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東北地方の復興

中国ビジネスレポート 政治・政策
田中 修

田中 修

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2003年10月7日

<政治・政策>

東北地方の復興

田中修

はじめに

 9月18日、全国「第11次5ヵ年計画」編制準備活動テレビ電話会議が開催され、第11次5ヵ年計画の前期策定活動が開始された。この会議で馬凱国家発展改革委主任が強調したのは、次期計画においては地域計画の編制を際立って重要な位置付けとするということである。彼は、地域計画の重点対象として、長江デルタ、北京・天津・河北地域、成都・重慶地域、東北旧工業基地の4地域を挙げている(9月18日中新社北京電)。東北が再び脚光を浴び始めたのである。9月29日に開催された政治局会議においても、東北地方等旧工業基地の振興戦略問題を、10月11―14日開催予定の党中央委員会第3回全体会議(三中全会)の主要議題の1つとすることが決まった。以下、東北地方の復興に関する最近の議論を紹介したい。

1.温家宝総理の東北復興戦略

(1)東北旧工業基地振興座談会

 東北地方に最初に目をつけたのは温家宝総理であった。彼は、旧暦大晦日の夜、遼寧省の炭鉱で鉱夫と餃子を食べながら新年を迎えた。これは胡錦涛新体制の社会的弱者重視の姿勢を示すものと受け止められたが、実は東北地方復興のための調査の手始めだったのである。その後彼は5月末から6月初にかけて遼寧省の第2次調査を行い、続いて8月初には黒龍江省・吉林省を調査、8月3日、長春市において「東北旧工業基地振興座談会」を開催した。ここで彼は東北等旧工業基地(中国語では「老工業基地」)の調整・改造・振興の指導思想として次の4点を挙げている(8月4日新華網長春電)。

(a)改革の深化・開放拡大を堅持する。
(b)市場メカニズムに主として依拠することを堅持し、政府の役割を正確に発揮する。
(c)自力更生を主とすることを堅持し、国家は必要な支援を与える。
(d)現在有する基礎に立脚することを堅持し、比較優位を十分に発揮する。

 また、温総理は、東北等旧工業基地を振興するには、次の6つの任務に力を入れる必要があるとしている。

(a)戦略的に経済構造調整を継続する。これには、産業構造調整・所有制の構造調整・国有経済の構造調整が含まれる。
(b)企業の技術改造を強化する。
(c)全面的で調和のとれた持続的発展の実現に努力する。
(d)就業と社会保障体系の建設を積極的にしっかり行う。
(e)科学技術・教育事業の発展を加速する。
(f)改革開放の推進に力を入れる。

 この座談会に続き、9月10日、温家宝総理は国務院常務会議を開催し、東北地域等旧工業基地の振興戦略を実施する問題につき検討を行い、指導思想、原則・主要任務、政策措置を提出した。会議では、旧工業基地の振興につき、次の諸原則を重点的に把握し、堅持しなければならないとされている(9月10日新華社北京電)。

(a)改革の深化・開放の拡大を堅持し、改革開放をもって調整改造を行う。
(b)市場メカニズムに主として依拠することを堅持し、政府の役割を正確に発揮する。
(c)新しい工業化の道を進むことを堅持し、産業構造の高度化を促進する。
(d)全体の計画の中で個別地域や個別利益を併せて考慮することを堅持し、協調的な発展を重視する。
(e)自力更生を主とすることを堅持し、国家は必要な支援を与える。
(f)実際から出発することを堅持し、実効を求める。

(2)識者の分析

 温家宝総理の東北地方振興策の背景につき、識者達は次のように推測している(8月13日新華網ハルピン電、9月11日付け北京青年報)。

(a)中国政府は正式に東北旧工業基地の振興に着手した。
 東北旧工業基地に対して全面的な調整、改造・振興を行うことは、計画経済の残滓を徹底的に消去し、更に深層レベルの改革開放を各地域に全面的に展開し、市場経済への全面的転換を実現することを意味する。

(b)中国が東北旧工業基地を復興する堂々たる条件が既に具備している。
 近年、中国南方の経済発達地域の民間資本が不断に東北に流入し、商機を窺っている。また、前政権は3年前後の時間をかけ、国有企業に重点をおき改革を進めてきた。東北は中国国有経済の比重がかなり大きい地域であり、一部の国有企業は改組・制度改正を試み、活力が顕れ始めている。さらに、全国の社会保障制度の先行テストケースは遼寧省であり、完全な社会保障体系が既に初歩的に形成されている。

