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中国で個人消費が抑えられる3つの理由

中国ビジネスレポート マクロ経済
馬 成三

馬 成三

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2008年12月21日

記事概要

 米国発の金融危機の影響で、中国政府は経済運営に関する基本姿勢として従来の引き締めから景気刺激へと思い切った政策転換を行なった。個人消費の刺激もそのポイントだが、そこには大きな障害もある。それが今でも深刻な住宅・医療・教育の問題と言えよう。

露呈された個人消費の不足

米国発の金融危機の影響で、中国経済にも変調が生じた。昨年(2007年)に11.9%だったGDPの前年比実質成長率が、今年第3四半期に9%に低下し、来年には8%を維持できるかどうかとの懸念する声も聞こえる。この情勢を前にして、中国政府は経済運営に関する基本姿勢として従来の引き締めから景気刺激へと思い切った政策転換を行なった。

1110日、国務院は2010年末までに総投資額4兆元(約57兆円)を投入し、年内にまず1000億元(約15000億円)を投資するという大規模な景気刺激策を発表した。128日~10日に開催された中央経済工作会議は、来年の経済政策運営に関する基本方針として、「比較的高い経済成長率の維持」を最重要課題にすることを決定した。

中国経済が米国発の金融危機の影響を予想より大きく受ける最大の理由は、中国経済の構造問題、なかでも個人消費の不足にあると指摘されている。1980年代以降、中国経済は世界平均をはるかに上回った成長率を達成したが、これを支えているのは固定資産投資(公共投資+民間企業の設備投資)と輸出にほかならない。

中国政府は従来の成長方式への危機感から、「持続的成長に向けた成長方式の転換」を打ち出し、投資・輸出依存型成長から主に国内需要、なかでも個人消費の拡大に依存する成長への転換を打ち出したが、これまでの実績からみれば、むしろ投資と輸出への依存を深めている。

国家統計局によると、1990年代以降、GDPに占める個人消費の比重は低下傾向を辿っている。1991年に61.8%だったそれが、2005年に52.1%、2007年にはさらに49%に低下した。同比率を国際的にみても、中国のそれは世界平均を下回っている。2006年には中国は38%と、日本や米国など先進国よりもちろん、インド、ブラジル、ロシアなど他の新興国のそれよりも低いのである。

 

国内総生産(支出側)の国際比較(2006年、単位:%)

 

政府最終消費支出

民間最終消費支出

総資本形成

財貨・サービスの純輸出

中国

13.9

38.0

42.6

5.5

日本

17.8

56.6

24.1

1.4

米国

15.8

70.0

20.0

-5.8

インド

11.3

60.6

27.2

-2.0

ブラジル

19.9

60.4

16.7

2.9

ロシア

17.7

48.9

20.3

12.7

韓国

14.1

52.6

30.1

2.5

タイ

11.6

56.1

27.9

3.9

資料:矢野恒太記念会編『世界国勢図会』(2007/08)により算出。

 

住宅、医療と教育:個人消費を抑える「三座大山」

1980年代以降、改革開放の進展とそれに伴う経済の高成長を背景に、中国都市部住民と農村部住民の純収入は高い伸び率を示している。国家統計局によると、19802007年の27年間、中国都市部住民の一人当たり可処分所得は40倍、農村部住民の純収入は31倍となった。しかし、住民収入より貯蓄の伸び率ははるかに高いのが問題である。

国家統計局によると、1980年末に400億元未満だった貯蓄残高が、2007年末現在には同年GDPの7割に相当する172534億元(約267兆円)へと432倍に拡大し、2001年から2007年にかけて、都市部と農村部の住民貯蓄の年間純増加額は平均で1兆5000億元(約23兆円)を超えている。1990年に全国平均で19%未満だった住民貯蓄率(貯蓄/可処分所得)は、1996年以降一貫して25%以上の水準を保ち、30%を超えた年もある。この数字は発展途上国及び世界の平均水準を大きく上回っている。

