<マクロ経済> 2004年政府活動報告のポイント
田中修
はじめに
3月5日、全人代が開催され、温家宝総理が総理就任後最初の政府活動報告(以下「報告」)を行った。その主要なポイントについて以下解説することとしたい。
1.構成
例年どおり、第1部は前年の政策回顧である。 第2部の2004年の政策については、次の順に構成されている。
2004年 |
2003年 |
1.マクロ・コントロールを強化・改善し、安定した高成長を維持 2.農業の基礎としての地位強化、農民の収入増と食糧の増産の実現 3.地域の調和のとれた発展を統一的に企画し、西部大開発と東北地方等の旧工業基地の振興を推進 4.科学・教育による興国戦略の実施、持続可能な発展の堅持 5.医療衛生・文化・スポーツ等の事業の発展、精神文明建設の強化 6.経済体制改革を深化 7.対外開放のレベルを高める 8.就業と社会保障に力を入れ、国民生活を改善 9.民主法制建設強化、国家の安全と社会の安定の維持
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1.内需拡大、経済の安定した高成長の実現 2.農業及び農村経済の全面的発展 3.産業構造調整及び西部大開発の積極的推進 4.経済体制改革の深化、対外開放拡大 5.雇用機会の増加、社会保障工作の充実 6.科学・教育による興国戦略・持続可能な発展戦略の真剣な実施 7.社会主義民主法制と精神文明建設の強化 8.政府自身の建設強化
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そして、今年はさらに第3部が設けられ、政府自身の建設強化がうたわれている。 この2年の項目の比較から、本年について次の特徴がうかがえる。
(1)マクロ・コントロールの強調 2003年の9.1%成長は、一部の業種の盲目的投資・低水準の重複建設、生産財の価格上昇、電力・石炭・石油の不足、交通の逼迫等様々な経済のひずみをもたらした。このため、2004年においては、成長率の高さを追求することより、マクロ・コントロールの強化により、持続可能な成長の維持が重視されているのである。
(2)東北地方等の旧工業基地振興が追加 西部大開発に加え、温家宝総理が昨年から提唱している東北地方等の旧工業基地の振興が盛り込まれた。もともと西部大開発は地域格差是正策であり、弱者重視・格差是正を目指す新指導部としては、西部地域のみならず発展から取り残されている東北地方をも取り上げる必要があったのであろう。
(3)SARSの反省 2003年に猛威を振るったSARSは、農村の所得の低さ、都市における貧困、衛生体制の不備、経済と社会の発展のアンバランス、政府の危機管理体制の甘さ等の諸問題を表面化させた。このため、新指導部はこの解決に全力で取り組むことが必要となったのである。各項目の中に、これらの施策が追加されている。
(4)項目数の柔軟化 これまで、1年の重点施策については8項目に押さえ込むという方式がとられ、このため1つの項目に複数の異なった施策が無理やり詰め込まれることが多かった。今回は8項目にこだわらず、テーマ別に整理を行っている。
(5)政府の職能転換の重視 これが従来の小項目から大項目に格上げされた。SARSへの対応のまずさ、一部の業種の投資過熱はいずれも地方政府が深く関与しており、政府の職能転換なくしては健全な高成長を維持していくことが困難という認識が強まったからであろう。
2.2003年の回顧
この部分については、以下の点を指摘しておきたい。
(1)SARS対策の強調 冒頭にSARS対策を掲げている。それだけ中国経済社会に与えたショックは大きかったということであろう。しかし、防疫の成果ばかりを強調し、初期の対応ミスについて全く言及していないのは、相変わらずの中国流である。
(2)マクロ・コントロールの「適度な微調整」への言及 各種開発区の整理、金融機関の預金準備率の引き上げ、信用貸付の過度な伸びの抑制を行ったことをわざわざ特記している。指導部が、現在の高成長を必ずしも健全と見ていないことの現われである。
