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香港株直行便問題について

中国ビジネスレポート マクロ経済
田中 修

田中 修

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2007年11月27日

記事概要

 8月下旬に資本項目の規制緩和策として打ち出された「香港株直行便(直通車)」構想は、国内個人投資家に香港株投資の道を開くものであったが、この構想が打ち出されたとたんに解禁前から大量の資金が大陸から香港に流出し、香港株の急騰が発生したため、10月中旬には延期が決定された。香港筋の報道では、この混乱について、温家宝総理も安易に解禁を承認したことに対し自己批判に追い込まれたとも伝えられる。

はじめに

 8月下旬に資本項目の規制緩和策として打ち出された「香港株直行便(直通車)」構想は、国内個人投資家に香港株投資の道を開くものであったが、この構想が打ち出されたとたんに解禁前から大量の資金が大陸から香港に流出し、香港株の急騰が発生したため、10月中旬には延期が決定された。香港筋の報道では、この混乱について、温家宝総理も安易に解禁を承認したことに対し自己批判に追い込まれたとも伝えられる。

 事件の全貌はまだ明らかにされていないが、この構想の発表当初から反対を唱えていた、国際金融の第一人者である社会科学院世界経済政治研究所の余永定所長が、フィナンシャル・タイムズ中国語ネットに寄稿した文章が人民網2007年11月20日に転載されているので、この概要と香港の関連報道を併せて紹介することとしたい。

 

1.余永定の主張

1.1 レート切上げ圧力緩和のための資本規制緩和に対して、反対するのが自分の一貫した立場である。

 「香港株直行便」の1つの重要な特徴は、個人が国外証券に投資した場合、外貨購入の年度総額規制を受けないことにある。これは、中国の資本管理規制の堤防に大きな穴を開けることを意味する。資本管理規制を緩和することにより人民元レートの切上げ圧力を緩和することに対して、反対するのが私の一貫した立場である。

 フィナンシャル・タイムズ中国語ネットのある投稿者は、次のように指摘している。

「香港株直行便の開通は、資本項目の流動の拡大により為替レート改革を強化するという発想を反映したものであり、これと逆の発想は、市場の為替レート変動メカニズムを拡大し、資本項目を徐々に開放するというものである。現在前者の道を歩んでいるように見えるが、この道は、もし為替レートがホットマネーを吸収するような高原ゾーンに人為的に固定され、同時に資本項目が開放されるならば、中国の金融・資本市場の防波堤を撤去するに等しい危険を有する。このようなときには、国際資金の洪水が怒涛のように流れ込み、(市場を)席巻した後去っていくことが常態となる。中国経済と金融システムはこれを受容することができるのであろうか?」

私は、このような主張は問題の本質を掴んでいると思う。

中国の「社会主義市場経済」の建設は、まだ遠く未完成である。中国には、権力を利用した利益追求、利鞘稼ぎ、為替レートの鞘稼ぎはどこにでもある。経済が持続的に成長していると同時に、中国の富の再分配過程もまた熾烈である。中国の金融体制は依然脆弱であり、中国経済に存在する各種の不均衡は現在なお悪化しており、社会全体に浮ついた精神状態が満ち溢れている。このような状況下、中国は国境を越えた資本の大規模な流出入を根本的に経験していない。入るものは必ず出ていく。バルブを開いた後、洪水が一旦怒涛のようにあふれ出したならば、再度調節しようとしてももはや手遅れなのである。

 

1.2 私は「陰謀論」者ではないが、中国の1兆4000億ドルの外貨準備が必然的に国際資本にとって、夢の中でも求めずにはおかない恰好の獲物の対象となっていることは、いささかも疑いはない。もし中国が性急に資本管理規制を放棄してしまえば、その結果は極度に危険なものとなろう。

 1998年の東アジア金融危機の際、自由経済の固い信奉者である任志剛氏は、頭を悩ませ心を苦しめながら、次のように語っている。

 「もし我々が慎重な対応をとらないならば、我々の境遇もインドネシアと同様になる可能性がある。悪の張本人は少数のヘッジファンドであり、彼らはいささかも香港に関心を寄せず、ましてや香港人の福祉などには関心がない。彼らが香港に興味を抱いているのは、香港が自由市場ということだけであり、彼らが操縦可能であり、ATMのようにいつでも金を引き出せることである」

