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動き出した個人所得税改革

中国ビジネスレポート 政治・政策
田中 修

田中 修

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2005年10月17日

<政治・政策>
動き出した個人所得税改革

田中修

はじめに

 8月23日、全人代常務委員会において、個人所得税改正案の審議がスタートした。金人慶財政部長が行った説明によれば、改正の柱は1)所得控除を月800元から1500元に引き上げること、2)高額所得者(一部報道では年収12万元以上)に申告納税義務を課し、無申告・虚偽申告に対しては脱税額の25%−5倍以下の罰金(日本でいう「重加算税」と罰金を合わせた趣旨か)を課すとともに、犯罪を構成する場合には刑事責任を追及すること、を内容としている。

 当初、所得控除額については、地方の所得格差を背景に1200元に引き上げたうえで、上下25%の変動幅が認められるのではないかと予想されていたため、一律1500元への引き上げには驚きの声も上がった。9月27日には公聴会も行われ、今後個人所得税改革をめぐる議論が活発化することが予想される。本稿では、当局の説明と、これまでに出ている主要な論調を紹介したい。

1.楼継偉財政部副部長の説明

 楼副部長は、新華社のインタビューを受け、今回の個人所得税改革について次のように説明している(2005年9月6日新華網北京電)。

(1)個人所得税改革の推進は必然的なものである

A 経緯

 中国では1950年に政務院が「全国税制実施要則」を公布した際、個人所得税という税目が創設されたが、徴収されることはなかった。80年代に至り、改革開放の需要に適応するため、外国籍の個人に対し個人所得税の徴収を開始し、内国民には都市・農村個人経営工商業者所得税と個人収入調節税を課すこととした。1994年に3税が統一され、新たな個人所得税法が公布実施された。

B 現状

 2004年の個人所得税収入は1737億元であり、1994年の23倍となった。税収総額に占める割合も6.8%に達している。

 GDPの高成長に伴い富裕層が徐々に増加したが、他方社会成員の所得格差が拡大した。同時に所得分配秩序が不規範であり、第1次分配の奨励・規制メカニズムが不健全で、再分配の調整措置が不完全であるという問題がかなり際立っている。

C 現行個人所得税制度の執行状況の問題点

 以下の問題点が存在することにより、個人所得税が財政収入構成及び所得分配の調節・貧富格差の縮小作用に直接的に悪影響を及ぼしており、社会において個人所得税をさらに改革し、完備すべきという声が日増しに強くなっている。

  1. 所得が月ごとに課税徴収されているため、年間所得の課税に比べ、個人所得税の個人所得分配作用が十分に発揮できず、公平で合理的な税負担の原則を実現しがたい。
  2. 現在の異なる所得項目に対する異なる税率・控除による課税方法は、納税者が所得を分解し、複数の所得控除を受け税を免れることを容易にしてしまう。
  3. 給与所得の限界税率がかなり高く、税率段階が多すぎ、税負担が不公平になっている。
  4. 給与所得の控除基準が長期間未調整であったため、毎月の控除額800元と現在の都市住民の生計支出水準に一定の差が生じている。
  5. 一部の地域ではほしいままに税の減免・還付政策を実施するという現象が存在し、国家税収を流出させている。

(2)総合・分類が結合した個人所得税制を確立し、個人所得税の所得分配調節作用を十分に発揮させる

 改革の初歩的な構想としては、次のものを考えている。

A 分類と総合を結合した個人所得税制を実行する

 給与所得・生産経営所得・労務報酬所得・財産賃貸所得等の連続性・経常性のある所得を総合所得の徴収項目に入れ、統一的に適用する累進税率を制定する。財産譲渡・特許権使用料・利子・配当等その他の所得に対しては比例税率により個別に徴収する。

B 個人所得税の限界税率を適当に引き下げ、累進段階を減少する

C 徴税範囲を規範化し、課税ベースを適当に拡大する

D 徴収管理の条件作りに努め、高所得者に対する税収監督管理を強化する

(3)個人所得税改革の段階的実施は、わが国の現実的な選択である

A わが国の人口が多く、都市・農村の所得格差が大きく、地域の発展が不均衡な状況下において、個人所得税法を全面的に改正し、改革を一気に達成することは困難である。特に税収の徴収管理や関連条件に多くの不備がある状況下では、わが国の個人所得税改革は順を追って漸進的に、不断に改善するプロセスを踏まなければならない。

