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「民工荒」の真実とその行方

中国ビジネスレポート 労務・人材
馬 成三

馬 成三

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2004年12月6日

<労務・人材>

「民工荒」の真実とその行方

馬 成三

改革開放がスタートした1970年代末以来、中国には多くの「新語」が登場したが、今年に入ってから流行っている「新語」の一つに「民工荒」がある。中国語では「荒」は「極端な欠乏」との意味でよく使われており、昔から「糧荒」(深刻な食糧不足)や「水荒」(深刻な水不足)などの言い方が有名である。「民工荒」とは、「民工」と呼ばれる農民出稼ぎ労働者の「深刻な不足」を意味するものである。

世界一の人口数と労働力数を有し、農村部では多大な過剰労働力を抱えている中国。この中国には「民工荒」という現象が生じたのは普通なことではない。本稿では、「民工荒」の発生の背景、外資系企業への影響を含むそのインパクト及びその行方について整理してみたい。


1.「民工荒」ショック

昨今、中国製品は世界を席巻している。世界貿易機関(WTO)によると、昨年(2003年)の中国の輸出額は4,384億ドルと、フランスを抜き、米国、ドイツと日本に次ぐ世界第4位の「輸出大国」に浮上している。今年(2004年)1〜10月は4,687億ドルと、昨年通年の実績を上回り、通年では5500億ドル前後に達し、日本に追いつく見通しである。

中国輸出の急拡大を支えているのは、「豊富でかつ安い労働力」の存在と、これを武器とする労働集約的産業の急発展とされている。中国の「豊富でかつ安い労働力」の最大の供給源は、農村部から沿海部に出かけた「民工」にほかならない。しかし、これまで「無限ともいえるほど供給できる」といわれる「民工」は、異変が起こり、供給過剰から「供給不足」へとシフしているのである。

「民工荒」は「糧荒」や「水荒」のような重大なことでないようにみえるが、「世界の工場」と呼ばれる中国、中でも南方沿海部の多くの企業に大きな衝撃をもたらしていることも事実である。とくに改革開放の「尖兵」として過去の四半世紀で中国経済の高成長を牽引してきた珠江デルタ及びその周辺地区は200万人の労働者が不足し、深?特区と東莞だけでそれぞれ数十万人の不足があると報道されている。

加工貿易で急発展を続けてきた東莞は、現地人口数の3倍にあたる「民工」を活用していたが、昨年から「民工荒」が起こり、今年に入ってから「民工」の確保難で倒産に追い込まれた中小企業が続出し、海外からの注文をもらっても、労働者不足でキャンセルせざるを得ないケースも出ているという。

広東省の労働・社会保障局によると、珠江デルタとその周辺地区の労働集約的企業のほとんどは、ある程度の労働力不足問題に直面している。小企業だけでなく、一部の大企業も「民工」の確保難に悩まされている。業種的には衣料品、履物、玩具、家具の製造から、機械製造や建築まで及び、年齢的には18歳〜25歳の若い労働者の不足が深刻で、労働力不足全体の8割を占めているといわれている。

珠江デルタとその周辺地区にとどまらず、「民工荒」は他の沿海部にも広がっているようである。中国労働力市場情報ネット観測センターが江蘇、浙江、福建、広東などの12の市を対象に調査したところ、今年第二・四半期(4〜6月)の求人数は計108万7000人だったのに対し、求職者数は70万4000人に過ぎず、不足労働者数は38万3000人に上っている。

民営企業の発展で有名な浙江省では、杭州、寧波、温州、紹興などを中心に20年ぶりの労働力供給不足に陥っている。同省の労働・社会保障局の調査では、2004年に入ってから来省の「民工」数は昨年より1割〜2割りも減少した。「小商品(日常雑貨)市場」で有名な義烏市は毎年5万人以上の民工を必要としているが、現在、多くの企業は必要な労働者数を確保できない状態である。

2008年の五輪開催にむけて、急ピッチで建設を進めている北京でも、業種・職種により「民工荒」の影響を受けている。今年秋、新聞などで求人広告を出した飲食店などサービス関係の50社を対象に調査したところ、予定通りの人数を募集できたのは2社しかなく、96%に相当する48社は欠員となっている。同市の労働・社会保障局の調査では、今年第一四半期には北京市の求人倍率(求職者数に対する求人数の割合)は1.4倍に達し、第二四半期にはやや低下したが、第三四半期に入ってから再び「労働力不足」に転じた。

