こんにちわ、ゲストさん

ログイン

北京五輪後の中国に景気後退はあるか?

中国ビジネスレポート マクロ経済
馬 成三

馬 成三

無料

2007年11月27日

記事概要

 五輪開催後には中国経済は景気低迷に転じるではないかとの懸念も内外から出されている。日本のエコノミストや経営者の間で、中国経済は08年までは大丈夫だろうが、その後は不透明との見方が少なくない。日本が「オリンピック景気」後の大不況を経験しただけに、北京五輪後の中国経済に懸念を示すのも不思議ではない。

過大評価された北京五輪の効果

中国での史上初めての五輪は、来年の8月に北京で行なわれる。6年前の2001年7月、オリンピック総会が08年夏の五輪の北京での開催を決定した瞬間、中国全土は熱狂に包まれた。中国にとって北京五輪は政治的意味のほか、経済的にも大きな効果をもたらすものと予想される。中国政府と北京市は07年までに2800~2900億元(4兆2000億円~4兆5000億円)を投資する計画で、7年間で毎年中国のGDP成長率を0.3ポイントほど押し上げられるとの試算が示されている。

他方、五輪開催後には中国経済は景気低迷に転じるではないかとの懸念も内外から出されている。日本のエコノミストや経営者の間で、中国経済は08年までは大丈夫だろうが、その後は不透明との見方が少なくない。日本が「オリンピック景気」後の大不況を経験しただけに、北京五輪後の中国経済に懸念を示すのも不思議ではない。

しかし、中国と日本とは基本的国情や経済発展段階で大きな違いがあり、日本の「経験」をそのまま中国に当てはめることはできない。日本は国土が狭いこともあって、人口や経済力などで東京への一極集中が進んでいるのに対して、北京市の人口数とGDPは中国全体においてそれぞれ1.2%(2006年末)と3.7%(同)しか占めていない。

北京五輪の経済効果は主に固定資産投資を拡大させることにあるとみられるが、中国の固定資産投資全体に占める北京市のシェアも3%~4%にとどまっている(2001年は3.9%だったが、2006年には3.1%に低下)。この視点からみれば、北京五輪の開催で北京市とその周辺地域の経済に大きなメリットをもたらすものの、中国経済全体への促進効果は限られるものしかないとみられる。

2008年まで毎年中国のGDP成長率を0.3ポイントほど押し上げられるとの試算を適当としても、年平均二桁の高成長を続けている中国経済の実績に照らしてみれば、高い数字とはいえない。ちなみに中国国家情報センターが人民元切り上げの中国経済への影響を試算した結果、「元の2%切り上げに伴い、短期的に中国のGDP成長率を0.5ポイントほど鈍化させる」という数字を示している。

北京市のGDP成長率と固定資産投資の伸び率(単位:%)

GDP 固定資産投資
前年比成長率 全国でのシェア 前年比伸び率 全国でのシェア
2000 11.8 3.2 10.8 3.9
2001 11.7 3.4 18.0 4.1
2002 11.5 3.6 18.5 4.2
2003 11.0 3.7 18.9 3.9
2004 14.1 3.8 17.2 3.6
2005 11.8 3.7 11.8 3.2
2006 12.8 3.7 19.3 3.1

資料:国家統計局『中国統計年鑑』、北京市統計局『北京統計年鑑』。

懸念される固定資産投資と株価への影響

北京五輪後の影響といえば、北京市の一部の産業、特に不動産市場への影響が懸念される。実際、2002年以降、五輪開催の要因もあって、北京市の不動産投資は高い伸び率を続け、06年には全国の固定資産投資に占める不動産投資の比率が17.7%となっているのに対して、北京市の同比率は52.2%と5割(04年は6割)を超えている。異常ともいえるこの状態は長く続けることは考えられないのである。

実際、中央政府のマクロコントロール政策の影響もあって、北京市の不動産関係投資の前年比伸び率は低下し、不動産関係企業の求人も大幅に減少している。北京市労働保障局が同市の336社の職業紹介所のデータをベースに作成した「2007年第3四半期の労働力市場需給に関する調査・分析」によると、今年第3四半期に外地からの求職者数は20266人と、前年同期比で38%(12420人)も減少したが、その理由の一つに不動産企業の求人数の減少(第3四半期は第2四半期より46.4%減)が挙げられている。

北京五輪後における今ひとつの懸念は、中国の株価の動向である。昨今、中国の株式市場の活況は世界から注目されている。上海と深圳の株式市場の株価時価総額は30兆(約4兆米ドル)と、世界ランキングで第4位、06年の中国GDP(約21兆元)の約1.5倍に相当する。

中国における株式市場の活況を支えているのは約1億人にも上る個人投資家で、株式取引の7割が個人投資家により行なわれているといわれている。中国での株投資ブームが生じている背景には、海外投資への制約などで個人投資家の投資分野が狭いという事情もあるが、北京五輪に対する期待も否定できない。つまり多くの投資家からみれば、五輪開催前、政府は株価の暴落を何とか避けるだろうとの思惑があるようである。

