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中国からの現場報告とアドバイス(6)

中国ビジネスレポート 投資環境
筧 武雄

筧 武雄

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2007年3月6日

記事概要

中国人の商人的国民性に加えて、これまで共産主義体制下の企業経営で培われてきた事業感覚や商習慣と、我々日本人が日本にあって日常的に経験してきた事業感覚・習慣には、外見は似ていても大きな違いがある。

現場の実態を知り、アドバイスに耳を傾けることは何よりも貴重な情報として参考となる。長年にわたり中国企業経営に携わってこられた日本人ベテラン管理者による貴重な現場報告とアドバイスをテーマ別にまとめたレポートを今回もご紹介しよう。

 

1.中国ビジネス社会のヒエラルキー構造

 

まず中国進出しようと考え始めた段階から、孫子の兵法ではないが「敵を知る」努力が大切である。現在、中国進出に際して中国の経済学的、法律学的立場のノウハウ的な情報は巷に氾濫しているが、中国人の商人的国民性に加えて、これまで共産主義体制下の企業経営で培われてきた事業感覚や商習慣と、我々日本人が日本にあって日常的に経験してきた事業感覚・習慣には、外見は似ていても大きな違いがある。

 

まず、彼らは戦後60年のあいだ、党の牛耳る組織の中にあって、常に上司の顔色を窺い、普段は調子を合わせてはいるが、同時に、いったん上司に何か落ち度があればその足を引っ張ることにも何のためらいもない。きわめてドライである。これを中国史の「革命」伝統と呼ぶ人もいる。

 

逆に何か責任を追及された時は、実にたくみに他に責任の転嫁をし、最後まで自分の責任逃れを図る。特に共産主義体制の中にあって、自分の身辺には絶えず監視の目や密告があり、親兄弟と言えども、時と場合によっては誰も信用できない、といった厳しい環境の中で、彼らは「如何にわが身を守るか」という保身の体験の中で育ってきている。 そうしたトラウマ的体験が習慣を通り越して習性となっているとさえ言えるだろう。

 

彼らは戦後60年間、「中国株式会社」とも言うべき共産主義体制下にあって、全国すべての企業が国営で、従業員も全て国家公務員であるといった我々とは異質な環境の中で国営企業の運営を経験してきている。たとえば中央省庁に勤めている人たちは勿論国家公務員であるが、こういう人たちを「国家級(国家レベル)」の公務員であると言い、また各省(遼寧とか江蘇と言った)に勤めている人々も国家公務員と呼び、この人たちは「省級(省レベル)」の公務員と呼ぶ。 同様に「市級(市レベル)」、「県級(県レベル)」、と果ては「町内会級(町内会レベル)」の公務員まで全て国家公務員なのである。 そこには共産党組織特有の人事編成があり、どの企業にも企業組織や街道の自治組織にも、必ず「党委員会」と称する組織が同居している。つまり、中国共産党単独執政体制の下に、生産体制も需給体制もその他もろもろの全社会システム体制が組み込まれているのである。

 

また、仕事上で交換する中国人の名刺のほとんどに、会社での職務地位を表す肩書きと、もう一つは技能的な資格を表す肩書きが入っていることが多い。この技能的な資格は中国のあらゆる職種の技能を検定試験で決めるものである。最も目に付くのは「工程師(技師)」であり、また「経済師(財務会計士)」、「審計師(会計監査士)」という肩書きである。社会主義中国では伝統的に、この様に組織で働く全ての人間の能力を、上は国家主席から下は一般工員・社員、果ては料理人に至るまで資格に当てはめて格付けがなされ、それによって社会的な地位や給料収入などの公平な分配を図ってきたのである。中華料理店の看板にすら、料理の絵や写真の横にはその盛り付けにも「一級」とか「二級」の技能称号が書かれていた。このように職場で技を競って互いに能力を磨いてきたのである。

彼らはいわば半官半民の立場で各企業に派遣された「師」である。しかし、最近の法改正により、彼らの身分も一般の企業契約労働者と同様になることとなった。これも時代の流れである。

 

2.「チャイナ・ドリーム」の夢 

 

 たとえば、ある工場(企業)でその経営に周囲の仲間を巻き込んで成績を上げ、工場(企業)に大いに貢献した人物がいたとする。彼は次々に抜擢されて規模の大きい組織に移る。求心力のある優秀な人物は、組織が変わってもかつての腹心を元の職場から折に触れては呼び寄せながら、あらゆるコネや手段を利用して自分の息のかかったスタッフを増やして経営の職能集団を形成していく。この職能集団の中には一介の工員から叩き上げた筋金入りの人物が何人もいて、彼の手の内には未来の総経理候補者・企画担当候補者・経理担当候補者・技師長候補者などのスタッフが幾人も握られている。この「ボス」を擁立する手札の中身がどれだけあって、その質がどれだけ良いかを普段の付き合いの中から掴んでおくことが、進出企業にとっては決定的に大切なことなのである。  

 