B 現在、個人所得税法を全面的に改正する条件がなお未成熟な状況下においては、部分的な政策調整を通じて社会に反映する際立った問題を重点的に解決し、税収の所得再分配作用を更に発揮させ、社会の公平を促進しなければならない。具体的には、

  1. 個人所得税の給与所得控除額を適当に調整する
  2. 納税者の自己申告範囲を拡大し、高所得者に対する徴収管理を強化する

2.財政部・国家税務総局責任者インタビュー

 2005年9月6日付け法制日報は、財政部税政司及び国家税務総局所得税司の責任者に対するインタビュー記事を掲載している。

(1)所得控除について

A 所得控除は、課税最低限と同一ではない

 所得控除は、個人所得に対する徴税時に控除が許される費用の限度額である。

B 引き上げが必要な理由

 1993年の就業者中、月給が800元以上の者は1%前後であったが、2004年には60%前後となった。給与所得が高まったと同時に、家庭生活の消費支出も上昇傾向を示している。2004年の消費者物価は1993年より67%上昇しており、加えてここ数年、教育・住宅・医療等の改革が進むにつれて、住民の消費支出は明らかに上昇し800元を超過し、税負担が重くなっている。

C 所得控除基準を検討・確定するに当たって、遵守した原則

  1. 全国の平均的な住民の収支水準を基礎とし、東部地域の生活費水準がかなり高いという現実の状況に適当に配意する
  2. 政策の着地点を主として都市人口に向けなければならない
    実際に存在する都市・農村二元経済構造を理由に、わが国人口の3分の2以上を占める農民が基本的に個人所得税を徴収する基準に達しないように決定した。
  3. 所得控除基準の確定に当たっては、都市住民の住宅・教育・医療等の改革を併せて考慮しなければならない

 上述の原則のもと、国家経済・社会の発展状況を総合的に考慮し、全国1人当たり収入・支出水準と財政の受容能力(控除を800元から1500元に引き上げると財政収入は200億元前後減少するが、国家財政は基本的に受容可能である)を考慮し、かつ控除基準を適当に引き上げることを考慮して、現行の800元から1500元に所得控除を引き上げる案を立法機関に提起した。

D 個人所得税の所得分配調節・社会公平の促進への作用

  1. 個人所得税改革としては、総合と分類が結合した個人所得税制を実行し、科学的で効率の高い税収管理徴収システムを確立することである。
  2. 個人所得税改革以外では、我々は遺産贈与税・財産税・消費税等の改革検討を積極的に行っている。
  3. 個人所得税は社会の第1次分配を基礎として、個人所得の多寡により再調整を行うにすぎず、主に個人所得税に依拠して社会所得分配の格差が大きすぎるという問題を解決することは不可能である。
  4. 個人収入の格差を縮小するには、個人収入の來源(第1次分配)から手をつけなければならない。これには個人所得分配の劣化問題の解決、独占企業の高額利潤の調整、不法経営や偽物・劣悪産品の製造販売行為への取り締まり強化、廉潔な政治建設の強化、都市低収入者に対する社会保障体系の確立、農村の税・費用改革の加速、農民負担の軽減、農民収入の引上げ等が含まれる。

E 所得控除について富裕地域と貧困地域で統一基準とした理由

  1. 個人所得税が所得分配格差を調整するという目標から出発するならば、控除基準は全国統一であるべきである。
  2. 控除基準を全国統一にすることは、人材の全国的な自由流動に資するものであり、中西部地域の経済社会発展に公平な税収環境を創造することに資するものである。国際慣行からしても、一国の基本控除基準は統一されている。

F 公的住宅積立金・医療保険金・基本養老保険金・失業保険金(四金)の扱い

  1. 企業・個人が国家・地方政府の規定する比率を指定金融機関に預け入れた場合給与所得には参入せず、個人がこれを引き出した場合、元本・利子に個人所得税は課さない。
  2. 現在、個人が納める「四金」は個人給与所得の20%前後である。2004年の全国労働者平均給与から推計すると、個人の納税に際し所得控除800元以外に「四金」で270元前後が追加控除されている。この優遇策は変更しない。

