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経済過熱防止への諸施策(8)

中国ビジネスレポート マクロ経済
田中 修

田中 修

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2007年8月5日

記事概要

 2007年1-6月期の経済統計速報が発表され、4-6月期の実質成長率は11.9%とされた。これを受け、人民銀行は本年3度目の利上げを決定し、同時に国務院は利子所得税の税率について20%から5%への引下げを決定した。本稿では、この一連の動きを紹介したい。

はじめに

 2007年1-6月期の経済統計速報が発表され、4-6月期の実質成長率は11.9%とされた。これを受け、人民銀行は本年3度目の利上げを決定し、同時に国務院は利子所得税の税率について20%から5%への引下げを決定した。本稿では、この一連の動きを紹介したい。

 

1.1-6月期の主要経済指標

 

 1.1 概要

(1)成長率

 1-6月期の実質成長率は11.5%であったが、四半期で見ると、1-3月期11.1%、4-6月期11.9%と、度重なる引き締め政策にもかかわらず、経済は加速している。

 産業別には、第1次4.0%、第2次13.6%、第3次10.6%と、依然第2次産業が成長を牽引している。

(2)投資

 全社会固定資産投資は、前年同期比25.9%の伸びであり、前年同期よりは伸びが3.9ポイント減少したものの、1-3月期よりは2.2ポイント加速した。

 都市の固定資産投資は同26.7%増(6月単月では28.5%増)であり、前年同期よりは伸びが4.6ポイント減少したものの、1-3月期よりは1.4ポイント加速している。

 不動産開発投資は同28.5%増であり、前年同期より伸びが4.3ポイント加速し、1-3月期よりは1.6ポイント加速した。なお、全国の不動産開発企業の資金源は1兆5618億元で27.8%の伸びであるが、うち、国内融資が3455億元で25.9%増、外資利用が282億元で68.7%増、企業の自己調達が5301億元で34.4%増となっている(新華網北京電2007年7月20日)。

(3)消費

 社会消費品小売総額は前年同期比15.4%(6月単月では16.0%増)であり、伸びは1997年以来の水準となった。1-3月期は14.9%増、4-6月期は15.8%増である。

(4)物価

 消費者物価は前年同期比3.2%の上昇となり、6月単月では4.4%と抑制目標の3%を大きく上回った。

 品目別では、食品が7.6%(うち、食糧6.4%、卵27.9%、食肉及びその製品20.7%)の上昇である。また、工業品出荷価格は2.8%上昇し(6月単月では2.5%)、原材料・燃料・動力の購入価格は3.8%(6月単月では3.4%)上昇した。

(5)貿易

 輸出は前年同期比27.6%増、輸入は同18.2%増であり、貿易黒字は1125億ドルと、前年同期比で511億ドル増加した。

 海外直接投資の実行額は同12.2%増であり、6月末の外貨準備は、1兆3326億ドルと2006年末より2663億ドル増加した。

(6)住民所得

 都市住民の平均可処分所得は前年同期比実質14.2%増であり、農民平均現金収入は同実質13.3%増であった。

(7)金融

 6月末のM2は、前年同期比17.1%増であり、金融機関の貸付残高は同16.5%増加した。新規貸付増は2.54兆元であり、2006年の1年間の抑制目標2.5兆元をすでに上回っている。

(8)財政収入

 1-6月期の全国財政収入は2兆617.84億元であり、前年同期比30.6%増となった。財政収入は2003年に2兆元を突破し、2004年に2.5兆元を突破し、2005年には3兆元を突破した。2006年には4兆元に迫る勢いとなっており、2007年もこの勢いが続いている(人民日報2007年7月24日)。

 この点につき、金人慶財政部長は、7月23日に開催された全国財政庁(局)長座談会において、「上半期の財政収入の伸びには、少なからず一時的で常軌を逸した政策的要素が存在する。上半期の工業・不動産・株式市場・融資・投資の速すぎる伸びが、関連業種の常軌を逸した税収につながった。この一時的で常軌を逸した政策的要素がもたらした増収は持続不可能なものであり、一定程度現在のわが国経済の発展に存在する際立った問題を反映するものである」と指摘している(第一財経日報2007年7月24日)。