 もし、中国が安易に資本管理規制を放棄すれば、将来他人の俎上の肉・ATMになってしまうことは不可避である。逆に、資本管理規制の長城を存続させておけば、中国経済にどのような問題が発生したとしても、全てはなおコントロール下にあり、中国は依然態勢を立て直すことができるのである。

 

1.3 理論的には、中国の数兆元の資金が全部流出する可能性がある。

 香港株直行便の案が公布されて以降、香港株は急上昇し、10月1日からの国慶節休暇期間に中国人が香港で株投機を行った積極さの程度は、私の想像もつかないものであった。私はもともと、投資家は「国内を偏向的に好み」人民元の切上げ期待があるため、国内資金の海外流出は少なくとも一時的なものであり、大問題にはならないだろうと思っていた。中国人がリスクを偏向的に好む程度がこれほど高いとは、思いもよらなかったのである。もし政府が即時にブレーキをかけなければ、どれだけの中国人が最終的に香港で株価下落により塩漬けになったか知れない。

 香港での塩漬けと国内での塩漬けの大きな相違点は、後者が国内の異なる株主間の富の再分配であるのに対し、前者はかなりの程度中国人と外国人の間の富の再分配であるということである。

 流出したドルは、もはや中国国民の富ではない。H株とA株の価格が概ねバランスがとれるまでにどれだけの資金が香港に流れ込むことが必要か、そのうちどれだけの資金が外国投資家のポケットに流れ込むのか想像してみるといい。

香港の1友人は、私に次のように告げている。

「香港上場会社は随時増資することができ、H株と香港株、香港株とその他国家の株は代替可能である。したがって、A株はH株より割高となり、H株は香港株より割高となり、香港株はダウ平均より割高となる。国内資金は直行便を通じて世界にしみ出ていくので、H株をA株より永遠に割安にすることができる」

この友人の論法からすれば、理論上は中国大陸の数兆元の資金が全て流出する可能性もある。中国はこのような方法で人民元切上げの圧力を軽減することを望んでいるのだろうか。香港直行便の情報が公布されて後、国内資金が迅速に外部に流出した(それが一体どれくらいかは私は全く分からない)ことにより、私は現状において資本項目の管理規制を維持することが絶対必要であるとの確信を深めた。

もし直行便を停止し、あるいはこのプロジェクトを徹底的に取り消してしまっても、全体としてそれほどの経済的影響が出たとは思わない。しかし、慌しく公布し、その後既に公布された決定を撤回することは、政府機関に対する信用に悪影響を及ぼすことになる。この2つの害の軽い方を取るとすれば、暫時この計画を棚上げにする決定の方がやはり正しい。

 

1.4 サブプライムローンの陰影が、中国の国際収支の2つの黒字という困難を激化する。

 現在サブプライムローンが誘発した西側の金融危機については、異常に複雑な金融手段に関わるものであり、私の理解が非常に不足しているので、論評のしようがない。

 私の言いたいのは、次の2点である。

①この種の危機は未曾有のものであり、西側の中央銀行すら明確な判断を出せずにいる

 この後がどうなるかは、なお来年の詳しい解説を待たなければならない。

②サブプライムローン危機は、既に米国・欧州・日本等の国家の多くの商業銀行・ヘッジファンド・私募ファンドに巨額の損失を発生させている

 先進国の資本市場がこれをいかに消去するかを中国が学びとるには、なお長い時間を要する。

 中国の取引所職員は、ロンドン・ニューヨーク証券取引所の専門用語をどれくらい理解できるだろうか。大多数の職員は顧客の電話に応対するにも問題があるのではないか。最も基本的な単語すら使えないのに、外国人から金を稼ごうとしてもどうして容易なはずがあろうか。これは完全に、相手から勝利を勝ち取るためにルールを設計する競争である。日本人は何十年も国際金融市場を歩んでいながら、なおも米国人からひどい目にあっているのであり、東洋人には負けないようにすることすら難しい。

 世界銀行の報告によれば、中国において多国籍企業の利潤率は22%である。しかし、中国における外国企業の利潤率は33%に達するといわれており、米国金融機関が中国から稼ぐ金額はさらに桁外れに高い。これは、どこかの機関を批判しようというのではない。私が言いたいのは、中国の対外金融投資の収益率がシンガポールの水準(8%前後)に達したとしても、全体としては国家はなおも損をするということである。中国の当面の急務は、外貨準備の伸びを減少させることであり、即ち経常収支の2つの黒字を減少させ、国際収支の均衡をできるだけ速く実現することである。

