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インフレ抑制・経済成長の現状維持(5)  

中国ビジネスレポート マクロ経済
田中 修

田中 修

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2008年10月31日

記事概要

本稿では、2008年8月の経済動向、金融政策の動き、政治局会議の議論を紹介する。

はじめに

 本稿では、8月の経済動向、金融政策の動き、政治局会議の議論を紹介する。

 

1.経済の動向

 8月の経済動向は以下のとおりである。

(1)物価

 8月の消費者物価は前年同期比4.9%の上昇となり(7月は6.3%)、都市は4.7%、農村は5.4%の上昇となった。食品類価格の上昇は10.3%であり(2月のピーク時は23.3%)、うち肉及び肉製品は8.0%(豚肉は1.0%)、野菜は-0.5%、穀物は8.0%、油脂は22.7%、水産品は16.4%、果物は13%、卵は2.7%、調味料は6.2%の上昇である。また、水・電気・燃料価格は前年同期比8.2%上昇し、建材・内装価格は9.1%、家賃は3.5%上昇した。

 18月期の消費者物価は前年同期比7.3%の上昇となり(17月期は7.7%)、都市は7.0%、農村は8.0%の上昇となった。食品類価格は18.3%の上昇である。

 8月の工業品工場出荷価格は前年同期比10.1%の上昇となり(7月は10.0%)、うち生産財は12.0%、原油は38.2%、原炭は38.3%、普通大型鋼材は38.2%、燃料動力類は30.9%、鉄金属材料は26.6%の上昇である。

 18月期の工業品工場出荷価格は前年同期比8.2%の上昇となり(17月期は8.0%)、原材料・燃料・動力の購入価格は12.2%の上昇となった。

 消費者物価は2月の8.7%をピークに、4月の8.5%以降4ヶ月連続上昇率が低下しており、5%を切ったのは20076月(4.4%)以来14ヶ月ぶりのことである。このようにインフレは一段落したかに見えるが、これは2007年の後半に物価上昇が顕著になったためであり、物価水準そのものは依然高止まりである。また、工業品工場出荷価格が急上昇しており、これが次第に消費者物価に波及してくる可能性がある。さらに、資源価格の改革も物価上昇要因となる。

 

(2)投資・工業生産

18月期の都市固定資産投資は前年同期比27.4%増であり、17月期27.3%より0.1ポイント加速した。不動産開発投資は29.1%の増である(17月期は30.9%)。新規着工は165683件であり、前年同期比15932件増加した。新規着工計画総投資額は前年同期比で2.5%増加にとどまった。

投資は依然加速傾向にあるものの、投資財価格が上昇しており、実質ベースでは伸びは17%前後で、かつての実質20%以上の伸びに比べれば強くない。堅調に見えた不動産開発投資も、不動産市場の低迷を反映し、伸びがこれまでの30%台を割り込んだ。今後の投資増要因としては、地震災害復興しか見込めない。

工業の付加価値額は、8月は前年同期比12.8%増となり、20072月(12.6%)以来の低い伸び率となった。伸び率は6月の16.0%、7月の14.7%と低下傾向にある。

 

(3)消費

 8月の社会消費品小売総額は、前年同期比23.2%増となり、伸び率は7月の23.3%より0.1ポイント減少した。18月期では前年同期比21.9%増となり、17月期21.7%より0.2ポイント増加した。

 2007年以降、消費の伸びは好調であったが、これは都市住民については株価の高騰による資産効果、農民については農産品価格の高騰による収入増が背景にある。今年に入り、株価は暴落し、農産品価格は徐々に安定化しているため、昨年同様の伸びが確保される保証はない。しかも、物価上昇により、16月期の農民の現金収入は前年同期比実質10.3%(2007年は9.5%)増、都市住民の可処分所得は実質6.3%(2007年は12.2%)増と、都市部の実質所得の伸びが大きく鈍化していた。また、これまで消費のホットスポットと言われた自動車・住宅についても買い控え傾向が目立っている。

 これを反映してか、消費の伸びは7月をピークに減少に転じた。

 

(4)輸出入・貿易黒字

 8月の輸出は前年同期比21.1%増(7月は26.9%増)、輸入は23.1%増(7月は33.7%増)となった。8月の輸出の伸びが大きく鈍化したため、18月期の輸出は前年同期比22.4%増(17月期は22.6%増)となり、前年同期の伸び率より5.3ポイント減速した。

 18月期で、米国向け輸出は前年同期比10.6%増(17月期は9.9%増、2007年の対前年比は14.3%増)、EU向け輸出は前年同期比26.3%増(17月期は27.1%増、2007年の対前年比は34.7%増)、日本向け輸出は15.6%増(17月期は15.9%増、2007年の対前年比は11.5%増)となっている。

製品では電気・電子製品、ハイテク製品の輸出は好調であったが、伝統的商品であるアパレル関係の輸出が前年同期比2.6%増(17月期は3.4%増、2007年の対前年比は20.9%増)、靴類が14.3%増(17月期は14.2%増、2007年の対前年比は16.0%増)、玩具が1.3%増(16月期は24.4%増)と大きく伸びが鈍化している。