 

1.2  国家統計局の説明

 

(1)国民経済総合統計司李暁超司長(人民網2007年7月19日)

A消費の高い伸び

 2007年以来、投資の伸びと消費の伸びの差が縮小するという、新しい変化が出現している。1-6月期に消費が速く伸びた原因としては、次の点が挙げられる。

①住民所得の伸びが速く、消費需要の速い伸びを促進した

 近年、企業収益が好調で、従業員の収入が普遍的にかなり速く増加しており、公務員給与が改革され、低所得層の収入への補助が強化され、出稼ぎ農民の最低賃金基準が引き上げられ、一連の所得分配の調整政策と農村・農民への支援・優遇政策が打ち出されたことが、各所得階層の都市・農村住民の実質所得の増加を促進した。

②住民の支出予想が改善された

 各レベルの政府は、社会保障投入を増やし、教育・医療・住宅等の民生問題の解決に努力したため、住民の将来予想が改善され、消費への自信が強化され、消費需要が不断に増加した。

③消費のグレード・アップの歩みが加速した

 自動車・住宅という重点領域の消費の伸びが、比較的速い。

B輸出の高い伸びの原因

 7月1日から一部産品の輸出税還付率が引き下げられ、一部産品の輸出関税が強化されたが、この情報が7月1日以前に公布されたため、一部企業の6月の駆け込み輸出が際立った。

C4-6月期の投資が1-3月期よりも加速した原因

①新規プロジェクト着工が減少から増加に転じた

 2006年後半に国家が新規プロジェクト着工抑制の政策を行った影響により、この1年間新規プロジェクトの計画総投資額は低調であったが、2007年5月以降再びプラスに転じた。

②貿易黒字の持続的拡大を受けて、現在過剰流動性が比較的際立っている

 社会全体の資金が比較的緩和されており、投資にかなり多くの資金が提供された。

③企業の利潤が比較的多く増加しており、一部業種の利潤の見通しが比較的良好である

 例えば、鉄鋼業は国内鋼材価格がなお国際市場価格より安いため、利潤を稼ぐ余地が比較的大きく、企業投資を誘発している。

④一部業種の投資コストがなお比較的低い

 参入ハードルが高くなく、一部資源産品のコストはかなり低いため、一部企業によるこれらの業種への投資増加を促進している。

 以上の要因が存在するため、投資は現在なお反動増の圧力に直面しているが、適切な措置を採用することにより、投資の反動増は抑制可能である。

D物価上昇の要因

 これは構造的な上昇であり、主たる原因は食品価格の上昇がもたらしたものである。1-6月期の消費者物価上昇3.2%のうち、食品価格がもたらしたものが2.5%分であり、これを除けば0.7%しか上昇していない[1]。しかも、食品価格のうち上昇しているものは、食糧、食肉及びその製品、卵に集中している。

 現在過剰流動性がかなり際立っており、住宅価格が上昇しており、株価指数が波打っている状況下において、いったん食品価格がうまく抑制できないことになると、住宅価格の上昇との相互作用により、物価上昇を誘発するリスクが存在する。

(2)チーフ・エコノミスト姚景源[2]インタビュー(華夏時報2007年7月22日)

A経済は過熱しているか

 GDPの急成長はさておき、2つの重要指標に注意すべきである。

①経済効率が明らかに上昇している

 1-6月期は、財政収入が明らかに上昇し、企業利潤は増加し、都市・農村住民の収入も、ここしばらくなかったような持続的に速い伸びを示した。農民の平均収入は20年来最高水準である。これは、経済成長の速度と効率が統一・協調していることを説明するものである。