G 給与所得に係る個人所得税収入が、個人所得税収総額に占める比率

  1. 2002年から2004年までの比率は、それぞれ46.35%、52.32%、54.13%であり、3年平均では50.93%である。
  2. わが国の個人所得税は、主として都市住民が納めているが、給与所得はわが国の都市住民の所得の主要来源となっている。2004年の都市住民の給与所得は可処分所得の75.92%を占めている。
  3. 近年来、労働者の給与所得の伸びは速く、納税者も不断に増加し、個人所得税収入もますます多くなっている。給与所得の納税者数は、1994年の956.5万人から2004年の2.6億人に上昇しており、特に上海・北京・深セン・アモイ・南京等の東部沿海地域の給与所得に係る税収は、ここ数年ずっと個人所得税収総額の65%以上を占めている。
  4. 給与所得に係る個人所得税収入の大きな部分は、高所得者が納めている。北京・上海・広東・江蘇・湖北・四川・陝西7地域の標本調査では、給与所得に係る個人所得税収のうち、15%以上の税率(年収3.6万元以上)の者が57.2%を占めている。

H 国家が所得税に係る分税制の改革を実施して以後、中央に集められた個人所得税収入はどの方面に用いられているのか

  1. 2002年以前は、個人所得税(利子税を除く)は、全部地方財政収入に属していた。2002年に所得税収の分け方を改革した際、各地域は2001年の地方の実際の所得税収を保証したうえで、中央と地方は5:5の比率で個人所得税収を分けることとし、2004年以降はこの比率は6:4となっている。
  2. 中央財政が所得税分税制改革から得た財源は、全部中西部地域の一般的移転支出に用いられており、主として、債務償還、行政事業単位の職員給与、地方行政機構の正常運営と社会保障等の基本的な公共支出に充てられ、一定程度地域間の財政力格差の拡大傾向を抑制し、地域の調和ある発展の統一的企画と地域の公共サービス均等化促進に重要な役割を果たしている。

3.全人代常務委員会法制工作委員会責任者インタビュー

 2005年8月29日付け人民日報は、9月27日に開催された公聴会について、事前に次のような責任者の発言を紹介している。

A 立法過程における意見聴取の主要な方式

  1. 各省、自治区、直轄市、大きな市、中央関係部門、関係教学研究機構等に書面で意見を徴求する。
  2. 関係人士を招請し座談会を開催して意見を徴求する。
  3. 法案を新聞紙上で公開し、全社会に意見を徴求する。

B 公聴会の最大の特徴は次の各点にある

  1. 公開・透明
    公聴会はメディアに開放する。
  2. 公正・客観
    公聴会参加者の中から異なる観点の代表を陳述人に選定し、異なる地域・異なる部門・異なる方面の大衆の利益を適切に協調させる。
  3. 手続きを重んじる
    厳格な公聴会規則を制定し、発言順序・発言時間等を規定する。
  4. 実証を重んじる
    発表者の抽象的な意見ではなく、実証的な資料に基づき、事実・証拠を重視する。
  5. ヒアリングの結果を立法の重要な参考とする


C
 陳述人は4方面から選ぶ

  1. 財政部・国家税務総局・国務院法制弁公室が、個人所得税法改正案起草部門を代表し、予め説明を行う。
  2. 給与所得者が個人所得税納税義務者として、自己の観点を陳述する。
  3. 広範な給与所得者は労働組合員でもあるので、全国総工会(労働組合)の代表が陳述を行う。
  4. 個人所得税は中央・地方の共有税であるので、一部の地方財政・税務部門の代表が陳述を行う。

4.関係者の論評

 今後、公聴会終了により更に意見は活発化するものと見られるが、既に今回の改正案及び手続きに対し、様々な論評が出ている。

(1)全人代常務委員会の動向

 全人代常務委員会の討論に参加した代表が第1財経日報の記者に語ったところによると、第1次討論では70%を超える代表が1500元の控除ではなお低いとし、1600、1800、さらには2000元以上に引き上げるべきだという建議が出されたという。

 この代表は、全人代の第2次討論は11月22日ないし23日に予定されているが、もし9月27日の公聴会で異論が出なければこの第2次討論で改正案を採決し、最も早ければ2006年1月1日から新規定が執行されることになる。

 しかし、公聴会でも大多数の代表が1500元では低いということになれば、第2次討論会で改正案が通過することは困難となり、2006年3、4月に第3次討論会が開催されることになろうと予測している(2005年9月13日付け第1財経日報)。

 また、前国家税務総局副局長で、現在全人代財政経済委員会の委員である程法光は、「個人所得税法改正検討会」の席上で、ここ3−5年の中国の経済発展の速度を勘案すると2000元が比較的妥当であるとしている(2005年9月13日付け北京青年報)。

