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新労働契約法の実施と労働争議

中国ビジネスレポート 労務・人材
馬 成三

馬 成三

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2008年4月22日

記事概要

所有制の多様化を含む市場経済化の進展や労働者保護の法制度の整備に伴い、中国における労働争議の発生件数と参加人数は急増している。今年(2008年)初めに、労働者利益の保護を強化する新労働契約法が実施され、これを受けて労働争議も増加していくではないかとの観測が出ている。

所有制の多様化を含む市場経済化の進展や労働者保護の法制度の整備に伴い、中国における労働争議の発生件数と参加人数は急増している。今年(2008年)初めに、労働者利益の保護を強化する新労働契約法が実施され、これを受けて労働争議も増加していくではないかとの観測が出ている。

1990年代後半以降の労働争議の推移を企業の所有制別にみると、国有企業と個人・私営企業での労働争議のシェア上昇と、香港・台湾資本を含む外資系企業でのシェア低下がみられる。新労働契約法の実施で労働争議全体は増えても、外資系企業、なかでも日系企業を含む先進国企業には大きな影響を及ぼさないだろうとみられる。

 

1.労働争議問題の深刻化

1970年代末までの長い間、国有制を中心とした単一的公有制と計画経済の実行を背景に、中国では労働争議の発生はほとんど伝えられていなかった。新中国が設立された直後の1950年代初めに制定された労働争議処理に関する唯一の法規である「労働争議解決手順に関する規定」も、私営企業に対する「社会主義的改造」(公有化措置)が完成された1950年代半ばに、「社会主義制度のもとでは、企業と労働者とは利益の対立がない」という理由で、実質上廃止された。

しかし、1990年代以降、市場経済化の推進とともに、中国での労働争議は急増している。国家統計局によると、1992年に8150件だった争議件数(労働仲裁機関の受理案件ベース)が、2006年には226391件へと約28倍に急増し、参加人数は同17417人から679312人(ピークだった2003年は801042人)へと39倍に拡大した。

争議案件のうち、集団争議(同一の理由で参加者が3人以上の労働争議)は、件数で1992年の548件から2006年の1万3977件(ピークだった2004年は1万9241件)へ、同参加人数で9100人から348714人(ピークだった2003年は514573人)へと、それぞれ26倍と38倍に膨れ上がった。

上記の数字は、労働仲裁機関の受理案件だけを対象とするもので、もし企業内の「労働争議調停委員会」の受理案件も計算に入れると、労働争議の件数と参加人数はもっと多くなると思われる。

労働争議の急増をもたらした理由には多岐なものがあるが、主な理由として以下の諸点が挙げられている。

①国有企業における労働関係の変化:市場経済化の推進に伴い、国有企業は「公平重視」から「効率重視」へと移行し、従来の「大鍋飯」(親方五星紅旗)と「鉄飯碗」(終身雇用)制度も崩壊した。中国経済の供給不足から供給過剰への転換、外資系企業を含む民営企業との競争の激化などで多くの国有企業は経営難に陥り、倒産が続出し、「下崗」(リストラ)労働者も増加した。これらは国有企業での労働争議を多発させた最大の背景にほかならない。一方、国有企業の経営管理者の不正・腐敗の横行も労働者の不満を招いた一因とされている。

②所有制の多様化:改革開放以前、国有企業を中心とした国有セクターは都市部就業者の約8割を吸収していたが、現在は3分の1(企業での就業者ベース)程度に低下した。これに対して、私営・個人経営や外資系企業などの非公有部門の就業者数は急増し、近年新規就業者の8割を占めるようになった。市場メカニズムがよく働く民営企業の急台頭および国有企業の労働制度改革は、中国の労働関係を複雑化させたのである。

③労働関係の法制度の整備と労働者の権利意識の増強:中国では労働者の合法的権益の保護、労使関係の調整、社会主義市場経済に適応する労働制度の確立を目的とした最初の「労働法」は1994年7月に採択され、1995年1月に実施されたが、労働争議、とくに集団争議の発生件数と参加人数の推移からみれば、労働関係法制度の整備と、それに伴う労使双方の権利意識の高まりを、労働争議の急増をもたらした原因の一つとして挙げることができる(表を参照)。

 

2.新労働契約法の実施で労働争議は増えるか

中国では庶民の生活に密接な関係を持つ新しい法規が実施されると、人民法院が受理する関係の争議案件は急増するという現象がよくみられる。例えば、「道路交通安全法」(2004年実施)が実施された直前の2003年に549件だった関係争議案件が2004年に772件、2005年にはさらに1047件に増加した。「医療事故処理条例」(2002年実施)が実施された直前の2001年に22件だった関係争議案件が、2002年に55件、2003年には89件に増加した。

