こんにちわ、ゲストさん

ログイン

事例で学ぶ中国ビジネス成功のノウハウ(4)経営の現地化

中国ビジネスレポート 投資環境
筧 武雄

筧 武雄

無料

2004年2月5日

<投資環境>

事例で学ぶ中国ビジネス成功のノウハウ(4)経営の現地化

筧武雄

 

1.ケース・スタディ

  精密金型メーカーA社は1995年、本社コストダウンに寄与することを目的として中国に進出した。進出形態は100%独資、資本金は1億円である。創業者専務のM氏が本社採用した中国人留学生Qと2人で現地に赴任した。M氏は「中国ビジネスはまず人材から」と考え、製造現場の各ライン長はじめ管理者全員を大卒学歴の幹部経験者で揃えた。

 操業後、すぐに大卒学歴の彼らから、自分達の処遇に対する強い不満が噴出した。「現場生産労務管理ではなく、経営幹部としての職務と地位を期待していたのに裏切られた。給与待遇も悪すぎる」という主張である。日本から連れてきた総経理助理との給与待遇格差も問題とされた。「華南の当地に、東北出身の中国人留学生を日本から連れてきて、日本本社の正社員で言葉ができるというだけで管理権限を持たせ、我々と給与が3倍以上も異なるのは承服できない」。また3S(整理・整頓・清掃)運動を徹底すべく、みずから社内清掃するM氏の姿を指差して、「どうして日本人総経理は工場の床掃除やゴミ拾いなどをするのか?経営トップとしての自覚がたりないのではないか」と冷笑する者までいた。

 ようやくM氏は「優れた幹部さえ引き抜いてくれば良い」という自分の考えが誤った先入観であったことに気づいた。そこで思い切って、Qを本社製造部門に帰し、半年かけて人員を総整理した。ここでM氏が考えたのは、どうすれば中国に日本やドイツのような経営管理、特に徒弟制度を確立させ、儲からない、つらい技術訓練に耐え忍ぶことのできる人材を育成できるかという、その一点であった。

 そこでM氏はまず中国工場内に技術学校を設立した。地元の工業専門学校を卒業した若者たちを募集し、そこで半年から一年かけて基礎を教え、その素質を見極め、卒業生の中で成績優秀なものを正社員として採用することから始めたのである。工場では優れた技術指導者をコアにして製作班を作り、班ごとに金型を受注するシステムとした。このように班毎の独立採算制をとり、ひとつの仕事で得た利益は、携わった班員たちで分配するシステムとしたのである。おのずと良い仕事をする、優れた技能を持った指導者の下に優れた人材たちが集い、切磋琢磨して育つようになった。ひとつの仕事を完成していく中でマン・ツー・マンの技能教育を施し、得た成果はすべて自分たちで分配する、このようなシステムにより、中国工場に徒弟制度を確立することになんとか成功することができたという。

 「そもそも精密金型メーカーは大きくなるものではない」とM氏は言う。「規模は小さいほうが技術水準も信頼性も維持しやすいし、コストも小さく、小回りが効く。だから、中国工場を大きくするつもりもなく、優れた中国人マイスターが生まれてくれば、むしろ独立することを金銭面、仕事面でも支援してやりたい。中国工場を大きくすることよりも、中国に信頼できる仕事仲間を増やして日中間の協業ネットワークを作ることのほうが大切だし、当社グループ全体としてみればそのほうがメリットも大きいし、成功する確率も高い」と言う。たしかに当社の「中国式徒弟制」に励む若い中国人材たちの最終目標は「独立」にある。まさに、彼らの気持ちを理解し、それをうまく自社戦略にも活用した企業経営ではないだろうか。

また、もともと技術者のM氏は英語も中国語も話せない。仕方なく現地高等学校の日本語教師を通訳として雇用し、彼を教師として中国人社員全員に毎日、日本語も学ばせていた。
これが意外な効果を生み出した。中国人社員達が社内でM氏だけでなく、日本本社のスタッフとも直接会話で業務連絡がとれるようにまで成長したのである。最近では社内だけでなく、日本の客先とも直接打ち合わせを始めている。いったん「言葉の壁」が取り崩されれば、多くの現地情報と日本情報が交流するようになり、情報・人・物・金の現地化が進み、独資会社の業績は上がっていった。

 その間、M氏は現地にマンションを買い、日本から家族も呼び寄せた。M氏自身、中国の地に永住し、日本と往復しながら生活する覚悟をすでに固めている。
「日本相手の仕事をする以上、日本人管理責任者が常に現地にいて、強い信頼感で全体の仕事を仕切り、技術を管理・指導しなければならない」とM氏は言う。「いくら言葉ができ、個人的能力が優秀でも、広い視野を持って全体を仕切り、技術指導までできる中国人人材はなかなか見つからないし、育成するのに時間もかかる。日本本社の経営管理チェック、現地業績評価の考え方、視点もこちらとは異なるし、中国では現場で即断し現場の諸問題を常に把握していなければならないので、日本本社からの『遠隔操作』も不可能である」。

2.現地化こそが中国ビジネス成功の鍵

(1)権限委譲問題と現地経営者のモチベーション

 中国人(特に創業時)スタッフは企業ネームに対してではなく、日本人総経理個人の持つリーダーシップとパーソナリティの下にモチベーションを求めて集っている。そのコアを失えば、チームワークは崩れ、給与、待遇問題といった「暗礁」が水面上に急浮上してくる。A社事例では、M氏はQを帰国させ、永住の覚悟で自分が現地に常駐し、独特の徒弟制度システムと日本語による直接コミュニケーションを実現して現地チームワークを固め、日本の本社、顧客との調整も果たしている。一見、A社では現地化の基礎は十分できているように思えるが、敢えて踏み切っていない。その理由は、日本企業が顧客、株主であり、その意向に十分に応えるためという戦略的な背景がある。いたずらに現地化を焦らず、日本人が「魂まで売って」土着化するわけでもなく、お互いの堅固な協業体制とチェックシステムを築きあげようとしている。

