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ヤマハ発動機の商標権が侵害された事件

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2003年10月14日

<法務>

ヤマハ発動機の商標権が侵害された事件

梶田幸雄

はじめに

最高人民法院公報(2003年第3期)にヤマハ発動機(株)が同社の登録商標を盗用した製品を販売していた天津のオートバイ・メーカーを相手取って、天津市高級人民法院に商標権侵害の裁判を起こした事案が紹介されている(「雅馬哈株式会社訴港田集団公司、港田有限公司侵犯商標専用権糾紛案」『最高人民法院公報』2003年第3期、24-27頁)。

ヤマハ発動機によると、中国における同社のニセモノ製品の製造・販売の実態(2002年)として、(1)意匠権侵害+商標権侵害が20社44モデル、(2)商標権侵害が42社308モデル、(3)意匠権侵害が104社1,881モデルもあるという。ニセモノの製造・流通形態も多様化しており、(1)中国メーカーがニセモノを製造(外観の模倣など)し、ディーラーに販売するもの、(2)中国メーカーが自社製品にニセ(模倣、類似)商標を違法使用するもの、(3)中国メーカーが外観の模倣などによるニセモノを製造、または自社製品を製造し、ディーラーに販売。当該ディーラーが上記製品にニセ(模倣、類似)商標を違法使用(このニセ商標は、メーカーによる提供とディーラー自らが違法に購入、製造、または盗品使用する場合がある。)という。また、日本の新聞でも報道されたので読者の方々の記憶にも新しいだろうが、新しい手口として、(4)日本に同名のペーパーカンパニーを設立し、堂々と偽者を製造・販売するケースまである。

中国において商標権はどのように、どの程度まで保護されるのか。ヤマハ発動機の事件から若干の検討をする。


ヤマハ発動機が商標権を侵害されたとして天津の中国企業を訴えた事件

<裁 判 所> 天津市高級人民法院
<関係条文> 商標法(改正前)第38条第1項、第2項、第39条
<当 事 者>
 原 告:ヤマハ発動機株式会社(X)
 被 告:天津港田集団公司(Y1) 天津港田発動機有限公司(Y2)
<主  文> 1.Y1、Y2は、直ちに「VISION」の商標を使用したオートバイの販売を中止せよ。直ちに車体に「enginelicensed by YAMAHA」と表記したオートバイの販売を中止せよ。
2.Y1、Y2は、この判決が発効した日から15日内に連帯してXに40万元を支払え。
3.Y1は、この判決が発効した日から60日内に「全国自動車、民用改造車、オートバイ生産企業・製品目録」の行政管理部門に記載内容の変更を申請せよ。
4.Y1は、この判決が発効した日から60日内に『摩托車』誌上でXに対する謝罪声明を掲載せよ。謝罪声明の内容は、法院の審査・許可を得なければならない。期日を過ぎたときには、法院は本判決を公告する。この掲載費用はY1が負担せよ。
5.Xのその他の請求を棄却する。
6.裁判受理費6万10元は、Xが1万2,002元、Y1、Y2がそれぞれ2万4,004元を負担せよ。


1 事案の概要

(1) 事実関係

ヤマハ発動機株式会社(原告。以下、「X」という。)は、1999年3月14日および1999年6月21日に中華人民共和国商標局に「YAMAHA」、「VISION」の商標登録をし、オートバイ、オートバイ・タンク、エンジン、オートバイ部品など製品分類第12類につき当該商標を使用することが認められている。2000年6月、中国の主管部門が発布した「全国重点商標保護目録」のオートバイ製品の中に「YAMAHA」の商標も記載されている。当該商標が使用されている製品は、Xの在中国合弁企業である株洲南方雅馬哈摩托車有限公司において生産されている。株洲南方雅馬哈摩托車有限公司の生産品目は、ZY125型オートバイであるが、このオートバイ・タンクに「VISION」の商標を使用している。この商品は、2000年の広東オートバイ展覧会に出展され、『摩托車(オートバイ)』および『摩托車信息(オートバイ情報)』といった雑誌記事で紹介され、製品広告もされている。

