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<連載>中国ビジネス入門ABC講座 第8回:都市と農村

中国ビジネスレポート 投資環境
筧 武雄

筧 武雄

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2008年8月3日

記事概要

 中国における戸籍制度に相当する「戸口」制度では、国民戸籍は大きく「農業戸口」(いわゆる農民戸籍)と「非農業戸口」(いわゆる都市戸籍)に分けられ、農村の農業戸口から都市の非農業戸口に戸口(戸籍)を移転することを「農転非」と呼ぶ。

中国における戸籍制度に相当する「戸口」制度では、国民戸籍は大きく「農業戸口」(いわゆる農民戸籍)と「非農業戸口」(いわゆる都市戸籍)に分けられ、農村の農業戸口から都市の非農業戸口に戸口(戸籍)を移転することを「農転非」と呼ぶ。

現実問題として、「農転非」の戸籍移動は従来から非常に困難な状況にあり、農村から都市へと出稼ぎに出てくる農民たち(いわゆる「農民工」)は都市戸籍がもらえないために、都市の公営住宅に住めず、社会保険も適用されず、子女の教育すら受けられないという環境におかれてきた。したがって、出稼ぎ農民のほとんどは低賃金の肉体労働や家政婦労働、あるいは露天商等を営むしかない状況におかれてきた。民工の子供たちが空き地や倉庫などで「民工学校」を開いても、それは違法行為として公安に取り締まられてしまう。

日本ではちょっと考えられないことかもしれないが、今までの中国社会においては、都市(城内)と農村(外地)は歴然と区別されてきたのである()

()中国語では「市内」のことを「城里」(ChengLi)、市外地域のことを「外地」(WaiDi)

と呼ぶ。市外から来た人は「外地人」(WaiDiRen)と呼ばれ、農村から都市に出て来る

出稼ぎ農民工は、略して「民工」(MinGong)と呼ばれる。

企業活動においても、この「農転非」問題は特に人事採用面で大きな影響がある。多くの工業団地は地方都市郊外に設置されていることが多いが、現実間題として、このような環境では都市部から優秀な人材を正社員として迎えるうえで、この問題が生じる。なぜなら、その人材が都市戸籍を捨てて農村戸籍に移住してしまうと、都市戸籍への復帰が困難になり、社会保険が受けられず、子女の教育にも支障が生じるからである。都市からの通勤が可能な範囲であれば良いのだが、それが難しければ企業が準備した社宅に単身赴任ということになり、さらに遠隔地等、最悪の場合は採用を断念せざるを得なくなるケースもでてくる。

それだけでなく、都市から別の都市への戸籍移転も手続きが煩雑である。中国の社会保険制度は各都市ごとに制定されているため、別の都市へ戸籍を正式移転すると、それまで積み立てた社会保険は切り捨てざるを得なくなる。中国政府は、これから中国全土で移転が可能な社会保険口座制度を制定するとも発表しているが、現実問題として、市外から社員を正式採用する場合、企業は社宅と福利厚生を自前で準備しなければならない。

このような「農転非」問題の対策として、90年代以降、多くの都市、開発区、工業団地などでは「臨時戸籍制度」(いわゆる「藍皮戸口」制度等)が導入され、一応の対処はなされてきた。また最近では河北省、遼寧省、江蘇省、山東省、四川省、広西省、重慶市など12省で農民戸籍と都市戸籍の区別を廃止するなど、旧来の戸口制度に対する根本的な制度改革が徐々に進められている。上海の浦東新区では、大学を卒業した優秀な人材には戸籍を与えるという「優遇措置」も発表されている。しかし、いまだに都市と農村を隔てる壁は現実に大きいようだ。

今年の北京オリンピック開催期間中においても、北京市に通じる道路にはすべて検問が設置され、許可を得た車両以外は北京市内への進入が3か月近く遮蔽された。外国人は歓迎でも、同じ中国の「外地人」は北京市内への流入が厳しく規制されたようだ。華南地域のある都市では、ライフル銃を持った衛兵が市内へ通ずる検問所で市内に入ろうとする外地人の荷物を常時検査し、身分証を持たないものが見つかった場合は大型バスであろうと市内への進入を禁止され、戻されている。

日本人から見れば、このような中国の社会習慣は直截的に理解することが難しい。日本社会は、伝統的に都市と農村が壁で隔てられてはいない。古い農家には必ず鎧兜や刀が伝承されている。封建時代の武士たちは普段、城下町の農村で農業に従事する傍ら武道の稽古に励み、いざ戦となれば鎧兜に身を固め、刀をもって城に馳せ参じる、というイメージがある。

 

中国の都市部はなぜ古くから周囲が高い城壁で囲まれているのか、といえば、その理由は各都市が異民族の侵入から自己防衛するため、と長いあいだ筆者も勝手に思い込んでいた。しかし、あるとき中国人の友人が「中国の都市の周辺に城壁が築かれている理由は、農民が都市に入りこんで反乱を起こすことを防ぐためだ」と話していたのを聞いて、まさに眼からウロコが落ちた印象を受けたのである。

つまり、中国大陸では歴代王朝が何回交替しようとも、都市(城内居民)と農村(外地人)の二大「身分制」は長らく変わった事はなかったというわけだろうか。「農民をたやすく都市には入れない」、これが中国社会における不文律の伝統なのかもしれない。

(つづく)

(2008年8月3日 1,961字)

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