<投資環境> 保税区をめぐる動きと今後の展望
水野真澄
1.保税区の動向
保税区に関連して、以下の通りの動きがありました。
● 一部の保税区において企業所得税率が引き上げられる ● 一部の保税区において、区内企業に輸出入権を付与することが検討される
この二つの事例は、何を意味しているのでしょうか。また、このような動きから推測されるものはどのような方向性でしょうか。以下、この二つの事例の持つ意義と、ここから導かれる保税区の今後の方向性について、解説を行なってみます。
2.企業所得税率の変更
従来、保税区の企業は、製造業・非製造業を問わず、15%の税率で企業所得税率を課税されてきました。これが、広州保税区において、2003年1月1日より、「製造業についての15%の企業所得税率は維持するものの、非製造業に関しては、33%の標準税率で企業所得税を課税する」ことが通知されました。この対応(適用される優遇税制の内容)は、広州保税区が隣接する、経済技術開発区に準じたものです。
では、従来、広州保税区、更には、他の保税区が15%の企業所得税率を採用する根拠はどこにあったのでしょうか。結論から言えば、明確な規定が無いまま運用されている場合が大半でした。
中国には、経済特区を始めとする数多くの特別区が存在し、「外国投資企業及び外国企業所得税法所得税法(以下、外資企業所得税法)」は、このような特定の地域(特別区)に設立された、特定の外資企業、若しくは外国企業の機構に対しては、15%〜27%の優遇税率の適用を規定しています。なお、ここでいう外資企業とは、外国出資が25%以上となる企業を指しています。
代表的な例は、以下の通りの内容です。
【外資企業所得税法の規定により、15%の企業所得税率が適用される場合】
- 経済特区の外資企業と外国企業の機構(外国企業の出張所など)
- 開放都市(北海・大連・福州・広州・連雲港・南通・寧波・青島・秦皇島・上海・天津・温州・煙台・湛江・瀋陽・ハルピン・長春・重慶など)内の経済技術開発区に設立された生産型外資企業
- 沿海経済開放区、経済特区及び経済技術開発区のある都市の旧市街区に設立された生産型外資企業で、技術集約型または知識集約型である場合、外国投資額が30百万米ドルを超えて投資回収期間が長期間に及ぶ場合、エネルギー・交通・港湾建設に従事する外資企業で認可を取得したもの
- 上海浦東新区の生産型外資企業、一定のインフラ関係に従事する外資企業
- 経済特区・国務院が指定した外国銀行の支店及び合弁企業などの金融機関で、登録資本金が10百万米ドルを超え、営業期間が10年を超えるもの
- ハイテク産業開発区に設立され、ハイテク企業と認定された外資企業
- その他
【外資企業所得税法の規定により、24%の企業所得税率が適用される場合】
- 沿海経済開放区、経済特区及び経済技術開発区の所在する都市の旧市街地に設立された生産型外資企業の内、上記の15%の税率適用に該当しない企業
- 国境開放都市、内陸地域の省政府所在都市、及び、長江沿岸開放都市の生産型外資企業
- その他
注:なお、24%の企業所得税率が適用される地域では、別途1.5%、若しくは3%の地方税が課税される場合がある。
以上の通り、外資企業所得税法は、保税区に対しては特定の優遇を規定していません。よって、保税区の優遇は、その立地が、上述のどの特別区(経済特区・沿海開放区等)に該当するかによって決定されるべきであり、それ以上の優遇を行なうことは、本来妥当性に欠ける措置であると言うことが出来ます。
現在、中国には全国15ヶ所の保税区がありますが、これは立地、つまり企業所得税の優遇の対象となる特別区の種類に応じて分類すると、以下の通り分類することが出来ます。
1)経済特区にある保税区 深セン(福田・沙頭角・塩田)・廈門・汕頭・海口・珠海
2)沿海開放区にある(経済技術開発区に隣接する)保税区 天津・大連・広州・張家港・青島・寧波・福州
3)その他(浦東新区)の保税区 上海外高橋
以上の中で、外資製造業・非製造業共に15%の企業所得税を適用することの妥当性を持つのは、1)の「経済特区にある保税区」のみと言うことが出来ます。
その他の保税区は、2)については、沿海開放区の税制が適用されるべきであり、この内容は、外資製造業に対しては24〜27%ながら、非製造業に関しては33%の標準税率と言うことになります。また、3)の浦東新区の保税区については、外資製造業及び特定の非製造業は15%ながら、それ以外の外資企業に対しては33%の標準税率を適用する、という対応が、本来は妥当です。但し、実際の運用は、現時点では以下の通り行なわれています。
1)経済特区にある保税区については、現時点も、また、今後も外資製造業・非製造業共に15%の企業所得税率を採用する方針をとっており、これは、税法上も妥当性を持っています。
2)沿海開放区にある保税区については、以下の通りの個別対応となっています。
広州:従来は製造業・非製造業ともに15%の税率を適用していたが、2003年より製造業については15%の税率を継続するものの、非製造業については33%の標準税率を適用することとなった。