(3)予算面の強調 今回は、中央財政の支出額を以下のように具体的に挙げることにより、どこに施策の重点が置かれていたかを強調する説明方式がとられている。 (ア)教育・医療衛生・科学技術・文化・スポーツ事業 855億元(対前年比12.4%増) うち、国債資金は163億元であり、2倍近く伸びている。 (イ)就職・再就職助成 47億元の特別補助金を新規増 (ウ)一時帰休・失業者、年金生活者、最低生活者への生活保障 700億元(同19.9%増) うち、都市部住民の最低生活保障補助金は92億元(前年度は46億元)、対象者は2235万人。 (エ)洪水・旱害・地震等の災害救援・救済 80億3千万元(対前年比63.9%増) うち、災害復旧は27億9千万元。
(4)経済社会の問題 「政府の活動にもまだ少なからぬ欠点が存在し、大衆が満足していないところがある」としながら、経済社会の問題を次のように2分類している。 (ア)長年来積み重なってきた深層の矛盾・問題 イ.農民の収入が伸び悩んでいる。 ロ.就業と社会保障の課題が重い。 ハ.地域間の発展のバランスがとれていない。 二.一部の社会構成員間の所得格差が大きすぎる。 ホ.資源と環境に対するプレッシャーの増大。 (イ)経済の高成長の過程で新たに生じた矛盾・問題 イ.投資の規模が過大であり、一部の業種・地域では盲目的な投資、低水準の重複建設がかなりひどく、エネルギー資源、交通及び一部の原材料の需給関係が逼迫している。 ロ.食糧の減産がかなり多く、違法な耕地占用の現象がかなり際立っている。 ハ.社会諸事業の発展が相対的に立ち遅れ、人々の就学難、医療難に対する苦情がかなり強い。 二.都市・農村において、少なからぬ低所得層の生活がまだかなり困窮している。 ホ.一部の地方では重大な犯罪事件がしばしば発生している。 へ.安全に関わる重大事故が次々と発生し、人民大衆の生命・財産にゆゆしい損害をもたらしている。 また、このほか報告は、政府機関の一部の公務員の中では贅沢三昧や浪費、虚偽や欺瞞、汚職腐敗が改まっていないとし、「このため政府自身の建設と反腐敗の仕事は大変なものとなろう」としている。 このように矛盾と問題は数多いため、報告は「政府の活動は任重くして道遠し」であると結論づけているのである。
3.2004年の施策
まず、基本的な考え方として、昨年の党三中全会以来定着している「5つの統一的な企画」(都市と農村の発展、各地域の発展、経済と社会の発展、人と自然の調和のとれた発展、国内の発展と対外開放の5つにつき、それぞれ統一的に企画すること)と「経済と社会の全面的で調和のとれた持続可能な発展」が再提起されている。以下主要項目につき、その注意点を指摘することしたい。
(1)マクロ・コントロールの強化・改善、安定した高成長の維持 (ア)経済成長率の目標 経済成長率の目標「7%前後」は前年と同様であるが、報告では「マクロ・コントロールの目標の継続性を配慮するとともに、また資源と環境に対するプレッシャーを軽減するために経済成長の速度とエネルギー資源、重要な原材料、交通運輸など実際条件とのつながりをも考慮に入れた」と説明している。現在エコノミストの多くが2004年は8%以上の成長が続くと予測しているにもかかわらず、あえて低い値を設定した背景には、昨年より高い目標を設定すると中央が現在の高成長を容認したと受け取られ、投資に拍車がかかり、エネルギー・原材料・交通の需給バランスが一層深刻化しかねないことがあろう。 (イ)マクロ・コントロールの調整 マクロ・コントロールについては、「適時・適切な調整」が必要とされる。「適時」とは、規制措置の発動のタイミングを正しく見計らい、リスクを未然に防ぐという意味であり、「適切」とは、力加減を適切にし、急ブレーキをかけず、画一的な方法をとらないことを意味する。これまで、中国は景気過熱と引き締めによる急速な景気悪化を繰り返してきた(中国語では「大起大落」)。 