「民工荒」が予想外のこともあって、これに対する中国国内の関心は大きなものがある。沿海部を中心に地方政府と企業は多面な対策を採り始めていると同時に、主管官庁である労働・社会保障省と地方の労働・社会保障局、政府系シンクタンクから「九三学社」など「民主党派」と各地の政治協商会議まで多くの機関が調査・研究に乗り出している。


2.劣悪化する「民工」の労働条件

「民工荒」を発生させた背景について、中国の政府関係者と研究者、マスコミは様々な解釈を提示し、中には「中国は持続的高成長により『労働力不足』に転じつつあるのではないか」との見方もある。確かに中国の研究機関からは「中国の人口数は2030年をピークに、以後はゼロ成長に入り、その後は労働力不足に入る可能性がある」との見通しが出されているが、しかしこれはあくまでも数十年後のことに対する予測であり、現状ではむしろ「いかにして雇用を拡大し、深刻な労働力過剰を解消するか」が課題となっている。

政府の発表によると、現在、中国の年間純増労働力は1000万人、農村部過剰労働力は1.5億〜2億人、昨年農村部から都市部への流動人口は1億人を超えている。「人口大省」である山東省の政府関係者は、同省の農村部だけで少なくとも1000万人の過剰労働力を抱えており、毎年100万人を送り出すことが出来ても10年以上もかかるという現実を指摘して、「労働力不足」説に反論している。

中国労働力市場情報ネット観測センターが全国113の都市を対象に行なった調査では、今年第二四半期に求人者数の前期比の伸び率は19%と、求職者数のそれ(11.6%)より約7ポイントも高いものの、絶対人数からみれば、求職者数は408万人と、依然として求人者数(380万人)を上回っている。

これらの事実から判断して、現在の「民工荒」が「労働力供給不足」によるものとは言えないのは明白である。問題となっているのは、労働力供給全体ではなく、「出稼ぎ」という形での労働力供給に「異変」が起こっていることである。この「異変」をもたらした最大の理由として、「民工」の労働条件の劣悪化が挙げられている。

中国の農村部では昔から故郷を離れて他所に生計を求めるという現象が存在していた。昔の「逃荒」(自然災害から逃れて、他所に活路を求める)がその例である。昔の「逃荒」と現在の「外出打工」(外地への出稼ぎ)は、「故郷を離れる」というところで似ているが、前者は生存の基本条件としての食べ物を求めるのに対して、後者は住宅建設資金や子女の入学資金、起業資金を稼ぐなど、生活水準の向上を中心的目的としているのが特徴である。

つまり「民工」の関心は、自分が食うことより故郷の家族にどれぐらい送金(または預金)できるかにある。一部の貧困地区には、「外出一個人、脱貧一個家」(一人が出稼ぎに出たら、一家は貧困脱出になる)という言葉が流行っているが、これは「民工」とその家族の心情を如実に表している。

「民工」にとって、働く場所での食事代や住居費など生活費は「コスト」で、残り分だけが「稼ぎ」である。「民工荒」が生じた最大の背景は、「コスト」が高く、「稼ぎ」が少なく、場合により「コスト割れ」になりかねないという現実にあると、多くの識者は指摘している。

高級知識人をメンバーとする「九三学社」の調査によると、珠江デルタで働いている「民工」の平均月給は、12年間68元しか上昇しなかった。東莞市は1995年から2003年にかけて年平均21%の経済成長を達成したが、同期間の「最低賃金」基準は320元から450元へと、年平均上昇率で4.4%にとどまっている。

他方、この間、珠江デルタの生活費価格が大幅に上昇し、いままで一回の食事費として5元で十分だったが、現在は10元以上、一日食費だけで20元かかり、他の出費を入れると、多くの「民工」の「稼ぎ」はわずかしか残らない。東莞の小企業では月給700元〜800元が相場で、安いところは500元〜600元、新人はわずか300元〜400元、かれらにとって東莞での生活を維持するだけで精一杯である。

「二等公民」または「三等公民」と呼ばれている「民工」は、低賃金と重労働だけでなく、多くの面で差別も受けている。社会保障がなく、給料の遅配・未払いの被害が多く、経営者や管理者から侮辱や暴行を受けるケースも後を絶えない。このような生活に耐えられない若者の間には「民工」になることを敬遠する傾向が出ているようである。