(c)東北に関する国策が打ち出されたことは、国内各地域の経済の協調した発展の促進を意味する。

(d)東北3省の経済転換は、国民経済の活力を増強する
 東北3省は、東北アジアに位置し、華北を背後にもち、地理的に非常に有利である。隣接するロシア・北朝鮮(?:筆者)・韓国・日本は、資源・市場・資本・技術・先進的管理で優位をもつが、東北3省は、工業・農業・交通・自然資源で比類なき優位をもつ。

(e)東北の振興は、わが国産業の国際競争力を向上させる。
 東北地方は、新中国の「工業の揺りかご」と言われ、鉄鋼・エネルギー・化学工業・重機・自動車・造船・飛行機・軍需工業等の製造業において、東南沿海地域が備えていない基礎的な優位・潜在力を有している。

(f)体制とメカニズムの刷新が先行
 東北が振興するか否かは、かなり短時間に制度改正を通じ、民営経済を発展させるような市場の生態・体制の環境を育成できるかどうかにかかっている。

2.3極構想と3大経済圏構想

(1)3極構想

 さらに、前述の国務院常務会議では各地域の発展戦略について、「西部大開発戦略を堅固に揺るぎなく実施し、東北地域等旧工業基地を振興し、東部地域が急速に発展し条件の整った地域から率先して現代化を実現することを引き続き奨励する。東西が相互に作用し、中部を牽引し、地域経済が協調して発展することを促進する」とする。

 この地域戦略につき、新しい指導集団は、経済発展に関し3極が連動する青写真を示しているのだ、という見解がある(9月23日付け人民網)。すなわち、3極とは東北・東部・西部であり、それぞれの位置付けは次のように説明されている。

(a)東北
 中国の開放の程度が空前の高度な水準に達して以後、国内企業の装置産業に対する需要はすでに拡大しており、資本の重工業に対する関心はますます強くなっている。
 東北を振興するうえでの問題は2つあり、1つは、国有企業の債務・銀行の不良債権、2つ目は、類似の体制改革により取り残された人員の問題である。
 疑いもなく、温家宝総理の3極論のうち、東北の振興は新たに提出された1極であり、カギとなる1極であり、最も高い成長を含意した1極である。
 おそらくは、北朝鮮の核問題といった国際問題の一層の適切な処理(6者会談実現促進は、その最新の努力の1つである)により、東北復興のための平穏な国際環境を創造すること、国内・国外の産業資本のために制度環境を建設すること、外資の流入のため資金を投入し、歴史的負担(負債と社会保障負担)を取り除くことが、この秋の3中全会の重要議題となろう。

(b)東部
 指導者の高層は、東部の未来の発展において、(東北・西部方面への)資本の輸出者として大きな役割を担うことを希望している。また、東部が産業の高度化と国際化の方面で国家全体の先行者としての役割を果たすことを希望している。

(c)西部
 温家宝総理はまだ西部を視察していない。しかし、これは西部開発が3極のなかで重要でないからではない。胡錦涛総書記と温家宝総理は、いずれも政治生涯の末端と中堅・高層時代を西部で過ごしている。
 西部は正に貧困問題の最も過酷な地域なのである。第4代の指導層の長くない執政期間のうちに、強烈な民本政府の傾向が現れており、指導者の西部(で仕事をしていた)という背景と、民本指向という核となる政治指導心理からすると、西部問題は高層の政策決定の優先序列において、前列に位置づけられることになろう。

(2)3大経済圏構想

 このような3極論とは別に、温家宝総理の構想に3大経済圏構想を見る向きも多い。例えば、中国経済体制改革研究会の●(「登」におおざと)聿文は、広州・深センを中心とする珠江デルタ、上海をリーダーとする長江デルタ、北京・天津を核心とする渤海経済圏の3大都市圏を興隆させることが、小康社会を全面的に建設し、共同富裕を実現するために全局的な戦略の選択であるとする(9月24日付け国際金融報)。彼によれば、中国経済は3重の2元構造になっているという。即ち、都市・農村の2元構造、国際化が進んだ部分と内向きな部分の2元構造、競争力のある部分と失われた部分の2元構造の3つである。この矛盾は就業問題という緊迫した問題として現れており、これを解決するには、3大都市圏が製造業・サービス産業を発達させ、雇用を拡大していくしかない、とする。また、3大都市圏は、中国の革新・変革のエネルギーの集積地としての役割も期待されるとするのである。

