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企業の「ホイッスルブロワー」制度についての考察

中国ビジネスレポート 法務
郭 蔚

郭 蔚

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2020年10月15日

2019年9月6日、国務院は「事中・事後監督管理の強化及び規範化指導意見」(以下「『指導意見』」という)を公布し、「ホイッスルブロワー」、内部通報者等の制度を構築し[1]、法律法規違反行為及び重大な潜在的リスクを通報した功労者を大いに奨励し、且つ厳格に保護することを明確に提起した。

「ホイッスルブロワー(whistleblower)」という言葉はイギリスを起源としており、警官が事件を発見した際に警笛を吹き、同僚や周りの人々の注意を引いたことに由来するものだが、現在は、通常、法律法規違反行為を通報する内部不正を知る者を指す。

「指導意見」は、中国で国務院レベルで最初に制定され且つ方針として示された「ホイッスルブロワー」制度であり、係る制度を構築し、不正を知る者による法律法規違反行為の通報、告発を奨励することにより、監視社会化を進め、共同で監督管理する局面を形成させたいという中国政府の姿勢を示している。

■「ホイッスルブロワー」制度の法的側面からの探究:

これまで、「ホイッスルブロワー」制度は中国の法律、法規において骨組みができているだけでなく、すでに係る分野において、例えば以下のような探求と推進が行われている。

●労働法分野:「労働契約法」第79条によれば、「いずれの組織又は個人も本法に違反する行為に対し通報する権利を有し、県レベル以上の人民政府の労働行政部門は遅滞なく事実確認と処理を行い、通報した功労者には奨励金を与えなければならない。」と規定している。

●独占禁止法、不正競争防止法分野:「独占禁止法」第38条によれば、「独占の疑いのある行為に対して、いずれの組織及び個人も独占禁止法執行機構に通報する権利を有する。独占禁止法執行機構は通報者のために秘密を保持しなければならない。」と規定しており、「不正競争防止法」第16条によれば、「不正競争の疑いのある行為に対して、いずれの組織及び個人も監督検査部門に通報する権利を有する。監督検査部門は通報を受けた場合、法に依拠して遅滞なく処理しなければならない。……監督検査部門は通報を受理するための電話番号、郵便受け又は電子メールアドレスを社会に向けて公開し、且つ通報者のために秘密を保持しなければならない。実名で通報し、係る事実と証拠を提供した者に対しては、監督検査部門は処理結果を通報者に告知しなければならない。」としている。

●証券・金融法分野:「証券先物法律法規違反行為通報作業暫定規定」第3条では、「通報者は証券先物違法情報オンライン通報システム、書簡といった方式により、係る個人又は組織の証券・先物に関する法律及び行政法規に違反する疑いある行為を通報センターに通報することができる。」と定められており、第9条及び第12、13条では、通報者の本人情報について厳格に秘密保持し、且つ過料として没収した金額の一定比率をもってして、通報者を奨励する等ができるとも規定している。

●また、2019年11月に、市場監督管理総局が制定し公布した「市場監督管理苦情申立・通報処理暫定弁法」第24条では、「経営者内部の者が法に依拠して経営者の市場監督管理法律法規・規則違反の疑いのある行為を通報することを奨励する。」とされており、また第15条の規定では、「暮らしののための消費を目的として購入し若しくは使用したのではない商品、又は受けたサービス」について苦情を申し立てる場合、市場監督管理部門は「受理しない」とされている(つまり、過去において「偽物摘発」の名のもとに実施されていた悪意ある苦情申立、通報、賠償請求は支持されなくなる)。

上記した分野において、法により「ホイッスルブロワー」制度の構築が定められているほか、企業内部のコンプライアンス管理に対しても、例えば以下のような係る通報制度が設けられている。