②構造調整の成果が顕れている

 1-6月期、投資は3.9ポイント下落し、消費は15.4%増加した[3]。2003-2006年に、投資の年平均の伸びは26.6%であり、消費は12.2%であり、両者の差は14.4%あった。しかし、2007年1-6月期の差は10.5%にすぎない。このように一方が上昇し、一方が下降する局面は、消費の経済に対する牽引作用がますます大きくなってきたことを意味する。

 このほか、高汚染・エネルギー多消費の観点からすると、1-6月期、6大エネルギー多消費業種の伸びは20.1%であり、1-3月期より0.5ポイント下落した。そのうち、非鉄金属、鉄鋼、化学工業はそれぞれ4.3、2.5、0.7ポイント下落した。現在、政府は省エネ・汚染物質排出減にこのように力を入れており、後半の変化はもっと大きくなろう。

 私は、少なくとも現在中国経済が過熱しているとは言えないと思っている。速度は比較的速いが、効率は高まっており、構造は改善されており、過熱と定義することはできない。

B4.4%の消費者物価上昇率はインフレの可能性を意味するか

 1990年から現在まで、毎年の経済成長が連続10%を超えたサイクルは2回あった。1度目は1992-1995年であり、もう1つは2003年から現在までである。1992-1995年の4年間で消費者物価の平均上昇率は14.58%であり、1993年は24.1%に達した。これは明らかにインフレであった。しかし、2003-2006年の消費者物価上昇率の平均は2.1%であり、今年1-6月期は平均では3%にも達していない。

 今年1-6月期の消費者物価は確かにここ2年余りで最高水準であるが、これは構造的な上昇であり、全面的な物価上昇ではなく、インフレと見做すことはできない。これは1992-1995年の物価上昇とは異なる[4]

 インフレか否かを判断するには、総供給と総需要の関係で決まる。我々がモニターしている800余りの商品で見ると、基本的に供給が需要を上回っているか需給が均衡しており、消費品の中に不足している産品は基本的に存在しない。したがって、需給関係では少なくとも今年はインフレが出現しないと決定づけられる。このほか、インフレはかなり多くのマネーが希少な商品を追い求めるものともいえるが、中央銀行はこの点を完全にコントロールする能力があり、インフレの出現を避けることができると私は信じている。

 

 1.3 全人代の反応

 

 これに先立ち、全人代財経委員会は7月16・17日に全体会議を開催し、国家発展・改革委員会、労働・社会保障部、商務部、人民銀行、国家統計局から1-6月期の経済情勢報告を聴取し、討論を行った。ここでは、上記の国家統計局関係者よりはるかに厳しい認識が示されている(新華社北京電2007年7月17日)。

(1)経済の運営における主要な矛盾・問題

①経済成長がかなり速い(状態)から過熱に向かう傾向が更にはっきりした

②貿易黒字が過大であり、融資が過剰であり、投資の伸びが速すぎるという問題が依然際立っている

③エネルギー多消費産業の伸びがかなり速く、省エネ・汚染物質排出減の情勢が依然峻厳である

④物価上昇圧力が持続的に増大しており、特に大衆の切実な利益に関わる食品価格・住宅価格の上昇がかなり速い

⑤資本市場の健全な発展を誘導するという任務は、非常に困難である

(2)「3つの過ぎる」(貿易黒字が過大、融資が過剰、投資の伸びが速すぎ)問題

 「3つの過ぎる」を造成する根源は、国民の所得分配に存在する問題であり、財政の社会事業・社会保障に対する投入が不足し、低所得層の収入の伸びが速くなく、貯蓄率と投資率が高すぎ、消費率が低すぎるのである。

 現在の財政収入が大幅に伸びている有利な時機を利用し、歴史的な債務を積極的に解決し、経済社会の脆弱な部分への投入を増やし、民生問題を重点的に解決し、内需とりわけ家計の消費需要を拡大し、経済成長が過度に投資・輸出に依存するモデルを徐々に転換しなければならない。

 

2.国務院の対応

 

 2.1 国務院常務会議

 温家宝総理は、7月11日、国務院常務会議を開催し、当面の省エネ・汚染物質排出減・気候変化への対応について検討・手配を行った(新華社2007年7月11日)[5]

