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ログイン2008年11月20日
2005年7月21日、中国人民銀行(中央銀行)は、国務院の批准を経て公告を出し、これまで実質的にドルと連動していた人民元の為替制度(米ドル・ペッグ制度)を、通貨バスケットを参考にした変動相場制に移行し、同日午後7時(現地時間)時点で1ドル=8.11元とすることを発表した。
変動相場制への移行と人民元高
2005年7月21日、中国人民銀行(中央銀行)は、国務院の批准を経て公告を出し、これまで実質的にドルと連動していた人民元の為替制度(米ドル・ペッグ制度)を、通貨バスケットを参考にした変動相場制に移行し、同日午後7時(現地時間)時点で1ドル=8.11元とすることを発表した。
中国人民銀行はまた人民元の為替相場改革に関する原則を明らかにしている。「自主性」、「コントロール可能」、「漸進性」という三つがそれである。人民元レートの調整や為替相場かかの「漸進性」に対する「誤解」を解消するため、中国人民銀行は同年7月27日に以下の声明を出した。
①人民元為替相場が初めの調整水準が2%切り上げということは、人民元為替相場形成メカニズム改革の初めの時に調整を行い、調整水準が2%ということである。人民元為替相場の第一歩の調整が2%で、その後はさらに調整することを決して意味するものではない。
②人民元為替相場水準が2%切り上げということは、為替相場の合理的均衡水準に基づいて計算したものである。この調整の幅は、主として中国の貿易黒字の程度と構造調整の必要から確定したものであり、同時に国内企業の耐えうる能力と構造調整の適応能力を考慮したものである。この幅は商品とサービス項目の基本的バランスを実現させるための水準に近いものである。
③漸進性は、人民元為替相場形成メカニズム改革における一つの重要な原則である。漸進性とは、人民元為替相場形成メカニズム改革の漸進性であり、人民元為替相場水準調整の漸進性を指すものではない。人民元為替相場制度改革は、人民元為替相場形成メカニズム改革を重視したものであり、人民元為替相場水準の数量面の増減を重点としたものではない。
中国人民銀行は、「人民元為替相場の第一歩の調整が2%で、その後はさらに調整することを意味するものではない」と宣言しているが、2006年以降の推移からみれば、人民元の対米ドル為替相場は段階的に切り上げられ、切り上げ幅も確実に拡大しているのが実状である。期末の人民元対米ドル中間レートをみると、2005年末に1ドル=8.0702元だったそれが、2006年末に1ドル=7.8087元と、前年末より3.3%切り上げ、2007年末に1ドル=7.3048元へと、同切り上げ幅は6.9%に拡大した。
2008年6月末には人民元の対米ドル為替相場はさらに1ドル=6.8591元へと、半年で6.5%も切り上げられた。2005年7月から2008年6月末にかけての約3年間、人民元の対米ドルの切り上げ幅は累計で20%前後に達している。
2008年以来人民元の対米ドル相場(期末)の変化
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期末相場 |
2005年 |
8.0702 |
2006年 |
7.8087(前年比3.3%上昇) |
2007年 |
7.3046(同6.9%上昇) |
2008年1月 |
7.1853 |
2月 |
7.1058 |
3月 |
7.0190 |
4月 |
7.0002 |
5月 |
6.9472 |
6月 |
6.8591(07年末比6.5%上昇) |
7月 |
6.8388 |
8月 |
6.8345(07年末比6.9%上昇) |
9月 |
6.8183 |
10月 |
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11月 |
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12月 |
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資料:中国人民銀行による。
中国経済の変調
2006年以降の人民元の対米ドルレートの推移をみると、二つの特徴がみられる。月別には人民元レートはほぼ上昇の一途を辿っていたこと、上昇幅が拡大していたことがそれである。2008年上半期の人民元の対ドル切り上げ幅(2007年末より6.5%人民元高)から判断して、2008年通年の人民元の切り上げ幅は10%を超えるだろうとの予想が一般的であった。
しかし、2008年後半以降、人民元の対米ドルレートの変動は微妙になった。対米ドル切り上げ幅が縮小した後、9月末には1ドル=6.8183元と、8月末のレート(1ドル=8345元)より0.24%人民元安となった。月間元安となったのは、実は2006年5月以来の2年4か月ぶりのことである。
