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中国人社員の目に映った日本、日本人、日本企業(18)

中国ビジネスレポート 労務・人材
田中 則明

田中 則明

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2005年8月23日

<労務・人材>

中国人社員の目に映った日本、日本人、日本企業(18)

田中則明

 私が口を酸っぱくして申し上げているのは、「異文化理解というものは、難しいと思ってかかるべきで、なめてかからない方がよい」ということです。

「なめてかかろうが、なめてかかるまいが、難しいことには変わりなく、異文化理解の旅路は長く苦しいものなのだろう?だったら、最初から、楽観的な見通しをもってかかったほうが、いいんじゃないの?」

 などと指摘される方もいらっしゃると思いますが、もし、悲観的、楽観的、どちらの姿勢をとっても同じ効果が上がるのであれば、人間多少でも楽な気分でいる時間が長い方が良いはずですから、そうすべきと素直に認めたいところですが、残念ながら異文化理解という代物を相手にする場合には、スタート地点において、将来の到達点を見通す必要があり、それを見通してかかると、どうしても、最初は、悲観的な姿勢で臨んだほうがよいという結論が得られてしまうのです。いや、悲観的な姿勢で臨んでこそ、異文化理解という厚い厚い壁が乗り越えられるのです。

 まさに、この厚い厚い壁という表現がピタッと来るのが、異文化と出会ってからしばらく続く蜜月期間を過ぎたあたりで出くわす「三つ子の魂」と”本性難移”です。「三つ子の魂百まで」と”江山易改,本性難移”です。

 人は、自分とは異なった文化の体系に出くわすと、最初は、それが自分の属する文化とどう違うのか、それはどのような歴史的、地政学的、DNA的…な背景に起因するものなのかなどなど、とりあえず理解することに努めるのですが、それが一段落すると、「分かったぞ、こういうことだったんだ」と納得が行き、「異文化のアラ」が見えてくるということです。

 一時期は、きらきら輝いて見えたものが、くすんだ、奇妙奇天烈な、理に合わない、ダサい、古めかしい、おぞましいものに見えてくるのです。この段階で多くの人が取る行動は、「よし、変えてやろうじゃないか」と思い立つことです。それは、一種の自信に裏打ちされた心意気とでも言うべきものです。

 イメージが湧きにくい人のために、具体的な例を挙げるとこうなります。

「女性が腋毛をそらないなんて、みっともない。日本の進んだ脱毛の技術を伝授してあげなきゃ」

「割礼など体に悪いに決まっている。特に女の子に割礼なんて残酷だわ。絶対に止めさせなきゃ」

「いくら男に比して女が少ないからって、兄弟が一人の女性を共通の妻にするなんて、不道徳極まりないよ」

「今時、女人禁制のクラブなんて、どうかしていますよ。廃止させましょう」

「トンネルに女性を入れないなんてのは、迷信じゃないの。私が責任者だったら女性なんかじゃんじゃん入れちゃうよ」

「日本の国技の舞台には女性が登れないなんて、全くナンセンスだね。うちはスポンサーとして、抗議しようと考えているよ」

「豚肉こそ体に良いのに、なぜ食べちゃいけない? 啓蒙活動を始めなくっちゃ」……

「この国は、なぜ車は左、人は好き勝手なんだ? 交通道徳の基本から教えてやろう」

「食べきれないほど料理を頼むなんて、貴重な地球の資源の無駄遣いだ。『もったいない』という気持ちを植えつけなきゃ」

「食卓も丸、食器も全て丸なんて、単調だわね。食器の形にも長方形のや、三角のや、四角いのや、扇形のや、いろいろあることを教えてやらなきゃ」

「名前を呼び捨てにするなんてケシカラン。先生か女史をつける習慣を持ち込んでやろう」

「親の前でも平気でキスをするなどもっての外ですよ。そういうことは秘めやかにやるものなんですよ。うちでは今度罰則を設けよう」

「年長者の前ではタバコを吸ってもいけないって、21世紀にもなるのに、遅れているわね。そんな理不尽なきまりはぶち壊しましょう」

「挨拶をする時、外国人とは握手、自国人同士はお辞儀って変ね。外国人か自国人か分からない時はどうすればいいのよ? 全て握手にしちゃえばいいじゃない」

「この国では、割り勘などというふざけた習慣が横行している。我慢ならない。うちのやり方を教えて進ぜよう」……

「ガラスが一枚割られたらギャーギャー言うくせに、国旗が焼かれても、蛙の面にションベン、シャーシャーとしているこの国の連中は、一体何者だ? 民族の誇りはないのか? 国旗がいかに大事なものか教えてやろう」