(1)現状

 総じて見ると、現在直面している情勢は、依然相当峻厳であり、第11次5ヵ年計画で定期した目標[6]を実現することは困難が大きい。不断に発生する汚染事故は、人民大衆の生活に深刻な影響を及ぼしており、決してたかをくくってはならない。

 各レベルの政府は、省エネ・汚染物質排出減の目標を実現することの非常な困難性と緊迫性を十分に認識し、国家・人民・子孫後代に対して高度に責を負うという精神をもって、省エネ・汚染物質排出減・気候変化への対応をさらに際立たせ重要なものとして位置づけ、全ての力量を動員し、施策を強化して、現実の進展を勝ち取らなければならない。

(2)下半期(7-12月期)の施策

①エネルギー多消費・高汚染業種の速すぎる成長を断固として抑制する

 引き続き、土地・融資のバルブを締め、市場への参入許可の省エネ・環境保護面のハードルを引き上げ、重点地域・業種に対して厳格な基準を実行し、各地の国家の規定に違反しエネルギー多消費・高汚染業種に対して実行している優遇政策を断固として正さなければならない。

②落伍した生産能力を速やかに淘汰する

 火力発電・鉄鋼・電解アルミ・鉄合金・コークス・セメントなど13の業種の落伍した生産能の淘汰を重点的に掌握する。

③科学技術に依拠し、重大な省エネ・汚染物質排出減プロジェクト及び重点汚染処理プロジェクトにしっかり力を入れる

 省エネ技術改造プロジェクトを推進し、省エネ産品を政府が強制的に購入する制度を確立し、「3河3湖」及び松花江等の重点流域の管理を強化する。

④省エネ・汚染物質排出減に資する政策措置を早急に実施する

 市場メカニズムの役割を十分に発揮し、価格・財政・税制など経済的梃子と法律・経済手段を総合的に運用し、企業の省エネ・汚染物質排出減を促進する。

⑤省エネ・汚染物質排出減の法執行を強化する

 省エネ・環境保護の特定プロジェクトの法執行検査を深く展開し、当面とりわけ違法な汚染物質排出に対する処分を強化し、いったん発見すれば厳格に審査処分し、決して手を緩めてはならない。

⑥気候の変化への国家対応案を真剣に実施する

 国際交渉・国際対話に積極的に参加し、国際協力を深化させる。

⑦各方面の省エネ・汚染物質排出減活動への参加の積極性を十分に動員する

 全社会を動員し、全人民を参加させ、省エネ・汚染物質排出減を各企業・コミュニティ・単位・家庭・社会構成員の自覚的な行動とする。

⑧宣伝活動を強化する

 各地域・部門・企業が推進する省エネ・汚染物質排出減の進展状況及び先進モデルを重点的に宣伝する。世論の監督作用を発揮させ、エネルギー・資源の浪費や深刻な環境汚染といったあくどい現象を明るみにする。

⑨省エネ・汚染物質排出減の責任制・問責制を健全化する

 科学的で完全で統一された省エネ・汚染物質排出減の指標体系・モニター体系・審査体系を整備し、健全な省エネ・汚染物質排出減活動の監督・奨励・懲戒制度をしっかりと確立する。

 

 2.2 銀行業監督管理委員会

 

(1)融資審査の強化

 銀行業監督管理委員会は、7月12日、銀行業に対し、エネルギー多消費・高汚染業種に対する融資審査を強化するよう督促した(中国経済時報2007年7月16日)。

 統計によれば、5月末、主要銀行がエネルギー多消費・高汚染業種に対して行った中長期貸出は1.5兆元であり、年初より1040億元増加し、前年同期比では21.8%増であり、伸び幅は527億元(9ポイント)減少した。そのうち、石油加工及びコークス業向けは前年同期比15.1%減少し、鉄鋼業は11.4%、電力業は9.3%減少した。このように1-5月期のエネルギー多消費・高汚染業種向け融資は減少傾向を示していたが、楽観はできなかった。