●上場会社を対象に公布された「企業内部基本ガバナンス規範」第43条によれば、「企業は通報・苦情申立及び通報者保護制度を構築し、通報専用ホットラインを設置し、通報・苦情申立の処理手順、処理期限及び処理完了の要求を明らかにし、通報・苦情申立を企業が情報を有効に把握するための重要なルートになるよう確保しなければならない。」とされている。

●企業内部の会計行為については、「中華人民共和国会計法」第30条によれば、「いずれの組織及び個人も、本法及び国家統一の会計制度の規定に違反する行為を告発する権利を有する。告発を受けた部門が処する権利を有する場合、法に基づき職責分担に応じて遅滞なく処理し、処理する権利を有しない場合、処理する権利を有する部門に遅滞なく移送して処理を求めなければならない。告発を受けた部門、処理を担当する部門は告発者のために秘密を保持し、告発者の氏名及び告発資料を告発された組織及び告発された個人に伝えてはならない。」と規定している。

つまり、「ホイッスルブロワー」制度に関して、現在、一部重要な監督管理分野においては、係る法的根拠が整備されているが、これらの法律、法規は原則的なものであり、今のところ、中国では、日本の「公益通報者保護法」のような、手続上、実体上、実行可能性のある方案及び法律で保障される実施法案はまだなく、「ホイッスルブロワー」制度を構築するためには、政府、企業及びその他各機構において引き続き模索し、試行し、実践を重ねていく必要がある

■企業へのアドバイス

実際には、中国の多くの企業、とりわけ大手の多国籍企業では、すでに内部で「ホイッスルブロワー」制度の構築に着手し、試行又は実践を進めている。企業のコンプライアンス管理の実践において、通常、「ホイッスルブロワー」は企業コンプライアンス管理措置を講じるうえでの最も重要な一環であり、「ホイッスルブロワー」による苦情申立、通報をきっかけに、企業は係る不正行為に対する調査を開始し、しかるべき対応措置を講じる。従って、企業は市場監督管理の関与者として、「ホイッスルブロワー」制度の構築及び健全化に注意を払い、重要視しなければならない。通常、「ホイッスルブロワー」制度の試行と実践においては、以下の方面に注意する必要がある。

一、合理的な通報ルートを設置すること

専用の通報電話、投書箱、電子メールボックス等を設置して、専門の法務部門又はコンプライアンス部門がこれらを管理し、通報者に対応し又は「総経理が相談を受ける日」、「総経理メールボックス」等の方式を通じて、総経理が直接に内部の従業員と向き合い、企業内部に存在する法律法規違反行為に関する通報を受けている企業もある。しかし、実践では、不正を知る者は企業内部管理部門の公正性、中立性、守秘性に疑念を抱き、報復を懸念し、通報を躊躇い、通報したがらないことが多い。この問題を解決するため、多くの企業、とりわけ大手グループ企業では法律事務所、会計士事務所等の専門家である第三者機構を起用し、本社の株主会、董事会又は監事会が直接、第三者機構に権限を与え、不正を知る者からの通報を受け付ける「窓口」として、専門の通報電話、通報電子メールボックスを設置し、専ら通報を対応する者がそれらを管理し、通報者に対応し、通報事実について専門家としての判別、調査を行い、企業が対処するうえで協力している。専門家である第三者機構が通報対応を担当すると、相対的にみて、通報者から信頼されやすく、企業が速やかに対応措置を講じるうえでの建設的な対応意見又はアドバイスを速やかに提供できることから、このような手法は日増しに企業に認められ、企業コンプライアンス管理体制における重要な措置となっている。

二、専門家による判別及び調査措置を講じ、速やかに事実確認を行うこと

企業における通報管理・受付担当部門又は機構(以下「コンプライアンス責任者」という)が通報を受けた後、率先して考えなければならない問題は、通報されたことが事実であるかどうかをどのように判別するか、調査を展開するか否か、どのように調査を展開していくかである。通常、判別及び調査においては以下のポイントに注意しなければならない。