この傾向は労働問題に関する法規が実施された後の状況にもみられる。例えば、最初の「労働法」が1995年1月に実施されたことを受けて、1995年の労働争議件数と参加人数は前年よりそれぞれ73%と58%も増加した。「労働争議案件司法解釈2」が2006年に実施された後、2005年に1111件だった関係争議案件が2006年に1211件、2007年には1755件へと急増した。

新労働契約法には新しい内容が多く含まれているだけに、同法を全人代が採択した時点(2007年7月)に、その実施により労働争議は増加するではないかとの観測があった。労働仲裁機関受理ベースでの争議件数などの統計はまだ公表されていないが、その形跡はすでに人民法院(裁判所)が受理した案件に現れている。担当の裁判官からは「新労働契約法の実施を受けて、労働契約の締結や事業主による労働者の解雇、労働者の賃金報酬に関する争議は大幅に増加するだろう」との見方が指摘されている(『法制日報』)。

無錫市ハイテク開発区人民法院によると、新労働契約法が実施された後の3か月間、新たに受理した労働争議案件は前年同期より68.8%も増加し、うち集団訴訟も多く入っている。争議内容からみれば、最も多い労働争議は「労働契約を締結していない」理由に「2倍の賃金を要求する」案件である(『法制日報』)。

中国では私営企業を中心に各種の理由で労働者と労働契約を締結しない企業が多く、新労働契約法に「事業主が労働者を雇用した日から1か月以内に書面契約を結ばなければならず、書面契約を結ばない場合には2倍の賃金を支払わなければならない」との規定が盛り込まれているため、労働契約を締結していない企業を相手に起こした訴訟が急増しているのである。

中国における労働争議の発生件数および参加人数が労働仲裁機構(各レベルの労働仲裁委員会)の受理案件ベースで集計されているが、現状では労使間で何かトラブルがあった場合に、まず当事者協議(労使交渉)で解決を図り、当事者協議で解決できなければ、企業内に設置されている「労働争議調停委員会」に調停を求める。そこでの調停も成立できない場合、労働仲裁機関にもっていく。人民法院で訴訟を起こすのは最後の手段となっている。以上のプロセスから推測すれば、今年の労働仲裁機関受理ベースでの争議件数は大幅に増加する可能性が高い。

その理由として、新労働契約法の宣伝効果もあって、労働者の権利意識が高まっていることのほか、競争が激化しているなか、企業の吸収合併・破産・所有制改革(公有から私有への移行)により、人員削減が行なわれていることや、行政改革の推進で一部の行政機関が臨時工を大量解雇することなど雇用環境の変化も挙げられる。

 

 

企業所有制別労働争議件数と参加人数(19942003年)

 

  

  

  

  

 

 

  

  

  

  

 

 

  

  

  

  

  

  

 

 

  

  

  

  

  

  

 

 

  

  

  

  

  

  

 

 

  

  

  

  

  

  

 

 

  

  

  

  

  

  

 

  

  所有制別

  

 

  

  受理案件数(件)

  

  参加人数(人)

  

  総数

  

  うち集団争議

  

  総数

  

  うち集団争議

  

  合計

  

1994

  

1996

  

1997

  

1998

  

2001

  

2002

  

2003

  

  19,098(100.0)

  

  47,951(100.0)

  

  71,524(100.0)

  

  93,649(100.0)

  

  156,621(100.0)

  

  184,116(100.0)

  

  226,391(100.0)

  

   

  

  3,150(100.0)

  

  4,109(100.0)

  

  6,767(100.0)

  

  9,847(100.0)

  

  11,024(100.0)

  

  10,823(100.0)

  

   

  

  191,116(100.0)

  

  221,115(100.0)

  

  358,531(100.0)

  

  467,150(100.0)

  

  608,396(100.0)

  

  801,042(100.0)

  

   

  

  92,262(100.0)

  

  132,647(100.0)

  

  251,268(100.0)

  

  286,680(100.0)

  

  374,956(100.0)

  

  514,573(100.0)

  

  国有企業

  

1994

  

1996

  

1997

  

1998

  

2001

  

2002

  

2003

  

  8,763(45.9)

  

  16,390(34.2)

  

  18,546(25.9)

  

  22,195(23.7)

  

  42,87327.4

  

  45,215(24.6)

  

  48,771(21.5)

  

   

  

  757(24.0)

  

  969(23.6)

  

  1,358(20.1)

  

  3,21732.7

  

  3,387(30.7)

  

  3,623(33.5)

  

   

  

  38,989(20.4)

  

  50,529(22.9)

  

  76,525(21.3)

  

  154,64133.1

  

  206,182(33.9)

  

  309,439(38.6)

  

   

  

  18,406(19.9)

  

  29,862(22.5)

  

  54,377(21.6)

  

  110,93638.7

  

  140,566(37.5)

  

  294,794(57.3)

  

  集団企業

  

1994

  

1996

  