 このため、銀行業監督管理委員会統計部の劉成相主任は、電力・鉄鋼・建材・電解アルミ・鉄合金・コークス・製紙・食品などの業種における落伍した生産能力を備えた企業への銀行融資の圧縮・回収を強化するよう指示したのである。また、国家の規定に適合しないプロジェクトや地域制限のあるプロジェクト、加工貿易が禁止されている企業に対しては、銀行業は融資をしてはならない、とした。

(2)新規貸出増の制限

 7月20日、劉明康主席は上半期総括工作会において、2007年の金融機関の新規貸出増の伸びを15%以下に抑制するよう指示した。すでに1-6月期において金融機関の新規貸出増は2.54兆元に達しており、15%の伸びを上限とすると、下半期の新規貸出増は1.117億元を超えてはならないことになり、厳しい抑制目標となる(京華時報2007年7月23日)[7]

 

 2.3 豚肉価格対策

 

 7月16日、国家発展・改革委員会、農業部、商務部は「一部の省市における豚生産供給・価格工作座談会」を開催した。

 会議では、5月の豚肉価格上昇以降母豚の飼育が回復し始めたものの、子豚が市場に出るまでには1年以上の時間がかかるため、豚肉価格がかなり高く豚肉供給が逼迫する局面はなお相当長期間継続するとの見解が示され、以下の8項目の措置を要求した(人民日報2007年7月17日)。

①疫病を迅速に撲滅する

②豚等の副食品の生産をしっかり行う

③市場供給を組織的にしっかり行う

④低所得層への補助措置を実施し、低所得者の生活水準が下がらないことを確保する

⑤市場・質・価格に関する監督・モニターを強化する

⑥トウモロコシの付加価値を高める加工の盲目的な発展と輸出を厳格に抑制する

⑦世論の動向を性格に誘導する

⑧指導を適切に強化する

 

 2.4 人民銀行

 

 7月20日、7月21日から預金・貸出基準金利を引き上げた。

 これにより、1年物預金基準金利は3.06%から3.33%に0.27ポイント上昇し、1年物貸出基準金利も6.57%から6.84%に0.27ポイント上昇した。なお、5年以上については、預金金利の上げ幅が0.27ポイントであったの対し、貸出金利の上げ幅は0.18ポイントとなっており、中長期の利幅を縮小させることで、貸出抑制を図っている。

 なお、この利上げの結果、中米の金利差が縮小することにより、ホットマネーがますます流入し、人民元切り上げと中央銀行の不胎化政策を激化させるのではないかという懸念が出ているが、国務院発展研究センター金融研究所の夏斌所長は、「現在のホットマネーがわが国に流入するのは、主として利鞘を稼ぐためではなく、人民元の上昇期待の下でわが国の資産価格の不断の上昇から利益を得ようとするためのものである」とし、むしろ市場基準金利を更に引き上げることにより資産価格の速すぎる上昇を抑制することが、却って海外からの投機的ホットマネーの流入の抑制に資すると指摘している(第一財経日報2007年7月23日)。

 

 2.5 利子所得税の引下げ

 

 国務院は7月20日、8月15日から預金利子所得に課す個人所得税の適用税率を20%から5%に引き下げることを発表した。

 利子所得税は1999年11月に消費振興の目的で導入された[8]が、消費拡大効果は必ずしも十分ではなく、むしろ低金利と相まって預金の不動産・株式市場への流出を促進させ、バブルを形成する要因とされ、エコノミストの間から税率引下げ・廃止論が出ていた。

 この論調の高まりを受け、全人代常務委員会は6月29日、利子所得税の減免について国務院の判断に委ねることを決定した。今回の国務院決定は、これを具体化したものである。

 財政部、国家税務総局、国務院法制弁公室、人民銀行、銀行業監督管理委員会は、北京青年報の取材に対し、今回の税率引下げの理由を次のように回答している(北京青年報2007年7月23日)。

