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SARS収束後の中国政治経済情勢

中国ビジネスレポート 政治・政策
田中 修

田中 修

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2003年8月4日

<政治・政策、マクロ経済>
SARS収束後の中国政治経済情勢

田中修

はじめに

 7月28日、全国SARS予防・治療活動会議が開催され、胡錦涛総書記は、「党中央・国務院の強固な指導のもと、全党・全人民がSARS予防・治療活動において段階的な重大勝利を勝ち取り、経済成長の良好な勢いを維持することができた」と勝利宣言を行った。同時に、「SARSとの闘争過程において、経済と社会の発展、都市と農村の発展の協調が不十分であること、公共衛生事業の発展が遅れていること、突発事件への応急体制が不健全であること、一部の地方・部門は突発事件に対応する準備・能力が欠如していること、を従来よりも一層深刻に認識するに至った」と問題を率直に認めている。

 これから中国は「ポストSARS」のプロセスに入るが、すでに7月に入り政治・経済面で色々な動き・現象が現れている。今回はその代表的なものを紹介することにしたい。


1. 2つの「七・一」講話

 SARS渦が一段落した中国に、新たな政治の高波がおしよせている。

 4月28日の政治局会議で、「3つの代表」重要思想(党は始終先進的生産力、先進的文化及び広範な人民の根本的利益を代表しなければならない)学習・貫徹の新たなブームを巻き起こすための活動が検討されたのに続き、6月15日、党中央はこの新たなブームを巻き起こすことに関する通知を発出した(6月22日新華社北京電)。これを受け、中央紀律委・監察部・中央組織部は、この通知を徹底するよう指示を出した(6月23日新華社北京電)。

 さらに7月1日の党創立記念日には「3つの代表」重要思想理論検討会が開催され、この場で胡錦涛総書記は「3つの代表」重要思想の根本要求を真剣に貫徹し、同思想上の新たな成果を挙げるよう強調したのである。この重要講話については、6月の段階から海外メディアの一部で胡錦涛総書記が党内民主の推進につき、何か踏み込んだ発言をするのではないか、との期待が高まっていた(例えば6月12日付けフィナンシャル・タイムズ)ため、講話の内容が「3つの代表」の学習・貫徹運動に止まったことに対しては、失望の声も挙がった。

 しかし、今回の重要講話と江沢民前総書記が2001年7月1日に行った重要講話とでは、テーマは同じ「3つの代表」であってもウエイト付けが微妙に異なっているように思われる。

 江沢民前総書記の重要講話は、党が永久的に中国を支配していくためには何が必要か、という問題意識から出発しており、この観点から党は経済面・文化面で常に先進的であるとともに、政治面では、労働者・農民のみならず、改革・開放によって新たに生まれた私営企業家・個人事業者などの社会階層の利益をも代表し、彼らの参加を認める国民政党への脱皮を図ることが強調されている。したがって、人民の利益についても、様々な社会階層・様々な方面の利益にきめ細かく配慮し、最大多数の人民の利益を代表することが要求されている。

 ところが、今回の胡錦涛総書記の重要講話で強調されているのは、むしろ指導者のあるべき姿である。彼は、「3つの代表」を学習・貫徹するには、「党は公のためにあり、政治は民のためにある」ことをしっかり把握しなければならない、とし、「3つの代表」の中では、とりわけ「広範な人民の根本的利益」が根本の出発点であり、着地点であると強調している。これは、SARS対策を総括した部分にはっきりと表われており、広範な人民の根本的利益を第一に置きさえすれば、あらゆる困難に打ち勝ち、改革・開放と現代化建設を不断に前進できることが、今回のSARSとの戦いで改めて証明されたとしている。さらに彼は、今回の過程で暴露された幹部の思想・作風面の問題について、よく精査し、幹部の思想観念と活動態度を改めさせるよう強調している。

 この意味で、張文康前衛生部長は、SARSの危険性を早期に明らかにしなかったことにより、明らかに人民の根本的利益に反したことになり、「3つの代表」の学習・貫徹の観点からも、その態度は容認されないことになる。「3つの代表」はとかく江沢民グループの武器のように言われがちであるが、使い方如何によっては両刃の剣にもなるのである。

 そして今回の重要講話では、人民の中でもとりわけ一時帰休者や農村・都市の貧困者といった、社会的弱者の現実問題を解決することに力点が置かれている。これは、昨年総書記に就任して以来、胡錦涛が一貫して強調していることである。同様に、彼が昨年来強調している「2つの務必」(謙虚かつ慎重な作風と刻苦奮闘の作風を保つこと)や法治国家の推進も加えられている。