Xは、中国市場において、同社の商標侵害行為があることを知った。天津港田集団公司(被告。以下、「Y1」という)が販売しているオートバイに、同社の製品品質合格書が添付され、かつ「enginelicensed by YAMAHA」というシールが貼られるなどYAMAHAの表示が数箇所見られた。そして、このオートバイは、天津港田発動機有限公司(被告。以下、「Y2」という)が生産しているものであった。Y1は、「全国自動車、民用改造車、オートバイ生産企業・製品目録」にGT125T、GT125T-A、GT125T-BおよびGT50T-Aオートバイに関して、以下のとおりの内容で登録している。すなわち、“メーカーはY1であり、エンジンのメーカーは江蘇林海雅馬哈摩托車有限公司であり、エンジン商標は「林海YAMAHA」、エンジン型式はLY152QMI(153FM)およびLY1E40QMB(1E40FM)である”。しかし、江蘇林海雅馬哈摩托車有限公司はヤマハ発動機株式会社の中国における合弁企業で、90および100型シリーズのオートバイ・エンジンしか生産しておらず、Xが使用許可した商標は「LINHAI-YAMAHA」であり、「林海YAMAHA」のLY152QMIおよびLY1E40QMB型のエンジンは生産していない。

Xは、2000年4月10日に北京長安公証処に申し立て、Y1、Y2が生産・販売していた3台の港田オートバイを現場で差し押さえた。検査の結果、差し押さえられた3台のオートバイはGT125T、GT125T-BおよびGT50T-Aで、うちGT50T-A型オートバイの車体の前と後の部位に「enginelicensed by YAMAHA」との表記があり、使用説明書の製造者はY1、Y2と記載され、かつ、「天津港田オートバイ合格証」が貼られ、この合格証には「天津港田集団公司(Y1)製品品質検査合格専用章」と記載されていた。

2000年6月にY2は天津市軍利達工貿有限公司からGT125-6型オートバイ・タンク50個を購入したが、このタンクにはすべて「VISION」の標識がついていた。Y2は、自ら生産した37台のGT125-6型オートバイ・タンクに「VISION」の標識を使用した。このため、Y2は2000年9月1日に天津市工商行政管理局津南支部の行政処罰を受けている。天津市工商行政管理局は、工場内の証拠写真も撮っている。この証拠写真でも「VISION」や「enginelicensed by YAMAHA」というシールが貼られているのが見られる。この写真では、Y2は、生産したGT50T-A型オートバイ車体の前と後の部位に「enginelicensed by YAMAHA」という文字を記し、この文字は2行で表記され、「engine licensedby」は小さく、「YAMAHA」はこの3倍の大きさで表記されていた。

そこで、Xは、Y1、Y2を相手取って、天津市高級人民法院に商標専用権侵害行為の中止、経済的損害賠償などを求める訴えを提起した。

(2) 原告(X)の主張

Xは、中国において「YAMAHA」、「VISION」という商標を登録し、商標権を取得している。Y1、Y2は、同人が生産および販売している港田ブランドGT125T、GT125T-BおよびGT50T-Aのオートバイに「YAMAHA」の商標を使用している。Y1、Y2の行為は、Xの登録商標を侵害するものであり、権利侵害責任を負うべきである。

Y1は、「全国自動車、民用改造車、オートバイ生産企業・製品目録」に港田GT125T、GT125T-BおよびGT50T-Aのオートバイに「林海YAMAHA」ブランドLY152QMIおよびLY1E40QMBエンジンと表示したのは、事実に符合しない。江蘇林海雅馬哈摩托(ヤマハオートバイ)有限公司は、「林海YAMAHA」ブランドのLY152QMIおよびLY1E40QMBエンジンを生産しておらず、虚偽の宣伝になるので法により削除を要求する。
Xの請求内容は以下のとおりである。

i) Y1、Y2は、Xの登録商標の侵害行為を中止せよ。
ii) 1、Y2は、Xに対して商標侵害により生じた経済損失1,000万元を支払え。
iii) Y1、Y2は、全国紙でXに対する謝罪広告を掲載し、影響をなくせ。
iv) Y1は、「全国自動車、民用改造車、オートバイ生産企業・製品目録」における「林海YAMAHA」ブランドLY152QMIおよびLY1E40QMBエンジンとの表示を抹消せよ。
v) Y1、Y2は、本件訴訟費用をすべて負担せよ。

(3) 被告(Y1、Y2)の主張

Y1は、次の通り主張した。

Y1は、Y2が行政処罰を受けたときにはじめてY2による権利侵害行為があることを知ったのであり、Y1は、Xの商標権を侵害してはおらず、賠償責任はない。

Y2は、次の通り主張した。

Y2は、GT125T、GT125T-Bのオートバイを生産したことはなく、GT50T-6オートバイは「VISION」がXの商標であることを知らずに生産したものである。50台生産したが、販売前に行政処分を受けており、市場には流通していないのでXに損失は与えていない。GT50T-Aオートバイに使われたエンジンは、Xが生産委託したメーカーから購入したものであり、「enginelicensed by YAMAHA」と書かれていることは適法である。

