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ログイン2007年10月18日
胡錦涛政権は5年前の政権交替直後にまず農民税を廃止するなど、国民所得格差(貧富の差)の是正を政策の重点に置いてきた。当時の上海紙の報道を見ると、「都市住民の高額所得者の上位20%が全金融資産の66%を独占し、逆に下位20%の所有する金融資産はわずか1.3%しかなく、その所得格差は50倍。一般企業内においても、従業員と経営者の所得格差は14倍以上に開いている」と報じている。現在では、さらに格差は拡大しているかもしれない。
来月開催される党大会で2002~2012年の総書記の任期半ばを迎える胡錦涛政権は、就任当初のSARS騒動や、その後の全国各地反日デモ運動などの課題を乗り越え、任期前半は高度経済成長を維持し、対外貿易高を急激に伸ばし、世界最大の外貨保有国になるなど、すぐれた経済成長の実績をあげた。
それがここへ来て、鄧小平時代から続いた従来の外資導入をテコとした高度経済成長路線から、安定成長にもとづく「調和社会」建設へと、政策転換に向けた調整を多方面で進め始めている。
中国ビジネスの現場でも、ここ数年における外資優遇政策には一連の新しい傾向が見え始めている。ここ数年の外資に対する「内外格差撤廃」の名の下に廃止されつつある外資優遇政策、そして「国内市場保護」、「国内産業育成」の名の下に強化されつつある外資規制の実際の流れをサーベイしてみよう。
1.個人所得税法の大改正
胡錦涛政権は5年前の政権交替直後にまず農民税を廃止するなど、国民所得格差(貧富の差)の是正を政策の重点に置いてきた。当時の上海紙の報道を見ると、「都市住民の高額所得者の上位20%が全金融資産の66%を独占し、逆に下位20%の所有する金融資産はわずか1.3%しかなく、その所得格差は50倍。一般企業内においても、従業員と経営者の所得格差は14倍以上に開いている」と報じている。現在では、さらに格差は拡大しているかもしれない。
かつて鄧小平が唱えた「先富論」が、殺到する外資に支えられた中国経済の未曾有の急成長を背景として、貧富格差の急拡大につながってしまった感がある。
中国に滞在する外国人をも含めて、中国社会で広がりつつある個人所得格差を是正すべく、2005年に開催された第10期全国人民代表大会では個人所得税法の大幅改正案が採択され、翌06年から施行された。
(1)基礎控除額の引き上げ
中国の個人所得税計算には、日本と同様に、基礎控除が存在する。基礎控除は国籍により異なっており、その金額がそれぞれ引き上げられた。
○中国人 800元→1,600元へ引き上げ
○外国人4,000元→4,800元へ引き上げ
この改正の背景には、中国人の所得水準が総体的に向上し、給与所得者が個人所得税収の主流となったという状況がある。 しかし、その一方で、中国人と外国人とのあいだに月収ベースで3,200元もの「格差」がいまだに設けられている。中国国民の目から見れば、「なぜ外国人の非課税控除枠はこんなに大きいのか、外国人を優遇する国籍差別ではないか」と見えるかもしれない。昨今の「内外格差撤廃」の流れから言えば、この格差も早晩撤廃されるに違いないだろう。
(2)源泉徴収制の本格スタート
従来、中国における個人所得税の納税方法は、本人による月次申告・月次納税が基本であった。中国に長期駐在する外国人は赴任時に関係当局、所轄公安局で滞在許可を受け、税務局にみずから出向いて個人税務登記しなければならなかったのである。なかには知らずして個人税務登記を失念し、在任期間中の数年間にわたって一度も中国で納税せずに帰国してしまった、という日本人駐在員も一部に実在した。
ところが、この自己申告制が本改正により、日本とおなじ支払者による源泉徴収制に本格的に切り替えられた。恐らく中国の税制史上でも有数の歴史的大変化である。改正税法では、「納税義務者」とは「所得がある者全員」、「源泉徴収義務者」とは「所得を支払う事業所または個人」と明確に定義され、各地の税務局には源泉徴収明細帳簿が備置され、源泉徴収者の税務登記があれば個人税務登記は各地で省略されつつある。
この制度は「全員全額源泉徴収申告制度」と名づけられた。個人に課税所得を支払う組織もしくは個人は、課税所得を支払うとき、その職員か否かを問わず、また納税基準に達しているか否かを問わず、翌月中に所轄税務局に代理徴収税額の金額と内容を報告する義務を負うことになったのである。
たとえ日本で支払われる留守宅手当であっても、日本の親会社は中国の税務当局に対して税法上の源泉徴収義務を負うものとされ、本人が中国で納税申告を怠っていても、「個人所得税の問題は、現地の個人責任」とは言えなくなった。
(3)全員・全額申告義務
06年度個人税制大改正の最大のポイントは源泉徴収制への全面切り替えと、「全員・全額申告原則」にもとづく個人確定申告のスタート(2007年1~3月)である。すなわち、所得がある者は全員、給与所得以外の収入も含め、すべての所得を確定申告しなければならなくなった。
