はじめに

　今回の国務院人事で、金融をはじめ内外経済全般を担当することになったと見られる王岐山の人物像について、南方報業網2008年4月3日は21世紀経済報道の賈玉宝記者の解説を紹介している。以下、その概要を紹介しておきたい。

 

１．消火隊長

　1997年、アジア金融危機が爆発し、香港経済は大打撃を受けた。危機は、迅速に香港の背後地であり中国最大の対外貿易省である広東に蔓延した。

　金融危機の衝撃は香港のレッドチップ、中国国内の国際投資公司、各地方の中小ノンバンクに広範な支払危機をもたらした。これ以前長年政府の信用を担保にすりかえていた広東省の各レベルの政府と40余りの国際投資公司・レッドチップ・1000を上回る窓口会社は、外国商業銀行から償還能力をはるかに上回る外債を借り入れていた。

　支払危機が爆発し、一時期広東金融は危機に陥った。内外の激しい債務償還要求に対し慎重を欠く態度をとれば、燎原の大火を引き起こし、中国の金融システムはドミノ式に倒れる可能性があった。

　この時、王岐山は人生の転機を迎えていた。歴史学者から「三農」の専門家、更には金融の専門家になっていたのである。

　39年前、王岐山の最初の生涯設計は金融とは関わりはなかった。陝西で4年間仕事をした後西北大学で学んだ際も、主たるものは歴史博物館の実務であった。

　しかし、このような歴史学の視野をもっていたからか、王岐山は改革開放が幕を開けると経済問題の研究に着手し、関係の論文を執筆発表した。その結果、彼はすぐ北京に異動となり、国務院・党中央の「三農」問題に関する研究機関に職を得、6年間働くことになった。この経験は、彼が1988年に中国農村信託投資公司の社長となり、1989年には建設銀行副行長に転任して2度目の人生の転機を実現する伏線となったのである。

　1995年8月、建設銀行行長の任にあった彼は、後に名声を博する中国国際金融有限公司（中金公司）の設立を主導した。これは中国で初めての国際的な投資銀行であった。中金公司の会長に就任した王岐山は、彼が主導した多くの投資プロジェクトにより国際金融市場の注目を受けた。

　王の建設銀行改革は、国務院総理の任にあった朱鎔基から認められた。このことにより、1998年の危機のピークに彼は中央の上層部の指名を受け広東省の常務副省長に就任し、金融を主管して全省に蔓延していた支払危機の処理を指導することになったのである。

　王岐山がまずやらねばならなかったことは、広東国際信託投資公司（GITIC）と粤海の債務の緊急処理であった。GITICと粤海は自身が債務超過であるばかりでなく、負債額が省政府の考慮可能な支払能力を超えていたのである。

　内部の激烈な議論を経て、王岐山は思い切った大局観のある案を導き出した。即ち、中央に助けを求めず、香港を混乱させず、粤海を再建し、GITICを破産させることにしたのである。

　王岐山の案は、中央上層部の金融改革の原則を体現したものであった。債務超過の深刻なGITICを破産させることは、政府と企業を分離し、政府が国有金融機関の債務償還を肩代わりする過去のやり方を改め、政府の信用と企業の信用が未分離なモラル・ハザードの時代を終結させたのである。

　同様に債務超過であった粤海を温存したのは、むしろ「純粋な経済的考慮に発するものであった」。王岐山は債権者とメディアに対し、「粤海は国外の集団公司であり、5つの上場会社が関連しており、我々は香港市場の安定を考慮しなければならない。香港の株式市場を混乱させたくはない」と説明している。

 

２．先鋭な対決

　しかし、広東省政府の粤海・GITICの処理決定は、大きな波紋を引き起こした。

　これ以前長年中国独特の官商一体の構造は、外国債権者銀行との間で暗黙のルールを形成していた。即ち、窓口会社に金を貸すことは中国政府に金を貸すことであり、最も安全なソブリン債であるというものである。長期間続いていた暗黙のルールを中国政府が一夜にしてひっくり返し、自己の子会社のために支払をしないとは、誰もが信じなかった。一時期、憤怒・抗議・脅迫・反発の猛烈な波が押し寄せたのである。

　現実を受け入れることができない債権者達は連合して王岐山に対し、「広東省は全額をすぐ現金で支払え。さもなくば、粤海を清算し元も子もなくしてしまうぞ」と声高に要求した。ある外国銀行家は、対中融資を停止すると放言した。