(4) 法院の判決

1)天津市高級人民法院は、審理の結果、Xの証拠に基づく主張を認容し、この事実から以下のとおり認定した。

本件紛争は、中華人民共和国商標法改正前に生じたものであり、法の適用は改正前商標法の関係規定による(商標法は、1982年8月23日に公布され、1983年3月1日から施行されているが、1993年2月22日に第1次改正、1999年7月1日施行があり、現行の商標法は2001年10月27日第二次改正公布、2001年12月1日から施行されている。本件では、第1次改正の商標法が適用されている。)。第38条は、以下のとおり規定している。

「以下の行為のいずれか一があったときには、登録商標専用権を侵害したものとする。
●商標登録者の許可を得ずに同一商品または類似商品にその登録商標と同一または類似の商標を使用したとき
●登録商標を盗用している商品であることを明らかに知って販売したとき 」

Xが中国で登録した「YAMAHA」、「VISION」の商標は法の保護を受ける。Y1、Y2がXの許可を得ずにGT50T-A型オートバイの車体の前後に「enginelicensed by YAMAHA」と表記し、とりわけYAMAHAの文字を大きく表記した行為は、明らかに消費者が十分に英語を理解できないことを利用して、YAMAHAの製品であることを信じ込ませようとしたものである。従って、Y1、Y2の行為は、Xの商標専用権侵害を構成する。
株洲南方雅馬哈摩托車有限公司が生産するZY125型オートバイ・タンクに「VISION」の商標を使用することは、Xから授権されたものである。このオートバイは、広東オートバイ展覧会に出展され、雑誌記事や広告により紹介されている。Y1、Y2がヤマハ発動機の許可を得ずに勝手に自社の製品GT125-6オートバイ・タンクに「VISION」の商標を使用したことは、Xの商標専用権侵害を構成する。

Y1、Y2は「YAMAHA」の商標を使用することで自社の製品を販売しようとしたものと認定され、この行為は商標侵害を構成する。

2)法院は、商標法第38条第1項、第2項および第39条の規定により、2002年8月に以下のとおりの判決を下した。

●Y1、Y2は、直ちに「VISION」の商標を使用したオートバイの販売を中止せよ。直ちに車体に「enginelicensed by YAMAHA」と表記したオートバイの販売を中止せよ。
●Y1、Y2は、この判決が発効した日から15日内に連帯してXに40万元を支払え。
●Y1は、この判決が発効した日から60日内に「全国自動車、民用改造車、オートバイ生産企業・製品目録」の行政管理部門に記載内容の変更を申請せよ。
●Y1は、この判決が発効した日から60日内に『摩托車』誌上でXに対する謝罪声明を掲載せよ。謝罪声明の内容は、法院の審査・許可を得なければならない。期日を過ぎたときには、法院は本判決を公告する。この掲載費用はY1が負担せよ。
●Xのその他の請求を棄却する。
●裁判受理費6万10元は、Xが1万2,002元、Y1、Y2がそれぞれ2万4,004元を負担せよ。

2 判決の法律構成

法院の判決は、上記のとおり6つの内容から構成されている。しかし、本稿では、紙幅の都合上、商標専用権侵害行為の認定過程について検討することとする。

法院は、Y1、Y2は、(1)直ちに「VISION」の商標を使用したオートバイの販売を中止せよ。(2)直ちに車体に「enginelicensed by YAMAHA」と表記したオートバイの販売を中止せよ。と命じた。これは、Y1、Y2の行為がXの商標専用権を侵害していると認定したからである。

以下、法院の判決の法律構成を帰納的に整理する。
(1)Y1、Y2が「VISION」の商標を使用したことは、Xの商標専用権侵害を構成する。
(2)なぜか。
(3)これは、Y1、Y2がヤマハ発動機の許可を得ずに勝手に商標を使用したからである。
(4)Y1、Y2がヤマハ発動機の許可を得ずに勝手に商標を使用した場合、Xの商標専用権を侵害したといえるか。
(5)いえる。
(6)それはなぜか。
(7)Y1、Y2は「VISION」という商標は、株洲南方雅馬哈摩托車有限公司が生産するZY125型オートバイ・タンクに使用されていることを知っていたからである。
(8)上記を知っていたといえるのは、この商標のオートバイは、広東オートバイ展覧会に出展され、雑誌記事や広告により紹介されているからである。
(9) また、Y1、Y2はXの許可を得ずにGT50T-A型オートバイの車体の前後に「engine licensedby YAMAHA」と表記し、とりわけYAMAHAの文字を大きく表記した行為は、明らかに消費者が十分に英語を理解できないことを利用して、YAMAHAの製品であることを信じ込ませようとした。
(10)上記の(8)および(9)の行為があると、なぜ商標専用権を侵害したといえるのか。
(11)それは、商標法第38条第1項および第2項の規定があるからである。