 8月の貿易黒字は286.9億ドルであり、輸入の伸びの急速な落込みを反映して歴史的な高額となった。18月期の貿易黒字は1519.9億ドルであり、前年同期より6.2%、100.8億ドル減少した。主要国別では、米国向けが1092億ドルで前年同期比8.8%増、EU向けが1029億ドルで同24.9%増、日本向けが278億ドルの赤字で同36.9%増であった。

 8月単月では、米国向けが175億ドルで前年同期比5.9%増、EU向けが160億ドルで同25.0%増、日本向けがマイナス38億ドルで同15.1%増である。

 

(5)金融

 8月末のM2の伸びは前年同期比で16%増であり、7月末より伸びが0.35ポイント低下した。人民元貸出の伸びは同14.29%増(7月末は14.6%増)である。18月の新規貸出増は3.1兆元であり、前年同期比で291億元増加した。

 

2.人民銀行の動向

2.1 周小川人民銀行行長[1]の発言

 スイス・バーゼルのBIS会議に出席の際、経済成長の鈍化とインフレの二重の圧力について質問を受け、「中央銀行としては、我々が注意を払う重点はインフレのコントロールである。我々の中央銀行の規定はこのように述べている。過去数ヶ月、インフレは確かに既に減速している。しかし、インフレ率が反動増となる可能性があるため、我々は手を緩めることはできない」と述べている[2]

 

 2.2 金融政策の微調整

 915日午後、人民銀行は16日から金融機関の1年物貸出基準金利を0.27ポイント引き下げ、925日から工商銀行・農業銀行・中国銀行・建設銀行・交通銀行・郵政貯蓄銀行を除くその他の金融機関の預金準備率を1ポイント引き下げ、四川大地震で被害の重大な地域の金融機関については預金準備率を2ポイント引き下げる旨を発表した[3]

 これにより、1年物の貸出基準金利は7.47%から7.20%に低下し、中小金融機関の預金準備率は17.5%から16.5%に低下することになる。

 この発表をもって金融政策が引締めから緩和に転換したと見る向きがあるが、筆者は人民銀行の基本スタンスには未だ変更はなく、今回の措置は中小金融機関・中小企業に配慮した「適時の微調整」と考えている。今回の措置の特徴は以下のとおりである。

(1)貸出基準金利の引下げ幅は、期間が長いほど小さい

 6ヶ月物の引下げ幅が0.36ポイントであるのに対し、35年物は0.18ポイント、5年以上は0.09ポイントと、期間が長くなるほど引下げ幅が小さくなっている。これは、今回の利下げが運転資金のコストを引き下げるためのものであり、ディベロッパーの開発資金繰り難を救済するものではないことを示すものである。

(2)公開市場操作は強化されている

 99日、人民銀行は1500億元を市場から回収している。もし、金融緩和を行うのであれば、このような逆の操作をする必要はない。このことは、今回の預金準備率引下げの狙いが中小金融機関の資金繰りを緩和することにあったことが分かる。

 工商銀行、建設銀行等の6大全国規模商業銀行の預金は、全国預金の大部分を占めている。他方で、中小金融機関の中小企業向け貸出は、全貸出の3分の12分の1を占めている。この比率は、大銀行よりもはるかに高い。したがって、中小金融機関の預金準備率を引き下げることは、中小企業向けの貸出を増やすことになり、中小企業の融資難の緩和に資することになる[4]。つまり、今回の措置は国有大企業に偏った貸出構造の改善という意味合いを持っている。

(3)貸出規模の規制は緩和されていない

 金融引締めで一番効果があるのは、銀行に対する貸出規模の指導であるが、今回はこれが緩和されていない。すでに、中小企業向けには貸出枠が緩和されており、今回の措置はこれを後押しするものであったと思われる。

(4)銀行業の独占利潤の修正

 銀行業の16月期の税引き後利潤は2300億元を超えており、前年同期比で60%を超える伸びを示している。企業の経営が悪化するなかで、銀行が固定的な貸出・預金金利の利鞘で独占利潤を謳歌していることには批判が高まっており、今回の措置は銀行の独占利潤の一部を企業に還元させる意味合いがある。

 

3.党中央政治局会議(95日)

 3.1 会議の概要

 今年9月から、1年半の時間をかけて、全党は科学的発展観を深く学習し実践する活動を段階的に展開する旨を決定した。会議の内容は以下のとおりである[5]

(1)科学的発展観の意義

①党に対する3代の中央領導集団の発展に関する重要思想の継承・発展[6]である。

②マルクス主義の発展に関する世界観・方法論の集中的体現である[7]

③マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、「3つの代表」重要思想の流れをくみ、また時代とともに歩む科学理論である。