 中国はもともとこれほど多くの外貨準備をもつべきではない。ドルの切下げとサブプライムローン危機による証券のデフォルトは、中国人の血と汗の結晶である外貨準備の価値を急速に蒸発させている。しかも、切下げとデフォルトにより、米国はむしろ自らの対外債務から易々と逃れているのである。中国はますます大きな貿易黒字を獲得し、ますます多くの価値もない緑の紙切れ(この1枚の印刷コストは4ドルと聞いている)に交換しようというのか。

 

1.5 中国の金はどうすべきか

 貿易黒字が減少できない状況下において、外貨準備の一層の増加を避けるためには、中国がまず資本項目の赤字によって経常項目の黒字をいかにして均衡させるかを考慮すべきである。

(1)価格の歪曲がもたらす外資の流入を減少させる

 具体的措置としては、外資に対する優遇政策を取り消し、外国企業が中国内で資金を調達することを奨励し、資本の管理規制を強化して投機による資本流入を防止し、人民元を切り上げる(これにより外国の購買者からみて中国資産をできるだけ割高にする)こと等が含まれる。

 国内資金がこれほど潤沢な状況下で、中国の個別企業・金融機関がなぜ依然として外資に株主権を売り渡し、外資のM&Aの対象となることに熱中するのか、私には理解できない。

(2)中国企業の海外進出を支援し、海外直接投資を徐々に増加する

 この方面では、中国は既に少なからぬ成功例がある。当然、中国企業の海外進出に際しては、秩序立てて漸進的に行うという原則を遵守する必要がある。さもなくば、新たな陥穽に陥り、相手国の「人質」となってしまうだろう。

(3)海外進出の順序について言えば、金融企業の対外証券投資は、中国企業の海外投資より高順位に位置づけるべきである

 言い換えれば、国家は金融企業の海外証券投資に対する管理を更に厳しくすべきである。国内金融企業について言えば、人材育成が最優先の事情にある。中国は現在QDII(適格国内機関投資家)の制度を有しており、相当の期間このルートを堅持しなければならない。香港直行便は、QDIIに対するブレイクスルーの意味があったが、これは確かに性急なきらいがあった。

(4)海外直接投資と金融企業の対外直接投資は相当期間規模を大きくできないため、資本項目の赤字により貿易黒字を均衡させる方法は、短期間では奏功しがたい

換言すれば、中国は外貨準備の更なる増加を引き受けなければならない。CIC(中国投資会社)はこの外貨を運用するため生まれたのである。外貨管理局とCICは共に中国の外貨準備を管理するが、後者は授権を得てリスクがかなり高く収益がかなり高い金融資産の運用ができる。

 しかし、なぜCICを設立する必要があったのか。外貨管理局にハイリスク・ハイリターンの金融資産を運用させなかったのか。GIC(シンガポール政府産業投資有限会社)を例にすれば、その設立の主要原因は、シンガポールの外貨管理部門は政府部門であり、外貨管理部門で活動する人員は政府の公務員であるからである。これに対しGICは形式上私人会社(会長はリー・クワンユー)であり、その運営方式は政府部門と異なってもよい。例えば、GICの職員には同レベルの公務員の給与よりはるかに大きな額を払うことができるし、高給で外国人を招請することもできる。もし、ゴールドマン・サックスの外国籍の前社長が中国外貨管理局に参加すれば、人々は奇妙に感じるであろうが、彼がGICに入社しても障害はない。

 中国財政部が別組織を設立する方式でCICを設立したことについて、私は決して納得してはいない。その理由は、コストが高すぎ、外貨管理局の既存の優位性を利用できていないからである。しかし、見て取るべきは、CICの指導部はいずれも中国の優秀な官僚・金融専門家であり、私は彼らがうまく仕事をこなせると信じている。

 現在、完全なコーポレートガバナンスを確立することが、CICの当面の急務である。CICは運営上十分な自由を有するが、その業績は大衆の監督下に置かなければならない。

 

2.香港報道

 以上が余永定の論の骨子である。香港株直行便事件の全貌はまだ明らかでないが、香港の「争鳴」2007年11月号が紹介する一連の経過を参考までに紹介しておこう[1]

