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事例で学ぶ中国ビジネス成功のノウハウ(5)ジョブ・ホッピング

中国ビジネスレポート 投資環境
筧 武雄

筧 武雄

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2004年3月15日

<投資環境>

事例で学ぶ中国ビジネス成功のノウハウ(5)ジョブ・ホッピング

筧武雄

 

1.基本事項

  手塩にかけて育てた幹部人材や技術者たちが給与水準を理由に、競合他社へと転職していく「ジョブ・ホッピング」現象は中国だけでなく、海外に進出した日本企業を共通に悩ませている問題である。

 日本企業は顧客満足を経営理念のコアとした集団主義、品質第一主義組織であり、もっぱら生産現場で働くワーカーたちにOJT、人材教育を通じて独自の技術ノウハウを教え込み、高度な品質を企業体質としてみずからに「造り込んで」いこうとする。検査や検品という後手手段ではなく、高品質を体質として築きあげようとするのである。だから直接のワーカーだけでなく、生産管理者、あるいは間接部門の幹部職員、部門管理者に対しても、生産管理、財務管理、営業管理、原価管理など種々の管理手法をOJT教育で時間をかけて社内育成しようとする。現地経営幹部についても、幅広い視野を持ち、総合的な経営の視野で判断と適切な指導ができる経営管理職人材を、若い優秀な人材の中から総合評価の手法をもって自社育成しようとする。

 日本の戦後歴史の中でそのベースとして形成されたのが、いわゆる「三種の神器」、すなわち終身雇用制度、年功序列、労働組合である。ところが、中国にはこのような三種の神器がない。正社員も全員が契約雇用である。短期雇用の能力主義、実績主義だけしか物差しを持たない中国の人材たちは、外部採用の即戦力を前提に、給与水準に強い関心を持って、日系企業の期待には応えようとはしないし、応えることもできない。
 有給休暇を利用して他社への転職活動を旺盛に行い、技術ノウハウを持ったままライバル企業に転職し、甚だしくは、在職中の身でありながら、当社で習得した生産技術ノウハウを他社に指導し、そちらで同時に個人的利益を謀るという利益相反行為、あるいは本人が転職しなくても、模倣目的の別会社を在職中に設立したり、顧客の同業者に技術供与して製造させたりする例もある。さらには、技術者や管理職を引き抜いたあとで当該技術者から技術情報を入手する、合作商談をおこなう過程で各種情報を入手したうえで合作交渉を終結させる、業余人員を「顧問、業務指導、日曜エンジニア」として雇用して商業秘密を入手する、企業主管部門または業種協会が企業の意思に反して経験交流や技術普及の名目のもとに企業秘密を他の企業に伝達するなどの事例もある。

 他方、日本企業としてもジョブ・ホッピングを防止するため、日本本社で終身雇用の正社員として採用し、日本の「三種の神器」を与え、日本の社宅を家族に提供し、日本の銀行口座に給与を振り込み、さらには日本国籍に帰化してもらったうえで中国出身地の勤務に派遣するという典型的な対策があるが、それでもなお上述したような「事件」は後を絶たず発生している。なぜか?
 過去幾度もの中国進出ブームを経て、すでに多くの製造・検査・管理技術が日本から中国に移転された。いまや中国に進出した日系企業対象の調査報告を見ると、喫緊の課題として「激烈な競争」という回答がトップを占めるようになっている。これは即ち、現地調達を基本とし、海外へのロイヤルティー送金も利益配当負担も無い中国地場のメーカー、あるいは台湾など華僑系のメーカーが旺盛に技術ノウハウを吸収し成長してきた結果である。彼らには「外国人派遣社員」という巨大なコスト負担も無い。技術を吸収すればするほど儲かる仕組みになっている。
 日本企業が中国に進出して、ジョブ・ホッピング、技術ノウハウ漏洩、模倣被害を防止するための、中国法上有効な対策はあるのだろうか、あるいはそのような事実を発見した場合、中国の法律ではどのように対処すれば良いのだろうか。