④わが国の経済社会の発展の重要な指導方針である。

⑤中国の特色ある社会主義が堅持・貫徹しなければならない重大な戦略思想である。

 17回党大会は、全党において科学的発展観を深く学習・実践する活動を展開することを決定した。

(2)これまでの実績

 今年28月に展開された、科学的発展観を深く学習・実践する活動のテストにおいて、各テスト単位組織の広範な党員・幹部は科学的発展観の科学的な含意、精神の実質、根本的な要求を真剣に学習し、深刻に理解し、理論と実際を関連づけることを堅持し、改革・イノベーションを堅持し、大衆路線を堅持し、科学的発展観を貫徹実施することへの自覚・覚悟を更に増強し、科学的発展観を推進するという考え方を更に完全にし、科学的発展観に影響を与える際立った問題について初歩的に解決を得、全党が学習実践活動を展開するための経験を累積した。

(3)今後の活動

 科学的発展観を深く学習・実践する活動を展開するに当っては、広範な党員とりわけ各レベルの指導部と党員・指導幹部が科学的発展観を深く学習・実践するよう組織しなければならない。党員・幹部の教育、科学的発展の水準、人民大衆の受ける実際の恩恵をめぐっては、更に思想を解放し、事実に即して問題を処理し、改革・イノベーションを進め、科学的発展観を貫徹実施することへの自覚と覚悟を適切に増強しなければならない。

①科学的発展の要求に適応・適合しない思想観念の転換に力を入れ、

②科学的発展に影響を与え、制約となる際立った問題と、党員・幹部の党性・党風・党紀の面において大衆が強烈な反応を示している問題[8]の解決に力を入れ、

③科学的発展に資する体制メカニズムの構築に力を入れることにより、

科学的発展を指導し、社会の調和を促進する能力を高め、党の活動・党の建設が科学的発展観の要求に更に適合するようにし、全社会の発展の積極性を更に科学的発展の軌道上に誘導し[9]、科学的発展観が経済社会の発展の各方面に貫徹実施されるようにしなければならない。

(4)党員・幹部の責務

 各レベルの党組織と広範な党員・幹部は、必ず科学的発展観を学習・実践する活動の重大な現実的意義と緊迫性を深刻に認識し、学習・実践活動に積極的に身を投じなければならない。学習・実践活動は、県レベル以上の指導部と党員・指導幹部を重点とし、全党員が参加する。

 

3.2 科学的発展観の再強調

 経済の後退とともに、景気対策や証券・不動産市場梃入れを望む声が高まっている。科学的発展観は、経済発展方式の転換を図り、エネルギー・資源の浪費と自然破壊を伴う粗放型の経済成長を省エネ・環境保護型に変えるとともに、高い経済成長率のみならず民生の改善を目指すものである。同様の経済成長方式の転換の試みは第95ヵ年計画(19962000年)でも主要テーマであったが、1997年以降経済成長が急速に鈍化するなかで再び「発展こそ絶対の道理」のスローガンが復活し、経済成長方式の転換は全く忘れ去られてしまった。この結果、2003年に新型肺炎SARSの被害が一段落すると、再び投資が過熱し、電力・石炭・石油・輸送が逼迫し、環境破壊が激化したのである。

 2007年の17回党大会で科学的発展観が党規約に盛り込まれたにもかかわらず、胡錦涛総書記がその学習・実践を強調せざるを得ないのは、7月の地方視察・一連の会議を通じて、多くの党幹部とりわけ地方党幹部がその意義を全く理解せず、相変わらず高成長を目指した景気対策ばかりを要求することに危機感を覚えたからであろう。(2008年9月記・5,110字)


 


[1]  香港紙「民報」200887日は、周小川行長が年末に社会科学院長に転出し、後任に尚福林・証券監督管理委員会主席か郭樹清・中国建設銀行会長が就任するという情報が北京の政財界で流れている旨を報道している。しかし、この類の噂は昨年の17回党大会前にも香港筋から流れている。また本年3月の全人代でも周行長の留任は難しいと見る向きがあった。その意味では、周小川行長に対する批判はかなり厳しいものがあると考えられる。しかし、同紙が指摘する更迭の理由が「国有商業銀行上場の際、国有株を安く放出して国有資産を流出させたこと」というのは、以前から新左派が批判している事柄であり、これが決定的とは考えられない。むしろ、彼が引締め気味の金融政策を続けていることへの地方の批判が本筋ではないか。

[2]  広州日報2008912日。

[3]  本来このタイミングでの発表は想定していなかったのかもしれないが、15日にリーマン・ブラザーズの破綻が確定したため、市場の動揺を防ぐために急遽前倒しで発表されたのではないかと思われる。

[4]  中央財経大学中国銀行業研究センターの郭田勇主任は、このように指摘している(新華網北京電2008915日)。

[5]  新華網北京電200895日。

[6]  中国における「継承・発展」は、従来の思想を新たな時代の要請に合わせて大きな修正を加えることを意味している。

[7]  ただし、2007年の17回党大会において、マルクス主義は「中国化」されたものであることが確認されている。

[8]  これは、党幹部の腐敗をめぐり、地方で相次いで大規模な住民暴動が発生していることを意味している。

[9]  これは、現在の全社会の発展への積極性が、科学的発展観とはかけ離れていることを示している。

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