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ログイン2003年11月11日
――労働紛争を中国国際経済貿易仲裁委員会に仲裁付託できるか
中国において労働紛争はどのように処理されるのか。これに関しては、「企業労働紛争処理条例」(1993年7月6日公布、1993年8月1日施行)があり、この条例に基づき処理されなければならないとされている。労働紛争当事者は、はじめに労働局に設置される臨時の「労働争議仲裁委員会」において労働仲裁を試み、この仲裁が不調のときに、人民法院に提訴できると定めている。この条例は強行法規とされ、例外は認められなかった。
しかし、当事者が約定すれば、この約定を尊重し、その他の紛争処理手段を認めようとする意見が、中級人民法院の裁判官により示された画期的論文がある。以下、この論文を紹介し、中国における労働紛争処理方法について検討する。
中級人民法院の裁判官が、労働契約から生じた紛争を中国国際経済貿易仲裁委員会において仲裁できるとの解釈が示された事例
(徐智慶、石志祥「司法応尊重当事者約定」『仲裁与法律』2003年第4期、2003年10月、144−146頁)
1 事案の概要
2000年に江蘇省A県農民王某(原告。以下、「X」という。)およびB県某対外労務公司(被告、以下、「Y」という。)とシンガポール某建築貿易公司(訴外。以下、「Z」という。)は、モデル書式による「雇用契約」を締結した。この雇用契約において、以下の点が約定された。(1)Xを被雇用者とし、雇用者をZとし、履行保証人をYとする。(2)Xは、Zにおいて建築作業に従事する。業務期間は4ヶ月とし、契約期間の満了後、違約がなければ、ZはXの帰国後15日内に賃金などをXに対して一括して支払う。
同時に契約書では仲裁条項について別途約定された。この仲裁条項は、「この契約から紛争が生じたときには、協議により解決することに努め、協議が不調のときには、中国国際経済貿易仲裁委員会(以下、「CIETAC」という。)に仲裁付託することができ、仲裁申立時の現行の有効な仲裁規則により仲裁を行い、仲裁は終局的なものとし、3者に拘束力をもつ。」と規定された。
契約締結後、XはY1に代理手数料および履行保証金を支払った。その後、YはXに2001年2月にZに行くように通知した。Xは、この通知を受けてZに行き建築業務に従事したが、2002年3月に12ヶ月間の契約を履行したところで契約満了前に帰国させられた。2003年3月10日にXは、B県人民法院に提訴し、Yに履行保証金の返還と経済的損害賠償を求めた。
2 中級人民法院裁判官の解釈
徐智慶=石志祥(江蘇省南通市中級人民法院裁判官)は、上記事例について次の通りの解釈を見せた。
すなわち、上記事例における仲裁条項の有効性の解釈として、(1)無効説、(2)解釈権はXにあるとする説、(3)有効説の3つがあるとし、徐=石は、有効説を支持するというものである。
第一に、(1)無効説は、本件における仲裁合意には不明確な点があり、補充合意がなされなければ法院に管轄権が生じ、本件訴えを受理できるとするものである。仲裁合意が不明確であるというのは、約定の「……CIETACに仲裁付託することができ、……」の“でき”としていることである。“でき(る)”というのであれば、法院への訴えの可能性も排除されず、曖昧な約定であるとするからである。中国仲裁法第18条は、曖昧な仲裁合意については、当事者が補充合意することができ、補充合意できない場合には、仲裁合意は無効であると規定している。
第二に、(2)解釈権はXにあるとするのは、弱者に有利に解するということからである。契約モデル書式を利用する場合、Xは弱者であり、Yは強者である。この場合、Xに不利な契約であるところ、Xの居住地である法院でXの訴えが受理されないと、Xに非常に多くの負担をかけることになる。また、中国契約法第41条は、「モデル契約書の約款について争いが生じたときには、……モデル契約書の提供側に不利に解釈しなければならない。……」と規定している。この点から、法院はXの訴えを受理すべきであるとする。