「1999年11月1日に、預金利子所得に対し個人所得税の徴収を再開して以来、消費・投資の奨励、個人所得の合理的な調節、財政収入の増加等の方面で、利子所得税は積極的な役割を発揮してきた。近年、わが国経済社会の全体環境は、利子所得税を徴収開始した時点とはかなり大きく変化した。現在、投資の伸びがかなり速く、物価指数は一定の上昇を示しており、個人預金の利子収入は相対的に減少している。国民経済の発展という需要に適応し、物価指数の上昇が個人預金の利子収入に与える影響を減少させ、個人預金の利子収入を増加させるため、全人代常務委員会は利子所得税の減免を国務院の規定に委ねる決定を行った。国務院はこの授権に基づき、利子所得税の軽減の決定を行った」

 しかし、東方証券の楊広東アナリストは、「利子所得税を減免しても、株式市場への影響は有限である」とする。彼は、「株を買う投資家は利子所得税の調整によって、株式市場への投資を放棄することはあり得ない。投機を行っている株主は相対的に固定的であり、短期的に見て株式市場への影響は有限である。しかし、株式市場への投資は一定のリスクを有するため、資金の分散状況が出現する可能性はある。同時に、利子所得税の減免は流通市場の銀行株にとっては好ましい情報である。預金の還流は、銀行業績の有力な支えになる」としている(華商晨報2007年7月21日)[9]

 

 2.6 特別国債の発行

 

 もう1つ注意しておかなければならないのが、外貨の運用のため新たに設立する投資会社の設立資金調達のタイミングである。

 6月29日、全人代常務委員会は財政部が1.55兆元の特別国債を発行し2000億ドルの外貨を人民銀行から譲り受け、国家外貨投資会社の資本金とすることを承認した。財政部の関係者は7月4日、新華社記者の質問に答え、特別国債は中央銀行に直接引き受けさせず、金融市場で消化させる旨明らかにしている[10]。1.55兆元の資金調達はこれまでの人民銀行の預金準備率引上げの5回分以上に相当するため、株式市場は一時弱含んだ。

 中国経済網2007年7月20日によれば、1.55兆元の特別国債は分割発行され、第1回分8500億元の発行については、まもなく上層部の批准が降りる見込みであるという。ただ、その発行期日は明らかにされていない。また、残りの7000億元がいつ発行されるかも明らかにされていない。しかし、この発行は過剰流動性の動向を見極めながら、金融政策と密接な連携のもとに行われることになろう。

 もっとも、この特別国債で回収される2000億ドルは、この6ヶ月間で増加した外貨準備2663億ドルにも満たず、新たに発生した過剰流動性の一部を回収するものに過ぎない。株式市場もそれを見越してか、最近は再び反発している。

 

 2.7 その他

 

①7月1日から2831品目の輸出税還付政策が見直されていたが、8月1日からは一部アルミ製品に対して15%の暫定関税を課し、同時に鉛・亜鉛鉱石・銅鉱石・タングステン鉱石の資源税適用税額基準を見直し、税率を3-16倍にすることが公表された。これは、非鉄産品の資源税率を引き上げることで市場参入コストを高め、省エネ・汚染物質排出減を推進しようとするものである(新華社北京2007年7月19日)。

②7月23日、商務部と税関総署は、連名で加工貿易規制商品目録を発表した。これにつき、商務部は「今回の政策見直しは、輸出商品構成を最適化し、資源商品、高汚染商品、エネルギー多消費商品の輸出、低付加価値商品、ローテク商品の輸出を厳しく抑え、貿易摩擦を減らし、貿易の均衡化を促し、大幅な貿易黒字がもたらす深刻な矛盾を改善し、加工貿易の転換とグレードアップを促すことが最大の目的であるとしている(新華社北京電2007年7月23日)。

 

3.留意点

 

