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中国の新税法:外資優遇の廃止とその影響

中国ビジネスレポート 政治・政策
馬 成三

馬 成三

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2007年4月5日

記事概要

さる3月16日に閉幕した第10期全国人民代表大会(全人代=国会に相当)第5回会議は、11件の決議案を採択したが、うち日本企業を含む外国企業の対中投資と密接な関係を有するものとして、外資優遇の廃止を盛り込んだ「企業所得税法」の採決が注目される。

新しいページ 1さる3月16日に閉幕した第10期全国人民代表大会(全人代=国会に相当)第5回会議は、11件の決議案を採択したが、うち日本企業を含む外国企業の対中投資と密接な関係を有するものとして、外資優遇の廃止を盛り込んだ「企業所得税法」の採決が注目される。本稿では、新税法制定の経緯、新税法の要点と施行後の影響について整理してみることにする。

 

1.新税法制定の経緯

 

中国政府は1970年代末から外国投資を誘致するため、外国企業の投資・経営に適する「小気候」(特別な環境)を作るべく、一連の外資優遇措置を導入したが、中心となっていたのは、外資系企業に対して国内資本企業(内資企業)より低い税率を適用させ、且つ各種の減免税措置を実行するという税制上の優遇であった。

例えば、1994年以前、大中型国有企業の企業所得税(法人税)の税率が55%となっていたのに対して、外資系企業のそれは33%(うち地方所得税3%、地方政府が外資誘致するため、地方所得税を免除する場合が多いため、実際の税率は30%)にとどまっていた。

また経済特区内と経済技術開発区内に設立された外資系企業(経済技術開発区内なら製造業企業など生産型企業に限る)に対して、企業所得税率を15%に低減し、経営期限が10年以上の生産型外資系企業に対して、「2免3減」(利潤が出た最初の2年間は免税、その後の3年間は税金半減)の優遇措置も実施されていた。

輸出型企業とハイテク企業と認定された外資系企業については、減免税期間を過ぎても、一定の条件を満たす場合、15%の税率を適用することや、15%の税率を実施する経済特区や経済技術開発区の外資系企業は10%の税率を適用することなどの優遇措置もあった。

外資系企業への税制優遇は中国の直接投資受け入れの拡大に寄与してきた一方、市場経済化推進の明確化や産業政策の導入に伴い、いくつかの矛盾点も露呈し、なかでも外資企業に対する優遇と、公正な競争を求める市場経済化との矛盾がよく指摘されている。1994年以降、中国政府は「社会主義市場経済体制」の確立の一環として、国有企業の企業所得税率の引き下げ(3%の地方所得税を含めて、33%へ)を実行したが、内資企業の実際税負担率と外資企業のそれとは、依然として大きな格差がある。

中国全人代の法案室の調査によると、河南省の内資企業の平均税負担率は27.7%、外資系企業のそれは14.8%となっている。広東省では内資企業の実際税負担率は23%~27%、外資系企業のそれは10%前後しかない。中国財政省の試算によると、内資企業の実際税率は全国平均で外資企業のそれより10ポイント前後も高く、外資系企業が軽減されている税額は年間500億ドルに上がるという。

WTO加盟を契機に、外資企業への優遇政策の是正を含む、公正な競争環境の整備はこれまで以上に求められるようになり、中共16期3中全会(2003年10月)が採択した「社会主義市場経済体制整備の若干問題に関する決定」も、対外開放の制度的保証の整備に関する課題の一つとして、「各種企業の対外経済貿易活動での自主権と平等な地位を確保する」ことを挙げている。

2005年に入ってから、外資企業への優遇税制の調整に関する議論は急速に活発化したが、中央官庁間の温度差が大きく、その調整が難航だったと伝えられている。うち最も積極的な「推進派」は財政省で、同省の高官は早くも「内資・外資企業所得税一本化の機が熟す」「いまこそ最高のチャンス」との認識を示した。

これに対して、外資導入の主管官庁である商務省は、外資政策の「安定性」と「連続性」を重視するとの立場から、内資・外資企業所得税の一本化に慎重な姿勢を取っていたといわれている。マクロ経済政策を担当する国家発展改革委員会も、景気過熱の抑制を目指す経済調整が求められている時期だけに、多くの国内企業にとって、「減税」を意味する内資・外資企業所得税の一本化の早期実施に対して、「過熱抑制」というマクロ経済政策と矛盾するとして、難色を示していたようである。

今年の全人代は、ついに外資系企業に対する優遇税制を廃止し、内資・外資企業の両方にも適用される「企業所得税法」(以前、外資系企業は1991年第7期第4回会議に採択された「外商投資企業と外国企業所得税法」、内資企業は1993年国務院が公布した「企業所得税法暫定条例」にそれぞれ適用)を採決したが、その背景には、幾つかの事情がある。その一つは、中国がWTO加盟を果たした後の過渡期が終了し、外資系企業への国内市場開放など「約束」が履行され、外資系企業も内資企業と同様な待遇を享受するようになったという変化である。