  1. 係る証拠又は証拠の手がかりとなる情報を可能な限り通報者から取得すること。
  2. 通報者から提供された証拠又は証拠の手がかりとなる情報を分析し、判別すること(被通報者の法律法規違反行為の度合い、想定される結果等についての専門家による分析を含む)。
  3. 適法で実行可能な調査方案を策定し、しかるべき調査措置を講じ、係る証拠の収集・裏付けを行う。
  4. 調査により取得した証拠について専門的な分析を行い、係る行為が法律・規則に違反するか、又は刑事犯罪を構成するかについて、定性的な結論を下す。係る行為による危害の度合いについて定量的な分析結論を下す。

判別、調査、分析をするにあたっては、通常、専門家による法的手段を駆使し、適法な手続きに基づき、適法な措置を講じる必要があり、通報者の安全を守るだけではなく、被通報者の適法な権益も侵害されてはならない。取得できた証拠については、信憑性、関連性、適法性から分析と確認を行い、必要に応じて、通報者、第三者証人に対して事実確認を行い、被通報者には陳述、説明、弁解の機会を十分に与える。よって、調査過程における専門性及び調査結果の適法性と有効性を確保するために、実務上、多くの企業はこの段階で弁護士、会計士/税理士、第三者調査機構等に対し、企業の法務、コンプライアンス部門と協力し上記の調査業務を実施するよう依頼している。

三、適法に処理し、調査と処理の結果を速やかにフィードバックすること

「ホイッスルブロワー」制度が形骸化し、又は悪意に濫用されてしまうことを防ぐためにも、コンプライアンス責任者は判別、調査、事実確認を可能な限り速やかに行い、法律、規則制度に基づいて措置を講じて処理し、判別・調査の結果を関係者へフィードバックしなければならない。

調査、事実確認の結果、被通報者の法律法規違反行為について、事実がはっきりしており、証拠が十分であり、事実であることが確かな場合、コンプライアンス責任者は会社の関係機構(総経理、監事会、董事会等)へ速やかに報告し、法律、会社の規則制度に基づき、その取扱について意見を提供し、被通報者に対して処分の決定を下し、係る部門を調整して速やかに実施するようにしなければならない。重大な違法、犯罪の疑いのある行為に対しては、法に依拠して係る国家機関へ遅滞なく告発し、通報しなければならない。また同時に、コンプライアンス責任者は、調査、処分の結果を事実通りに通報者に伝えなければならず、重要な手がかりとなる情報を提供し、功績のある通報者に対しては感謝の意を表し、奨励しなければならない。被通報者の法律法規違反行為について、事実がはっきりしておらず、証拠が足りず、処分できないことをコンプライアンス責任者が確認した場合は、その原因と結果を通報者に伝えなければならない。

四、通報者を保護し、適宜に奨励すること

中国の現行する法律法規における「ホイッスルブロワー」制度に関する規定を見ると、その核心の一つは、「ホイッスルブロワー」を厳格に保護し、且つ功績のある通報者を奨励することである。企業は付帯する秘密保持制度及び秘密保持措置を設け、コンプライアンス責任者及びコンプライアンス調査・実施に参与している従業員と厳格な秘密保持契約書を締結し、秘密保持措置を着実に実行し、法律法規違反行為を調査する全過程及び処置した後、いつでも通報者の情報を厳に秘密に保持し、いかなる通報情報の漏えいも防止しなければならない。「ホイッスルブロワー」による通報及び調査への協力を奨励するならば、その人身の安全を十分に保障すべきであり、通報したことで就業、生活に支障をきたすことを可能な限り減少させるとともに、被通報者の法律法規違反の疑いのある行為及び調査で得た証拠についても、厳格に秘密を保持し、調査により被通報者の適法な権益が侵害されないようにしなければならない。また、企業は、通報者に対して報復、侮辱、脅迫、不当な扱い、ハラスメント行為を行うような関係者を厳しく処罰し、報復が行われるといった現象を防がなければならない。

