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三峡ダムが上海にもたらすもの

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2006年5月31日

<上海経済>


三峡ダムが上海にもたらすもの

藤田 康介

  2006520日、全長2309メートル、高さ185メートル世界最大級のダム・三峡ダム(湖北省宜昌市の長江中流)ダム堤本体が20日に完成した。長江の上流にある三峡ダムだが、その長江の水は延々と上海市にまで流れている。また、三峡ダムで立ち退きとなった農民たちの一部は、上海市の崇明島や金山区など市郊外に移住しているなど、上海市と三峡ダムとの関係はかなり密接だ。三峡ダムが上海に何をもたらすか、現在分かる範囲で分析してみたい。

 

三峡ダムの現在までの歩み

1919

孫文が三峡にダムを作る構想を発表

1955

長江流域のダム計画、および三峡ダムプロジェクトの測量、研究などが行われる

19701230

長江葛洲ダムの工事が始まる

199243

7回人民代表大会第5次会議で三峡ダム建設関連のプロジェクトが決議

19941214

当時の李鵬首相を迎えて、三峡ダム工事が始まる

19971

10億人民元の三峡債権発行計画が批准される

1997118

三峡ダム工事にともない、長江の堰き止めが開始される

2003616

三峡ダムの船舶航行用の運河の供用開始、2004年に運河が正式に運用される

20041012

三峡ダム建設に伴う立ち退き事業が終了し16.6万人が中国各地に散った ダム建設に伴う住民の立ち退きに、5年の歳月を費やした

2005916

三峡ダム左岸部の発電機14台(出力70万キロワット)が稼動開始

2006520

ダム堤本体が完成

2008年ごろ

三峡ダム左岸部にも12台の発電機が設置されて、竣工の予定

  

1.三峡ダムがもたらす電力が華東地区を支える 

 現在、上海で発電されている電力の三分の二は上海地元の火力発電に依存している。火力発電は、化石燃料を燃やすために、深刻な大気汚染を引き起こす原因となる。さらに、万が一電力が不足して、火力発電機器を急遽稼動させるにも、最低でも20分、長くなると4時間から5時間の時間が必要となる。しかし、水力発電所の場合、緊急時に電力を供給するのに必要な時間は10分程度と大幅に短縮される。

また、コスト的にも水力発電で作られた電気のコストは、火力発電の10分の一で済むなど、メリットが大きい。そのため、上海では以前から三峡ダムからの電力供給への期待が高かった。

 

 三峡ダムで発電された電力を、いかに中国各地に配分するかは、かねてから議論が重ねられてきた。もともとの計画では、上海市・重慶市・浙江省・江蘇省・河南省・湖北省・湖南省・江西省・安徽省の72市が送電の対象となっていた。ところが、電気代が高くつくなどの理由で、一時期重慶市などが外れ、2001年には広東省が新たに加わって、81市に送電される計画となった。

2002年の冬になって、重慶市での電力不足が深刻化し、三峡ダムからの電力供給を要求、さらに華南エリアを含む広東省・広西省・雲南省・貴州省・海南省などの電力不足を補う必要性も求められるようになる。

 

 2006年に入って、三峡ダムで発電された電力の供給は、50%が華東エリア、広東省並びに華中エリアには各々25%が供給されることになっている。ここからもこの数年、電力不足が深刻化している上海を含む華東エリアにとって、三峡ダムは大きな役割を果たすことが分かる。その結果、2006年に華東エリアに供給される電力のうち、実に約3.5%が三峡ダムから供給される電力となったのだ。

 

 実質的に、三峡ダムが本格的に稼動する2008年を目標に三峡ダムを中心とした巨大電力ネットワークを形成しつつある。すなわち、三峡ダムから華東・華中・華南につながるネットワークは東西に1500キロ、南北に1000キロと広範囲になる。

 

 上海に関して言えば、三峡ダムから上海へ送電される送電容量の強化が行われる。現在は、120万キロワットしかない送電能力を、ここ12年の間に300万キロワット以上に増強し夏場に深刻な上海の電力不足を補うことが期待されている。

その背景には、上海エリアでの火力発電所建設が困難であり、華東エリア内での発電コストが年々増加傾向にあることが影響している。しかし、将来的には華東エリアの三峡ダムに対する依存率を下げる方向で計画されており、第十一五カ年計画期間中に、華東エリアの依存率を、現在の三峡ダムの総発電量の50%の割合から、38%の割合に減少させることが考えられている。