 また、7月21日、胡錦涛総書記は第6回中央政治局集団学習会を開催し講話を行ったが、この中で、「3つの代表」学習・貫徹が効果を挙げたかどうかを判断するメルクマールとして、(1)発展の面で新たな成果を挙げたか、(2)改革の深化・開放の拡大の面で新たな進展があったか、(3)理論・制度・科学技術・文化等各方面の革新にとって新たな突破があったか、(4)人民大衆の根本利益を擁護し、実現し、発展させるうえで新たな実績を挙げたか、(5)党を強化し、改善するうえで新たな成果を挙げたか、の5点を指摘している(7月22日新華社北京電)。これからすると、今回の学習・貫徹運動は、単にテキストを学習し感想文を提出するようなものではなく、具体的に新たな成果が要求されているのである。

 さらに、党外人士座談会における講話では、胡錦涛総書記は「党は公のために、政治は民のために」の実践と「刻苦奮闘と謙虚かつ慎重な作風」の発揚により、幹部の思想と活動の作風を強化しなければならないと強調している(7月21日新華社北京電)。

 即ちこれらの重要講話を見ると、胡錦涛総書記は、毛沢東主席の言葉「2つの務必」を引いて新政権のあり方を示したのと同様、今度は江沢民前総書記の「3つの代表」を援用しながら、実は党執政の刷新に向け、着々と布石を打っているように思われるのである。

 今回の「3つの代表」学習運動が、単に江沢民前総書記の業績をたたえる目的のみではないことは、6月23日付けの人民日報社説にも表われていた。そこには、「2つの務必」を実施しなければならないこと、胡錦涛同志を総書記とする党中央の「強固な」指導のもと団結を一層強化することが強調されている。また、7月2日付けの人民日報社説においても、「3つの代表」重要思想の本質は、党は公のためにあり、政治は民のためにあるということであり、「3つの代表」重要思想を学習・貫徹するためには、広範な人民の根本的利益を根本的出発点とし、着地点としなければならないことを胡錦涛総書記は詳細に明らかにしたと指摘しているのである。また、李長春政治局常務委員は、7月22日座談会を開催し、胡錦党総書記の「七・一」重要講話精神を学習・貫徹するための中央宣伝団を組織した。これは、中央宣伝部・中央組織部・中央政策研究室・中央党校・中央文献研究室・中央党史研究室・教育部・社会科学院の16人の代表により組織され、すでに各地で宣伝工作を開始している(7月22日、23日、24日、28日新華社北京電)。この中央宣伝団は、結果的に胡錦涛総書記の新たな施政方針を徹底させる役割を果たすことになろう。


2. 経済の懸念材料

 7月17日、国家統計局は上半期の経済統計を発表した。これによれば、1―6月期のGDP成長率は8.2%となり、四半期別では、1−3月期が9.9%と高い成長を示したのに対し、4−6月期は6.7%と成長は大きく落ち込んだ。これは92年以来の低い伸びであり、明らかにSARSの影響が現れたのである。

 社会消費品小売総額は、1−3月が前年同期比で9.2%増であったのが、4−6月には6.7%増にダウンし、上半期では8%増にとどまった。これに対し、上半期の全社会固定資産投資は、前年同期比31.1%増と、94年以来の高い伸びを示した。固定資産投資のトレンドは、1−3月31.6%増、4月28.9%増、5月34.5%増、6月35.3%増とSARSの影響を受けなかったのである。また、投資の内容を見ても、上半期の基本建設投資は29.7%増、更新改造投資は39.2%増、不動産開発投資は34.0%増と、1−3月よりもスピードが加速している。このような投資の急増により、国家統計局によれば、昨年の経済成長における投資・消費・純輸出の貢献度は4:3:1であったが、本年上半期においては投資は4を上回り、消費は3を下回ったと推定されている(7月29日付け上海証券報)。

 上半期の輸出については前年同期比34.0%増、輸入は44.5%増であり、輸入の伸びが輸出の伸びを上回る傾向が続いている。ただ、45億ドルの黒字は確保されており、1−3月に続く貿易赤字は回避された。

 この結果を受け、胡錦涛総書記は7月21日中央政治局会議を招集し、経済政策と公共衛生建設について検討を行った。会議は、上半期の経済情勢が予想外に良かったとしながらも、頭脳を冷静に保ち、経済社会発展における突出した問題の検討・解決を一層高度に重視するとともに、経済成長の質・効率を高めるよう更に努力すべきだとしている。そして現在、SARSの経済に対する後遺症がなお存在しており、就業圧力は増大し、農民の収入増加は困難に直面し、いくつかの産業は不合理な重複建設問題がかなり突出していると指摘する。このため、就業・再就業工作を更に突出した位置に置き、あらゆる手を尽くして農民収入の増加に努めるとともに、盲目投資と不合理な重複建設を制止しなければならないとするのである(7月21日新華社北京電)。