不正を知る者による法律法規違反行為の通報、告発を奨励するために、功績のある通報者奨励制度を設け、企業内部で公布、実施するようにしなければならない。重要な証拠又は手がかりとなる情報を提供し、コンプライアンス責任者に協力して事案の真相を解明した、功績のある通報者に対しては、規則制度に照らして適切に奨励しなければならない。また、過ちを自ら認め、且つ是正し、影響を解消し、その他法律法規違反行為を告発した被通報者に対しては、情状を酌量して、軽きに従い処分するか、処分を軽減するか、又は処分を免除するのもよい。

五、悪意ある通報、他人を陥れるための誣告行為を厳粛に処理すること

通報を受けた際には、コンプライアンス責任者は通報者の享有する権利、及び事実通りに問題を反映し、証拠又は証拠の手がかりとなる情報の提供に協力する義務があること、並びに悪意ある通報、他人を陥れるための誣告行為に負わなければならない法的責任及び法的結果を通報者に伝えなければならない。企業は事実通りに通報することを奨励する姿勢を見せながら、通報行為及び通報事実に対する厳粛且つ謹慎な態度も示す必要がある。

調査の結果、通報者に悪意ある通報、誣告、中傷の疑いがあることを証明できる確かな証拠がある場合、コンプライアンス責任者は遅滞なく会社の関係機構へ報告し、法律、会社の規則制度に基づき、通報者に対してしかるべき懲戒処分を行い、且つ調査及び処分の結果を被通報者に通知し、影響を取り除き、被通報者の名誉を回復させる措置を速やかに講じなければならない。

終わりに:現在、中国政府が公布した「指導意見」では、「ホイッスルブロワー」制度の構築を提唱しており、このことは、公衆の参与を高め、監督管理上の欠陥を補い、監督管理の的確性と実効性の向上に有益である。企業は市場の参与者及び社会の一員として当該制度を前向きに試行することができるが、この制度を貫徹させるうえでは、多くの困難や障害がまだ存在していることを意識しておかなければならない。つまり、通報者、「ホイッスルブロワー」が叩かれ、報復を受け、不当な扱いを受けることがよくある一方で、悪意ある誣告、謀略もどれだけ禁じてもなくなることはない。さらには、文化、制度の方面での違いや影響も存在していることから、企業内部の「ホイッスルブロワー」制度を如何に構築し、健全化し、制度の優位性を発揮して企業の良好なコンプライアンスの実施を保障し、生じ得るリスクを回避できるかが、企業のコンプライアンス管理上、一つの重要な課題である。筆者も、係る政策の方向性及び動向に関心を払いながら、企業が「ホイッスルブロワー」制度を構築し、適切に運用していくうえで協力していきたい。

(里兆法律事務所が2020年3月16日付で作成)

 

[1] 「事中・事後監督管理の強化及び規範化に関する国務院の指導意見」第5条第16項:社会の監督の役割を発揮させる。「ホイッスルブロワー」、内部通報者等の制度を構築し、重大な法律法規違反行為及び重大な潜在的リスクを通報した功労者を大いに報奨し且つ厳格に保護する。大衆による監視ルートを確保し、政府苦情申立・通報プラットフォーム機能の統一化、最適化を行い、「一つの電話番号による応答」が実現できるよう尽力する。法に依拠して利益の取得を目的とした「偽物摘発」及び賠償請求行為を規範化する。信用サービス機構を育成し、信用格付け及び第三者評価の展開を奨励する。会計、法律、資産評価、認証検査検測、公証、仲裁、税務等の専門機構の監督役としての役割を発揮させ、監督管理、法執行の過程において、さらに多くの専門性の高い意見を参考にする。世論による監督を強化し、典型的な事案を持続的に開示し、違法行為を畏怖させる。

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