3 判決の分析と検討

中国において商標権は、どのように保護されるのか。

商標権は、商標法により規範化され、保護を受ける。商標権侵害行為は、商標法第52条(改正前商標法では、本件で関連条文として言及されているとおり、第38条である。)により規定されている。具体的には、以下の何れか一の行為があったときに、商標権の侵害と認定される。

(1)商標登録者の許諾を得ずに、同一商品または類似商品に当該登録商標と同一または類似の商標を使用したとき。
(2)登録商標専用権を侵害する商品を販売したとき
(3)他人の登録商標の標識を偽造し、もしくは無断で製造し、または偽造し、もしくは無断で製造した他人の登録商標の標識を販売したとき
(4)商標登録者の同意を得ずに、当該登録商標を変更し、かつ変更した当該商標を使用する商品を市場に投入したとき
(5)他人の登録商標専用権にその他の損害をもたらしたとき

中国において商標権は、どの程度まで保護されるのか。保護というときには、第一に、(1)侵害行為を排除することができるか否かという問題と、第二に、(2)商標権侵害行為による損害賠償額がどのように認定されるかということがある。

第一の(1)侵害行為を排除することができるか否かという争点について、ヤマハ発動機の主張は法院に完全に認容されている。しかし、実務上、主張が認容されるのは必ずしも容易なことではない。ヤマハ発動機の場合には、(1)2000年6月、中国の主管部門が発布した「全国重点商標保護目録」のオートバイ製品の中に「YAMAHA」の商標も記載されている。(2)2000年の広東オートバイ展覧会に出展され、『摩托車(オートバイ)』および『摩托車信息(オートバイ情報)』といった雑誌記事で紹介され、製品広告もされている。(3)2000年4月10日に北京長安公証処に申し立て、商標権侵害者が生産・販売していた3台の港田オートバイを現場で差し押さえた。(4)商標権侵害者は2000年9月1日に天津市工商行政管理局津南支部の行政処罰を受けており、工場内の証拠写真も撮られている。という事実があり、従って、法院に商標権侵害の認定について疑義はなかったといえる。

すべての企業がヤマハ発動機のような対応をとっているかというと、必ずしもそうではないだろう。とりわけヤマハ発動機にとって有効であったのは、2000年6月、中国の主管部門が発布した「全国重点商標保護目録」のオートバイ製品の中に「YAMAHA」の商標も記載されていたことであろう。では、登録されていない著名商標の場合はどうか。改正前商標法においては、十分な保護はされていなかった。しかし、WTO加盟を意識して改正された現行の商標法第13条第1項において、登録されていない著名商標の保護もなされるようになった。商標法第13条第1項は、次の通り規定する。

「同一または類似の商品について出願した商標が、中国で登録していない他人の著名商標を複製、模倣または翻訳したもので、当該著名商標と混同しやすい場合は、これを登録せず、かつその使用を禁止する。」

なお、著名商標の認定基準は第14条による。第14条は、次の通り規定する。

「(1)関連する公衆の当該商標に対する認知度。
 (2)当該商標の継続的な使用期間。
 (3)当該商標のあらゆる宣伝業務の継続期間、程度および地理的範囲。
 (4)当該商標の著名商標としての保護記録。
 (5)当該商標が著名であることのその他の要素。 」

第二の(2)商標権侵害行為による損害賠償額がどのように認定されるかという争点については、商標法第56条の規定が適用される。この規定は、以下のとおりである。

「1 商標専用権を侵害した場合の賠償金額は、侵害者が侵害期間中に侵害により得た利益または被侵害者が侵害された期間中に侵害により受けた損失とする。被侵害者が侵害行為を差し止めるために支払った合理的な支出を含む。
2 前項にいう“侵害者が侵害により得た利益”または“被侵害者が侵害された期間中に侵害により受けた損失”を定めることが難しい場合には、人民法院が権利侵害行為の情状に応じて50万元以下の賠償を判決により命じる。 」

中国商標法について総じて評価すれば、TRIPS協定の規定に即したものになっているといえる。しかし、これは判断基準であり、実際に紛争が生じた場合に法院がどのように商標法の条文を適用するかについては、現時点では必ずしも明らかではない。

 

(03年10月15日記・7,742字)
日本経営システム研究所主幹研究員
梶田幸雄

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