2020年に2000年のGDPを4倍にするためには、高成長の継続が不可欠であり、経済運営は難しい舵取りを迫られているのである。 (ウ)国債発行の減額 積極的財政政策と穏健な金融政策の継続は再確認されたが、建設国債については「段取りを追って国債の発行規模の調整・縮小を図るべきである」とし、発行額は1100億元と、2003年より300億元減額された。2002年から財政部が提起していた積極的財政政策「淡出」(フェイド・アウト)が動き出したのである。しかし、これをもって積極的財政政策が急転換したと断ずることはできない。例年、国債発行によって得た資金はその全額が年内に配布されるわけではなく、一部は翌年に繰り越される。2003年もかなりの額が2004年に繰り越されたと思われ、昨年同様1400億元はおおむね確保されていよう。また、建設国債に頼らない公共投資を50億元増加するとしており、今後は財政赤字を現在以上に膨らまさないようにしつつ、税源を使用する公共投資を一定規模確保していく方向を打ち出している。建設国債で調達した資金については、経済構造調整の促進と社会の全面的発展のために集中的に用いることとされ、2004年については、農村、社会事業、西部開発、東北地方等の旧工業基地、生態系の整備と環境保全に傾斜することになっている。ただ「国債プロジェクトの継続建設を保証しなければならない」という既得権益保証の一文も含まれており、公共投資の適切な見直しがこれにより促進されるかは微妙である。 (エ)金融政策 経済成長のサポートよりも、貸付の規模を適切に抑制し、インフレと金融リスクを防止することに重点が置かれている。人民銀行の周小川行長は、昨年半ばからマネーサプライの急拡大によるインフレ発生の懸念を表明しており、その主張が容れられた形となっている。事実、2003年の消費者物価上昇率は1.2%であるが、工業製品出荷価格は2.2%、原材料・エネルギー等の購入価格は4.8%、農産物価格は4.4%上昇しており、2004年に入っても物価上昇の勢いは鎮静化していない。しかし、エコノミストの中には、「中国は新しい発展段階に入っており経済過熱を軽々しく口にすべきではない」、「現在心配されるのはインフレよりもデフレの再発である」として、人民銀行の姿勢を批判する声も強く、インフレ論争は当分続くことになろう。また、人民元レートについては、大会直前に年内引き上げ説が飛び交ったせいか、レート形成メカニズムの改善については一切言及はなく、「人民元レートを合理的でバランスのとれたレベルで維持する中で基本的に安定させる」としか述べていない。 (オ)投資の抑制 「固定資産への投資規模を適切に抑え、一部の業種と地域における盲目的投資、低水準の重複建設を断固抑制することは、今年のマクロ・コントロールの重要な課題である」とする。具体的には次の施策が列挙されている。 イ.産業政策と業種別の計画を充実させ、業種における情報開示を完備して、民間投資を正しく誘導する。 ロ.業種参入基準の制定・整備を急ぎ、市場参入を厳格にする。 ハ.法に基づいて土地利用に対する管理を強化する。引き続き開発区を整理する。 二.貸付の審査・認可と監督管理を強化する。 ホ.租税制度を厳格に実行し、租税政策を勝手に制定することを断固禁止し、是正する。 (カ)エネルギー・原材料・運輸の需給緩和 一方で石炭・電力・石油製品を増産し、交通輸送幹線の工事建設を加速するとともに、節約を優先的地位に置かなければならないとする。報告は、節約は「当面の需給矛盾を解決するうえでの差し迫った要請であるばかりでなく、わが国の資源と環境のプレッシャーを緩和するうえでの長期的方策でもある」とし、経済成長パターンの転換による資源節約型社会の構築を強く訴えている。昨年のエネルギー・原材料の逼迫により、これが長期的な成長の制約要因となりうることが改めて強く自覚されたのであろう。しかし、粗放型成長の転換は第9次5ヵ年計画当時(1996−2000年)から言われていたことであり、いかに中国の経済成長においてこの問題が根深いかが分かる。 (キ)消費の拡大 報告は、「わが国のGDPに占める消費のウエートが低すぎることは、内需の安定した拡大にマイナスとなるとともに、国民経済の持続的な高成長と好循環にも役立たない」と指摘する。2003年のGDPは11兆6694億元(9.1%成長)であるが、全社会固定資産投資が5兆5118億元(対前年度比26.7%増)であるのに対し、社会消費品小売総額は4兆5842億元(同実質9.2%増)であり、この投資と消費の伸びの極端なアンバランスが、現在のインフレ発生と将来のデフレ再発の2つの懸念を同時に引き起こしているのである。このため、報告は消費拡大策として、都市農村住民の収入増加に努めるとともに、所得分配における調節の度合いを大きくし、中・低所得層の消費能力を高めなければならないとする。また、消費者信用やサービス消費の分野の拡大も必要だとしているのである。だが、最近の個人貯蓄の急速な伸びは、経済体制改革の先行きがはっきりせず、将来不安が広がっていることが大きい。そこで報告でも「改革の諸措置を消費者信頼感の向上、良好な消費期待の形成、即時消費の拡大に役立たせなければならない」としている。
(2)農民の収入増 2003年の都市住民1人当たりの可処分所得は8472元(対前年比実質9.0%増)であったのに対し、農村住民の1人当たり純収入は2622元(同実質4.3%増)であった。都市と農村では収入にもともと3倍以上の格差があるうえに、伸び率も倍以上の格差があるのである。新指導部は2003年初の中央農村工作会議以来、農業・農民・農村の「三農」問題の解決を「小康社会の全面的建設」を実現するための最重要課題と位置づけてきたが、SARSの発生で農民の出稼ぎ収入が減少したため、出鼻を完全に挫かれた形となった。このため、政府・党中央は2004年の第1号文件として農民の収入増加策を打ち出しており、次のような減税と財政支出増の組み合わせにより何としても農民の実質手取りを増やそうとしている。 (ア)農村における税費用改革を引き続き推進する。 イ.たばこ以外の農業特産税を撤廃する(毎年の農民負担軽減48億元)。 ロ.2004年度から農業税の税率を毎年平均1ポイント以上引下げ、5年以内に農業税を撤廃する(2004年度の農民負担軽減70億元)。 ハ.中央財政は地方に対し、396億元の移転支出によって改革を支援する。(イ)食糧流通体制の改革を深化させる。 2004年度は、国は食糧リスク基金から100億元を捻出し、主要生産値の農家に直接補助を与えて、農家の食糧作付けの意欲を引き出す。 (ウ)農業と農村への投入の度合いを大きくする。 イ.2004年度は、中央財政の投入資金を対前年比20%以上(約300億元)増とする。 ロ.国債資金は、重点として農村における「六小プロジェクト」(節水灌漑、人と家畜のイン用水、村や郷の道路、メタンガス、水力発電所、家畜飼育場の囲い柵などの中小インフラ)と農村水利施設の整備に振り当てて、農民の生産・生活条件を改善する。 ただ、このような掴みガネ政策は農民の所得を一時的には引上げるであろうが、都市・農村の所得格差を抜本的に解決するためには、食糧の総合生産能力の向上、農村の経済構造調整(都市部への労働移動を含む)、農業科学技術の向上、農村金融の整備が伴わなければならない。報告でもこの点に言及してはいるが、2004年は目に見える農民所得の引上げに傾斜しすぎている感がある。
(3)西部大開発、東北地方など旧工業基地の振興 西部大開発は、昨年は「積極的に推進」とされていたが、2004年は「経験を真剣に総括し、政策の充実を図り、諸般の措置を着実に実行し、積極的かつ段階を追って進める」とトーンがややダウンしている。他方、東北地方等旧工業基地については、「振興戦略を真剣に実施し、今年は幸先のよいスタートを切るようにしなければならない」とされている。これまでは西部地域に公的資金が重点投入されてきたが、2004年は地域間の資金投入に変化が生じよう。