第三に、(3)有効説は、仲裁法第16条第2項の有効な仲裁合意の3要件である、仲裁申立の意思表示、仲裁事項、仲裁委員会の選定がある故に有効であるとするものである。“でき(る)”としたのも意思表示の表れで、人民法院へ提訴できる可能性についても約定したものとは考えられない。当事者の自由意思を尊重し、安易に仲裁合意を否定すべきではない。
前述したとおり、徐=石は、有効説を支持する。徐=石が有効説を支持するのは、第三の論拠によるが、同時に先進資本主義国の法でも仲裁を重視の傾向が見られ、当事者において仲裁合意があるときには、この意思の尊重をすべきであると考えるからであるという。仲裁条項中のわずかな瑕疵をもって、仲裁合意の有効性につき否定することは避けるべきであると述べる。
3 評釈
はじめにのところで述べたとおり、中国において労働紛争は「企業労働紛争処理条例」基づき処理されなければならないとされている。労働紛争当事者は、はじめに労働局に設置される臨時の「労働争議仲裁委員会」において労働仲裁を試み、この仲裁が不調のときに、人民法院に提訴できると定めている。この過程で、CIETACに仲裁付託できるという考え方は、かつて見られなかったものである。
「企業労働紛争処理条例」の立法趣旨からすると、率直にいって徐=石の上述の解釈には無理がある。従来の無効説に立てば、そもそも不明確な仲裁条項の補充合意がないから無効であるという主張をする必要はない。本解説シリーズで2月に紹介した「合弁企業内における内部経営請負契約の有効性が争われた事案」は、合弁企業の従業員が、内部経営請負契約の内容を不満として法院に提訴したが、法院が労働契約に関して生じた紛争は労働争議仲裁委員会により処理されるべきであるとして、訴えを却下し、労働争議仲裁委員会により仲裁判断が下された事例である。この意味で、無効説は、「企業労働紛争処理条例」によらない紛争処理が認められるか否かという観点から説示されなければならい。そうであるならば、第二の解釈権はXにあるとする説も検討不要になる。第三の有効説も仲裁合意の些細な瑕疵は、仲裁合意の有効性を否定せず、当事者の自由意思を尊重するというのも、現行の中国における労働紛争処理法のあり方からは、本質に迫った有効説とはいえない。
有効説を主張する場合、「企業労働紛争処理条例」が存在するものの、なお当事者の自由意思に基づく合意を尊重すべきであるという論旨を展開するのが正しいといえる。この点において、筆者は、徐=石論文に疑問はあるものの、このような解釈(CIETACにおける労働紛争処理を認容すること)は、かつて主張されたことはなく、画期的であるといえる。とりわけ私権を優先し、公権は私権に従うとする理念を反映させようとする点において評価できるものと考える。
仲裁は、一般に訴訟と比較した場合に(1)当事者が選任した紛争事案の専門家による判断が行われること、(2)具体的事案に即した妥当な解決、(3)迅速性、(4)廉価性、(5)手続の柔軟さ、(6)手続・判断の非公開、(7)友好関係の維持、(8)国際性などの長所があるとされている。CIETACにおける仲裁は、仲裁人を当事者自らが選任して審理が行なわれるが、この仲裁人数は519人で、うち中国籍の仲裁人が344人、外国籍および香港・マカオ・台湾地区の仲裁人が175人登録されている。日本においてはCIETACにおける仲裁はあまり知られていないようであるが、欧米の研究者・実務家の間では、CIETACにおける仲裁は公正であるとの評価も見られる。
今、直ちに労働紛争についてもCIETACで受理できるようになるとは考えにくいような気もするが(企業間の労務提供契約については、いわゆる労働契約ではないのでCIETACの仲裁管轄範囲内である。)、労使双方が労働契約の中でCIETACにおける紛争処理につき合意する可能性が出てきたといえるかもしれない。
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