3.低下した珠江デルタの魅力

「民工荒」が珠江デルタでより深刻となった背景には、他の地域との競争の激化もある。1980年代末までは珠江デルタは「民工」の最大の受け皿として、「一枝独秀」の地位を占めていたが、現在は、「一枝独秀」の時代から「全国開花」の時代へと移行している。いままで「外出打工」は「南下」(広東省など南方に行く)の別名を持っていたが、現在は「東進」(上海など長江デルタに行く)、「北上」(北京など北方に行く)と「西出」(重慶など内陸部に行く)など、行く先として広がっている。

中でも1990年代始め、上海浦東開発をきっかけとした長江デルタの急発展と、同後半にスタートした西部大開発の推進は、「民工荒」の選択肢を広げる上で重要な意義を持っている。安徽省労働社会保障局の調査によると、同省出身の「民工」は最初は広東、後は浙江、江蘇、上海に集中していたが、近年は山東、河北、天津、陜西、新疆などにも行くようになった。つまり西部大開発の推進を受けて、出稼ぎの行く先として、珠江デルタなど沿海部のほか、開発が進んでいる内陸部の都市も選択肢に浮上しているのである。

給料水準だけを取ってみると、内陸部の都市は沿海部よりまだ低いものの、食費や宿泊費など生活費が安いので、「稼ぎ」分では沿海部に行くより多い可能性も少なくなく、技術を持つ労働者にとっては、地元でも高い収入を得られるようになった。

例えば、四川の民工が深?で月800元、重慶で500元をもらう場合、重慶の500元は深?での800元より価値がある。「民工」にとって、地元の企業で働くメリットとして、住居費を含む生活費が安いことのほか、親や子供の面倒を見ることができるところにも魅力がある。

「民工荒」の出現は、胡錦濤・温家宝体制下の「三農」(農村・農業・農民)問題への積極的取り組みと、それに伴う農民の所得増加とも関係している。胡錦濤・温家宝体制の「三農」問題に対する姿勢は、2004年初め中共中央・国務院の名義で公布された「農民の所得増加促進の若干政策に関する意見」(通称「1号文件」)によく示されているが、農民所得を増加させる方策として、「多予少取」(多く与えて、少なく取る)の方針を明確に打ち出したのが注目される。

具体的には農業税の段階的廃止や農業生産への直接補助制度の導入、農業インフラ投資の拡大が挙げられている。この方針によれば、2004年から中国全土で農業税を毎年一定の割合で低減させ、5年後には撤廃することとなっている。また13の主要穀物生産地の農民を対象に平均で1ヘクタール当たり300元の補助金を払うことも決められている。

この新政策はいち早く効果を挙げているようである。国家統計局によると、今年(2004年)1−9月期には、物価上昇分を引いた農民の実質純収入は前年同期比で11.4%も増加し、この伸び率は都市部住民の可処分収入のそれ(7.0%)を上回り、ここ20年間で最高の数字となっている。

一部の地方では、農民は農業及び土地の価値に対する認識を改め、「外出打工」(出稼ぎに行く)より農業生産に力を入れたいという傾向も出ている。安い給料、高い生活費、差別待遇などで出稼ぎの魅力が低下しているなか、農業生産者の負担軽減と所得増加は「民工」の供給減を通じて「民工荒」の進行に拍車をかけているようである。

4.外資系企業は影響を受けるか

「民工荒」ショックの影響は、地域また企業により大いに異なる。珠江デルタより長江デルタ、中でも上海への影響が少ないようである。上海では、賃金水準は相対的に高いだけでなく、生活環境も珠江デルタより優れており、「民工」を正社員として採用し、医療保険や養老保険を提供する企業もあると伝えられている。

労働・社会保障省の研究チームの調査によると、長江デルタの六つの都市の新入社員の平均賃金水準は全国平均より8.5%ほど高いのに対して、珠江デルタの東莞のそれは全国平均より16.8%も低い。珠江デルタの労働者の賃金水準は10年間であまり変わらなかったのに対して、上海の最低賃金基準は過去11年間で13回ほど引き上げられた。上海では「民工」の収入増加、「民工」の権益保護、労働傷害保険、最低賃金補償などの制度も整備されている。