 上半期経済がまずまずの成績を収めたにもかかわらず、指導部がこれほどの懸念を示すのは、中国経済に以下の問題点があるからと思われる。

(1)農民の収入減少
 SARSによる4、5月の卸小売貿易業の損失は約7.8億元、飲食業が約189億元、地域的には、都市の損失が約174億元、農村の損失が約46億元となった(7月14日人民網北京)。当初国家統計局は4−6月の農民1人平均の現金収入は35元減少したと発表していたが、その後31省6.8万戸の農家のサンプル調査を集計し、4−6月の1人平均現金収入は421元(前年同期比11元減であり、実質3.3%減少)と再発表した(7月25日中新社北京電)。上半期の収入の伸びは実質2.5%増にとどまり、このため、国家統計局は、本年の目標である農民の平均収入4%増は、かなり厳しくなったとの認識を示している。また、6月15日時点で河南・四川・湖南・河北・江西の5省の出稼ぎ農民の23.3%しか都市に戻っておらず、これが農民収入への更なる悪影響をもたらすおそれを指摘している(7月17日人民網北京電)。上半期の都市住民の平均収入は実質8.4%増であり(7月29日中新網電)、都市・農村の所得格差はますます拡大している。胡錦涛体制は、「小康社会の全面的建設」のためには、三農問題の解決が必要不可欠としてきたが、その最重要課題である農民の収入増加に黄信号がともったのである。

(2)雇用の悪化
 国家統計局によれば、今年の新規労働力増は1000万人であるが、6月末で国有企業の一時帰休者は370万人、都市登録失業者は800万人弱である。これに加え、今年卒業する212万人の大学生のうち、まだ50%しか就職先は決まっていない(7月17日人民網北京電)。SARSは雇用吸収力の最も大きい第3次産業に大きなダメージを与えたため、雇用への悪影響が当分残るものと思われる。このため、黄菊副総理も、7月24−26日河南省を視察した際に、「今年のSARSの影響により、就業・再就業工作は困難を増している」と率直に認めたうえで、この工作を突出した位置に据えるよう強調している(7月27日新華網鄭州電)。

(3)重複建設
 上半期の業種別投資をみると、冶金・紡績が前年同期比でそれぞれ1.3倍増と1.1倍増、機械・非鉄金属・化学工業・軽工業がいずれも50%以上の伸びを示している。また、電解アルミ生産はすでに供給過剰であるにもかかわらず、10以上の省で更に大プロジェクトが進行している(7月27日新華網北京電)。これまで重複建設の代表であった鋼・鋼材についてはそれぞれ伸びが21%、17.4%となっているが、国家統計局は中国の鋼材の品質が悪いため上半期の鋼材の輸入が急増していると指摘し、このような鉄鋼の大量消費の理由として、高速道路やパイプラインの建設、自動車工業の拡張、不動産建設のために大量の鋼鉄が必要になっていると説明している(7月29日付け上海証券報)。自動車については、人民銀行統計司の指摘によれば、東部・中部地域は一斉に地方自動車工業を発展させるべく生産能力を拡充している。しかし、一旦3大自動車集団が値下げを開始したとき、大規模生産能力と技術開発能力に劣るその他の自動車投資プロジェクトは生き残れる可能性は少ないと懸念されているのである(7月18日付け中国経済時報)。

 また、重複建設はハイテクの分野にも及んでおり、集積回路の生産ラインはすでに20あるにもかかわらず、10以上の省で計画・承認手続きが進行中である。これと同時に、ハイテク・パークの建設ラッシュが全国的に巻き起こっている(7月21日付け光明日報)。長江デルタ地帯においては、14の都市の5カ年計画において、上位4位の支柱産業として電子情報・自動車・新材料・バイオ医薬が挙がっており、いずれもこれで70%を占めている(7月27日新華網北京電)。人民銀行統計司によれば、これらの重複建設は地方政府の業績主義による功名争いが背景となっており、ハイテク企業誘致のため違法な税の減免・還付や低価格による土地の譲渡も行われている(7月18日付け中国経済時報)。

(4)電力不足
 工業は上半期前年同期比16.2%増と、94年以来最高水準を示した。湘財証券有限責任公司と北京天則経済研究所の共同研究によれば、工業の経済成長率への貢献度は70.2%であり、GDPを5.8ポイント押し上げている(7月29日付け上海証券報)。