今ひとつの要因として、中国国内企業及び全人代代表からの圧力の増強が挙げられる。経済のグローバル化が進んでいる中、中国の国有企業及び民営企業が激しい国際競争にさらされ、企業所得税の軽減と差別待遇の廃止を強く求めている。一方、第10期全人代第2回会議(2002年)以来、外資系企業と内資企業の所得税率の統一を求める提案は16件も提出され、提案者は合計で541名にも達している。

三つ目は中国の財政情勢など国内の経済情勢と、経済構造改革を含む改革からの要請である。企業所得税の一本化は、大多数を占めている内資企業にとっては税負担の軽減を意味することで、短期的には国の税収減につながるのが確実である。近年、経済の高成長を背景に、中国の税収が連年大幅に増加し、これは企業所得税の一本化に良い条件を提供できると判断されている。

 

2.新税法の要点

 

「企業所得税法」の全文はまだ公表されていないが、全人代における金人慶・中国財政相の報告(「中華人民共和国企業所得税法草案に関する説明報告」)などから、以下の内容が含まれているとみられる。

 

①現行の税制度では、内資企業と外資系企業の税率はいずれも33%となっているが、経済特区や技術開発区など特殊な地区の外資系企業に対して15%と24%の優遇税率を、小規模で且つ利益の少ない内資企業に対して18%と27%の優遇税率をそれぞれ実行している。新税法では、外資系企業と内資企業を区別せず、両方とも25%の税率を適用する。

②外資系企業だけが認められていた納税前控除や、生産性企業の再投資に対する税戻し優遇、納税義務発生時間の優遇(「2免3減」)も廃止する。

③一定の条件に合う、利益が少ない中小企業に対して20%の税率を実行し、国家が重点的に育成するハイテク企業に対して15%の税率を適用する。この場合、内資企業と外資系企業を区別しない。

④新規起業投資企業に対する優遇を拡大し、環境保護や省エネ、節水、安全生産など関係企業に対する優遇、農林牧漁業とインフラ関係企業に対する優遇を維持する。この場合でも内資企業と外資系企業を区別しない。

⑤従来の地域別優遇から業種別優遇へ移行するが、西部大開発関連の投資への奨励など、地域別優遇も一部認める。

⑥これまで税制優遇を受けている外資系企業に対して、過渡期措置を設ける。新税法が公布された以前に認可・設立された企業は、当時の税法などに基づき、低税率と減免税優遇を享受すること、現行の税法により15%と24%などの低税率を享受している既存企業は、新税法施行後、5年間をかけて新税率に移行すること、税の減免優遇を享受している企業は、規定期間までに引き続き現行基準での優遇を享受することなどを認める。

過渡期の具体的措置について、国務院は別途実施方法を決める。

⑦新税法は2008年1月1日より施行する。

 

3.新税法の影響

 

中国政府が新税法を制定したのは、幾つかの狙いがある。金人慶・財政相の説明報告などによると、新税法の制定・実施の意義は、以下のようなものがある。

①内資・外資企業の企業所得税率を統一させ、企業間で公平な競争を行なうための税制上の環境整備に利すること。

②経済成長方式の転換と産業構造の高度化の促進に利すること。

③区域経済のバランスの取れた発展の促進に利すること。

④中国の外資利用の質の向上とレベルアップに利すること。

⑤中国の税制度の近代化の推進に利することなどの意義を有する。

新税法の実施が諸外国・地域の対中投資への影響について、政府系シンクタンクを含む中国政府関係者の間で、新税制の施行で大きな影響を受けないだろうとの見方が多い。その理由として、中国の投資環境、なかでも政治的な安定、広大な市場、豊富な労働力資源などが外資を引き付ける要因が多いことが挙げられている。

金人慶・財政相らは、外資系企業のうち、15%の税率の適用できる企業や環境保護関係企業などが多い上、すでに中国に進出している外資系企業に対して5年間の過渡期を設けることなどから、新税法が実施された後、外資系企業全体の税負担はすぐ大きな影響を受けないと見ている。

他方、新税制の実施で中国の外資導入の構造改善を促進するという効果が期待されている。優遇措置を狙う投資の減少と、ハイテクや省エネ・環境保護など分野へのシフトがそれである。また外資優遇措置の存在で諸外国・地域の対中投資において、第3国・地域を経由した中国国内企業の投資、つまり「ニセ外資」は多く存在しているが、新税制の実施は「ニセ外資」を減少させる効用が大きいとみられる。

1992年、世界銀行は諸外国・地域の対中投資において上記のような「ニセ外資」は約4分の1を占めているとの試算を発表したが、中国の研究者の間では、近年同比率は約3分の1に上昇しているとの指摘もみられる。「ニセ外資」の減少により、統計上、中国への投資金額は縮小する可能性がある一方、外資導入の質の向上につながると期待されている。