同じ珠江デルタでも企業により「民工荒」の被害状況は大いに異なる。労働・社会保障省の研究チームの調査では、賃金水準が700元(残業代を含む)以下の企業は人員を集めにくく、700〜1000元の企業は技術労働者を募集しにくいが、一般労働者は確保できる。月給が1000元以上の企業なら人員募集には問題はないという結果が示されている。

外資系企業を内資(中国資本)企業と比べてみると、外資系企業より内資企業への影響が大きいようである。外資系企業をさらに香港・台湾企業と外国企業に、うち外国企業をさらに日米欧を中心とする先進国企業と他の外国企業に分けてみると、外国企業より香港・台湾企業、先進国企業より他の外国企業への影響が大きいという傾向がみられる。

その最たる理由は賃金水準や他の待遇の差にあるといえる。国家統計局の統計によると、中国企業(都市部)の賃金水準を所有制別にみる場合、最も高いのは外国企業、その次には株式会社、香港・台湾企業、国有企業と集団企業などの順で並んでいる。日米欧など先進国企業は賃金水準が高いだけでなく、遵法意識と人権意識が強いことや、規範化した管理制度が整備されているとの評価も聞こえる。

中国の新聞などでは、「民工荒」で一部の台湾企業は深刻な労働力不足に陥っていると報道されているが、これは外国企業、特に先進国企業と比べて、一部の台湾企業は賃金水準など労働条件が悪い上、「前近代的」ともいえる方法で「民工」を管理し、「民工」への人権侵害も多発しているといった事情とは無関係ではない。

しかし、先進国企業を含む外国企業にとっても、「民工荒」の出現は他人事ではない。「民工荒」の深刻化を背景に珠江デルタをはじめ、沿海地区の地方政府や企業は最低賃金水準の引き上げや「民工」待遇の改善などの対策を取り始めているが、これは先進国企業を含む外国企業の賃上げ圧力を増大させかねない。

中でも民営企業も「参戦」している技術労働者・熟練工の争奪戦がますます激化し、かれらを獲得するためのコストが上昇する可能性が高い。実際、沿海部の一部の民営企業は大卒者より遥かに高い賃金を約束して、技術労働者・熟練工を誘致する動きも出ている。

香港・台湾企業を含む外資系企業の賃金水準は国有企業と全企業の平均より高いものの、近年賃金上昇率は国有企業と全企業平均を下回っているのも事実である。国家統計局の統計によると、2000〜2003年の間、全企業の平均賃金は49.8%(うち国有企業は53%)も上昇したのに対して、外国企業と香港・台湾企業の賃金上書率はそれぞれ34.7%と23.3%にとどまっている。

2003年単年度の数字を取ってみると、全企業の平均賃金は前年比13.0%(うち国有企業は13.3%)も上昇したのに対して、外国企業と香港・台湾企業のそれはそれぞれ8.2%と6.8%と、全企業平均と国有企業に大きく水をあけている。「民工荒」の出現で外資系企業、中でも香港・台湾企業は新しい対応を迫られよう。

         中国都市部の名目賃金の推移(単位:元)
        全企業国有企業集団企業外資企業港台企業

  全企業 国有企業 集団企業 外資企業 港台企業
1995年 5,500(21.2) 5,625(17.3) 3,931(21.1) 8,058(23.3) 7,483(17.4)
1996年 6,210(12.9) 6,280(11.6) 4,302(9.4) 9,383(16.4) 8,334(11.4)
1997年 6,470(4.2) 6,747(7.4) 4,512(4.9) 10,361(10.4) 9,329(11.9)
1998年 7,479(6.6) 7,668(6.1) 5,331(2.5) 11,767(13.6) 10,027(7.5)
1999年 8,346(11.6) 8,543(11.4) 5,774(8.3) 12,951(10.1) 10,991(9.6)
2000年 9,371(12.3) 9,552(11.8) 6,262(8.5) 14,372(11.0) 11,914(8.4)
2001年 10,870(16.0) 11,178(17.0) 6,867(9.7) 16,101(12.0) 12,544(5.3)
2002年 12,422(14.3) 12,869(16.3) 7,667(12.7) 17,892(11.1) 13,756(9.7)
2003年 14,040(13.0) 14,577(13.3) 8,678(13.2) 19,366(8.2) 14,691(6.8)