 

 当然、三峡ダムにとっても、投資資金回収のために、この電力による収入は非常に大きい。20064月末までに発表された三峡ダムプロジェクトに投資された額は1260億人民元となっている。建設自体のコストは、当初計画より低めに抑えられているようだが、住民の立ち退きに関しては、予算を超えており、最終的には1800億人民元程度になる見通しが発表されている。現在の発電量から計算すると、2015年から2017年までに投資額は回収できるとの見込みだ。

 

2.洪水の防止になるか? 

  三峡ダムの耐用年数は1000年といわれている。この1000年という数字は、朱鎔基前首相も在任中にコメントしている。四川省には2000年の歴史をもつダムが今でも現役で残っているが、果たして、現在科学の粋を集めた三峡ダムに関しては、1000年は問題ないというのが専門家の意見だ。

 

  2003年に長江の水が徐々にせきとめられて以来、三峡ダム上流の水位は徐々に上昇し始めている。2006年には水位の高さが135メートルから156メートルに達する見込みで、貯水量は新たに73億立方メートル増加する。今後、水量と下流の洪水などの状況を確認しながら、水位はさらに上昇される可能性も示唆されている。

ただ、中国政府の洪水対策としては、2006年度の三峡ダムの水位を150メートル未満と計画されている。

この結果、いままで10年に一度は発生するといわれていた長江中流、下流の洪水が防がれるほか、100年に一度発生する長江の大洪水に対しても、三峡ダムが対応できると説明されている。この恩恵をうける人々の数は、1500万人といわれており、150万ヘクタールの田畑が守られるという試算だ。 

 

3.三峡ダムが環境に与える影響

 

  三峡ダムの建設にともない、環境に与える影響はかねてから討論されていて、国際的にも非難の矛先にもなっていることは事実だ。特に取り上げられているのが、以下の4つの問題だ。

 

(1)森林の崩壊伴う大面積の土砂災害

(2)ダム湖内の水流が遅くなることに伴う水質汚濁の問題

(3)水流の変化に伴う長江沿岸の堤防の等の崩壊

(4)文化財の水没 

 さらに、テロによるダム破壊の危険性も指摘されている。すでに、200511月にはテロに備えての大規模演習が行われたばかりだ。仮にダムが崩壊し、ダムの水が溢れ出したとしても、実験データによれば洪水は宜昌市から江漢平原地区にとどまるとみられ、下流にある上海など大都市までの影響はないと結論付けている。 

 心配される地震の影響だが、確かに三峡ダムが建設され、ここ2年でダム付近で震度2程度地震が増加していることが公表されている。そのため、2001年から中国地震局地震研究所では三峡ダム地震観測システムを設置し、地震観測の強化を行っている。歴史的には、三峡ダムエリアでは過去に震度6程度の地震が観測されているが、設計上では震度8程度までは耐えられるようになっているようだ。また、ダムには1万個のセンサーがつけられており、1ミリ単位での移動でも反応できるようになっている。 

 長江の流れがダムによって堰き止められることにより、下流の水の流れが減少し、これが新たに長江両岸の土砂の崩壊が報道されているが、この件に関しては工事関係者は三峡ダムとの直接的関係を完全には否定していないものの、重要な原因ではないと結論付けている。また、ダム上流でも、急激な水位の変化にともなう土砂災害が発生し、航路への影響が心配されているが、2005年4月よりダム湖上流195箇所の危険箇所対策が計画前倒しで行われている。 

 下流への水流の減少にともない、土砂の流出が減ることが予想されている。長江下流にある上海崇明島などはまさに長江の砂が堆積してできた島だが、今後こういった砂の堆積による中洲が減少するものと予想されている。しかし、毎年長江下流では大型船航路確保のための砂の堆積除去に多大なコストをかけているため、航路を守るという点ではメリットが考えられている。 

そのほかにも、ダム流域の気候が変化することが予想されている。すなわち、冬場の気温は0.2℃上昇し、夏場の気温は1℃下がるものとみられている。 

 一方で、ダムがもたらす電力により、化石燃料の使用を減少させることが可能だという。三峡ダムの発電機の容量は1820万キロワットで、火力発電なら年間5000万トンの石炭を消費する電力量を生産できるという試算だ。確かにクリーンなエネルギーとしての意味は大きい。 