3.民間資本の導入

 このような東北復興の動きを受け、9月26日、黒龍江省において、「東北旧工業基地改造への民間資本参加戦略検討会」が開催された。ここには、国内の58の著名民営企業、黒龍江省の30の国有企業と20の民営企業が参加し、88の改造プロジェクトについて面談を行った(9月26日新華社ハルピン電)。

 この検討会に出席した国家発展改革委の欧新黔副主任は、近年東北地方の構造調整が遅滞し、沿海発達地域との格差が不断に拡大した原因として、市場メカニズムの作用が不十分、所有制構造が単一、国有経済の比重がとても高い、民営経済の発展が緩慢、特に強い競争力を備えた民営企業が少ない点を指摘した。そして、彼女は東北旧工業基地を調整・改造・振興するためには、国有企業問題を解決するだけでなく、民営経済・外資経済の発展に力を入れなければならないとする。最後に、国有企業の改造に民間資本の参加を支援・奨励するとし、そのためには、第1に体制の刷新を加速し、民間投資の流入可能な領域を拡大しなければならず、政府の職能を転換し、民間投資のために良好な外部環境を創造しなければならない、第2に経済全体の質を向上させなければならない、と指摘している。

 また、黒龍江省の宋法棠書記は、民間資本が国有企業改造に参加するに際しては、国有企業の余剰人員・債務・社会的負担を民営企業に絶対押し付けることはない、と民間資本の不安払拭に心を砕いている(9月26日付け中華工商時報)。

4.今後の課題

 ここでは、代表的な論調をいくつか紹介しておく。

(1)清華大学 胡鞍鋼教授
 今後中央の政策体系において、各地域の協調した発展が、中国の経済発展と社会発展の主要テーマの1つになる。東北3省は、経済転換中に一時的困難に直面するが、我々が旧工業基地の振興と転換を助けることができれば、新たな経済成長点と消費の源泉が生まれ、中国全体の経済成長を大々的に促進することになる。しかし、改革を行わない企業は競争力をもたず、競争力をもたない企業は、早晩市場競争において淘汰される(9月11日付け北京青年報)。
 東北振興の核心は転換である。即ち、伝統的な工業化モデルから新タイプの工業化モデルへ、資源・資本により駆動する工業化から技術・知識により駆動する工業化(これには豊富な労働力により駆動する労働集約型工業・サービス業を利用することも含まれる)への転換である(9月11日付け北京青年報)。

(2)社会科学院工業経済研究所地域研究室 魏後凱主任
 東北地方は、優位な重化学工業・農産品加工業とリンクさせ、より強大に、加工をより精緻に、付加価値を高めていくべきである。また、基礎と条件が整った場合には、突破口を探し、別の産業発展に向け多元化を図るべきだが、同時にこれまでの産業を引き継ぎ代替するような産業の育成を図っていくべきである。しかし、多元化は適度な多元化であるべきで、重点をおかない多元化を行ってはならない(9月11日付け北京青年報)。

(3)社会科学院西部発展研究センター 陳耀副主任
 第1に、個人・私営企業、外資企業を含む非国有企業を発展させることを旧工業基地振興の突破口にしなければならない。第2に、国有株を減らし、外資を導入し、これによって珠江デルタと江蘇省・浙江省の民営企業の資本参加を呼び込み、国有企業の株式多元化を促進しなければならない(9月11日付け北京青年報)。

(4)国務院発展研究センター産業研究部 劉世錦部長
 国有経済と非国有経済が相互に融合した混合経済が重要な発展方向であらねばならない(9月11日付け北京青年報)。

(5)国家発展改革委国土開発・地域経済研究所 杜平所長
 東北振興のカギは、思想解放と観念の転換である。中央は、投融資権・開放権・許認可権・資産処置権等の権限につき、東北に自主改革権と試行錯誤の権限を与え、奨励を多くし、批判を少なくすることが望ましい(9月11日付け北京青年報)。

(6)北京大学中国経済研究センター 林毅夫主任・劉培林
 東北旧工業基地の振興のためには、第1に、大量の国有企業の政策的負担を徹底的に解決しなければならない。第2に、各クラス政府は、産業・技術について(他の地域に)追いつけ追い越せ式の奨励を行ってはならない。東北の経済発展は、東北自身の比較優位の上に建設しなければならない(9月11日付け北京青年報)。

