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新幹線問題の決着を予測する(1)

中国ビジネスレポート 政治・政策
田中 則明

田中 則明

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2003年10月14日

<政治・政策>

新幹線問題の決着を予測する(1) 

田中則明

 上海在住の日本人の友人から、上海は滅茶苦茶暑いとの便りが届いた。今年は、真夏日が30日以上もあったそうな。東京は、申し上げるまでもなく、冷夏の見本のような冷夏である。まさに好対照、ひどく温度差がある。まるで、南半球と北半球のようだ。

 ところが、ここ数ヶ月、私は、大陸と島国の空気にも、自然現象に負けず劣らずの温度差を感じている。それは、北京―上海高速鉄道を巡るものである。 高速鉄道問題、あるいは新幹線問題と言うべきか、このテーマに関して、大陸側は、極めてホット、島国側は、盛り上がりに欠け、湿っぽささえ感じる。

 ここで、観察力の鋭い人は私に聞いてくるであろう。
「あなたは、SARSもあって、ここのところ中国に行っていないではないですか?行きもしないでどうして中国の空気がムンムンしているか、カラッとしているか、分かるのですか?」
―――鋭い質問ではあるが、答えは「分かる」なのである。ジンジンと熱気を帯びた空気が肌に突き刺さってくるのである。こんな風にだ。

 いつも足裏マッサージでお世話してくれている中国人指圧師は、私の顔を見るや否や、決まって中国語でまくし立てて来る。まるで、日本中の日本人が、毎日、一面トップで新幹線問題を論じている中国語の新聞を読んでいるかの如く、まるで、日中間にはこれ以外に懸案はないかと思わせるかの如く、口角沫を飛ばして「中国政府の立場は・・・だが、老百姓(庶民)は、日本から新幹線を導入することに絶対に納得しない。なぜなら、中国人は、歴史問題・・・・、・・・・・・・、・・・・・、・・・・・、・・・・・、・・・・・、・・・・、・・・・・。」

 この在日3年の指圧師によれば、日本が新幹線を受注すれば、それは日本のGDPを2%押し上げ、日本の失業問題を大きく改善するのだそうだ。そして、最後に、ここで、もし政治家○○○○○が出て来て、一声、中国大陸に向かって「お願いします!!」と言えば、中国の一般の国民は納得し、一般の国民が納得すれば、政府は最初からその気なのだから、後は話が早い、これしかない、と話を締めくくる。
 
 同氏(師)の話の中には、何度も「不要感情用事(感情によってのみ物事を進めてはいけない)」という言葉が出てくるのだが、不思議と最後の最後はこういう結論になるのである。

 また、同氏(師)は、中国語の分からない日本人に対しても、一生懸命、厭きもせず同じことを説いている。彼はまさに中国大陸が放った遊説の士である。(翻って、中国大陸でかくも熱心に自分と異なった意見を持つ人間に真正面から立ち向かっている日本人の遊説の士が何人いるだろうか?)

 それはさておき、私を含む大半の日本人の反応はと言えば、午後二時と明け方二時位の温度差がある。日本では、凶悪犯罪あり、国内政治のゴタゴタあり、スポーツ選手の活躍あり、北朝鮮問題あり、イラク問題ありで、一つの問題や事件をゆっくり、じっくり掘り下げている余裕などないようなめまぐるしさもあってか、中国の新幹線問題は、毎日飛び込んで来る数多あるニュースの中のoneof them であり、新聞の紙面でもそれ程スペースは割かれていない。

 この遊説の士に対して、殆ど返す言葉がない。ここで「いや、中国は、百年の大計に基づき、アメリカではなく、日本と手を組むために、過去は過去として暫時不問に付し、日本の新幹線を採用すべきである。もし、そうしなければ、あなた方は、あなた方の子々孫々から、後ろ指を指され、歴史に汚名を残すことになる・・・」等と持論を展開する人が殆どいないのである。皆、冷めている。

 何故だろうか?この問題の決定権は中国側にあると考えており、日本側なりに努力はするし、して来たが、もうこれ以上ジタバタしてもどうしょうもない。いや、それどころか、中国を刺激したら、却って不利になるばかだと考えているからだろうか?だから、無駄口をたたかないと決め込んだのか?それとも、ビジネスなのだからビジネスライクにやれば良いと考えている人が多いからだろうか?それとも、北京―上海高速鉄道プロジェクトそのものの存在を知らないからだろうか?

 いずれにせよ、日本側には、最後の切り札、日中国交回復に輝かしい功績を残した政治家の血を受け継ぐ政治家○○○○○を担ぎ出し、一気に本丸に向かうとの気迫にも欠けるし、背水の陣を敷くといった悲壮感もない。


 このプロジェクト、中国の新幹線プロジェクトを当事者、当事国の立場から少し離れ、第三者、第三国、いや思い切って宇宙ステーションに滞在する第三国の人間の目で見て見よう。もしかしたら、何か新しい発見があるかも知れない。

