こんにちわ、ゲストさん

ログイン

これだけは知っておきたい! 中国リスクマネジマント(1)

中国ビジネスレポート 投資環境
旧ビジネス解説記事

旧ビジネス解説記事

無料

2005年10月23日

<投資環境>

これだけは知っておきたい! 中国リスクマネジマント(1)

はじめに

 米国で2002年7月に企業改革法(サーベンス・オクトレー法)が施行され、内部統制報告、コーポレートガバナンス強化、財務情報開示の早期化などが経営者に求められるようになったことで最近日本では「内部統制」マネジメントの必要性が盛んに言われ出しています。

 日本政府も2002年の商法改正、2003年開示に関する内閣府令、2005年7月金融庁草案「内部統制の評価・監査の法令化」など矢継ぎ早に法制化への動きを見せていることは周知の通りです。

 一般に「リスクマネジメント」に対する印象は、地震、火災、誘拐への対応などの物理的なリスクに対する事前準備程度だと思います。確かに「リスクマネジメント」には、この様な物理的な現象に対するマネジメントの面もありますが、この連載で取り扱う「リスクマネジメント」は前述した内部統制の一部として考えるべきものです。

 まずは、「リスクマネジメント」はどのような経緯で派生してきたのか? その歴史を中心に現在の「リスクマネジメント」の意味も考えてみたいと思います。

1.リスクマネジメントの歴史

 リスクマネジマントの考え方が最初に生まれたのは1930年代のドイツと言われています。第一次大戦後のドイツのハイパーインフレの中で「企業の経営政策はどうあるべきか?」という問題意識がそのきっかけと言われています。

 その後、本格的に「リスクマネジメント」の考え方の定着を見せたのは米国で、そのきっかけは第一次大戦後の大量生産・大量輸送商品に対する保険の賠償額上昇から来る非保険対応と言われています。

2.日本におけるリスクマネジメントの現在の意味は?

 2003年6月27日に公表された経済産業省のリスク管理・内部統制に関する研究会ではリスクマネジメントを「企業の価値を維持・増大していくために、企業が経営を行っていく上で、事業に関連する内外の様々なリスク(不確実性)を適切に管理するプロセス」と定義し、事業遂行(コンプライアンス・財務報告・商品の品質・情報システム・事務手続き・モノや環境に関するハザード)に関連するリスクへの対応は内部統制のプロセスの中で実施されると記載されています。すなわち、内部統制の一部の機能と日本では理解されています。

3.中国では?

 リスクマネジメントの中核である内部統制を進める上で重要なプロセスに内部監査があります。内部監査については、中国政府も度重なる企業経営者の腐敗問題への対応から、2003年に中国内部監査協会が「内部監査基準」を発表しています。

 その基準の中には、内部統制組織の重要性やリスクマネジメント手法の導入などが記載されており、中国自体にも米国の企業改革法(サーベンス・オクトレー法)施行の影響が出だしていることが伺われます。中国はいい加減で良いだろうというような考え方では通用しない時代になっていくものと思われます。

4.中国における日系企業の特殊性

 さて、長々と「リスクマネジメント」について述べてきましたが、ここからは中国における「リスクマネジメント」について外観してみたいと思います。

 現在の中国に関して日本側では4月に起きた反日デモを受けて、チャイナリスクがささやかれつつあります。これを機会に中国進出日系企業の「リスクマネジメント」を考える動きが最近多くなっていますが、先ずは、日系企業における「リスクマネジメント」のあり方について考えてみたいと思います。

 「リスクマネジメント」の第一歩は、その社会における自社のポジショニングを認識することから始まります。認識のため必要な事は、その社会の独自性を知ることです。

 中国の独自性を知るキーワードの一つに「指桑罵槐」(しそうばかい)」という言葉があります。「指桑罵槐」とは、「桑を指して槐(えんじゅ)を罵る」ということで、意味としては「本当の攻撃対象(桑)とは別のもの(槐)を攻撃する」ということをご存知の方は多いと思います。

 これは、直接的に攻撃を許されない皇帝や政府に対して、中国民衆が考えだした知恵であるといわれています。今回の反日デモも本当の攻撃対象は日本ではなく、中国政府を攻撃しているのではないかという話もありますが、「指桑罵槐」の行動原理をあてはめた場合、あながち外れてはいないというのが印象です。

 ただし、日系企業として認識すべき点は、様々な理由から、日系企業は攻撃されやすい対象、すなわち「槐(えんじゅ)」になりやすいポジショニングにあるということです。そのために、他の国の企業と比較した場合、攻撃を受けた際の対処法を日頃からリスクマネジメントとして準備しておく必要性が高いということです。

5.中国リスクの歴史と特徴

 中国における日系企業のリスクマネジメントについては、まずこの点を再度意識しなおすことが重要です。

 そして、そのためにも「過去に日本と中国の貿易の変遷がどの様なことであったのか?」、すなわち「過去のチャイナリスクとはどの様なものであったのか?」を見ることは非常に重要です。日中の貿易の変遷を五期に分けて概観することで、「中国リスク」の特徴を見てみたいと思います。

 第一期が両国に正式な国交がない中、中国国際貿易促進委員会を窓口に第一次日中民間貿易協定が調印された1952年から「長崎国旗事件」で日中貿易が断絶された1958年までの時期。

 第二期が1962年の「LT貿易協定」(民間貿易の形態)締結から、1978年の日中平和友好条約締結時期までです。60年代前半から70年代前半は、商談も毎年2回の広州交易会にほぼ限定され、貿易商社も周恩来首相の「対日貿易4条件」により、台湾との交易経験のない「友好商社」に限定されていました。

 1978年になると、華国鋒主席により8ヵ年計画が発表され、4つの近代化を更に進めて国家建設を行うことが発表されます。同時に少なくとも約6億ドルの120件もの大型工業プロジェクトが必要であると発表され、米国を中心に外資が本格的に中国参入を検討し始めた時期です。「大地の子」のモデルとなった上海宝山製鉄所建設に関する日中議定書が締結されたのも1978年です。

 第三期が1979年から1989年の天安門事件までです。1979年1月、中国政府は8ヵ年計画の非現実性から8ヵ年計画を破棄、宝山製鉄所を含む外資との契約を一方的に凍結・棚上・破棄しました。

 その一方で、1978年12月には共産党11期3中全会で「対外開放を推進し、商品市場経済体制の確立」を決定し、1979年に深センを含む経済特区を設置しています。この間、商社を中心に事務所の設立ラッシュが起こりましたが(第一次投資ブーム)、その後の1989年の天安門事件で投資ブームが去った時期です。

 第四期が1992年の

ユーザー登録がお済みの方

Username or E-mail:
パスワード:
パスワードを忘れた方はコチラ

ユーザー登録がお済みでない方

有料記事閲覧および中国重要規定データベースのご利用は、ユーザー登録後にお手続きいただけます。
詳細は下の「ユーザー登録のご案内」をクリックして下さい。

ユーザー登録のご案内

最近のレポート

ページトップへ