2.ケース・スタディ

 中国人技術者であるZは外資合弁の玩具メーカーA社の生産技術担当董事、総経理代理に招聘され、会社と労働契約を結んで就任した。A社は日本の親会社Bと「商品○○に関するライセンス契約」を結び、イニシャルフィーを支払って当該商品のデザイン、製造方法とブランド使用の許諾を受けた。この製品の現地生産はB社から使用許諾を受けたライセンス生産売上高に対するロイヤリティーを支払いながら順調に生産され、製品は中国でもヒットし、大きな利益をあげることができた。
 Zが2年後の任期にA社を離職したいと申し出たため、離職時にA社はZと秘密保持契約を交わし、公証人の公証も受けた。その内容は、「ZがA在任期間中に習得し得た機密を外部に漏洩してはならず、離職後も2年間は類似製品または競争製品の生産経営を行う他社で働いてはならない」というものであった。そのうえで双方は労働契約を解除した。
 その翌月、ZはA社の現地ライバル会社である別の玩具メーカーC社の副総経理に就任した。翌年4月、たまたまA社は、市内の市場で、Zの転職した競合メーカーがA社のヒット製品と類似した競合商品を発売しているのを発見した。よく調査してみると、類似品はZがA社に在籍していた時期から発売されていたこともわかった。A社は模倣被害の実態を日本のB社に通知した。

3.分析

 A社とZ個人は、採用時に労働契約を締んでおり、退職時には退職後の秘密保持契約も締結している。
 中国の反不正当競争法(1993年12月1日施行)第10条第3項では、「商業秘密とは、公知でなく、権利者に経済的な利益をもたらすことのできる、実用性を備え、かつ権利者が秘密保持措置を講じている技術情報および経営情報をいう」と規定されている。したがって労働契約と秘密保持契約で保護された当該の製造技術ノウハウは、中国の法律上、立派な商業秘密に該当する。同時に同法第20条第1項では「事業者がこの法律の定めに違反し、侵害を受けた事業者に損害をもたらしたときは、損害賠償の責任を負わなければならず、侵害を受けた事業者の損害を計算しがたいときの賠償額は、侵害者が侵害期間に侵害により得た利益とする。かつ、本法の定めに違反した事業者は、侵害を受けた事業者が自身の適法な権利を侵害する不正競争行為を調査することにより支払った適正な費用を負担しなければならない」と定めている。これがA社の損害賠償請求の法的根拠である。
 さらに、反不正当競争法第10条第1項では「事業者は次に掲げる手段で商業秘密を侵害してはならない」と定め、「窃盗、利益誘導、脅迫またはその他の不正な手段で、権利者の商業秘密を取得すること」、「入手した商業秘密を約定に反し、または権利者の商業秘密保持についての条件に反し、暴露し、使用し、または他人に使用を許諾すること」等を列挙している。Zが在職中に機密を漏洩した行為が事実であれば、まさにこの条文規定に違反した違法行為、いわゆる利益相反行為に該当することになる。
 さらに中国の労働法第22条は「労働契約の当事者は、労働契約で使用者の営業秘密の保持に関する事項を約定することができる」と定めている。労働法第102条は「労働者が…(中略)…労働契約の中で約定した秘密保持事項に違反し、使用者に経済的な損害を与えたときには、法により賠償責任を負わなければならない」とも定めている。
 秘密保持義務を定めた労働契約は当然合法で有効である。秘密保持契約についても、特に中国法により政府への届出・許可の義務は定められていないが、本ケースでは双方の自由意思にもとづき書面で締結された公正な契約であり、公証人により正式に公正証書として公証作成もされている。したがって、この契約は中国労働法を根拠法とし、中国契約法にもかなった中国法上有効な契約書である。


4.解題

 中国工場では油断していると親会社の技師だけでなく、技術院設計員の技術者、関係企業の人物、顧客の技術者など外部の専門家たちが製造現場に立ち入り、製造設備のメーカー名、型番、原料、素材などをこまめにメモにとって帰る。中には見知らぬ人物が精密ノギスを持ち込んで出没することもあるという。
 このような部外者の無原則な現場アクセスを許容する体制は論外としても、そもそも企業秘密の保護とは、企業がみずからの従業員によって知財権を侵害されないように、みずから防衛することにある。労使関係における企業機密の保全については、上述のとおり、労働法第22条、第102条に明文規定されている。しかし、現実に中国人技術者、職員、ワーカーは、在職中であっても、個人的利益のために外部に機密漏洩することがある。また、しばしば自己のキャリア・アップと所得増加のためにジョブ・ホッピングする。このような場合に、コンペティターを含めた外部に企業の内部機密情報の持ち出しを禁止し、法的に有効な自己防衛システムを効果的に保全しておくことが必要になってくる。それが、誓約書、宣誓書、業務分掌記録、業務日誌、業務検査体制である。
 機密漏洩防止のための自己防衛策としては、

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