住民貯蓄の急増は、所得増加のほか、都市住宅の商品化、学校教育や医療の「市場化」、労働制度の改革(「鉄飯碗」と呼ばれる終身雇用制の打破)など諸改革の推進や社会保障制度の未整備とも深く関係している。農民にとって、住宅建設や子女結婚に多額の費用が必要なため、貯金の必要性も高まっている。

うち住宅、医療と教育の支出の増加率は住民所得の増加率をはるかに超え、都市部の中間層を含む中国住民の消費を抑えている。毛沢東はかつて帝国主義、官僚資本主義、封建主義を、中国人民の頭上を圧迫している「三座大山」(三つの大きな山)に例えたことがあるが、住宅、教育と医療を、庶民生活を圧迫し、個人消費の不振をもたらす「新三座大山」(新しい三つの大きな山)とも呼ばれている。

 

「房奴」の大量誕生

中国都市部の従来の住宅制度は、「福祉住宅配分制度」と呼ばれ、国による投資・建設、行政による配分と低家賃の実行という三つが特徴であった。このような制度のもとで、都市部住民の家賃負担が非常に軽かった(全消費的支出の1%前後)一方、国の財政負担の増大と住宅建設資金の不足で都市部の住宅難を深刻化させ、都市部住民の一人あたりの住宅面積も極めて狭かった。

1970年代末より中国は経済体制改革の一環として、段階的に住宅の商品化を目標とした都市部住宅制度改革を進めてきたが、住宅建設の産業化、分配制から販売制・賃貸制へのシフト、中低所得層を対象とする「経済実用住宅制度」の整備などがポイントとなっている。改革の結果、住宅供給は急増し、都市部住民の一人当たり住宅面積も大幅に拡大した。

他方、住宅制度改革は新しい問題ももたらしている。「商品住宅」(分譲住宅)の価格が一般消費者の購買力を遙に超え、「住宅購入難」が深刻さを増していること、「房奴」(住宅ローン返済のため、生活の質を大幅に落とし、自由に身動きできない生活を強いられている者)の大量誕生で住宅以外の消費を抑制していることがそれである。

北京市では専用面積ベースで75㎡~80㎡(公用面積を含む建築面積では100㎡)の分譲住宅を購入するには、サラリーマンの平均年収の40倍以上、共稼ぎ家庭でも平均年収の20倍以上に当たる購入費が必要との試算がある。

 

一部都市の住宅価格と収入との比較

 

住宅平均価格()

一人当たり可処分所得(/)

一人当たり住宅面積()

所得/住宅価額(倍数)

北京

8792

19978

20.06

8.8

上海

7038

20668

22.00

7.5

広州

6545

19581

19.44

6.5

深セン

9384

22567

19.72

8.2

武漢

3622

12360

26.86

7.9

西安

4047

10905

23.15

8.6

重慶

2697

11570

26.00

6.1

注:住宅価額は当地の一人当たり建築面積に該当する住宅を購入する場合の購入費(税金や他の手数料を含まない)。

資料:李艶紅『解指標読報告』(中国統計出版社、2008年2月)。

 

耐えられない医療費の重圧

中国の都市部では、長い間、政府機関、事業単位(非営利団体)の従業員、同退職者や大学の正規在学生を適用対象とした公費医療制度(1952年に設立)と、国有企業、大型集団企業の従業員と同退職者を対象とした労働保険医療制度(1951年に設立)が実行されていた。

両方とも治療費、医薬費、入院費、手術費と検査費などが全額公費負担となっているが、前者の経費は国の財政から支給されるのに対して、後者のそれは企業から拠出され、企業により管理される。後者は適用対象の扶養家族の医療費も半分負担するところでも前者と異なる。

公費医療制度は、管理の乱脈による薬品の浪費、医療費予算の大幅超過や国有企業の負担増大など弊害のほか、市場経済化の進展に伴い、適用対象が狭く、社会のニーズに適応できなくなったといった問題も生じた。