 無数の星の中でも一際青い星、地球をかなたに見やりつつチャイナウオッチャーを自認する宇宙飛行士は、自問自答する。

  • これは、何なのか?
    −これは、「物や技術の売り買い」=「商談」=「ビジネス」である。
  • 誰が買うのか?誰が金を出すのか?
    −中国政府が買う。
    −中国政府が使う金は、個人の金ではない、国民の金である。
    −となると、この取引における買い手=中国政府/中国国民ということになる。
  • 誰が売るのか?誰が購入代金を受け取るのか?
    −日本、またはフランス、またはドイツの民間企業連合である。
    −売り手=民間企業連合である。
  • 契約当事者は誰になるのか?
    −中国政府/中国国民と外国の民間企業連合である。
    −民間企業対民間企業ではない。
  • 誰に購入決定権があるのか?
    −当然、買い手に購入決定権がある。つまり、中国政府と中国国民にある。
  • 購入の決定は、どのような原則に基づいて行われるのか?
    −「貨比三家(三者を比較した上で購入先を決定する)」の原則に基づくであろう。なぜなら、ビジネスだからである。それに、まさにこのケースにおいては、日本、フランス、ドイツの3つ国に属する企業連合が鎬を削っているのであり、「貨比三家」を地で行っているようなものだ。

 ここまで来て、宇宙飛行士は、田中某が指摘した「日中の温度差」について考えてみる。

 彼の問答をよく読んでみると、日本側は冷めていると読めるが、彼がここで言う日本側とは、彼を含む日本の一般庶民であることが分かる。とするなら、日本の一般庶民は、商談の当事者ではないから、発熱量が少ないのは当然ではないだろうか。仮に、一部の庶民が本プロジェクトに多大の関心を寄せていたとしても、それは、決して当事者としてのものではない。最終的に売り手が日本企業連合に決まり、何かの拍子で大損を被っても、自分の腹は痛まないのである。
 
 一方、中国の一般庶民は、商談の当事者である。なけなしの財源を使って高価な買い物をする当事者なのである。ましてや、良い買い物をすることに情熱を燃やす中国の人々である。購入決定に関しては、黙ってはいられまい。当然の権利として、物を申すことになろう。ホットになるのは当然過ぎるくらい当然だ。

 なるほど、こういう構図になっているのか。中国の一般庶民と日本の一般庶民では、置かれた「立場」がかけ離れているのだ。

 となると、一部の中国国民が発した「日本からは絶対に買うな」メッセージは、何なのだろうか?当事者が発したメッセージであるが、それは、誰に向けられたものか?

 当事者間で発せられたメッセージということになろう。つまり、中国国民が中国政府に対して発したメッセージということになろう。

 ここまで来て、宇宙飛行士は、ひざを打った。なるほど、田中某が中国人の指圧師の口角を沫を飛ばしての議論の吹っかけに対して、無反応にならざるを得なかった理由がここにあるのだ。インターネット上での熱いメッセージは、当事者が当事者に宛てたものであって、部外者に宛てたものではない、部外者としては、答える義務も答える術もないのだ。部外者としては当事者同士間における侃侃諤諤の議論の行方を見守るしかないのだ。

 ところで、「日本からは絶対に買うな」というメッセージは、「ものの購入決定」において、どのような意味を持つものであろうか?

 ここでアメリカ生まれの「ラショナル思考法」の中の「決定分析」、即ち、人が物事を決定する際に頭の中で行う思考プロセスを参考にこれを解いてみるとこういうことになろう。

 人は、物を選ぶ場合、【MUST】と【WANT】という二種類の基準を設定しているという。前者は、絶対にクリアしなければならない基準で、後者は出来ればクリアしたい基準である。これを今回の新幹線問題に当てはめてみると、例えば

 【MUST】
・最先端技術である。
・成熟した技術である。
・経済的合理性がある。

【WANT】 
・購入先の企業連合が属する国と政治的な軋轢がない。
・将来の国産化に協力的である。
・工期が短い。

となる。

 実際に【MUST】を全部クリア出来ているのは、日本、フランス、ドイツの3ヶ国の企業連合しかないので、【MUST】はこのようにも書き換えられよう。

 【MUST】
・日本、またはフランス、またはドイツ製である。
・最先端技術である。
・成熟した技術である。
・経済的合理性がある。

 それで、一部の「日本からだけは買うな」というメッセージに込められた主張は、この【MUST】を次のように変更せよと迫っていると言える。

【MUST】
・フランス、またはドイツ製である。
・最先端技術である。
・成熟した技術である。
・経済的合理性がある。

 一方、つい数日前に次のような「小道消息(口コミ情報)」が宇宙ステーションにも届いた。

<情報1>
 一部当事者は、日本からの購入に傾いていると噂される中央政府の高官を、激しい口調で、「漢奸(民族の裏切り者)」「売国奴」呼ばわりし始めている。

<情報2>
 工期を考慮すれば9月一杯には最終決定をしなければならないが、政府はほぼフランスに発注する腹を固めた。

<情報2>によれば、買い付け当事者は、【MUST】の第一行目を

・フランス製である。

に変更しようとしているというのである。本当だろうか?本当にそんな事が出来るのだろうか、今、この時期に?

宇宙飛行士は、切り口を変えない限り、この問題に関してこれ以上の深追いは出来ないと感じ、ステーションの窓を閉じた。

(03年9月日記)
(4,440字)
心弦社代表 田中則明

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