他方、北京五輪後の固定資産投資減の影響に対して、北京市政府関係者をはじめ、楽観的な見方を示す人も少なくない。その理由として、北京市の経済成長を支えている要因として、個人消費など最終消費は重要性を増しているという事実が指摘されている。06年には北京市GDPの前年比成長率は12.8%であったが、政府消費を含む最終消費のそれは16%、うち都市部個人消費は14.8%と、いずれもGDPの成長率を上回っている。これに対して、固定資本形成の前年比伸び率は8.9%にとどまり、北京市のGDP成長率と個人消費の伸び率を大きく下回っている。

北京市政府によると、05年から五輪関連施設の建設が本格化し、06年に五輪関連施設投資はピークを迎え、同年北京市のGDP成長への貢献度も3.2%に達したが、08年には1.1%に低下する見込みである。中国は「社会主義市場経済」と位置づけられているものの、インフラ建設などの面で「計画」(現在は「規画」)は依然として大きな影響力を持っているのが事実である。北京市政府は五輪後の景気動向を考えて、第11次5か年計画期間(06~10年)における重点投資プロジェクトの年度配分などを通じて、投資の安定的増加を図っている。

五輪開催関連で北京・天津間の高速道路や天津空港の拡張など、北京及びその周辺地区でのインフラ建設が大々的に行なわれているが、これらの施設は五輪開催後に北京・天津・青島を中心とする広域渤海湾経済区の形成にプラスになり、北京市の経済発展に好影響をもたらすものと期待される。

北京五輪後の株価動向についても見方は分かれている。五輪後大きな変動は避けられないとの意見がある一方、五輪関係の株投資が中国株投資全体の1%にもならないという理由で、北京五輪後には株価の変動はあっても株価の暴落はないではないかとの論調もみられる。エコノミストの間には固定資産投資と株価の動向に大きな影響力を与える要因として、五輪よりも中国政府のマクロコントロール政策の行方がより重要視すべきだとの意見が多いようである。

北京五輪後も好景気は続くか

北京五輪後の中国経済の行方を占う上で、中国経済の構造変化と政府の経済政策がポイントとされている。中国経済の構造問題の一つに固定資産投資と輸出への過度依存がある。2005年の数字を取ってみると、中国GDP(総支出)構成に占める資本形成と純輸出の比率はそれぞれ42.6%と5.5%、世界平均(それぞれ20.7%と0.01%)、途上国平均(26%と1.7%)を大きく上回っている。これに対して、個人消費が占める比率は37.9%と、世界平均(62.0%)と途上国平均(58.9%)を大きく下回っている。

しかし、今年に入ってから個人消費も大きな伸びを示しているのが注目される。国家統計局によると、今年1~10月の社会消費財小売販売額は前年同期比16.1%増、うち9月と10月のそれはそれぞれ17.0%と18.1%増と、06年通年の前年比伸び率(13.7%)を大きく上回っている。これは従来の固定資産投資と輸出に加えて、個人消費も経済成長のけん引役になりつつあることを表している。

中国政府の経済政策を示すものとして、17回党大会(今年10月)における政治報告が注目される。胡錦濤総書記が行なった同報告の中で、2020年までに小康社会を全面的に築き上げるという基本的目標が確認された上、2020年の1人当たりGDPを2000年の4倍にするという具体的数字も提示されている。人口増加の要因を考えて、2020年のGDP規模を2000年の4倍にするという従来の目標と比べると、今度の目標は大幅な上方修正といえよう。

上記の目標を達成するため、今回の党大会は今後の経済運営に関して「促進国民経済又快又好発展」(国民経済が良く、かつ速く発展することを促進する)という基本方針も打ち出している。この文脈からみれば、今後中国政府は構造改善、効率向上、環境などとの協調を強調しながら、経済発展のスピード(快=速く)も重視することになろう。

中国指導部が高い成長率を求める背景には、中国は多くの問題を抱えているが、これらの問題を発展の過程において解決すべきで、また経済発展があってこそ、地域格差の縮小など諸問題を解決できるという考えがあるようである。

しかし、物価上昇の顕在化など経済の過熱が懸念されているなか、中国政府は08年の経済運営において現行の「適当な引き締め」から「引き締め」へと方針転換を行なう可能性が高まっている。実際、温家宝首相は東アジアサミット(今年11月)の開催地であるシンガポールで記者会見を行なった際、中国の経済情勢について経済成長の過熱化、物価の全面的上昇、資産バブルを防止するという「三つの防止」を強調している。

この動向に示されるように、中国政府は北京五輪後の景気後退よりも景気過熱を懸念しているのである。世界銀行は最新の報告(11月14日発表)において中国の経済成長率を07年は11.3%、08年にはやや鈍化するものの、10.8%になると予測している。温家宝首相が提起した「三つの防止」の視点からでは、10.8%という数字も高すぎるものとみられるであろう。(2007年11月記・3,790字)

ユーザー登録がお済みの方

Username or E-mail:
パスワード:
パスワードを忘れた方はコチラ

ユーザー登録がお済みでない方

有料記事閲覧および中国重要規定データベースのご利用は、ユーザー登録後にお手続きいただけます。
詳細は下の「ユーザー登録のご案内」をクリックして下さい。

ユーザー登録のご案内

最近のレポート

ページトップへ