注:カッコは前年比上昇率(%)。資料:国家統計局『中国統計年鑑』各年版。

5.期待される「福」への転換

これまで中国農村部(中でも内陸農村)には多大な過剰労働力が存在し、中国政府が本当の意味での労働組合の設立を禁止していることなどから、内陸農村部から沿海部への安い労働力の供給は長期間にわたって続けられるとの見方が一般的であったが、「民工荒」の出現でこれを懐疑視する声が強まっている。

中には2010年まで「民工」の賃金水準も現在の2倍になり、安い労働力を求める外国企業はベトナムや他のアジア諸国にシフトしていくではないかとの懸念が指摘されている一方、「豊富でかつ安い労働力」を有するという中国の優位性は依然として存在していることや、外国企業の対中投資が「安い労働力」を狙うものから、中国国内市場をターゲットーにするものへとシフトスしていることなどから、投資先としての中国の魅力は「民工荒」の発生で失うことはないという強気な見方が多いようである。

しかし、長期的にみれば、「民工」の供給に新しい変化が生じる可能性も無視できない。理由の一つは老齢化の影響である。中国の内陸部農村には過剰労働力を多く抱えていることは事実ではあるが、これらの過剰労働力を全部「民工」の供給源としてみなすことはできない。一部の調査によると、「民工」になれる年齢層は18歳〜30歳(特に18歳〜25歳)となっている。中長期的にみれば、老齢化の進行で同年齢層の労働力の供給余力は減少していく可能性が高い。

農村部の若年労働者の「民工」化を阻害する今ひとつの要因に、中国の高等教育の発展がある。1999年以降、中国の大学(短大を含む)は年々募集人数を拡大し、中国の大学教育も「大衆化」時代に入りつつある。2004年の大学入学者数は420万人に達し、志望者に対する比率は58%と、希望者二人のうち、1人以上が大学に入れる計算である。大学入学適齢者に占める大学入学者の比率は10数年前の数パーセントから17%へと急上昇している。

いままで中国の大学入学者のうち、都市部出身者は過半数を占めていたが、2004年には農村部出身者の学生数ははじめて都市部出身者の学生数を超えた。多くの農家は教育熱心で、自分の子弟を大学や専門学校に送りたいという気持ちが強い。農村部の若者が一旦大学や専門学校に入ると、彼ら(彼女たち)は「民工」の後備軍から外れてしまうことになるのである。

他方、大学教育や技術教育の発展に伴い、農村部を含む中国全体の労働力の質の向上につながる。これは中国経済の成長方式を、量の拡大重視型・廉価労働力依存型のものから、質の向上重視・高付加価値追求型のものへと転換させることを促進していくことが期待されている。実際、数年前から廉価労働力依存型から高付加価値追求型へと経営方針の転換に成功した企業は、「民工荒」の影響をほとんど受けず、健全な経営を維持し続けているとの調査結果が報告されている。

「民工荒」の発生は、沿海部などの企業経営者に「民工」の価値を再認識させ、「善待民工」(「民工」に優しく接する)の意識を高めていることも注目される。一部の経営者からは「民工がいなければ、企業の発展はない」「民工を軽視する企業は、必ず罰を受ける」との声も聞こえている。

「民工荒」の解決策として、現在の「民工」を、安定な身分を持つ「産業労働者」に変身させるべきだとの意見が強まり、中には日本の経験として「終身雇用制度」を高く評価している論調もみられる(日本式雇用制度が崩壊しつつあり、4人の1人は定職とは程遠い短時間労働者=パートとなっているという現状はまだ中国に伝わっていないようである)。

2年前の新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)の発生と感染拡大は、中国社会に新しい変革をもたらしたことがある。「民工」に対する健康管理・治療や公衆衛生対策の充実を強調するようになったのがそれである。「民工荒」の発生で、農民労働力という「貴重な資源」の有難さが再認識され、「民工」の待遇・地位の向上につながることが期待されている。

「民工荒」で労働集約的業種に属する企業は沿海部から内陸部への移転を迫られている。実際、一部の沿海部の民営企業と外資系企業はすでに動き出している。今後この動きが加速化すれば、内陸部の開発にプラスになることも予想される。以上の諸視点からみれば、「民工荒」で失うものより、得られるものが多く、その発生は中国の経済・社会の発展を新しいステップに導いていく可能性もあるようである。

(04年11月記・9,075字)
静岡文化芸術大学
文化政策学部教授馬成三

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