 国家税務総局のある官員も、全人代の討論会では、もし消費者物価上昇率が5%を超えたら控除基準を調整すべきだという点で、皆が基本的に合意したことを認めている(2005年9月13日付け第1財経日報)。

(2)公聴会に対する批判

 湖北大学の喬新生教授は、新京報に対し「公聴会には官員を招請すべきではない」と批判している。彼の論拠は次のとおりである(2005年8月30付け日新京報)。

A 財政部・国家税務総局・国務院法制弁公室の人員や、地方財政・税務部門の代表は、皆政府の意見の代表者である。彼らは、一面において給与所得者の意見を代表しているとしても、彼らの大部分は首都北京や大都市に集中しており、その局限性は明白である。彼らの意見は事前に書面に整理して各代表に配ればよく、発言時間を設ける必要はない。

B 個人所得税は中央と地方の共有税であるという理由で、東部、中西部、自治区の財政・税務部門の代表者が3人、直轄市代表が1人、地方政府を代表して意見を発表することになっている。しかし、本質からすると、個人所得税法の改正は個人財産の分配問題に直接関係するものであり、中央・地方の間に税収比例分配問題があるとしても、これは第1層のレベルの問題であり、憲法改正・専門的な法律の制定により解決が可能である。換言すれば、個人所得税法は主として国家と公民の間の財産分配問題に関わるものであり、地方政府がその中に参与すべきではない。

C 全国総工会は労働者階級の大衆組織であるとはいえ、公民の基本的権利の問題については、労働組合組織はでしゃばるべきではない。

D 立法機関としては、政府の意志や地方部門の意見は要らず、全国選挙民の意見を聞くべきであり、直接全国満18歳以上の有所得者から陳述者を選定し、東・中・西部からと、所得の高い業種と低い業種から適切に選定すべきである。

(3)控除額が1500元より高い地方政府の反応

 現在広州市と深セン市の所得控除額は1600元であり、もし1500元が全国一律適用されれば、この基準は法律違反となる。これに対し、広州市地方税務局納税者サービスセンターの関係者は、「これまでは800元が課税最低限で、これに給与性の高い手当について、さらに800元の控除を独自に加算していた」と弁明する。

 したがって、基準の800元が1500元に引き上げられれば、広州市は2300元の控除を独自に行うことが可能になるとするが、これについては国家の政策を見ながら調整の有無を検討するとしている(2005年8月26日付け羊城晩報)。今回の改正は両市にとっては、個人所得税増税となるため、今後市民・政府からの抵抗が予想される(2005年8月24日付け中華工商時報)。

 なお、中央財経大学財政・公共管理学院副院長の劉桓教授は、1500元では生活コストの高い都市では不十分であり、経済未発達地域では高すぎるとして、20%の浮動範囲を設けるよう主張している(2005年9月7日付け華夏時報)。

(4)税率の段階

 中華工商時報によれば、現在個人所得税は9段階の累進税率を課しているが、就業者のうち月給が5800元を上回る者は2%に満たない。大部分の月給は800−5800元の間であり、9段階の税率のうち第2段(10%)の適用される者が最も多く、35%である。税収では37.4%を占める。第3段(15%)の適用される者は12.4%で、税収では47.5%を占めている。

 このように、給与所得税は普通の所得階層が負担しているという事実にかんがみ、第1段の500元を超えない者に対する5%税率と、第2段の500−2000元までの10%税率を1段階に統合し、税率を5%とし、従来の第3段以上の税率を5ポイントずつ引き下げて最高税率を45%から40%に引き下げる案、もしくは最低税率を5%から3%に引き下げ、最高税率を45%から40%に引き下げる案を紹介している(2005年8月24日中華工商時報)。

(5)少数意見

 人民大学の顧海兵教授は、むしろ控除額は800元でも高いとする。彼によれば、最低の賃金保障は現在月400−600元であり、深センで600元、北京で400元であり、800元は最低ラインとはいえない。むしろ課税最低ラインを引き下げることは国民全体の納税意識の向上につながるのであり、控除額を引き上げるのではなく、最低税率を5%から2%に引き下げるべきである。

 これとともに、現在課税対象とされていない各省レベル以上の機関が出すボーナス、国務院が出す特別手当、退職手当等を課税対象とし、比例税率20%が課されている労務報酬や原稿料への課税を改めるべきだとする(2005年9月27日付け中国経済時報)。