1997

  

1998

  

2001

  

2002

  

2003

  

  4,199(22.0)

  

  8,963(18.7)

  

  11,101(15.5)

  

  13,579(14.5)

  

  25,55016.3

  

  27,253(14.8)

  

  30,218(13.3)

  

   

  

  457(14.5)

  

  635(15.5)

  

  798(11.8)

  

  1,73517.6

  

  1,911(17.3)

  

  1,519(14.0)

  

   

  

  21,510(11.3)

  

  30,602(13.8)

  

  40,056(11.2)

  

  34,7747.4

  

  91,656(15.1)

  

  97,501(12.2)

  

   

  

  10,573(11.5)

  

  17,455(13.2)

  

  26,414(10.5)

  

  44,70215.6

  

  59,643(34.5)

  

  47,796(9.3)

  

  外資系企業

  

1994

  

1996

  

1997

  

1998

  

2001

  

2002

  

2003

  

  2,974(15.6)

  

  10,083(21.0)

  

  23,244(32.5)

  

  22,537(24.1)

  

  20,17412.9

  

  22,930(12.5)

  

  23,391(10.3)

  

   

  

  1,380(43.8)

  

  1,611(39.2)

  

  1,893(28.0)

  

  1,26712.9

  

  1,196(10.8)

  

  1,121(10.4)

  

   

  

  98,678(51.6)

  

  92,877(42.0)

  

  113,761(31.7)

  

  23,9075.1

  

  78,604(12.9)

  

  89,621(11.2)

  

   

  

  53,672(58.2)

  

  59,443(44.8)

  

  85,527(34.0)

  

  52,72718.4

  

  50,135(13.4)

  

  45,798(8.9)

  

  私営・個人経営企業

  

1994

  

1996

  

1997

  

1997

  

2001

  

2002

  

2003

  

  927(4.9)

  

  3,535(7.4)

  

  8,301(11.6)

  

  12,375(13.2)

  

  30,34519.4

  

  37,182(20.2)

  

  41,140(18.2)

  

   

  

  195(6.2)

  

  417(10.1)

  

  1,074(15.9)

  

  1,46714.9

  

  2,079(18.9)

  

  1,591(14.7)

  

   

  

  11,499(6.0)

  

  22,296(10.1)

  

  52,245(14.6)

  

  74,80416.0

  

  107,501(17.7)

  

  93,390(11.7)

  

   

  

  2,854(3.1)

  

  12,653(9.5)

  

  36,237(14.4)

  

  33,60611.7

  

  61,197(16.3)

  

  44,600(8.7)

注:カッコ内は全体に占めるシェア(%)。原統計には他の企業・機関も入っているため、表の各項目の合計は100%にはならない。

資料:国家統計局『中国統計年鑑』など。

 

今年に入ってから、外資系企業を含む企業の経営環境は厳しさを増している。原材料高、人民元の切り上げ、輸出優遇策の調整などで、輸出企業を中心に多くの企業が生産コストの増大と経営難に悩まされている。それにインフレの進行や所得格差の拡大が加わり、労働者の不満も高まる可能性がある。「和諧社会」(調和のとれる社会)の構築を目指す中国政府にとって、如何にして労働争議をうまく処理し、労使協調を実現させることは、大きな課題となっている。

 

3.日系企業への影響は少ないか

これまでの労働争議の発生件数と参加人数の推移を企業所有制別にみると、外資系企業から国有企業と私営企業への「重点移転」がみられる。1997年の労働争議全体に占める各所有制企業のシェアをとってみると、香港・台湾企業を含む外資系企業は争議件数で32.5%、参加人数で44.8%と、両方とも最大の数字を示している(国有企業のシェアはそれぞれ25.9%と22.5%、都市部集団企業は15.5%と13.2%、私営・個人経営企業は11.6%と9.5%)。

しかし、1990年代末以降、国有企業と私営・個人経営企業での労働争議が急増し、外資系企業でのそれがほとんど増えなかったため、労働争議全体に占めるその同シェアは急低下している。2003年の労働争議件数と参加人数を企業所有制別にみると、国有企業のシェアはそれぞれ21.5%と38.6%、私営・個人経営企業はそれぞれ18.2%と11.7%に上昇したのに対して、外資系企業のシェアはそれぞれ10.3%と11.2%に低下した(2004年以降は所有制別の労働争議に関する統計は未公表)。

外資系企業での労働争議が相対的に減少した背景として、外資系企業の労働条件が相対的に良いこと、外資系企業、なかでも日系企業を含む先進国企業の遵法精神・人権意識が強いことなどが考えられる。これまでの状況からみれば、新労働契約法の実施により労働争議が増加しているなか、外資系企業、なかでも日系企業を含む先進国企業は大きな影響を受けないではないかと予想される。

                                            2008年4月記・4,076字)

 

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