(4)教育 2004年は義務教育とくに農村における教育に力を入れるとしている。具体的には、次の施策が挙げられている。 (ア)2007年までに西部地域において、九年制義務教育の基本的な普及と青・壮年非識字者の基本的な一掃を達成する。このため中央財政は100億元投入する。 (イ)農村における義務教育に対して、「県を主とする」管理体制の完全化をはかり、中央と省、市(地区クラス)の財政は貧困県の義務教育に対する財政移転支出を増加する。中央財政は60億元を投下し、農村における小中学校の老朽校舎の改築を実施する。 このように、農村教育に力点が置かれる背景には、都市部第2次産業の重化学工業化・ハイテク化が進むにつれて、農民出稼ぎ労働者への技術要求水準が高まりつつあることがある。すでに企業の半数は熟練工を求めており、これに伴い教育レベルについての要求水準も高まっているが、農村教育はこれに十分対応できない状況にある。今後農業の生産性向上を図るためには1.5億人の農村人口を都市に移転させる必要があるにもかかわらず、現状では雇用のミスマッチが発生するおそれが高い。このため、農村教育の向上は急務であるが、一方で農村教育はこれまで末端行政機構の任務とされ、その経費は農民からの費用徴収で賄われてきた。農民の負担を軽減しつつ教育水準の向上を図るには、行政責任の所在を省レベルに引上げるとともに、中央から地方、地方の上部から下部への財政移転支出の強化が不可欠なのである。
(5)医療衛生 SARSの反省を踏まえ、2004年度は次の3つに重点を置くとしている。 (ア)公共衛生体系の整備を強化する。3年間をかけて都市・農村をカバーする。ひどい伝染病(SARS、エイズ、住血吸虫症)等の突発公共衛生事件への対処力を高める。 (イ)農村における医療衛生の条件を改善し、新しいタイプの合作医療制度(農民は任意加入とし、個人・集団・政府が多ルートを通じて資金調達を行う、大病医療共済を中心とする農民向けの医療互助共済制度)のテスト作業をしっかり行う。 (ウ)積極的に都市部での医療衛生体制の改革を推進する。コミュニティーにおける医療衛生事業を発展させ、医療衛生サービスを向上させる。 (6)経済体制改革の深化 (ア)国有資産管理体制の改革と国有企業改革の深化 国有資産管理体制の改革については、関連法規・施策の充実、国有資本経営・予算制度と企業経営業績考課システムの確立が主要政策として挙げられている。 国有企業改革については、2003年の党三中全会の方針に基づき、株式制改造の積極的推進、財産権構造とコーポレート・ガバナンス構造の健全化、混合所有制経済の発展に力を入れ、逐次株式制が公有制実現の主要形態になるようにしていくとしている。また独占業種の打破については、引き続き、電信・電話、電力、民間航空等の業種の改革再編に取り組み、郵政事業・鉄道業の改革を着実に推進するとしている。 (イ)非公有制経済の発展 これも2003年の党三中全会の方針に基づき、非公有制経済の発展を制限する法規・施策の整理・改正を急ぎ、市場参入措置の緩和を行うとしている。国有企業改革や公共事業への参入についても、所要の措置が講じられる。また、投融資・課税・土地使用及び対外貿易の面で非公有制企業が他の企業と同等の待遇を受けられるようにするとともに、その合法的権益を保護する。非公有制企業の長年の要望である現代的財産権制度の整備についても、加速する方針が示されている。 (ウ)金融体制改革 年初に発表された中国銀行と中国建設銀行の株式制改造のテスト作業と、農村信用社改革テストをしっかり行うことが強調されている。 (エ)財政・税制改革 増値税を生産型から消費型への転換を逐次実行していく(設備投資に係る増値税を仕入れ税額控除の対象とする)とし、2004年は東北地方の一部の業種(国家税務総局の発表によれば、設備製造・石油化学・冶金・自動車・船舶・ハイテク・農産品加工・軍需の8業種とされている)でまずテストを行うとしている。