらい事実確認証明にサインしてもらうなど、ミクロの現場で確認と合意の証拠を積み重ねていく慎重さがいざというときに有効となる
- 権力者個人の運用に依拠する問題解決は贈収賄の腐敗の温床となりやすく、中国政府もこのような傾向を根絶すべく摘発に力を入れている。各地の行政機関では権力者の交替、若年化が進んでおり、このような方法にいつまでも依拠していると将来的に解決不能に陥る危険性が高い。もっとも恐ろしいのは正しい問題解決のノウハウを学ぶ道を自分自身で閉ざしてしまっていることにある
- 外国語が通じない
- 中国では中国語以外の外国語がなかなか通じない。中国語であっても広東語や上海語など、北京語(普通話、マンダリンとも呼ばれる)以外の中国語は使用地域が限定されている(書けば通じる)
- 契約書類についても中国語と外国語が同等の効力を有すると定めたところで、現実には外国語文は用をなさない
- 言葉が通じない日本人は、議決権・決定権を持っていても経営や交渉において「つんぼさじき」に置かれてしまう危険性が高い
- 交渉相手方に通訳を依頼するのは最悪のパターン。日本人と中国人の通訳をペアで起用すると誤解や聞き違いがなく、かつ理解しやすい
- 中国に陸揚げしたあと、貨物のトレースが難しくなる
- 中国の国際空港、港湾に陸揚げして中国の物流公司に積み替えたのち、貨物が現在どこにあるのかというトレースが非常に難しくなる
- 夜間における貨物の安全保管、輸送中の盗難・漏水劣化や毀損、時間どおりの到着など全面的に不確実となりやすい
- 高速道路の開通に伴い、港湾・空港から日中に貨物が到達できる範囲が飛躍的に拡大しており、問題の所在は通関と貨物検査手続きへと移行している
- 幹部となり得る人材が少ない
- 1960年代から70年代にかけて中国に発生した内乱「文化大革命」の後遺症
- 当時、党組織はじめ行政機関、企業経営幹部、知識人、技術者などのホウイトカラー人材はことごとく迫害され、大学生たちは強制的に地方の農村に移住させられ肉体労働に従事させられた
- 対外開放政策が定着した1980年代半ば以降の教育を受けた現在30歳代以下の世代は激烈な競争を勝ち抜いてきた優秀な人材が多いが、40歳代なかば以上の世代には経営幹部、専門技術者たり得る人材がほとんどいないのが現実である
- このような環境の中国では高給をもって優秀な幹部人材を他社から引き抜くことは難しく、むしろ自社内で時間をかけて若い人材を育成することに注力したほうがよい
細かい点まで列挙すればきりがないが、これらには当然地域差がある。例えば広東省では、人民元よりも香港ドルのほうが現実には流通しており、「外貨バランス」という言葉はすでに死語となりつつある。 |