(2)優秀な人材の確保問題

M氏が当初犯した誤りは典型的事例である。しかしM氏はそれを見事に克服した。これも優秀な管理者、指導者の下に優秀な人材が集うという好事例である。また、両事例ともに注意しなければならないことは、日本採用のエリート中国人材Qが、必ずしも現地勤務ではうまくいかなかったことである。一般的に、日本人管理者が短期間で交替し、人員の余裕も無い現地法人では、人材育成に裂くことのできる資金的、時間的余裕は無く、ジョブ・ホッピングのリスクも高い。Qのような優秀な中国人材を社内で育成し、定着させるためには本社採用、日本と中国双方での社内育成が好ましいのはたしかだが、言語力や学歴だけがすべてでもない。素質、性格、経験、年齢、出身地などいろいろな要素が絡む。

(3)労務管理問題、現地スタッフの価値観の問題

「中国で韓国の二の舞はしたくない」と語る日本企業は少なくない。その意味は賃金上昇と労務管理上のトラブルを指している。終身雇用、年功序列、労働組合という「三種の神器」が存在しない中国では、「金銭報酬」こそが彼らの最大の関心事項であり、価値観である。そこへ無理に日本式の総合評価や人事管理のシステムを持ち込もうとすれば摩擦を強めるだけである。これは民族性や性善説・性悪説といった個人的資質の問題ではなく、経営システムの問題である。

 中国では一般に幹部とオペレーター(普通工人)の大きな給与格差は当然であり、20倍近い開きも決して珍しくない。しかも内陸の農村地域から無尽蔵な低コスト労働力が供給され続ける。したがって全体の人件費コストは上げなくとも、能力に応じた給与格差を大きく設定することで、あるいは「淘汰システム」(注)を労務管理に導入することで、優秀な幹部・技術者・管理スタッフを高給与で選抜し維持確保することも、比較的規模の大きな工場であれば可能である。その場合のキーポイントは、点数制度、複数評価などの活用により、公平・客観的で透明な人事制度運用に徹することにある。それに失敗すれば、逆に社員モラルの低下、ストライキやジョブ・ホッピングを促進するだけの結果にも終わりかねない。
 比較的小規模な工場であれば、ジョブ・ホッピングを引き留めようとするのではなく、A社のようにむしろ独立を支援して、中国パワーを自社ビジネス・ネットワークに取り込んで活用していこうとする戦略も正解である。

(注)いわゆる中国式労務管理の典型で、ハイアール社の「2・7・1淘汰制」が有名。すなわち業務成績を2:7:1の割合でグループに分け、最下位の1割を常時「足きり」解雇するという前提で労働契約を最初から結ぶもの。この方式は組織全体に「サボればクビ」という逼迫観念を持たせることで生産効率を上げようと狙うものである。しかし、実際には組織全体に常に一割もの非定着層を抱える非効率性があり、人材育成の観点も無く、潜在能力を持った人材の発見・育成にも結びつかない問題点が考えられる。また、「足きり」ばかりがテーマとなって人材登用や待遇改善が組織全体に伴わなければ、かえってトップ2割の転職促進に結びついてしまう危険性もある。

(4)本社とのコミュニケーション、本社の国際化

 「現地化したからには、現地にすべて任せる」という日本企業にありがちな態度は、実は経営の放棄にほかならない。結果として「任せられた」現地を孤立させるだけである。経営を現地化するためには本社とのコミュニケーションパイプをより太くし、経営チェック管理と連絡協議体制をさらに強化していくことが必要である。これがすなわち「本社の国際化」にほかならない。

(5)異文化、異なる商習慣・法律等の相互理解

 「日本企業が客先、株主である限り、日本人が帰国して現地化することはできない」、「経営者たり得る人材を現地採用して社内育成するのは人選が非常にむずかしく、かつ戦力的にも時間的にも余裕が無い」という現場のM氏の言葉には重みがある。品質と精度を最重視する多くの日本企業では、欧米企業のように、優秀な人材を社外から招聘して即戦力というわけにもいかない。
 日本人派遣社員自身は現地に駐在し、営業するわけであるから、現地の言葉を理解し、現地の文化、習慣、法令などに親しみ、現地に溶け込んで歓迎され、現地に根ざす現地化努力がもちろん必要である。直接会話と相互理解が無ければ、人材育成も現地化も根本的に不可能である。

 現地化のスピード、あり方は分野、業種だけでなく、個々の企業戦略に応じて異なるはずである。たとえば国内販売を主眼とするなら現地化スピードは加速させ、輸出加工型であれば品質管理をメインにじっくりと現地化は腰を落ち着けて、という具合に。
いずれにしても経営の現地化に対しては長期的な戦略を持ち、多くの経験に学び、各社なりに自分で工夫しながら、早い時期から生の現実と大胆かつ着実に向かい合っていく謙虚な姿勢が肝要である。一朝一夕に解決できる課題ではない。

(2004年1月記・4.419字)
チャイナ・インフォメーション21
代表 筧武雄

ユーザー登録がお済みの方

Username or E-mail:
パスワード:
パスワードを忘れた方はコチラ

ユーザー登録がお済みでない方

有料記事閲覧および中国重要規定データベースのご利用は、ユーザー登録後にお手続きいただけます。
詳細は下の「ユーザー登録のご案内」をクリックして下さい。

ユーザー登録のご案内

最近のレポート

ページトップへ