上記の問題を解決するため、中国政府は1998年に従来の医療制度を改革し、「最低限の公的保障と自己責任の原則」に基づき「都市職員・動労者基本医療保険制度」を創設した。同制度は社会統一徴収医療保険基金と個人口座を結び付けるという形を採り、都市部の全事業所と全勤労者をカバーする一方、すべての企業、政府機関、非営利団体とその従業員に基本医療保険料の払い義務を負わせる。他方、農村部では相互扶助の「新型農村合作保険制度」(2003年)、都市部では非就業者をカバーする「都市部住民基本医療保険」(2007年)もそれぞれ導入された。

しかし、「看病難、看病貴」(診療を受けられず、医療費が高い)の問題は解決されず、医療制度と医療機関に対する住民の不満が強い。衛生部の調査によると、住民の約半数は病気でも病院に行かず、約3割の住民は入院すべき時でも入院しない。高級幹部など少数の有力者による大病院の独占や、医療面での都市・農村格差の拡大などの問題も深刻である。

個人医療支出負担が増大した背景には財政の医療関係支出の不足がある。財政支出に占める衛生事業費の比率を取ってみると、第8次5か年計画(199195年)に2.37%だったそれが、第9次5か年計画(19962000年)に1.66%に低下した。政府の財政支出の不足で、中国の病院はますます「市場化」へと進んでいる。

都市部と農村部では健康保険制度は整備されつつあるが、そのカバー率はまだ低い。半分以上の都市部住民と8割の農民は医療保険に加入していないのが現状のようである。医師(病院)と製薬会社と結託して薬の価格を吊り上げることも深刻である。

政府系シンクタンクである国務院発展研究センターがまとめた中国の医療制度改革に関する研究報告も、「中国医療制度の商業化・市場化は、間違ったもので、医療制度改革自身は基本的には成功していない」と断定している。2005年7月、『中国青年報』がこの研究報告書の内容を披露したが、中国社会で大きな反響を呼んで、広範な賛同を博した。

 

大学生4年間の支出は農民平均年収の13

1999年以降、大学入学者数は急増急し、2007年には566万人(1990年は61万人)に達し、大学の粗入学率も23%(同3.4%)までに上昇したが、大学生の学費、生活費の支出も増加し、多くの住民、特に農村住民を苦しめている。中国の大学生の学費は先進国より低いが、中国人の所得水準と比べると、先進国及び世界平均よりはるかに高いといわれている。

大学生を養うため使う費用(4年間の学費・生活費)は、農民平均年収の13倍以上に相当する(山西省など内陸部では32年の収入に相当するところもある)との調査結果も示されている。多くの農民家庭は「因教致貧」(子女教育による貧困化)に陥っている。自分の子供を大学に行かせるには、農民たちはあっちこっち借金をして、卒業後就職できない場合、一生涯もその借金を返済することができないケースもある。

「子女の成績が良いと、親はかえって悩む」、「子女が大学への入学を望むが、合格することも恐れている」という現象が農村部によくみられる。一旦合格したら借金しなければならないのである。牛や土地、家を売ったり、やむを得ず高利貸しを借りたりする家庭が多いと伝えられている。中国青少年発展基金会の調査によると、大学入学者を持つ貧困家庭は平均で子女の教育のため、6780元の出費(生活費を含む)が必要、8割の貧困生の家庭にとって、教育支出が家庭を貧困にした主な原因となっている。

中国にとってGDPに対する公的教育支出の割合が低いのも問題である。2004年に2.9%だったそれが、GDP統計の上方修正もあって、2005年には2.8%へと低下し、米国(5.3%)や韓国(4.6%)よりもちろん、インド(3.2%)など多くの途上国よりも低いレベルにとどまっている。

現在、中国には「民工」と呼ばれる農民出稼ぎ労働者は2億人に達しているが、かれらがカネを稼ぐ目的の一つは、子女を良い教育を受けさせ、できれば大学に行かせることである。米国発の金融危機の影響で、華南地区を中心とした沿海部に行っている「民工」のうち、仕事がなくて繰り上げて帰郷した人は400万人もいるという。子女を大学に行かせたいというかれらの夢は、金融危機でさらに遠くなりかねない。(200812月記・4,477字)

 

 

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