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政府による収用において外資系企業が直面する 6つの課題

中国ビジネスレポート 法務
丁志龍

丁志龍

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2021年12月7日

今年、江蘇省南通経済技術開発区化工園区北区(以下、「北区」という)内の複数の化学工業企業が「政府は現有の工場を収用するため、企業は3年以内に移転を完了させなければならない」とする通知を上級政府部門から受け取った。筆者の知る限りでは、通知を受けた企業には、著名な外資系企業も複数含まれており、これらの企業はいずれも北区で長年経営し、かなり大規模な投資を行なってきており、今回の「収用、立退き」が企業に大きな影響を及ぼすのは間違いない。

政府部門からの「収用」の要求に対し、多くの企業(とりわけ「外資系企業」)は、戸惑いと疑問が生じるであろう。これらについて、筆者は、中国の係る法律規定及びこれまでの実務取扱経験等を踏まえ、外資系企業が注目し得る6つの課題について分析し、対応策を考察する。

Q1:どのような状況において、収用される可能性があるのか。

「民法典」の関連規定によれば、国、集団、個人の物権及びその他の権利者の物権は、法律の平等な保護を受け、いかなる組織又は個人も、これを侵害してはならないとされている。なお、「外商投資法」においても、「国は、法に依拠して外国投資者の中国国内における投資、収益及びその他の適法的権益を保護する」と明確に定められている。つまり、外資系企業の中国での経営期間中に法律に基づき有する家屋は、法律の保護を受け、たとえ政府部門であっても、みだりに「収用」が行われてはならない。

但し、注意すべき点として、中国の法律では、政府部門が「公共の利益のために」、企業(内資、外資を問わない)の家屋を法に依拠して収用することも認めている。例えば以下の通りである。

●「民法典」第243条:公共の利益上必要があると認められたとき、法律が規定する権限及び手続に従い、集団所有の土地及び組織、個人の家屋及びその他の不動産を収用することができる。

●「外商投資法」第20条:特殊な状況において、国は公共の利益上必要があると認められたとき、法律の規定に依拠して外国投資者による投資に対し収用を実施することができる。

「公共の利益上必要があると認められる」について見てみると、「国有土地上家屋収用及び補償条例」第8条で具体的に以下のものが含まれると定められている。

●国防及び外交上必要があるもの。

●政府が組織し実施するエネルギー、交通、水利等インフラ施設の建設のために必要があるもの

●政府が組織し実施する科学技術、教育、文化、衛生、スポーツ、環境及び資源保護、防災・災害抑制、文化財保護、社会福利、市行政ユーティリティ等公共事業のために必要があるもの

●政府が組織し実施する低所得者向け住居工事建設のために必要があるもの。

●政府が都市農村計画法の係る規定に基づき組織し実施する危険家屋が集中し、インフラ施設が老朽化している等の地域に対する旧都市区再建設のために必要があるもの。

●法律、行政法規に定めるその他公共の利益上必要があるもの。

筆者の知る限りでは、今回北区の収用理由は、主に「長江流域の生態環境保護及び修復を強化するために必要がある」[1]、「蘇通大橋の第二通路建設の推進を加速させるために必要がある」[2]とされており、「公共の利益上必要があるもの」として解釈でき、政府部門が法に依拠して収用する対象の範疇に該当する。

Q2:収用に直面した場合、どのようにすればよいか。

「違法収用」に対しては、企業ははっきりと「NO」と言うことができる(本稿では、詳細な分析は割愛する)。一方、政府部門が法に依拠して実施する収用の場合、収用決定そのものについては、企業にはあまり議論の余地はない。

但し、「民法典」、「外商投資法」及び「国有土地上家屋収用及び補償条例」等の規定によると、政府部門が法に依拠して収用を行う際に、収用対象企業に対し公平且つ合理的な補償を行わなければならないとされている。つまり、企業にとっては、収用に直面したときには「具体的な補償問題」に注目したほうがより現実的で、実質的な意味をもつことになる。

Q3:収用の補償項目には、具体的にはどのようなものがあるか。

「国有土地上家屋収用及び補償条例」の規定によると、企業の家屋が政府によって収用される場合、獲得できる補償には主に以下の幾つかの項目が含まれる。

●収用対象家屋価値相当の補償。

●家屋の収用により発生した立退き、臨時調整の補償。

●家屋の収用により発生した生産・営業停止に伴なう損害の補償。

●被収用者に与える補助及びインセンティブ。

Q4:いつから補償交渉を開始するのがよいか。

「国有土地上家屋収用及び補償条例」の規定によると、政府部門が収用决定を下した後、具体的な収用補償方案を公布し、且つパブリックコメントを募集しなければならない(30日を下回ってはならない)とされている。