5.公聴会の模様

 9月27日に開催された公聴会では、上記のような参加者構成への批判があったにもかかわらず、個人所得税改正案起草部門から代表3名、全国総工会(労働組合)代表1名、東部・中部・西部の省・自治区・直轄市の財政・税務部門代表4名、一般代表20名の陳述人が選定された。彼らの陳述は9:00から15:00に及んだが、その主張は以下のように要約される(2005年9月29日付け中国経済時報)。

(1)起草部門の説明(財政部税政司史耀斌司長)

A 給与所得控除の基本原則

  1. 全国の都市住民の平均収支水準を基礎とし、地域の差異を併せ考慮する。
  2. 控除の基準を確定するに当たっては、都市住民の住宅・教育・医療等の改革と結合して考慮し、民衆の基本生活水準に影響を与えないことを保証する。
  3. 国際経験を参考にし、税制の一般原則を遵守する。

B 給与所得控除の基準を確定するに当たり依拠したもの

  1. 都市住民の実際生活の支出水準を合理的に推計
    国家統計局の関連資料から推計すると、2004年に都市労働者が1人平均で家庭のために負担した消費支出は、13718元であり、月平均1143元である。これを地域構造でみると、東部地域は月1381元、中部は929元、西部は1012元となる。したがって、1500元の所得控除は、都市住民全体と東西地域の状況を勘案した選択である。
  2. 租税政策の効果を総合的に考慮
    国家統計局が全国500都市、5.5万戸の家計収入を調査したところ、低収入者は3642元、中低収入者は6024元、中等収入者は8166元、中高収入者は11051元、高収入者は20102元であった。現行の月800元の控除基準では、給与所得階層の納税者数は全体の約60%であるが、1500元では30%前後と約半分に低下する。これを税負担でみると、月収1600元の者の負担減は91%、2000元では74%、3000元では39%、5000元では21%、10000元では10%となり、所得の低い者ほど負担軽減が大きく、所得の高い者ほど負担軽減が小さくなっており、個人所得税が社会分配調節に積極的な作用を発揮しやすくなっている。
  3. 財政の受容能力について統一的に配慮
    2004年の数値で推計すると、1500元の所得控除による財政収入の減少は200億元余りである。2002年の所得税分配改革後、中央財政が所得税収から得た財政力は全部中西部地域の一般的移転支出に用いられている。したがって、控除基準が高すぎると財政減収が過大となり、中央財政の移転支出の程度に影響を及ぼし、一部地域の財政予算均衡に直接的な影響を及ぼすことになる。


(2)所得控除の1500元への引き上げに対する意見

 1500元に賛成:起草部門代表3名、広東省地方税務局、安徽省地方税務局、内蒙古財政庁の各代表、一般代表7名

 1500元以上:上海市財政局代表、全国総工会代表、一般代表11名

 1500元以下:一般代表2名

 なお、全国総工会代表は、陳述の際に北京・広東・四川・山西・陝西の労働者に対し全国総工会がアンケート・座談会による調査を行ったところ、1500元に賛成したのは10%だけであり、80%以上の労働者は2000−3000元への引上げを建議したと報告し、1600−2000元への引上げを主張した。一般代表の中には3000元への引上げを主張する者がいた反面、800元維持ないし公民の納税意識普及の観点から更なる引下げを主張する者も見られた。

(3)控除額を全国一律とすることについて

 4名の地方財税部門の代表中、広東省地方税務局と内蒙古財政庁代表が1500元の基礎の上に更に20%の上乗せを認めるよう主張したほか、上海市財政局代表が省クラス政府に一定の幅で実際状況に合わせた調整権限を賦与すべきだと主張した。この3名以外の陳述人は、地方政府に調整権力を賦与することに反対した。

(4)控除範囲について

 控除の対象となる支出の範囲については、陳述人により様々であった。主な意見は以下のとおりである。

 経済の発達した地域の就業人口1人当たりの消費性支出、基本的な消費支出(家庭単位の消費全額ではない)、一般民衆の長期的な基本生活水準計画を支持・保証するような基準、家庭の1人当たり平均収入、社会の一般家庭の最低生活費用