青島:製造業は15%。非製造業は33%で課税し、後日、保税区の財源より18%を補填する。
大連:製造業は15%。非製造業については、従来は30%で課税し、後日、保税区の財源より15%を補填していたが、この補填が打ち切られた。
天津:製造業は15%。非製造業は33%で課税し、後日、保税区の財源より6%を補填する。
以上の通り、製造業は15%の税率が適用されていますが、本来、これらの地域は沿海開放区であり、24〜27%の税率が適用されるのが適切と言えます(技術水準が高いもの・投資金額が大きいものについては、15%の税率の適用が外資企業法にも規定されており、対応は妥当)。
現時点で、この地域の製造企業に対して、15%の税率を適用している背景としては、特定の沿海開放区に経済技術開発区という工業団地があり(上記の保税区は全て経済技術開発区が所在する地域にある)、保税区はこれらの経済技術開発区に隣接している(場合によっては管理機構が同一である)ことから、経済技術開発区の税制を準用しているものと推測できます。外資企業所得税法は、この地域の外資製造企業に15%の税率を適用することを定めていますが、経済技術開発区は独立した工業団地であり、保税区とは独立しています。従って、経済技術開発区と隣接している、管理機構が同一であることを理由として、保税区がこの地域の優遇を準用することは、本来的には適切な措置ではありません。
また、非製造企業は、当該地域では優遇税率適用の対象とはなりませんので、本来は標準税率で課税されるべきものです。よって、33%、若しくは30%の税率で課税した上で、地域によっては保税区の財源より補填する形を取っていますが、これは概ね妥当な対応です(補助金の支払自体の妥当性はさておいて)。
ただし、細かいことを言えば、30%の税率が適用されている地域では、標準税率33%(企業所得税30%+地方税3%)の内、地方税を免除しているものですが、このような地方税の減免は、「外国投資を奨励する業種・プロジェクト」に限定して認められるものであり(外資企業所得税法)、保税区の貿易会社に対して地方税の減免を行なうことは、理論性にはおかしい措置(柔軟すぎる対応)ということが出来ます。
何れにしても、今回の税率見直しの動きは、地方限りで認められた優遇制度の整理(外資に対する優遇は、将来的には国家が認定したものに限定していく)の過程で行なわれているものであり、将来的には、この地域の保税区の税率も沿海開放区の税制に統一されていくことが推測されます。
3)浦東新区の保税区については、少々興味深い状況となっています。
浦東新区は、経済特区と同様の(場合によってはそれ以上の)優遇制度の適用を、国家から認められた地域である、という記述を良く見かけます。
ただし、企業所得税法では、経済特区の外国企業の機構及び外資企業に対して一律15%の税率を適用することを定めていますが(第7条1項)、浦東新区で15%の税率が適用される外資企業は、製造業・インフラ・金融関係に限定されています(同法実施細則第73条)。
勿論、外高橋保税区管理条例には、区内企業に対して一律15%の税率を適用することを規定していますが、これは飽くまでも地方の規定と言う位置付けになっています。
外高橋保税区は、「外高橋保税区管理条例」及び、「浦東新区は経済特区と同様の優遇を認められている」という理由を前提として、区内企業に対する15%の税率適用を継続する方針を打ち出しています。但し、今回の動きは前述の通り、飽くまでも国家の税法に準拠しない優遇の整理の過程で行なわれているものですので、このような対応が、今後どのように推移していくか興味深いところと言えます。
3.保税区企業に対する貿易権の付与
保税区法人に対して貿易権が開放される、という報道が行なわれています。この報道の根拠となる通達は、本年4月29日に公布された、「上海外高橋など4つの保税区における区内企業への輸出入権付与試点業務展開に関する通知(商務部・税関総署・商貿秩函【2003】22号)」です。では、この通達の内容はどのようなものでしょうか。
この通達自体は、かなり簡単な内容のものですが、主要なポイントをまとめれば、以下の二点に集約することが出来ます。
1)対象となる保税区は、上海外高橋・天津・深セン・廈門の4つの保税区に限定されること。 2)輸出入経営権の付与にあたっては、保税区の所在する区外地域の基準を根拠とすること。
1)の点、つまり全ての保税区が対象となるのではなく、対象となるのは4つの保税区に限定されるという点も重要ですが、まず注目しなくてはいけないのは2)であり、区内法人に、無条件に輸出入権(貿易権)を開放するのではなく、保税区が所在する地域(区外)の基準に照らし合わせて、管理・運用を行なうと謳われている点です。
この内容を踏まえ、貿易権開放の内容を4つの保税区でヒアリングしてみました。全ての保税区において、「現在は検討段階にあり、詳細は決定していない」と釘をさされましたが、総じて以下のような企業に、貿易権の付与を検討していることがわかりました。
a. 資本金が5百万元(場所により3百万元)以上の内資企業 b. 生産型外資企業で、前年度の輸出額が 10百万米ドル以上の企業 c. その他(50百万元以上の登録資本金を持つ外資企業で、外国出資が49%以下のもの、その他)
