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もう1つの郵政改革

中国ビジネスレポート 政治・政策
田中 修

田中 修

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2005年8月26日

<マクロ経済>
もう1つの郵政改革

田中修

はじめに

 現在日本では郵政改革の是非をめぐって政権の命運をかけた総選挙が動きだしているが、中国でも郵政改革は国有独占企業改革の一環として議論されており、やはり様々な壁に突き当たっている。今回はこれを簡単に紹介したい。なお、本稿は2005年8月9日付け瞭望東方週刊及び8月18日付け新京報記事を参考にしている。

1.郵政の現状

 中国の郵政ネットワークは、3.6万拠点であり、郵貯の規模は2005年6月末で1兆2285億元と、4大国有商業銀行、農村信用社に次ぎ、全国貯蓄市場の9.25%のシェア(6位)を有している。郵貯業務に従事する職員と郵便業務に従事する職員の比率は1:2であるが、利潤では2:1となっている。

 郵便貯金は1986年1月にスタートした。当時の政策の狙いはその膨大なネットワークを通じてマネーを有効に回収し、インフレ圧力を軽減することにあった。このため郵便貯金は貸出し業務を認められず、集めた貯金は中央銀行に全て再預金されることとされた。

 1997年以降、人民銀行は統一口座を設置し郵貯の全資金を再預金させることとし、その見返りとして通常の預金利率より高い4.6008%の利子を保証した。

 2003年8月1日、人民銀行は今後新たに増加した貯金の自主運用を郵貯に認め、これまでの貯金約8290億元については4.131%の利子で再預金させることとした。しかし、同時期の商業銀行の人民銀行への準備預金に付された利率は1.98%であり、郵貯はかなり優遇されていたのである。

 2005年7月20日、国務院は「郵政体制改革方案」を決定した。これによれば、郵貯事業は郵便事業から分離し、独立経営の貯蓄銀行となり、国家郵政総局は貯蓄銀行と郵便会社の持ち株会社(中国郵政集団公司)に改組されることが予定されている。新設される郵貯銀行は、これまでの貯蓄専門機関ではなく、小額貸付を行うことができる。7月30日の銀行業監督管理委員会公告では、郵貯銀行設立の関連準備作業を加速し、年内に郵貯銀行を設立するよう努めることとされた。

 しかし、「瞭望東方週刊」が7月29日から8月3日にかけて行った取材によれば、国家郵政局の関係者は、「(今後のスケジュールは)はっきりしない。何も進展がないようだ」「現在すり合わせ中で、具体的状況は何とも言えない」と発言し、銀行業監督管理委の関係者は、「このことについては郵政総局に聞いてほしい。方案は彼らが策定するのであり、我々は参入資格を審査し『出生証』を発行するだけだ。現在方案が上申されるか否かはまだはっきりしない」としか答えず、上海銀行関係者は、「独立した郵貯銀行を設立することは既定路線であるが、年内実現の可能性は低い。国務院もそこまでは要求していない。今年は財務の整理と帳簿分割を行い、そのうえで独立運営を議論することになろう」としている。

2.何が問題なのか

 かつて郵政体制改革の討論に参加したことのある北京師範大学金融研究センターの鐘偉主任は、郵政改革について次の争点を指摘する。

(1) 独立した銀行を設立するのか、郵政局内に郵貯局を設置するのか

 銀行業監督管理委員会が郵貯を独立させることにこだわった理由は、郵貯が郵政局内部にあることによって資金運用ルートが弾力性・広範性を欠き、違法事件が絶えず発生し、多くの郵政関連企業が郵貯を独占し、地方の金融秩序に悪影響を及ぼしているからだとされる。

 しかし、2年前に「郵政体制改革方案」建議の制定に参加した国務院発展研究センターの李佐軍研究員は、「銀行業監督管理委の真意は、特殊な金融系統をもつ集団や独特な金融機関の成立を望まず、計画・監督を統一することにより、自己の影響力を強化することを望んでいる」と指摘する。

 鐘主任も、銀行業監督監理委の意図は、銀行にしてしまえば、郵政集団が株を支配するとしても以後は同委の監督管理下におかれ、株式支配は実質的意義を失うだろうというものであるとし、さらに上海銀行発展研究部の張吉光も「最初は経営を株式支配したとしても、最終的な方向は徹底的な(郵政集団からの)離脱であり、株式制銀行改組後は上場することになろう」としている。