企業は、政府部門の関係する公告の内容に適宜関心を払い、把握できるようにしておき、補償案について不明な点又は異議があれば、意見募集の段階から補償交渉を開始できるようにしておくのがよいであろう。

Q5:補償案については、通常どのような視点から交渉することができるのか。

 補償案について差し当たりのイメージをもつことができるよう、南通と上海における2つの収用案件の補償案の公告内容を、法定の補償項目に基づき、下表に整理しまとめてみる。

法定補償項目

江蘇省南通市(2018年)

上海市黄浦区(2021年)

1. 収用対象家屋価値相当の補償

◇ 商業経営用家屋:評価のうえ確定する。

◇ 事務用家屋補償基準価格:5,000元/m2

生産倉庫用家屋:土地評価価値+建物再購入価格-建物減価償却。

評価価格×100%。

2. 家屋の収用により発生した立退き、臨時調整の補償

◇ 商業経営用家屋:50元/m2

事務用家屋:30元/m2

生産用家屋:70元/m2重型機器設備、精密計器がある場合、20%の上方調整)。

◇ 倉庫用家屋:40元/m2

◇ 家屋立退き:24元/m2(10万元を下回らない。それには、電話、配管ガス、給湯器、エアコン、ケーブルテレビ、ブロードバンド、電力計等施設の移設費が含まれる)。

◇ 設備立退き:実際に発生分を決済する。使用を再開できない施設・設備は、再購入価格に基づき、新規決済費用を踏まえる。

◇ 内装補助金:1,500元/m2(15万元を下回らない。企業は、室内装飾・内装補助金に異議がある場合、不動産価格評価機構が評価し確定する)。

3. 家屋の収用により発生した生産、営業停止に伴なう損害の補償

◇ 商業経営用家屋:収用される前直近2年間の納税状況に基づき、100-600元/m2の補償及び家屋評価価値の3%に相当する一時金としての補償を支給する。

◇ 事務用家屋:家屋評価価値の2%に相当する一時金としての補償。

生産型工業企業:社会保険加入者数に応じて、前年度工業企業の従業員1人当たりの月次収入に基づき算出した6か月未満の補償、又は家屋評価価値の2%に相当する一時金としての補償を支給する。

◇ 家屋市場評価価格の10%。

◇ 企業は、その生産・営業停止に伴なう損失が現行の基準を超えたと判断する場合、評価機構が、収用対象範囲内の生産経営活動により生じる利益について、 業界の特性を踏まえて評価する。生産・営業停止期間は、最大1年を超えてはならない。

4. 被収用者に与える補助及びインセンティブ

◇  定められた期限内に協議書を締結し、且つ定められた期限内に立ち退いた場合。

◇ 商業経営用家屋:1,000元/m2

◇ 事務用家屋:500元/m2

生産倉庫用家屋:200元/m2(土地使用権面積が建築面積を超える部分は、30元/m2に基づき計算する)。

定められた期限内に協議書を締結した場合、30万元(建築面積が100/m2を超える場合、超過部分は2,000元/m2とし、総額は最大60万元を超えない)。

定められた期限内に立ち退く場合、50万元(建築面積が100/ m2を超える場合、超過部分は2,000元/m2とし、総額は最大80万元を超えない)。

所定の期限到来日から30日以内に立ち退く場合、30万元(建築面積が100/m2を超える場合、超過部分は1,000元/m2に基づき控除する)。

所定の期限到来日から30日以上60日以内に立ち退く場合、10万元(建築面積が100/ m2を超える場合、超過部分は1,500元/m2に基づき控除する)。

定められた期限内に協議書を締結した場合、家屋収用補償協議書における補償総額に基づき、一年間貸出金利4.6%の基準で利息を計算する。

上表の内容を踏まえると、地域によって家屋収用に対する補償案が大きく異なってくることが分かる。なお、たとえ同じ地域であり、同じ補償案が適用されたとしても、企業によって実際に得られる補償項目、基準等が若干異なってくるため、この点、企業には法律に依拠してより合理的な補償を手にするうえでの交渉の余地を残している。この点に着眼し、下表に整理し、具体的に説明する。

 法定補償項目

考えられる交渉の視点及び留意事項

1. 収用対象家屋価値相当の補償

◇ 補償項目における相対的に重要な項目に該当する。

◇ 通常は評価を通じて家屋の価値を確定する。

◇ 被収用者として、企業は、協議し選定する等といった方式を通じて評価機構(政府部門が直接指定するわけではない)を確定することができる。評価価値に対し異議がある場合、再評価、専門家委員会による鑑定等を申し入れることもできる。