また、輸出に係る税還付制度の改革案(還付率の平均3%引下げと過去の未還付分の還付等)を真剣に実施するとしている。 (オ)投資体制改革 企業投資に対する政府の管理制度を改革し、「投資するものが意思決定を行い、その収益を得ると同時にリスクを引き受ける」という原則に照らして、企業の投資自主(決定)権を拡大し、それを確実なものにするとされ、政府の投資については、責任追及制度を打ち立てることが強調されている。 これまで、企業の投資決定に際してはこれを監督する地方政府の意向に大きく左右されることが多く、経済の動向とは無関係に、地方の党・政府指導者の交代直前には投資が抑制され、新指導部誕生後はGDPや工業生産の業績を上げるため、国有企業に投資を拡大させる傾向が見られた。今回の投資過熱も、地方の党幹部人事が確定した2002年後半から始まり、地方政府の人事が確定した2003年に一気に加速したのである。地方政府の指導は国有商業銀行の貸し付けにも反映され、結果的に最終リスクは金融機関(さらには中央財政)が負うことになるのである。このメカニズムを改革しない限り、周期的に起こる投資過熱と急激な引き締めによる景気後退の問題を解決することはできない。 (カ)社会信用システムの構築 この中では、人民大衆の健康・生命に直接関わる食品・薬品等の方面への特別対策が重点とされている。また、知的財産権の保護を強化し、法に基づき海賊版による知的財産権の侵害行為を取り締まるとしている。
(7)対外貿易 「対外貿易の適度な成長を維持するよう努める」とし、貿易摩擦の減少を目指している。また、2003年のエネルギー・原材料逼迫を反映し、「重要物資の輸入源の多元化を推進する」としている。本年1月の胡錦涛国家主席エジプト・ガボン・アルジェリア歴訪の際には、中国石油天然ガス集団公司がエジプト・アルジェリアとの間で原油産業での協力を強化する協定に調印しており、すでに石油の脱中東依存戦略も動き始めている。
(8)就業、社会保障 (ア)2004年は都市部の就業者を900万人新規に増加させるとともに、一時帰休・失業者を500万人再就職させるという目標を打ち出している。このため中央財政予算は再就職補助金83億元(対前年比36億元増)を計上している。 (イ)国有企業の一時帰休者の基本生活保障を失業保険と一体化させる政策を着実に推し進める(従来の一時帰休者生活保障→失業保険→最低生活保障の3段階保障から、失業保険→最低生活保障に2段階化)とともに、遼寧省の都市部社会保障システム整備に関するテスト作業の総括を踏まえ、テストケースの範囲を黒竜江省と吉林省に拡大するとしている。中央財政は、2004年一時帰休者・年金生活者・都市最低生活者の生活保障のための補助金として779億元(対前年比11.3%増)を準備し、地方財政の支出拡大をも呼びかけている。 (ウ)その他社会的弱者対策としては、次の諸施策を掲げている。 イ.都市・農村特別困窮者に対してより一層の関心を寄せ、確実に援助を行う。 ロ.都市部の家屋立ち退きと農村の土地収用にみられる問題の解決を急ぐ。都市については、補償・再配置の政策を完備させ、農村では、適時に農民に合理的な補償を与え、農民の合法的権益を確実に保護する。 ハ.出稼ぎ農民の給与を期日どおり全額支給することを確実に保証する。国務院は3年の期間をかけて、建設分野における出稼ぎ農民への給与遅配問題を基本的に解決することを決めている。財政資金は賃金支給を優先的に保証しなければならない。
(9)国防 「科学技術による軍事力の強化戦略を実施し、重点としてハイテク武器・装備の研究・開発を進め、高資質の新しいタイプの軍事人材を育成し、情報化を主導とし、機械化を基盤とする軍隊の現代化建設を推進し、ハイテク条件下におけるトータルな防衛戦闘能力を強化する」としている。そもそも中国において軍隊のハイテク化の必要性が認識されるようになったのは、湾岸戦争がきっかけであるが、その後の米・アフガン戦争、米・イラク戦争は、中国指導部に軍隊のハイテク化をより一層痛感させたものと思われる。しかし、現在の中国の基本戦略はあくまで周辺諸国や大国との平和共存のもと経済建設を推し進めるというものであるため、「国防建設と経済建設のバランスのとれた発展を堅持し、国防建設の全般的効率を引上げる」としており、「2005年までに20万人の軍隊の削減」を併せて行うことにより、軍への過大投入を避けている。 また、「人民武装警察部隊の執務能力及び突発事件への対処能力をより一層増強させる」としており、軍のスリム化に伴い国内治安の確保における武装警察の役割拡大を図っている。