 次の5点を指摘しておきたい。

(1)投資は反動増の危険がある

 前年同期の伸びより弱いとはいえ、1-3月期より加速しており、特にプロジェクトの新規着工が始まっている。これは、地方政府の人事異動が進展し、新たに就任した幹部が一斉に新規プロジェクトを立ち上げているためと考えられ、中央がグリップを緩めれば、たちまち過剰投資が再燃するおそれがある。特に不動産投資の伸びは高く、要注意である。

(2)消費の高い伸びが持続するかどうかはなお観察が必要

 農村の所得の伸びは最近の食糧・食肉・卵の価格高騰を反映しているものと考えられ、政府の価格抑制策が功を奏すれば、再び所得が伸び悩み、これが消費の減退につながる可能性がある。また、都市の消費の伸びは、不動産・株バブルによる資産効果に支えられている可能性もあり、今後バブルが終息してもこのような高い伸びを維持できるかは、なお観察を要する。

(3)経済引き締め政策は併せ技の傾向がみられる

 5月の対策では、利上げ・預金準備率引上げ・人民元レート変動幅引上げがまとめて打ち出されたが、今回は利上げと利子所得税率引下げという「2つの利率変更」がまとめて打ち出された。政策の小出しでは、到底現在の経済過熱傾向を抑えることができないという判断があるのだろう。

(4)財政の役割が強まっている

 証券取引印紙税率の引上げ以降、輸出税還付率の引下げ・輸出関税の強化、利子所得税率の引下げ、資源税の強化、特別国債の発行と、財政・税制手段による引締め策が多用されるようになってきている。金融政策だけでは経済の過熱を抑え込むことは難しいということであろう。

(5)過剰流動性は依然大きい

 貿易黒字は1125億ドル、外貨準備は2663億ドル増と、過剰流動性は依然緩和されていない、今後財政部が市場に1.55兆元(2000億ドル相当)の特別国債を発行しても、貿易黒字の拡大傾向が続けば焼け石に水である。また、国民総投機の状況下で利子所得税率を引き下げても、直ちに預金の株式市場への流出が止まるかは疑問である。

(2007年7月記 9,815字)


 


[1]  チーフ・エコノミスト姚景源は、消費者物価の中で食品類の占めるウエイトは32.7%であると指摘している(華夏時報2007年7月22日)。
[2]  姚景源は、2003-2004年の経済過熱の時期も一貫して過熱を否定していた人物である。
[3]  この表現は、全く正しくない。投資の3.9ポイント下落とは、伸び幅が前年同期比で下落したということであり、絶対額は前年同期比25.9%増である。他方、消費については絶対額の伸びで説明しており、もしこれが彼の言ったとおりであるとすれば、姚景源は投資の下落と消費の大幅増加により両者の差が極端に狭まったように見せかけているのである。
[4]  このような論調は、日本のバブル生成期にもよく見られたものである。
[5]  これに先立つ7月9日に、温家宝総理は、国家の気候変化への対応及び省エネ・汚染物質排出減工作領導小組第1回会議を開催し、施策の検討を行っている(人民日報2007年7月10日)。
[6]  2006-2010年で、GDP単位当たりエネルギー消費を20%削減し、主要汚染物質の総排出量を10%削減すること。
[7]  これまで人民銀行は年間の新規貸出増の上限目標を設定してきたが、2006年は全く目標を達成できなかったため、2007年は目標を設定していない。
[8]  1998年以降中国経済はデフレ傾向が深刻化していたため、利子所得課税は建設国債増発とともに、景気対策の一環として導入された。
[9]  筆者が面接した財政部関係者も、「現在国債の利子は非課税であるが、売れ行きが落ち込んでおり、利子所得税を減免しても株式市場への資金の流れは変わらないだろう」と指摘している。
[10]  この点、社会科学院金融研究所の李揚所長は、特別国債の発行は本質的に財政部と中央銀行の間の資金の置き換えであり、中央銀行は直接財政部から国債を購入できないので、何らかの仲介金融機関を経由して資産の置き換えを図るのではないか」と推理している。中国経済網は、その仲介金融機関はまだ株式会社化が行われていない農業銀行ではないかと推測している。

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