(7)社会学者 鄭杭生
 東北の振興と西部開発の発展モデルは重要な相違がある。西部の発展が「開発」であるならば、東北振興のカギは「転換」である。これは社会学的見地からすれば、「社会転換」であり、「伝統型」から「現代型」への転換、即ち、農業的・農村的・封鎖的半封鎖的な伝統型社会から工業的・都市的・開放的現代型社会への転換である。現在、中国は社会の転換と経済の転機(高度に集中した計画経済体制から社会主義市場経済への転換)の中にある。東北旧工業基地は、元の計画経済体制の統治期間が最も長く、最も徹底貫徹された地域であり、企業は一面で旧体制の厳重な束縛を受けたが、一面では、今に至るまで旧体制に深く依存している。このため、東北旧工業基地の改造・振興・転換は、厳しい試練に満ちている(9月21日人民網長春電)。

(8)国務院発展研究センター 李善同・馮傑

 東北旧工業基地改造の新しい考え方として、以下の諸点を挙げている。
(a)地域経済発展の観点から出発し、東北旧工業基地の建設を、わが国の新たな経済成長の1極とする。
(b)東北旧工業基地の改造を、全国の経済構造の戦略的調整と地域経済の協調発展の枠組みの中に位置付ける。
(c)東北アジア地域協力への積極的参加と対外開放を通じ、東北地方に開放型経済体系を建設する。
(d)現有の機械製造業の基礎を十分に利用し、東北旧工業基地をわが国の重要な装置産業基地に改造する。
(e)社会発展の促進、就業の増加、生活の水準・質の向上から出発し、東北旧工業基地の改造を推進する。
(f)改革とワンセットにし、東北旧工業基地の国有企業の改革・発展を推進する。

 また、東北旧工業基地の改造の新措置としては、次の項目を挙げている(9月12日付け上海証券報)。
(a)戦略分析と長期計画を強化し、発展の条件を再評価し、発展目標を確定する。
(b)異なる地域、業種、企業の差異によって分類指導する。
(c)中央・地方財政は共同出資により旧工業基地改造専用資金を設立し、企業と地方の歴史的負担の軽減に集中的に使用する。
(d)良好な政策環境を整備し、民間・外部資本が構造調整・産業転換に果たす役割を奨励・誘導する。
(e)東北では、プロジェクトの許認可権の規制緩和と投融資体制方面の改革を率先して行う。
(f)東北経済地域の協力の枠組み・協調メカニズムを整備し、地域の一体化プロセスを推進する。

(9)人民大学行政管理学系 毛寿龍主任

 東北を振興するには、過去の資源・資金・技術・人力資源のみに依存する発展方式から脱することが必要であり、「(他人の助けを)待つ」という思想を克服する必要がある。最もカギとなる問題は、東北人自らが解決しなければならない。中央が、歴史的に残された問題の解決に、的を得た援助をすることは構わない。例えば、外資許認可権につき地方により多くの権限を与えるとか、土地使用方面でもっと自主権を与えるといったことである。また、インフラ建設、教育、社会保障、医療衛生といった公共サービス方面で援助を提供してもよい。しかし、国有企業の制度改正、国有企業の技術の陳腐化、資源の枯渇した工業都市の持続的発展の可能性といった多くの具体的問題については、東北人が自ら出撃し、中国南部・東部地域の経験を学習・参考にし、自身の発展の内在メカニズムを育成し、新思考・新体制・新メカニズム・新方式を採用しなければならない(9月11日中新社北京電)。

まとめ

 東北旧工業基地復興の議論はまだ始まったばかりであり、今後第11次5ヵ年計画策定の中でより精緻化されていくものと思われる。しかし、上記の議論でもわかるように、東北地方は計画経済体制の影響が最も強かった地域だけに、政府・国有企業指導者の発想の転換・構造調整の推進は容易ではないだろう。今後、東北地方が、珠江デルタ・長江デルタ両経済圏と異なるどのような特色を出し、両経済圏とどう相互補完していくのか、渤海経済圏を構成する一員として、北京・天津・河北省とどう連携していくのか等、検討すべき課題も多い。

 他方、東北地方を含む渤海経済圏の振興は、近接する日本にとっては経済メリットが大きい。そして、中国が外資導入により東北の復興を図ることは、北東アジア地域の国際的安定に中国が積極的にコミットすることにもつながる。東北地方は、日中にとって歴史的経緯のある地域であり、軽々に論ずると中国側の反日ナショナリズムを刺激しかねない難しさもあるが、今後の動向については十分に注意を払い、政府・企業それぞれの対応のあり方を検討していく必要がある。

(03年9月30日記・7.265字)
信州大学教授 田中修

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