 しかし、このような成長率をはるかに上回るような工業の伸びは、電力不足を深刻にしている。国家発展改革委によれば、上半期の全国発電量は前年同期比15.39%増であり、なかでも浙江・江蘇・寧夏はいずれも20%を超えている。もともと国家発展改革委は電力消費の伸びを成長率プラス2ポイントで予想しているので、この伸びは予想外のものであった。しかも、同委によれば、今後夏の電力使用のピークが訪れ、各地方政府がSARSによる経済損失を挽回するため工業生産の速度を加速させており、電力需給の逼迫はさらに過激さを増すと予想されている(7月17日中新網北京電)。

 国家電力監督管理委は、電力不足の主たる原因を、経済の急成長、固定資産投資の拡大、化学・建材・冶金・非鉄金属の4業種の急拡大とみている。同委は、盲目的拡張や重複建設により、電力の需給バランスに影響が出ているとして、電解アルミ業界などに規制措置をとっているが、電力不足は来年も続くと予想している(7月29日付け国際貿易)。

(5)銀行貸出の急増
 現在人民銀行が最も懸念しているのが、銀行貸出の急増である。6月末の全金融機関の貸付残高は前年同期比22.89%増と97年以来の高い伸びを示した。これを反映して、6月末のM2は20.8%増とやはり97年8月以来の高い伸びを示している。人民銀行統計司によれば、この勢いが続くと1年の新規貸出増は3兆元を超え、社会科学院の予測では3兆5000億元に及ぶ可能性もある。3兆元の場合は対前年度比22.8%増、3兆5000億元の場合は26.6%増となるが、26.6%増は改革・開放以来の最高水準となる。これは今後2年内にインフレ圧力を強める結果になり、貸出の多くは都市建設・不動産開発・テーマパーク建設のために費消されている(7月20日新華網北京電)ことから、最終的には銀行の経営リスクを増大させ、新たな銀行の不良債権を生み出しかねないと懸念されている。このため、人民銀行としては、銀行業監督管理委に厳格な銀行の経営リスク管理を要求すべきだとしている(7月18日付け中国経済時報)。

 周小川人民銀行行長も、「3つの代表」学習・貫徹学習班の席上で、「通貨の不安定とインフレとりわけ悪性インフレは人民大衆の根本的利益を侵蝕するものだ」と指摘し、インフレが顕在化する前に適切な措置を取る必要を強調した(7月29日付け証券時報)。このこともあって、人民銀行は6月13日に不動産向け貸出の規制を強化したほか、商業銀行への窓口指導の強化、売りオペの実施など、マネーサプライの抑制に全力を挙げているが、これは不動産業会をはじめ、各界の激しい反発を受けている。

 これに対し、発足したばかりの銀行業監督管理委の動きはにぶい。もともと、同委は4大国有商業銀行に対し不良債権比率を年内に3〜4ポイント、金額にして700〜800億元引き下げるよう要求していた。6月末、建設銀行の不良債権比率は年初より2.99ポイント下がって12.91%、中国銀行集団は3.33ポイント下がって19.16%、中国工商銀行は3.5ポイント下がって22%となった(いずれも国際基準に基づいた分類)。中国農業銀行は旧分類で3.53ポイント下がって26.54%となっている(7月23日付け京華時報)。この数字は銀行業監督委の満足のいくものであり、これだけ急速に不良債権比率が下がったのは新規貸出の急増のたまものであることから、直ちに批判するわけにはいかないのであろう。

 しかし、事態はもっと深刻のようである。国有商業銀行の行員の内部告発によれば、不良債権比率が減少したのは、新規貸付により元の貸付の元本利息を返させ、不良債権を新規貸付に置き換えるという帳簿のごまかしによるものだという(7月21日付け財経時報)。中国銀行関係者の告発によれば、期限の区分を操作することによりいくらでもごまかしはきき、それは国際基準の5分類に変えても、簡単に応用できるという。とくに、最近は不良債権を中長期の貸出に置き換えることにより、貸出リスクを短期的に顕在化させない操作が行われているという(7月21日付け21世紀経済報道)。また、地方政府と銀行の癒着も深刻で、特にひどいのは基本建設にからむ貸付であり、たとえば寧波市は、本年100億元の大プロジェクトを10開始しなければならず、必要な資金を獲得するため、銀行に対して400万元のボーナスを支給する代わりに、400億元の新規融資を引き出したという(7月21日付け財経時報)。
この内部告発が本当であれば、4大銀行の不良債権比率は減少するどころか、潜在的には一層深刻になっていることになる。

 このように、SARSの危機を脱したかにみえる中国経済も、まだまだ多くの問題を抱えているのである。

(7月29日記・7,747字)
信州大学教授 田中修

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