 環境保護のアピールもかねて、三峡ダムのダム堤本体が完成した2006520日に、中国の一級保護動物である中華鱒の幼魚、3.1万匹が宜昌市の三峡ダムで放流された。この鱒は、長江をくだって海まで出て行って成長し、産卵のために再び長江に戻ってくる。しかし、三峡ダムや葛洲ダムにより、その生態が危険に晒されていた。すこしでも中華鱒が帰ってこられるように、ダムの環境保護には力を入れてもらいたいところだ。 

4.地方に移住した現地農民たち

 

  三峡ダムの建設で、112万人が立ち退きを余儀なくされ、そのための保証金は449億人民元を費やしたと発表されている。取り壊された建物の面積は、4245万平方メートルにもなる。ただ、三峡ダム建設エリアは中国有数の貧困地帯で、彼らの生活状態を改善する必要が迫られていた。山々が連なる長江上流地域では、十分な農耕地も確保されず、交通も不便極まらなかった。

 

そのため、ダム建設に伴い、多くの農民たちは新天地を求めて、上海や江蘇省エリアなども含めた中国全国に移住している。これら移住に伴うさまざまなドラマは、中国のテレビでも数々放映された。このダム建設に伴い、中国各地の20あまりの省に移住した人は16.6万人に及ぶ。いずれも、新しい住宅が供給され、農民たちの生活はある程度改善されたといえよう。 

 

 今回のダム建設に伴い、地元で運送や砕石などダム関連事業で収入を増やした人も少なくなく、政府の発表値では、三峡ダム流域の一人当たりGDP1992年の950元から1995年の7635元と大幅に増加している。また、農作物もダム建設に伴う気温の変化により、付近の柑橘類の栽培農家にとっては収穫の増大が見込まれているほか、観光客の増加にともなう収入増加も期待されている。

 

 三峡ダムの建設により、長江上流の水位が上昇し、ここに新しい航路が形成されたことも特筆に値する。すでにこの効果は数字に表れており、2005年度に長江を使って運ばれた貨物の総量は4400万トンで、それまでの1000万トンレベルを大幅に超えている。

とくに、鉄道網の発達が遅れている三峡エリアでは、長江を使うことにより輸送コストを削減することができ、統計によれば、鉄道の10分の一、高速道路の15分の一での物流が可能になる。これまで三峡エリアは山々が迫っており、航路は非常に複雑で、夜間の航行には制限が加えられていたほか、渇水時には20日〜3ヶ月間にわたり大型船が航行できないことも多々あった。現在では1500トンクラスの貨物船の航行も可能になった。

 

 流通経路の確保により、今度はさまざまな企業進出を呼ぶ。三峡エリアの宜昌市市から上流の重慶市にかけて、すでに企業の進出が始まっており、現地農民の所得向上にも一役買っている。 中国政府が力を入れている中国西部開発にも大きな役割を果たすものと期待されている。

 

 

5.三峡ダムが新しい観光スポットに

 

 三峡ダムの完成が近づくにつれて、テレビなどに報道される機会も増え、2006年の5月の連休では、入場制限が行われるほど観光客が三峡ダムに押し寄せている。三峡ダム周辺には、すでにダムをさまざまな角度から見ることができる展望台が設置されている。三峡ダム開発で、最初に観光地として開発された壇子嶺のほか、11基のダムの突起が見渡せる標高185メートルの展望台「185」では、船の運河での航行の様子などが観察できる。また、夏場の7月から9月にかけては、長江の水流も多いため、壮大な三峡ダムの放水を見ることができる。 

 ダム堤本体の建設がほぼ完了し、工事は全体の80%完成したことになる。今後、20066月には、水位が156メートルにまで上昇し、20077月には右岸の発電機が発電を開始する。そして、2008年に右岸の12台の発電機の設置が完了し、三峡ダムプロジェクトは竣工となる。今後は、ダム運営と環境問題など新しい難題が取り組まれることとなるだろう。(以上)

 

  


(06年5月記・5,275字)
上海エクスプローラー
中国ビジネス解説編集委員

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