「昨夜ご招待したのに、今朝会っても、『昨晩は、どうもありがとうございました』の一言もない。全く礼儀知らずの連中だ。礼儀の何たるかを一から叩き込まないといけないな」

「学校教育が間違っている。できない生徒が一人いたら、みんなでその子ができるようになるまで応援するんだと。とんでもない。それでは出来る生徒が伸びないじゃないか。こういう平等主義を改めさせないとダメだな。」……

「女性社員がお茶汲みや掃除当番を唯々諾々としてやっているのね。こんな企業、私の国にはないわよ。なんで、みんな抗議しないのよ? いいわ、私が代表で組合と掛け合ってみるわ」

「いくら成果主義と言ったって、ここまでやることなかろうが。これでは、組織全体の士気に係ってくるよ。給料を30%もカットされたら、下手すると会社に対する忠誠心なんか全くなくなってしまうんじゃないかな。私が『成果主義は厳罰主義とは違う!』を書いたのは、そのことを訴えたかったからなんです」

「この国の企業の営業は、全く、ずぶの素人のレベルを出ていないよ。本当の営業とはどういうものか教えてやらないと…。だから、私は『どこかおかしい…の営業』を書いたんですよ」

「なんで終身雇用に皆こだわるの? 自分の可能性は常に大きく広げておくべきでしょう。転職しながら自分を大きく伸ばして行く我が国の事例をもっと知ってもらおう」

「自分の仕事の範囲が不明確なので仕事が無限大に増え、毎日サービス残業を強いられ、果ては、過労死で死んで行く。馬鹿じゃないの。私が創ったこの会社では、業務範囲は、きちっと決めて行きますよ」

「会議は何のためにあるの? 議論をするためでしょう。だったら、誰も発言しない会議なんて無意味じゃん。会議では、上下区別なく発言させてもらえるよう社内の風土を変えて行こうよ」

「また、とうとうと自説を展開しているよ。皆貴重な時間を削ってこの会議に出席しているんだから、もうちょっと他の人のことを考えてほしいな。根回しがちゃんとできていて、会議の結論はもう出ているんだから、理屈をこね回しても無駄だよ。彼には、この社会のルールをイロハから教え込まないといけないな」

「上司だからって、一方的に命令するのはおかしいな。こちらの意見も聞いてほしいな。私の出身国では、上司は何事をするにも必ず先ず部下と相談することから始めるよ。この会社には、そういった上司はいないのかな? せめて自分が上司になったら、こういうやり方は止めよう」

「上司のくせに、どうしていちいち部下の意見を聞くの? あんたは上司でしょ? 自分で決めれば良いでしょう。私の出身国では、上司とはそういうものです。せめて私が上司になったら、上司然とした上司になろう」……

 いかがでしょうか? 私は、人がその人の目に映った異文化の「デメリット」「陰」「評価できない面」「受け入れられない面」「不快感を催させる面」……を矯正したいとの気持ちが生まれるのは、ごく自然なことだと思いますが、それを『異文化に対する義侠心』と名付けてはどうかと常常感じています。

 まー、それはともかく、異文化圏にある人を納得させ、自分の文化に共感させること、取り込むこと、同化させること、屈服させることがいかに困難であるかは、言を待たないに違いありません。

 この義侠心、あるいは人のためを思った自然な衝動がぶつかる壁が『三つ子の魂』と”本性難移”だと申し上げたいのです。それも、厚い厚い壁なのです。その壁の存在を知った時のショックがあまりにも大きく、「こんなはずじゃ、なかったよ」と、多くの人は挫折していくのです。

 ですから、スタート地点において悲観的な見通しを持って立つ方が、楽観的な見通しを持って立つよりは、その厚い厚い壁を乗り越える情熱とエネルギーを失わないためには、有効なのです。

(続く)

(2005年8月記・3,274字)
心弦社代表 田中則明

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