4.政府自身の建設強化
報告は、「1年来、我々は人民のために執政するという要求及び法治政府を建設するという目標」に基づき、「科学的かつ民主的な政策決定を実施し、法による行政を堅持し、行政監督を強化する」という3つの基本的準則の強化に努め、それを真剣に貫徹・実施してきたとする。そして2004年においては、次の5点に力を入れなければならないとする。 (1)政府職能の転換を推進する。 特に次の2点が強調されている。 (ア)様々な突発事件への対処メカニズムの確立と健全化を速め、政府の公共の危機への対処能力を高める。 これはSARSの反省に基づくものである。 (イ)政府と企業の分離を速め、政府がやるべきでないことは更に企業・社会組織及び仲介機構に移譲し、資源の配置における市場の基礎的な役割をより一層大きく発揮させる。 既に述べた盲目的投資や低水準の重複建設も、政府・企業の未分離がその大きな原因をなしており、地方に根強く残る計画経済の残滓を一掃することが強く求められているのである。
(2)科学的かつ民主的な政策決定を堅持する。 「重要問題の集団による決定制度や専門家諮問制度、社会への公示制度、社会に向けての公聴制度及び政策決定責任制の確立と完備を速める」とする。元々中国では指導者の鶴の一声で政策が大きく転換されることが多かった。世代交代の進展によりさすがに中央レベルではこのような政策決定は困難になりつつあるが、地方では未だ政策決定における指導者の力は大きい。指導者の政治業績を上げるためだけの無意味なプロジェクトの乱発を防ぐためにも、政策決定過程の合理化が必要とされるのである。
(3)法による行政を全面的に推進する。 「行政許認可権と行政処罰権を相対的に集中させ、総合的な法律執行作業を繰り広げ、多くの部門が重複して法を執行する問題や、むやみやたらに罰金を課する問題を解決しなければならない」とする。2004年7月1日に「行政許可法」が正式に施行されるが、これを真剣に執行することにより法的根拠に基づかない政府の過剰介入の抑制が期待されている。
(4)人民の監督を自覚をもって受け入れる。 各クラスの政府は、公的な機関の監督のみならず、民主諸党派・工商連合会・無党派・各人民団体の意見に耳を傾け、世論・人民大衆の監督を受けなければならないとする。そして人民大衆が理解しやすく、監督しやすくするためにも、「政務情報公開制度を確立し、政府活動の透明度を増強しなければならない」とされるのである。
(5)政府部門の作風づくりと公務員の充実を強化する。 「真実を追求し、実際を重んじる精神を発揚し、科学的な発展観と正確な政治業績観を確立すること」が政治部門の作風づくりの重要な内容とされる。この科学的発展観と正確な政治業績観の確立については、年初に行われた中央党校の省部クラス主要指導幹部専門課題研究班のテーマとなっており、温家宝総理は2月21日の修了式で長文の重要講話を行っている。これが何を意味するかは、報告が次のようなことを強調していることから見て取ることができよう。 (ア)政策決定に当たっては力に応じて事を運ぶべきであり、盲目的に他と比べてはならない。 (イ)民衆を疲弊させ、財力を無駄にするような「イメージづくりのためのプロジェクト」は立件しない。 (ウ)実情を調査し、真実を語り、水増し報告やほら吹きをなくす。 (エ)功を焦って目先の利益ばかりを考えてはならない。すべての活動は実践、大衆及び歴史の検証に耐えうるようにすべきである。 また、公務員のあるべき姿勢については、「人民のために執政する思想をしっかりと打ち立て」、各レベルの指導幹部は「謙虚かつ慎重で、驕ることなく、焦ることのない作風を引続き保たなければならず、刻苦奮闘の作風を引き続き保たなければならない」(「2つの務必」)とされる。これらはいずれも、胡錦涛総書記が就任以来繰り返し強調しているものである。