◇ 補償対象家屋は、通常、法に依拠して不動産権利証を取得した適法な建物のみに限られ、もし企業に、歴史的な理由等から、まだ不動産権利証を取得していない家屋があれば、速やかに係る補完手続きを行わなければならない。

◇ 企業自らの必要に応じて、貨幣による補償を選択することも、家屋の等価交換を選択することもできる(新しい経営場所を自身で選択することが難しい企業の場合、「等価交換用建屋の提供」を重要な交渉条件とすることができる)。

2. 家屋の収用により発生した立退き、臨時調整の補償

◇ 主に家屋立ち退き費用、設備立ち退き費用及び内装補助金等の項目に係るものである。

◇ 企業は、立退きに必要となる具体的な明細、発生し得る費用及び家屋の実際の内装状況等を細かく整理し、政府部門に相応の証拠を提供しなければならない。

◇ 等価交換用建屋、又は臨時調整用建屋については、実際の必要に応じて、合理的で具体的な要求を行う。

3. 家屋の収用により発生した生産・営業停止に伴なう損害の補償

◇ 企業の規模、経営状況(主に業績、収益に係るもの)、生産・営業停止の範囲及び影響によっては、実際に生じる損失(例えば、自社の損失、顧客及びサプライヤーからの賠償請求による損失、従業員の配置転換による損失等)は大きく異なってくる。

◇ 企業は十分な評価、論証を行い、且つ政府部門に相応の証拠書類を提供しなければならない。

4. 被収用者に与える補助及びインセンティブ

◇ 通常、「政府部門が要求する期間内に、収用、補償について政府部門と合意に達すること」が条件となる。

◇ 法に依拠してその他の3つの法定補償項目を最大化するとともに、相応の補助及びインセンティブの最高額を取得できるよう、政府部門との交渉の間合い及び匙加減をしっかりと把握しなければならない。

 

Q6:収用過程において、企業にはその他の権利維持手段はあるのか?

まず、「国有土地上家屋収用及び補償条例」の規定によれば、如何なる組織及び個人も暴力、威嚇を実施する、又は規定に違反して給水、熱供給、ガス供給、電力供給及び道路通行を中断する等の不法な方法をもって被収用者の立退きを強制してはならないとされている。従って、収用の過程において何らかの違法行為があった場合、企業は、法に依拠して関係部門に反映し、通報し、状況に応じて関係者の法的責任等を追及するよう求めることができる。

●次に、補償決定を不服とする場合、企業は、法に依拠して行政不服審査を申し立てるか、又は行政訴訟を提起することができる。

●また、補償協議書の締結後、政府部門が補償協議書に定める義務を履行しない場合、企業は法に依拠して訴訟を提起することができる。

 現在、中国の環境保護に対する要求が日増しに強化されており、各種のインフラ建設も絶えず進められているため、本稿にいう北区企業が直面する収用問題と類似する状況が、近い将来、引き続き発生するはずである。政府部門が収用決定を下した場合に、自社が収用過程において直面する各種の困難を如何にして確実に解決するか、補償の基準をどのように適法且つ合理的に引き上げるか、各項目の補償内容を着実に獲得できるようにするか等は、いずれも企業が直面せざるを得ない課題である。

これらの課題をよりよく解決するために、企業は、政府の係る政策について正確且つ明瞭に把握し、判断する必要があり(適法性の確認を含む)、政府との交渉においては様々な適法且つ合理的な手段をうまく活用し、政府部門の交渉時の思考傾向や理論の立て方をよく知っておき、補償協議書を含む諸々の書類については必要なリーガルチェック、合理的な評価を行わなければならない。これは、系統的な対応を必要とした、アグレッシブで専門性を有する作業であるとも言える。企業は、内部スタッフを総動員して対応するほか、外部専門家の力を借りる必要もある。

(作者  里兆法律事務所   丁志龍  鄭旭斌 2021年8月18日)

[1] 北区は、長江沿岸から1キロ以内に位置する。「長江保護法」及び「江蘇省全土における化工園区化工集中区規範化管理の強化に関する江蘇省人民政府による通知」の関連規定によれば、長江の環境保護、修復等の必要から、長江沿岸1キロ以内において、化学工業企業を新設してはならず、従来の化学工業企業も状況に応じて改造、立退き、閉鎖しなければならないとされている。

[2] 北区は、計画中の蘇通大橋第二通路の保護区、住宅区に近く、且つ安全、環境上の潜在的なリスクがある。

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