 これに対し、郵政局の案は内部に郵貯局を設置することで済ますものであり(すでに郵貯局は設置されている)、鐘主任によれば「これは銀行ではなく、ノンバンクである。郵政局は大きな影響力と発言権を有し、銀行業監督監理委の管理監督能力は不完全なものになる」としている。

 このように郵政局が郵貯業務の分離に抵抗するのは、郵便業務が縮小傾向にあり、人員負担が重く、郵政職員の収入水準が高くないなかで、郵貯業務の利益で補填しているのが現状であり、虎の子の郵貯を分離することは困難という事情がある。

 しかし、銀行業監督監理委が7月28日に発布した文書は「国家郵貯局は国家郵政局内の一部門であり、独立法人機構ではなく、その現行体制ではリスク管理の要求には適応できない」と指摘している。

 7月20日の国務院改郵政体制革方案は、銀行業監督管理委の意見を採用したものである。だが李研究員によれば、国家郵政局はこれに対抗し、郵貯銀行が独立しても人事カードを保持し、その初代トップは郵政局内部から選任する意向であり、社会から公募する可能性は乏しいという。さらに彼は「銀行業監督監理委と国家郵政局だけでなく、情報産業部・国有資産監督監理委員会も影響力の増大を希望しており、各部・委が自己の利益を内にはらみながら、陣取り合戦の様相を呈している」と指摘している。

(2) 貸付けを行わせるか否か

 鐘主任によれば、郵政局の懸念はもし郵貯銀行の経営が芳しくなかった場合、郵政局はこれまでの収益を失うばかりでなく、新たな負担を背負いこむことになり、このような冒険は必要ないというものである。

 これに対し銀行業監督監理委は、貯蓄だけで貸付けを行わないということはあり得ないとの立場である。従業員がリスク管理を考慮しない現状は早晩危険を含むものであり、もし貸付けを行わなければ農村の資金が都市に集中してしまい、農村の経済発展に不利となるというものである。中国には財政投融資制度がなく、特に農業に対する政策金融が不十分であるため、農村にはりめぐらされた郵貯のネットワークから集められた資金が農村に還流されず、都市に流出してしまう問題がかねてから指摘されているのである。

 今年8月以降、郵貯は新規貯蓄増(毎年1200億元程度)に加え、自主運用開始以前の旧貯金のうち1000億を引き出し、計2000億元余りの資金の自主運用を開始している。現在のところ運用手段は債券の購入と銀行への協議預金である。

 しかしこれだけでは運用手段としては不十分であるため、国家郵政局は運用対象の拡大として小口貸付けの実験、社債購入、不動産担保証券購入を銀行業監督監理委に申請しているが、全て拒絶されている。これは、表向きは同委が郵貯のリスク管理能力に不信を抱いているためとされるが、現行の郵貯局がなしくずし的に運用手段を拡大することで、郵貯銀行設立構想が廃案に追い込まれることを警戒しているとも考えられよう。郵貯局の人員は100人に満たず、巨額の貯金を管理するには不十分との指摘もある。

 このように、国家郵政局は様々な抵抗を試みてはいるが、前述のとおり国務院は銀行業監督監理委が主張する独立銀行設立を採択したため、現在銀行業監督監理委と国家郵政局は没交渉の状態にあり、具体的な方案が策定できないでいると鐘主任は指摘する。

 また、鐘主任は郵貯銀行分離により郵政組織全体が更に肥大化し、組織・事務所・人員に余分のコストが増大する危険性をも指摘している。これからすると、中国の郵政改革案には郵政組織トータルとしての人員の整理・合理化の観点が十分に盛り込まれていないのであろう。

まとめ

 中国の場合、民主主義国型の選挙制度が実現していないため、圧力団体としての特定郵便局長や労働組合の問題は存在しない。しかし、国務院内部の国家郵政局・銀行業監督監理委・情報産業部・国有資産監督監理委等の権限争議が結果的に郵政改革を停滞させているのである。それだけ巨額の郵貯資金にはうまみがあるということであろう。

 中国の場合、郵政改革は農村金融改革と密接につながっており、農村から都市への資金の一方的流出を防ぎ、農村の資金を農村に還流する意味合いを持っている。もし、郵貯銀行の貸出し能力に不安があるのであれば、農業発展銀行・農業銀行との業務連携を深めるか、中国版財政投融資制度の創設を検討すべきであろう。いずれにせよ、郵政改革の停滞が農村金融の資金不足を激化させる事態は回避されなければならない。

(2005年8月25日記・3.567字)
信州大学教授 田中修

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