 こうした「町おこし」集団は全国に無数に存在していて、それぞれの集団は実に固く団結している。ボスに対する個人的な忠誠心は絶対のもので、決して逆らわない。乗り回す乗用車も、そのほとんどが社用・公用車で、その車の格はその組織での序列に厳格に比例し、決して派手に乗り回さない。つまり、日本で言うような「起業家社長」は最近までは存在しなかったのである。有能なボスについた人物は一介の工員から徒手空拳でその能力を認められ、各地区各レベルの共産党校に通って資格を取りながら、例えば企業の総経理となってもなお、大学の通信課程で教育を受け、年に幾度かは民間・公立の経営学院などでスクーリングを受けている。この様な情況は日本や欧米の官僚とはニュアンスが少し違うと思うが、いわば、中国では国家そのものが投資家、資本家であって全国の機械設備や土地を保有管理し、その事業計画と運用を官僚が形成する「アントラプラーナ的テクノクラート」、つまり官僚的企業集団(職能集団)が国から事業を請負って生産を行うと言った所であろうか。そんな見方が出来ると思う。そしてやがては、市や省の人民代表に選ばれながら政治の世界にも出ていくのである。

 

 このシナリオが中国ビジネス社会における一般的な「出世コース(チャイナ・ドリーム)」の現実像といっていいだろう。

 

3.地方私営企業の実態

 

  今から10年程前のことである。山東省のある地方都市の郊外にある農村に郷鎮企業を訪ねた時の話である。当時すでに総資産が10億元で、山東省で1億元規模の事業を達成した企業の第一号として表彰を受けていた、そこの総経理のS氏(当時46才)は、既にこの成功で全国人民代表(日本で言う国会議員)に選出されており、全国労働模範としての表彰も受けていた。 このS氏から、この会社の草創物語を聞いた。

 

 鄧小平主席の郷鎮企業奨励策にのって、貧乏のどん底にあった565戸の村にそのころ一介の村の青年であったS氏は村の発展のために何とかしなくてはと思い、村人に相談して6万元の資金を集めて、まず染色工場を起した。それまで農業しか経験のない農民にとって最初は手作業で行っていたが、どうしても機械化しなければと考えて上級機関の専門家を招いて研究した。試行錯誤の過程でお役人の視察を受けたり、接待をする時など、村中の農家から一個づつ卵を出し合って接待の料理を作ったりした。

 

苦節15年、やっと苦労が実って売り上げが伸び始めた時、S氏は中心となって村の革新を村人に訴え、説得して、村の耕作地の全てを開発区に改造して、工場や病院、住宅地などに転換する事にした。村人はS氏を全面的に支援し、今では村全体が一つの町に変貌しつつあった。私が案内されて視察した開発区の施設の中には化繊、化工、紡績、など敷地にゆとりを持った工場がいくつも稼動し、立派な病院(400床・将来1000床)には当時最新の医療機器(東芝と米メーカーの共同製作設備と言う)を導入していてアメリカから夫婦で医者が来ていた。こうした医者やその他の専門家のためのアパートも用意してあり、聞けば全国から一流の医者を招聘してここに医科大学を作る計画だと言う。さらに、将来中国の国際化に備えて社内の若い社員を選抜して北京大学に国内留学させ、世界の8ヶ国語を学ばせていると言う。ホテルも目下建設中で、自動車の組立工場を誘致する為の土地も確保したという(40万坪)。565戸の村人は全て5DKのアパートに住んでS氏の総括する企業の幹部社員として働き、近隣の住民が一般工員として通ってくる。

 

 S氏が私に見せてくれた施設は優に十指を超えて、一回りするだけで半日はかかってしまった。そのような集団が今では○○集団公司となり、S氏は総裁として君臨しているのである。 名刺の肩書きには「高級経済師」と書いてある。もちろん、成功の美談だけを見てはならない。文化大革命の混乱を超えて、彼らの成功経験のかげにどんなことがあったか? 我々はまずその事実を知る努力をする必要がある。現地で合弁しようとする時は、合弁相手と初対面の時から常に相手の生い立ち、境遇、社会的、政治的、或いは技術的背景を知らなければならない。

 

 国の土地、国の資金を利用し、そして周りの人を動かして自分の才覚で社会のために貢献する、という形でアメリカン・ドリームならぬ「チャイナ・ドリーム」が中国の全国各地に生まれている。それは不動産投資、事業投資のかたちをとり、つい最近まで「バブル経済」という状況を生み出してきた。

 

共産体制下の企業家は、意識するしないに拘わらず、誰もがS氏のような夢を見ているのではなかろうか?特に今日のように国有企業が行き詰まっている時期、外資を利用しようと考える根底にも、無意識のうちに、かつての「鉄椀飯」、「大鍋飯」(いわゆる「親方五星紅旗」意識)的な集団感覚で、「チャイナ・ドリーム」の実現と「町興し」のために外資をうまく利用しようとする意図が必ずあるように思う。

 

中国の地方都市に進出する場合は、まず、そこから理解し、ボスを探し出し、いったい何ができるか、何をしてもらいたいか、何をしてあげることができるか、胸襟を開いてよく語り合うことである。(2007年3月記 4,142字)         

 

(つづく)

 

 

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