(5)その他

 次のような個別意見があった。

A 控除額を不変とするのではなく、インフレ率を参照して適当な調整を行うべきである。

B 控除額引上げにより生じる経済未発達地域の財政収入欠陥問題は、中央政府の移転支出により解決すべきである。

C 税率の第1段の上限を500から1000元とし、税率を3%に引き下げるか、1段階増やし、1000元までの税率を3%とすべきである。

D 所得が1500−3000元の範囲は3%ないしそれ以下の低税率にすべきである。

E 出稼ぎ農民は戸籍が都市にないにもかかわらず、都市住民と同じ個人所得税を納めている。彼らに都市戸籍を有する住民と同じ権利を享受させることの方が重要である。

まとめ

 このように、全人代常務委員会における議論、公聴会における一般陳述人意見をみても、所得控除額1500元への引上げは「低すぎる」という意見が多く、11月下旬に予定されている全人代常務委での第2次討論では異論が続出するおそれがあり、政府案がそのままの形で成立するのは困難な情勢にある。

 もともと800元の所得控除は、導入当初は外資系企業に勤める人員を狙い撃ちした課税であり、個人所得税は高額所得者課税の意味合いを持っていた。それが、国民の所得向上とともに実態的に大衆課税に変化したため、所得控除の位置づけが曖昧になっている面がある。このなかで、経済発達地域の地方政府は租税法律主義を無視して勝手に所得控除額を引き上げてきたため、今回の引上げに伴い中央−地方の整合性が問題とされているのである。

 ただ、政府案が否決されれば800元がそのまま継続することになるので、政府案修正の道が模索されることになろう。政府としては、最低税率を引き下げることや、将来インフレが発生した場合には控除額を適宜調整することを表明することにより、控除額の大幅引上げを回避しようとするかもしれない。

 また少数意見として、公民の納税意識向上のため所得控除の現状維持・引下げを主張する向きもあるが、それであれば大衆のより広範な政治への参加が認められなければならないであろう。民主主義の観点からは「参加なくして課税なし」であり、税の使途につき納税者自身が意思決定に直接・間接に参加できる仕組みを整えることが先決である。

 他方で、今回の個人所得税改革のもう1つの柱が高所得者に対する徴収管理の強化であることからも分かるように、高所得者の納税額の低さも批判の対象となっている。財政部・国家税務総局の関係者は標本調査をもとに高所得者がそれなりに納税しているとするが、2004年の個人所得税収入1737億元の65%がサラリーマンに対する課税であり、総所得の半分以上を占める高所得者が個人所得税のわずか20%しか占めていないことが指摘されている(2005年8月29日新華社北京電)。このため、人民銀行の蘇寧副行長は、銀行口座の実名制を強化し、厳格な身分証制度を実施することを表明している(2005年9月6日付け毎日経済新聞)。

 また、国家税務総局王力副局長も、

  1. 現金管理の強化
  2. 個人の金融活動に対する実名制・身分証の実施
  3. 給与以外の福利・手当・実物支給の給与への参入
  4. 個人銀行口座を通じた給与支給
  5. 個人収入状況を把握している金融・保険・証券・不動産・先物等の部門から税部門への個人収入情報提供制度の制定・確立

を表明している(2005年9月27日付け北京青年報)。

 さらに、新たに公布された「個人所得税管理弁法」では、身分証番号により納税者の収入の一元管理を進めるほか、重点管理納税者として、新たに金融・保険業の従業員、個人投資家、映画・テレビスター等を加えることとしている(2005年9月20日付け国際金融報)。

 ただ、このような動きに対し、国家情報センター発展研究部戦略計画処の高輝清処長は「中国で最も富んでいるのはスターではなく企業家、とりわけ民営企業家である。彼らは隠れた長者であり、これに詳細な規制をかけられないことが欠陥なのだ」と指摘する(2005年9月20日付け国際金融報)。

 さらに、華東政法大学商学院の汪康懋名誉院長は、「富人税」の導入を主張し、具体的には賭博・宝くじ等の一時所得への課税、煙草税、娯楽消費税、揮発油税、高級消費税、広告税、出境税、定住税等の新税導入を主張している(2005年9月29日新華社北京電)。北京大学経済観察研究センターの仲大軍主任も「リムジンや自家用飛行機など高級消費品には重税を課すべきだ」と主張する(2005年9月20日付け国際金融報)。

 この意味で、今回の個人所得税改革も、胡錦涛−温家宝指導部が所得格差のこれ以上の拡大を防ごうと推進している「調和のとれた社会の構築」の重要な一翼を担っているのである

(2005年10月4日記・11.071字)
財務省財務総合政策研究所客員研究員 田中修

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