●確定申告義務者は以下のとおり。
・年収が12万元を超える者
・中国内で二箇所以上から賃金を得た者
・中国外から所得を得た者
・課税所得があるが源泉徴収義務者がいない者
長期駐在者だけでなく、年間のべ183日を超えて中国に滞在する中国に住所の無い出張者にも確定申告の義務が課せられる。中国史上初の確定申告は今年1~3月にかけて実施されたが、フタを空けてみると600万人はいるはずの確定申告者が現実に申告したのは100万人程度、しかもそのほとんどは外国人という現実のようである。
かかる状況に対処するため、今年8月27日、国家税務総局はあらためて「個人所得税の全員全額源泉徴収申告制度の実施を更に推進することに関わる通達」を公布し、新たな申告制度と申告期限を発表した。それによれば、源泉徴収額が1年で80万人民元を超える事業所は2007年末、30万人民元を超える事業所は2008年末、その他の事業所は2009年末が、源泉徴収を行うすべての個人所得の基本情報、給与支給額、源泉徴収額の通知期限と定められた。また、同通知によれば、2008年以降に源泉徴収をおこなう事業所の個人全員に対して「個人所得税完税証明」が発行され、これをもっていない者は全員が個人所得税未納者、遅延者という扱いになる。
(4)その他
そのほか「賞与に関する課税計算方式の大幅変更(国税発[2005]9号)」と「ストックオプション行使による利益課税(財税[2005]35号)」通達が出され、従来から曖昧とされてきた賞与課税計算方式とストックオプション収入への課税取扱が明確になった。
また、06年8月には香港政府とのあいだで新しい二重課税防止協定が結ばれ、従来の183日ルール課税範囲が拡大され、中国と香港の税務当局の間で「税務情報交換」も始まった。もはや、香港に住んで大陸の会社に通勤していれば、大陸でも香港でも個人所得税は非課税という話は通用しない。
2.徴税の強化
2001年の米フォーブス誌が選んだ「中国人富豪」リストのなかで実際に納税していたのは4名にすぎなかった、という有名な逸話がある。中国政府は01年に「税収徴収管理法」、02年に「同実施細則」を制定し、個人税法の大改正に先んじて徴税体制を大幅に強化している。国税局と地方税務局で情報の共有が始まり、企業税務登記が無ければ銀行口座の開設は禁止され、増値税専用発票に対する厳格な管理も始まった。
同法によれば、過小申告納税に対する加算税率は50~500%とさだめられ、最大で5倍の加算税が課せられる。「重大な」脱税については時効が存在せず、過去の過少申告に対して年率18.25%の延滞金が課せられる。5年前の申告漏れであれば、約2倍の延滞金が課せられる計算となる。
さらに「税務局には立証責任なし」という原則が設けられ、たとえ税務局の前任担当官が「5年以内の滞在者なら、海外受取所得は中国では非課税だから納税しなくても良い」などと間違った見解を言っていたからといっても、後任者が「それは違法で、正しくは全額課税」と言えば、納税者側で非課税の法的根拠を立証できない限り、遡って納税義務(追徴課税)が生じることになる。言い換えれば、中国には日本の税務署のような「更正理由付記」が存在しないのである。
さらに06年の法改正に伴い国家税務総局は外国人雇用企業に個人税務管理ファイル作成を義務付ける通達を発した。ファイルには生年月日、パスポート番号などの個人基本情報のほか、出入国記録、所得の記録保管が義務付けられている。税務局は随時に外個人税務管理ファイル検査を実施するとしており、まさに「中国版マルサ」の発足と言うことができるだろう。新工場立ち上げのために日本から多数支援にかけつけた本社社員に対する「滞在1日でも課税」という厳しい取り立ても始まっている。
中国に進出した日系企業のなかで、正式な就労ビザを取得せず、中国で働いて対価を得ながら中国では申告も納税していない、就労ビザはあっても、日本や香港など中国外で受け取っている給与や留守宅手当ては申告もしていない、という企業も従来からある。特に華南地域の中小企業に多いようである。その理由は、中国の個人所得税はじめ日本人の派遣コストが決して安くはないからである。日本人駐在コストを賄うためには、中国ではかなりの売上げをあげられなければペイしない。
実は中国に進出した企業にとって、派遣する日本人社員の社宅費用、交通費用、給与そして個人所得税が最大の現地コストである。ところが、中国に進出した日系企業の多くは、この最大のコストを日本本社負担としており、それが昔から「中国に進出した日系企業の大半は黒字決算」という間違ったアンケート調査結果を導き、後続する進出企業をミスリードさせている。
(次回に続く)(2007年10月記 3,760字)
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