8月10日 国家発展・改革委員会、人民銀行が国務院に対し「金融発展・改革に関する若干の試行建議案」を提出。その内容は、①8月下旬、天津において中国銀行天津支店を通じて、国内居住者に外貨または人民元による外貨・香港株の購入を開放し、10月中旬には他の主要都市に拡大する、②12月中旬あるいは2008年1月に、国内住民に外貨・人民元による、国有商業銀行を通じた外貨・外国証券・株式の購入を開放する、③12月から、国内住民に20万ドルあるいはそれに相当する外貨の交換を認める、④国際的な主要貨幣の額面・流通と合わせるため、2008年7月1日に500元札を発行する、⑤条件が整えば、2008年7月1日から人民元を自由に交換する、というものであった。

8月20日 国家外貨管理局が中国本土の住民に対し、人民元を用いて天津濱海新区で外貨・香港株を購入することを開放すると発表。

  この後、国務院研究室・人民銀行の調査研究によれば、1ヶ月余りのうちに中国本土からの資金流出は1兆元に達し、10月中旬までに資金流出は3-4兆元に達した。この資金は、政府系・国有企業に属するものが75-80%を占め、60-70%は香港経由で欧米に流出した。

10月13日 国務院は常務会議を開き、国家発展・改革委員会、財政部、人民銀行、銀行業監督管理委員会、外貨管理局、中国銀行などの関係者が招請された。

  席上、温家宝総理は香港株直行便の業務を暫時停止することを決定し、党中央政治局に報告した、と述べた。この席で温総理は国家外貨管理局の8月20日の措置は「おおざっぱであり、影響が大きく、国務院は一定の責任を負わなければならない」とし、「私は総理として、自ら主要な責任を負わなければならず、多方面から総括する必要がある」と自己批判したとされる。

  また温総理は、「今回の中国本土居住者に対する外貨・香港株購入の開放は、まだ始まらないうちから、ある種の代価を払った。経済・金融に対する指導思想がいまだ『全力を尽くして急いでやる』『まず壊して、後で立ち上げる』といった非科学的思考から抜け出せていない。党中央が暫時停止の決定を下したのは、真実を求める現実的やり方であり、科学的発展観を実践することの体現である」とし、政府各機関がそれぞれ勝手に振る舞い、外部に向けて情報を発したり、約束事をしたり、それぞれが異なる解釈をし、それが中央の政策と見なされることになったとして、政府各部門の態度をも厳しく批判したとされている。

  結局、この会議では香港株直行便については、もっとリスクとその予防策をよく検討し、監督管理方法を確立したうえで、日程・関連規則・実施機関などについて国務院の審査を経た後統一的に発表することで、関係者の認識を統一したとされる。

 

むすび

 この一件は、余永定の論文と上記香港報道から類推するしかないが、17回党大会直前に相当の金融混乱が発生したことは確かである。党大会の中央委員選挙において、金融関係者が軒並み当落線上をさまよったとされ、党大会の期間に金融関係の分科会が開催され、金融関係者が積極的に発言をしていたのは、この事件を抜きには考えられないであろう。

 ただ、ここで留意しておくべき点がある。

①投機筋はそろそろ中国の株式・不動産市場のバブルがピークを迎えていると感じ始めているのではないか

 人民元レートの上昇傾向が続いているにもかかわらず、短期間にこれだけの資金が流出したとすれば、今後資産価格の下落によるリスクの方が大きいと投機筋が判断したからであろう。事実、党大会終了後株価はじりじりと下落を続け、住宅も価格は上昇しているものの成約は急減しているのである。

②資本項目の規制には大きな抜け穴がある

 これは1998年にも指摘されたことであるが、人民元や中国経済の先行きに不安が発生すると、当局が資本取引規制を強化しても大量に資金の国外流出が発生するのである。このことは、オリンピック後の中国経済に不安が生じれば資本項目自由化前であってもアジア通貨危機でタイ・インドネシアが経験した金融・経済混乱が発生し得るということである。

 いずれにせよ、本事件は中国の金融システムの脆弱性の一端が現れたものであり、今後の中国経済の先行きにはより慎重なウオッチが必要である。(11月26日記・6,906字)


 


[1]  この内容は、共同通信「チャイナ・ウオッチ」が紹介している。

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