上記のような変化をもたらした最大の要因は、中国経済、特に輸出の変調にある。中国の最大の輸出先である米国の金融不安とそれに伴う景気後退は、中国の輸出に大きな影響を及ぼしている。中国税関によると、2008年上半期の中国の輸入額は前年同期比30.6%増だったのに対して、輸出額の同増加率は21.9%(対米輸出は8.9%増)にとどまり、貿易黒字幅は990.3億ドルと、前年同期比11.8%も低下し、132.1億ドルの純減となった。
輸出の減速は、中国の輸出企業、なかでも繊維・アパレル産業に大きな打撃を与えている。中国税関によると、2008年上半期における中国の繊維・アパレル製品輸出の前年同期比伸び率は3.4%と、2007年上半期のそれ(21.7%増)を大きく下回っている。繊維・アパレル産業がまだ中国輸出の7分の1を担い、且つ多くの従業者人数を抱えているだけに、繊維・アパレル製品の輸出不振は、中国の経済と社会に大きな難題をもたらしている。
繊維・アパレル製品などの輸出不振は、米国の景気後退のほか、人民元高や輸出税還付率の引き下げなど政策調整によるところも少なくない。これらの企業は利益率が低く、3%未満のところが多いといわれている。利益率が10%だった優良企業でも、労働コストと原材料価格の上昇、輸出還付税率の引き下げ及び人民元高の進行で苦しんでいる。人民元の対米ドルレートが10%上昇するだけで優良企業でも全利益は飛んでしまう試算である。
この情勢を前にして、商務部は輸出企業が集中している華南地区や華東地区に幹部を派遣し、現地調査を行った後、2008年7月半ばに国務院に救済措置を採るよう要請した。要請の内容には服装・玩具・履物などの輸出還付税率の引き上げのほか、人民元切り上げのスピードダウンも含まれている。2008年後半に人民元切り上げ幅がまず縮小し、後は小幅ながら切り下げに転じたのは、主に中国輸出の変調によるとみられる。
GDP成長率は3年ぶりに一桁に低下
2008年10月20日、国家統計局は2008年第3四半期の経済指標(速報)を発表した。これによると、2008年7~9月の中国GDPの前年同期比実質成長率は9%増と、2005年第4四半期以来、約3年ぶりに一桁に落ち込んだ。2008年1~9月のそれは依然9.9%に達しているが、年初以来の成長率の推移を調べると、第1四半期は10.6%、第2四半期は10.1%、第3四半期は9%と低下が続いている。
2003年以降、中国経済は5年連続で二桁の高成長を達成し、2007年には約12%(11.9%)の高率を記録したが、これを支えていた要因の一つは輸出の拡大である。国家統計局の試算によると、2007年の中国GDP成長を要因別にみると、約4分の1が輸出増大による。2008年に入ってから貨物・サービスの純輸出の経済成長に対する寄与率は大幅に低下し、同期間のGDPの前年同期比成長率は前年同期のそれを2.3ポイントほど下回ったが、その半分以上(1.2ポイント)は輸出減速によるという。
華南地区や華東地区の労働集約的企業の就業者の多くは、実は農村部からの出稼ぎ労働者である。かれらの仕事を奪うことは、胡錦濤政権が目指している農民の所得水準の向上による格差の縮小及び「和諧社会」(調和の取れた社会)の実現にも支障を来たしかねない。
中国経済と世界経済の変化を受けて、中国政府は2008年9月から経済運営において「過熱防止」から「高い成長の確保」へと政策転換を行い、金融緩和や財政支出の増加のほか、輸出税還付率の引き上げなど輸出振興策を導入した。なかには人民元切り上げのスピードダウンや、一本調子的な人民元高から、元高と元安の両方を含む「弾力化」へと変更しているのである。
中国のマクロ経済情勢と中国政府の政策姿勢から判断すれば、2008年通年の元切り上げ率は年初の勢いからスピードダウンして、予想より低い水準にとどまる可能性が高い。他方、ブッシュ共和党政権に取って代わったオバマ民主党政権は、保護主義貿易に傾けていくではないかと懸念され、実際、オバマ氏が選挙期間中で中国の為替政策を何回も取り上げた。国際協調、特に対米関係を重視する胡錦濤政権は、人民元の漸進的切り上げという流れを止めることはないであろう。
人民元の「安定」を望む中国政府
人民元レートに影響を及ぼす要因として、中国の貿易収支、外貨準備、インフレ率、金利水準、マクロ経済情勢のほか、ホットマネーの動向も注目される。ホットマネーについて厳密な定義はないが、通常は、外貨準備高の増加額から貿易黒字と海外の対中投資を引いた額とされる。この方法で2003年以来のホットマネーを推算するならば、2003年に378億米ドルだったそれが、2004年に1141億米ドルに拡大し、2005年と2006年は減少したが、2007年には1170億米ドルに膨れ上がった。
ホットマネーの流入は、中国の通貨供給量の増加、インフレの高進をもたらすばかりでなく、株市場と不動産市場のバブル化につながる恐れもあると指摘されているが、中国にとって、投機資金としてのホットマネーの「怖さ」は、むしろ中国からの大量流出にある。アジア通貨危機でアジア諸国が経験したように、投機資金の大量流出は金融システムと景気の不安定をもたらしかねないのである。