以上の内容を見ると、結果として、「区外の条件そのまま」ということができ、上記通達の内容(保税区の所在する地域の基準を根拠とする)に一致しています。つまり、具体的には、上記のa.に付いては、WTO加盟に伴う、内資企業に対する貿易権の開放スケジュール(下記)に基づく内容です。
● WTO加盟に伴う、貿易権の開放スケジュール(2001年12月11日より起算) <外資企業> 1年以内:外資マイナー出資の会社に対して開放 2年以内:外資メジャー出資の会社に対して開放 3年以内:独資企業に対して開放
<内資企業> 1年以内:資本金5百万元以上の会社に対して開放 2年以内:資本金3百万元以上の会社に対して開放 3年以内:資本金1百万元以上の会社に対して開放
b.については、2001年に出された「外商投資企業の輸出入経営権拡大の関連問題に関する通知(対外貿易経済合作部)」の内容に基づく内容です。この規定に基づいて、前年度の輸出実績が10百万米ドル以上の外資製造業(区外)は、既に他社製品の輸出が認められています。
また、c.の内容は、区外に於ける外資貿易会社設立条件と一致しています。
以上から分かることは、現時点で検討されているのは、「区外地域(一般地域)と同等の条件で輸出権を付与すること」であり、区外地域以上の開放を行なう動きにはないということです。さらに、特定の保税区に限定して試行している状況ですので、保税区企業に対する貿易権の付与は、かなり慎重に検討されていると言うことができます。 ただし、今回の動きは保税区の今後を占うに当たり、非常に重要な動きだと筆者は考えています。つまり、中国は現時点では貿易を一部企業に集約する制度(貿易権)を採用していますが、WTO加盟後3年以内にこれを全ての内資・外資企業に開放することを公約しています。この様に、全ての企業に貿易権を開放するということは、見方を変えれば、貿易を一部の企業に集約する、現行の管理制度の廃止を意味しています。
では、このような貿易管理制度廃止の結果、保税区企業は一般地域で貿易(輸出入)を行なうことができるようになるのでしょうか。これは、非常に判断が難しい点です。なぜかと言えば、保税区は外部とは隔離された地域であり、保税区企業は基本的には保税区内企業との取引や、外国との取引のみを認められているに過ぎません。よって、理論的には保税区企業が区外で輸出入を行なうことは、本来の営業範囲を外れており、貿易権以前の問題ということになります。
ただし、保税区の製造会社は、保税区内に活動実態があるため、輸出権の有無は、それほど問題にはならないのですが、保税区内で活動を行なうサービス業、特に、貿易・物流企業等は、貿易権の有無は非常に大きな問題となります。
現時点でも、保税区の貿易会社は貿易権を持っていませんが、保税区が(形式はともあれ)実質的に保有する貿易公司に輸出入を委託することで貿易取引を行なっています。現時点では、ほとんどの区外(一般地域の)企業が貿易権を有していないことから、このようなオペレーションが成立していますが、今後全ての企業が貿易権を付与される状況下、現在と同じオペレーションを行なって行くことは、少々無理が有ると言えるでしょう。
つまり、これらの企業(保税区の貿易会社・物流会社)が貿易権を付与されない場合、規定上も、運用上も、その活動範囲が保税区の中に限定されていく可能性があります。勿論、現在保税区の貿易会社が行なっている、輸出入を伴わない国内取引については、今後も継続される期待はありますが。
今回は、先ずは4つの保税区に限定された試験的措置では有りますが、保税区の企業に区外地域と同様の貿易権を付与することが検討されています。これが、全部の保税区に広がっていけば、保税区企業も区外の企業と同様の輸出入を行なう権限を付与されることが期待されます。現在、保税区の貿易会社等は、本来の営業許可と実際の活動範囲が違い(実際の活動範囲が営業許可より広い)、この意味で、極めて変則的な存在となっています。これが、貿易権等を付与されていけば、(区外地域の条件に合わせるために、増資等が要請される可能性はあるものの)ある意味では、その存在自体が市民権を得るということができますし、活動範囲が区外も含めた全地域に拡大していくこととなります。
現段階では、保税区、そして保税区企業(特に貿易会社)が、今後どの様な位置付けになっていくかは非常に予測が難しい状態です。ただし、このような貿易権の付与が、保税区企業に対しても検討されていると言うことは、保税区が完全に閉鎖された特別地域になるのではなく、区内企業、特に貿易会社の存在も、それなりに守られていくことが期待できます。
繰り返すと、今回の通達自体は、まだ小さな動きであり、これが保税区企業の活動に大きな影響を与えるものでは有りません。ただし、保税区の今後の位置付けを占う上では、意義のある動きだと言うことができるでしょう。
(03年7月12日記・6,360字) 丸紅香港華南会社コンサルティング課長・広州会社管理部長 水野真澄
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