　このときポールソンという米国人が王岐山に手を差し伸べた。当時ポールソンはゴールドマンサックスの主席であった。王からすると、170余りの外国債権者相手に中国政府の官員が単独で対応することは不可能であり、国際的な権威を備えた金融機関の参画が必要であった。このため、王岐山は鳴り物入りでゴールドマンサックスを粤海再建の顧問に迎えたのである。ポールソンとゴールドマンサックスの参画の下、広東省政府はようやく外国債権者を席に着かせることができ、粤海再建をめぐる延々とした交渉が繰り広げられた。

　交渉が膠着状態に陥ったとき、王岐山は持ち前の豪腕を発揮した。1999年6月末、債権者銀行が休みなく駆け引きを繰り返すのに対し、王岐山は7月1日をもって粤海の債務の利払いを停止すると宣言したのである。

　大声でどなり、「中国政府を告発するぞ」と脅迫する外国債権者に対し、王岐山も「告発するならすればいい。どこにでも訴えるがいい。中国・広東省ではそちらに勝ち目はないだろうから、国外に私も喜んでお伴しよう」と強く言い放った。

　このような強烈な国際駆け引きに王岐山は勝利した。1999年1月10日、GITICは破産閉鎖となり、2002年12月、困難な交渉を経て広東省政府は外国債権者と粤海再建について合意に達した。同時に、広東省政府は中央銀行から380億元の融資を受け、広東省内の800余りのローカルな中小ノンバンクを再建・閉鎖した。広東金融はついに危機から安定化したのである。

　広東金融危機の後に訪れた北京SARS戦役を経て、王岐山は「消火隊長」の名誉称号を勝ち取った。

 

３．大きな課題に臨む

　今年3月、共産党中央政治局委員になっていた王岐山は、山東省人代の代表の身分で、全国政協・全人代に出席した。彼はユーモアをまじえ自分の状況を「学習し、真剣に思いをめぐらし、仕事を待っている」と説明した。3ヶ月の待命の後、ついに60歳の王岐山は金融を主管する国務院副総理となり、彼の大国としての金融構想を準備し始めた。

　彼がまず直面するのは、グローバル化と金融市場開放の高波の下で競争力に欠けている中国金融業である。また、中国の主要な銀行が長年累積してきた天文学的な不良債権である。2006年3月末、主要商業銀行の不良債権率は8.3％であったが、これは官側の数値であり、民間はもっと多いと推計している。

　国有銀行改革は全金融業改革の中で重要な位置を占めている。過去2年間、建設銀行・中国銀行・工商銀行・交通銀行が相次いで制度改正を行い上場し、改革はブレークスルーの進展を勝ち取った。しかし、上場後の銀行のコーポレートガバナンスの整備、経営メカニズムの早急な転換という任務は依然非常に困難である。

　農業銀行・政策性銀行の改革始動が、王岐山にとって次の重要な戦役となる。中国農業銀行は全面的な制度改正を実行することになろう。国家開発銀行も改革を始動して全面的な商業化を進め、政策性業務について公開入札制を実行することにより、政策性銀行改革が大きな幕を開けることになるのである。

　このほか、金融監督管理体制改革という難題も王岐山の面前に立ちはだかっている。金融監督管理を統一すべきだとの声は、国内で日増しに高まっている。金融の混業経営はすでに広範に進行しているにもかかわらず、これに対応した総合的な監督管理体制は未だ確立しておらず、依然銀行業監督管理委員会・保険監督管理委員会・証券監督管理委員会が分立して多頭管理の下にある。

　今年、全国政協・全人代において開始された大部制改革は、未だ金融領域には至っていない。もし、現在総合的な監督管理が無理であるとすれば、まず有効な協調的監督管理の枠組みを過渡的なものとして確立できるかどうか、これが王岐山の知恵が試されるところである。

　この中長期的な戦略構想に比べ、証券市場の試練はもっと差し迫っているかもしれない。王岐山が就任した時点で、中国株式市場は深刻な暴風雪に見舞われている。昨年11月以降、上海株価指数は半年にもならぬうちに40％下落した。政府が市場を救済し、非流通株改革の成果を守るべきかどうかについては、議論が沸騰している。王岐山が就任後どのような選択をするかは、市場が関心を払う焦点となっているのである。

　実際のところ、2007年初、王岐山は英国のシティーを訪問した際メディアに対し「新興市場として、中国の資本市場は必ず挫折を経験するだろうし、必ず問題も出てくるだろうが、それでも必ず更に開放を進めるだろうし、必ず不断に健全な発展をとげるだろう」と率直に語っているのである。

（2008年4月記・3,633字）