これまで税制上最も優遇されていたのは、経済特区内と各種開発区内に立地した外資系企業にほかならなかった。新税制の実施で、特区内と開発区内のハイテク企業などへの影響は少ないとみられるが、それ以外の企業は大きな影響を受けるだろう。1990年代半ば以降、中国各地で開発区が乱立し、耕地の減少など多くの問題を起こしていたが、新税制と、農地など農村集団所有財産と農民利益の保護を明記した「物権法」の実施は、開発区の乱立など諸問題の解決につながる可能性もある。

新税法の実施により、中国の税収は一定の影響を受けるとみられる。新税法が実施されたら、内資企業と外資系企業の名目税率はいずれも33%から25%へと8ポイント引き下げられる。中国財政省の試算では、現行の税率より新税率が低下するため、財政収入は1340億元ほど減少することになる。

しかし、企業別にみると、内資企業と外資系企業とは大きな差がある。一部の外資系企業が15%または24%の優遇税率を適用したため、同法定名目税率は1ポイントまたは10ポイント上昇する。そのため、内資企業の企業所得税額は約1340億元減少するのに対して、外資系企業の企業所得税は約410億元増加する見込みである。

現在、優遇措置を享受している外資系企業に対して5年間の過渡期を設けることなどを考慮に入れると、新税法が実施された直後、財政収入の減少幅はより大きなものになるが、財政負担能力を超えることはないとみられる(金人慶・中国財政相)。

中国政府が新税法を制定した最大の狙いは、中国企業の競争力増強と体質改善を図ることにある。中国財政省が全世界159カ国・地域の企業所得税率(法人税率)を調べたところ、同平均税率は28.6%、中国周辺諸国・地域(18カ国・地域)のそれは26.7%となっている。新税法が中国の企業所得税率を25%にしているが、これは国際比較で中の下にランクされ、中国企業の競争力増強に利するものと期待されている。

 

4.新税法に対する中国国内の反響

 

内資・外資企業を区別しない、統一した税率の実行は、国有企業と民営企業を含む中国国内企業が長年にわたって求めていたことだけに、新税法の制定・採択は中国企業から高い評価を博し、政府系のシンクタンクを含む政府関係者も一斉に賛同の声を挙げている。

既存の外資系企業に対して5年間の過渡期を設けたこともあって、これまで「慎重論」を主張していた商務省の責任者や同所属のシンクタンクも歓迎の意を表明している。他方、過渡期での諸措置の制定・実行など多くの課題が残っていることも事実である。

外資企業の進出で高成長を続けていた沿海地区、なかでも華南地区にとって、今後如何にして成長方式を転換し、外資導入の質を向上させることを迫られているが、統一した税法への移行が「大勢所趨」(時代の趨勢が流れていく方向で、人力ではいかんともしがたいこと)なので、表面上、抵抗する姿勢はみられない。

日本の大手新聞のうち、全人代で新税法を採決した際、「批判票」(反対票・棄権票)が多く出たことを強調した報道もみられるが、これは事実に合わない。筆者が全人代最終日(3月16日)、11件の議案を採決した結果を調べたところ、「企業所得税」への「批判票」が少ないという事実を判明したのである。

以下は各議案(いずれも「草案」)の採決結果(「批判票」の少なさ順、出席者数は2889人)

 

①「政府活動報告」:賛成2862票、反対17票、棄権10票(反対と棄権合計は27票)。
②「マカオ特別行政区の第11期全人代代表選挙方法」:赞成2852票、反対11票、棄権19票(反対と棄権合計は30票)

③「香港特別行政区の第11期全人代代表選挙方法」:賛成2838票、反対17票、棄権27票(反対と棄権合計は44票)

 

④「企業所得税法」:賛成2826票、反対37票、棄権22票(反対と棄権合計は59票)。

 

⑤「全人代活動報告に関する決議」:赞成2826票、反対30票、棄権30票(反対と棄権合計は60票)。

⑥「第11期全人代代表枠と選挙問題に関する決定」:賛成2792票、反対47票、棄権41票(反対と棄権合計は88票)。

⑦「物権法」:賛成2799票、反対52票、棄権37票(反対と棄権合計は89票)。

⑧「2006年国民経済・社会発展実行状況と2007年発展計画決議」:賛成2737票、反対92票、棄権56票(反対と棄権合計は148票)。
⑨「2006年中央・地方予算執行状況と2007年中央・地方予算に関する決議」:賛成2532票、反対220票、棄権131票(反対と棄権合計は351票)。

⑩「最高検察院(最高検に相当)活動報告に関する決議」:賛成2414票、反対342票、棄権128票(反対と棄権合計は470票)。

⑪「最高法院(最高裁に相当)活動報告に関する決議」:賛成2395票、反対359票、棄権127票(反対と棄権合計は486票)。

 

以上の投票結果が示したように、「企業所得税法」への「批判票」の少なさは、マカオ特別行政区と香港特別行政区の「全人代代表選挙方法」(この二つの議案は全局にかかわるものではなく、国民の関心度も低い)を除き、温家宝首相の「政府活動報告」に次ぐもので、つまり同法案は代表から高い支持を得ているといえる。(2007年3月記・5,843字)

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