5.外交
外交については、第3部の末尾に位置が移動した。
(1)台湾 本年は台湾総統選の年であるが、過去2回台湾に対して恫喝的態度を取った結果、台湾住民の反大陸感情を強め、独立派勢力を優位に立たせてしまった反省からか、「台湾独立」をもくろむいかなる形での分裂活動に断固反対するとしながらも、「法に基づいて台湾同胞の大陸部における正当な権益を保護し、引き続き1つの中国の原則を踏まえて海峡両岸の間の対話と交渉の回復を図る。我々は最大の誠意を持って、最大の努力を払って、祖国の平和的統一を実現するものである」と冷静なトーンを維持している。
(2)国際情勢認識 「平和と発展は依然としてこの時代の主要なテーマであり、世界の多極化とグローバル化は曲折しながらも発展をとげている」が、「一国単独主義の傾向は新たな発展が見られ、局地的衝突は絶えることなく、国際テロリズムの活動が頻繁に発生し、南北格差は更に大きくなり、新旧の安全問題が絡まりあっており、各国人民は厳しいチャレンジに直面している」との認識の下、「我々は世界の多極化を促進することを堅持しなければならず」「覇権主義と強権政治に反対し、いかなる形のテロリズムにも反対し、引き続き公正で合理的な国際政治・経済の新秩序の構築を推し進める」としている。 外交政策としては、これまで同様、発展途上国との友好協力の強化、周辺諸国との善隣友好協力の強化、先進諸国との関係強化、積極的に多国間の外交関係を進展させるという全方位協調外交の方針を維持している。
まとめ
今回の政府活動報告には2つの大きなテーマがあった。それは、 (1)SARSで顕在化した農村・都市の発展の不均衡、地域間の不均衡、都市における貧富の格差、経済・社会の発展の不均衡等の問題をどう是正していくか (2)一部の業種・地域に見られる投資過熱とインフレの萌芽を、どのように成長に急ブレーキをかけない形で解消していくか。同時に、投資過熱の根本原因である地方政府の経済への過剰介入を、どのように是正していくか の2点である。 前者については、減税や農村への公共投資増加による農民の収入増加、公共衛生施設の緊急整備、農村医療対策、東北地方等旧工業基地へのテコ入れ、一時帰休・失業者及び貧困者対策などが主な施策となっており、後者については、財政金融政策の適時・適切な調整、投資規模の抑制、投資体制改革が主な施策となっている。そして、両者に共通の解決すべき問題として指導幹部の旧態依然とした発展観・政治業績観があり、このため今回の報告は第3部でこの問題を特別にとりあげ、政府の経済社会に対する見方・関わり方の根本的転換を求めているのである。 しかし、政府がいくら経済過熱・インフレの危険を強調しても、依然経済を楽観視する意見は根強い。確かに経済は全体としては過熱してはいないかもしれないが、一部の業種・地域のみの投資が過熱し、農村収入・消費の伸びやエネルギー・原材料供給が全くこれに追いついていないという、経済構造の歪みが問題なのである。現在の中国経済はインフレとデフレの狭間にあり、マクロ政策運営を誤ればそのいずれかが発生する危険性がある。そして、中央のマクロ政策遂行の最大の障害は、地方政府の指令経済的行政であり、ここに根本的メスを入れなければ、人民銀行や国家発展・改革委がいくら予防的施策を発動してもその効果は減殺されてしまうであろう。経済政策がうまく機能するかどうかは、政治改革の成否にもかかっているのである。
(2004年3月記・13,294字) 信州大学教授 田中修
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