中国のエコノミストの中で、一回的に10~15%という大幅な切り上げでホットマネーの流入を阻止することが望ましいとの意見がある一方、人民元レートを、元高となったり元安となったりするような弾力性を強めることにより、一回的な激しい変動のリスクを「消化」すべきだと主張するものも少なくない。現時点で中国政府が採った政策からみれば、後者の主張に近いと思われる。
中国にとって、急激な人民元高も人民元安も弊害がある。人民元高は、輸出減速を通じて、雇用の悪化を招きかねない。中国人民銀行は人民元為替相場システム形成改革をスタートさせた当初、「為替相場改革は、マクロ経済の安定、経済成長及び雇用への影響を十分考慮しなければならない」ことを強調している。
世界経済が混迷の度を深めているなか、中国政府は成長重視の姿勢を鮮明にし、「中国が成長を維持することは世界への最大の貢献」との見解を繰り返して表明している。このことから、中国政府は急激な人民元高を容認できないであろう。
中国にとって人民元高、ドル安がもたらしかねない今ひとつの不安は、中国のドル資産の目減りである。中国は世界一の外貨準備を持っているが、そのうち米国債など米ドル資産は大きなシェアを占めている。
今年9月末時点で、中国の米国債保有残高は5850億ドル(約56兆8800億円、香港は含まず)と日本(5732億ドル)を超え、最大の数字を示している。政府資金のほか、各金融機関も多額なドル資産を有している。もし2007年のように年間7%の人民元切り上げがあれば、人民元に換算される場合の目減り額は数千億元になる計算である。
他方、人民元安は対外摩擦を激化させるだけでなく、中国経済・産業の構造転換を遅らせる恐れもあり、これも中国の利益にはならない。実際、中国政府は人民元為替相場の適当な切り上げを、「中国の国益に合致する」との見解を表明している。米国の景気後退と、それに伴う中国の輸出の減速を背景に、中国企業と一部の政府関係者からは、人民元の切り下げを求める声も出ているが、事態がかなり深刻化しない限り、中国政府はこれを受け入れないであろう。
長期的にみれば、中国は依然として大幅な貿易黒字と膨大な外貨準備を有していること、中国経済も世界平均より高い成長率を維持する可能性が高いこと、世界経済に占める中国の地位向上と、米国を含む諸外国からの期待の増大もあって、中国は「責任を負う大国」になるとの願望も強まることなどから、人民元相場のさらなる切り上げは避けられないであろう。
人民安に転じる可能性もある
他方、その時々の内外経済情勢により元高になったり、元安になったりするという変動もあるし、変動の幅では拡大したり、縮小したりする可能性もある。一方、短期的には中国政府は国内の経済動向、特に輸出動向次第、雇用などへの配慮から経済成長を図るため、人民元の切り上げ幅の縮小や元安に誘導する可能性も排除できない。
中国人民銀行の周小川総裁は、2008年11月11日、ブラジルで行われた国際決済銀行(BIS)の会議に出席した際、マスコミの取材に対して「経済成長を維持するためには輸出の低下を食い止め、人民元切り下げの可能性も排除しない」、「中国人民銀行はいかなる利用可能な手段も排除していない」と表明した。
周小川総裁は「現段階において中国の国際収支には際立った変化がないため、人民元切り下げの議論は時期尚早」とも述べたが、周小川総裁の発言から、中国政府は「人民元の切り下げを通じて輸出を回復させ、一方的な人民元高に歯止めをかける可能性はある」との推測が専門家の間に出ている。
2008年初、人民元の対米ドル相場は2008年に1ドル=6元台、2015年には1ドル=4元台になるとの予測が出されたが、1ドル=6元台という相場は2008年前半ですでに現実となった。2015年に1ドル=4元台になるには2008~2015年の8年間で人民元の対米ドルレートが55%以上切り上げ、年平均切り上げ幅が6%以上になる必要がある。2008年前半の切り上げ幅はこの水準を超えており、中国経済情勢の変化により人民元切り上げのスピードはダウンしても2015年には4元台に上昇する可能性は十分あるであろう。
中国人民銀行は、人民元相場形成メカニズム改革の方向について、資本取引に交換性を持たせて、最終的に人民元を交換可能な通貨にするという目標を明らかにし、実際その準備も進めているが、米国発の金融危機の影響で、先進国を含む多くの国々が政府規制を強めているなか、中国はこの改革の推進にあたり、慎重になる可能性がある。
1990年代後半のアジア通貨危機が発生する前、中国政府は資本市場の開放に強い意欲を示していたが、アジア危機の発生で金融リスクへの警戒が強まり、改革の計画を遅らせたという経験があった。米国発の金融危機が世界経済に与えた影響はアジア通貨危機のそれよりはるかに大きいだけに、中国政府は「資本取引に交換性を持たせて、最終的に人民元を交換可能な通貨にする」という目標を堅持しながら、その時期と進め方を巡って慎重を求める意見により耳を傾けるであろう。
(2008年11月記 5,608字)
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