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上昇傾向が続く中国の賃金水準

中国ビジネスレポート 労務・人材
馬 成三

馬 成三

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2006年6月28日

 

<労務・人材>

 

上昇傾向が続く中国の賃金水準
 

馬 成三

               

 

中国商務省が今年1月に速報値として発表した直接投資受入れ額(銀行など金融分野への直接投資を除く、実行ベース)は、前年比0.5%減の603億ドルとなっているが、これに金融分野への直接投資を入れると、同年中国の直接投資受入れ総額は前年比19.4%増の724億ドルと史上最高の数字を記録した。

商務省の発表では、今年1〜5月の直接投資受入れ額は実行ベースで前年比2.8%増の230億ドルに達し、この傾向からみると、今年の直接投資受入れ規模も依然として高い水準を保っていくものとみられる。しかし、中国の直接投資受入れには幾つかの不安要因もあるとみられ、その一つは賃金水準の急上昇である。

 

平均賃金は7年間連続で二桁上昇

中国国家統計局によると、2005年中国都市部就業者の年間賃金は前年比14.9%上昇(物価上昇分を除く実質賃金は13.1%上昇)の18405元となっている(6月12日、国家労働社会保障省の発表では、都市部就業者の年間賃金は18364元と、前年比14.6%上昇、物価上昇分を除く実質賃金では12.8%上昇)。これは、1999年以来の7年間連続の二桁上昇で、賃金指数(物価上昇分を除く実質賃金)を取ってみると、2005年の平均賃金水準は2000年の約1.9倍、1995年の2.6倍強にあたる。

2005年の所有制別の賃金上昇率からみると、最も高い数字を示したのは、公務員などを含む国有セクターである(表1)。2005年国有セクターの平均年間賃金は19313元と、集団所有企業よりもちろんのこと、香港・マカオ・台湾企業のそれ(17405元)よりも高く、外資企業のそれ(22244元)と比べて、2931元(パーセンテージでは13%)の差しかなかった。

 

表1 2005年中国所有制別の賃金水準の比較(単位:元/年)

 

賃金水準

前年比上昇率(%)

全体平均

18405

14.9

国有セクター

19313

15.4

都市部集団企業

11283

15.0

香港・マカオ・台湾企業

17405

10.7

外資企業

22244

8.8

注:国有セクターには公務員や国立の学校・研究機関・医療機関などの職員が含まれる。上記の諸所有制企業のほか、株式合作会社、株式有限会社などタイプもある。うち株式有限会社の賃金水準は外資企業に次ぐ高い水準となっている。

資料:中国国家統計局『中国統計摘要2006年版』。

 

 

表2 2005年各地区平均賃金と前年比上昇率(単位:元/年、%)

地区

2004

2005

前年比(名目)

全国

16024

18405

114.9

北京

29674

34191

115.2

天津

21754

25271

116.2

河北

12925

14707

113.8

山西

12943

15645

120.9

内モンゴル

13324

15985

120.0

遼寧

14921

17331

116.2

吉林

12431

14409

115.9

黒竜江

12557

14458

115.1

上海

30085

31940

106.2

江蘇

18202

20957

115.1

浙江

23506

25896

110.2

安徽

12928

15334

118.6

福建

15603

17146

109.9

江西

11860

13688

115.4

山東

14332

16614

115.6

河南

12114

14282

117.9

湖北

11855

14419

121.6

湖南

13928

15659

112.4

広東

22116

23959

108.7

広西

13579

15461

113.9

海南

12652

14417

114.0

重慶

14357

16630

115.8

四川

14063

15826

112.5

貴州

12431

14344

115.4

雲南

14581

16140

110.7

チベット

30873

28950

93.8

陜西

13024

14796

113.6

甘粛

13623

14939

109.7

青海

17229

19084

110.8

寧夏

14620

17211

117.7

新疆

14484

15558

107.4

注:前年比上昇率は2005年の数字。

資料:表1に同じ。

 

2000年時点で、国有セクターの平均年間賃金は8552元と、香港・マカオ・台湾企業のそれ(11914元)より約3割低く、外国企業(14372元)の6割未満にとどまったことから考えれば、国有セクターの賃金上昇は実に激しいものがある。国有セクターの賃金上昇は公務員の賃金上昇によるところが大きいとみられるが、一部の国有企業の賃金水準が急上昇していることも否めない。

改革で株式会社などに変身した一部の国有企業や、依然として独占経営をしている一部の業種に属する国有企業の賃金水準は、すでに香港・マカオ・台湾企業、ひいては外国企業のそれを超えているところも少ないようである。これらの企業が、人材獲得を巡る競争において、外資系企業の強力なライバルに浮上していることも上記の事情とは無関係ではない。

賃金上昇率では、地域間に大きな格差があることも注目される。内陸部より沿海部の賃金上昇率が高いという印象が強かったようであるが、2005年の統計だけを取ってみると、意外にも内陸部の賃金上昇率が高かったのである(表2)。賃金上昇率で全国平均を上回った省・市・自治区は計18もあるが、うち沿海部の省・市は五つ(北京、天津、遼寧、江蘇と山東)にとどまり、残りの12の省・市・自治区は内陸部に占められている。うち20%以上の上昇率を示した三つの省・自治区(湖北省、山西省と内モンゴル自治区)は、いずれも内陸部に位置している。 

●謎の多い中国の賃金水準

沿海部より内陸部の平均賃金上昇率が高いという中国国家統計局の発表は、人々の実感とは大きな差があるだけでなく、中国人民銀行(中央銀行)など他の機関の調査結果とも矛盾しているようである。

今年5月25日、中国人民銀行が公布した「2005年中国地域金融運行報告」によると、2005年中国都市部平均賃金は前年比14%上昇し、なかでも東部(沿海部)の上昇率がより高い数字を示している。東部の年間平均賃金は2万2400元と、中部地区の1.5倍に相当する。同報告は中国の労働力コストが上昇していると同時に、地域間の格差も拡大していると指摘している。

また国有セクター、なかでも公務員の実際収入は統計上の賃金水準では反映していないとの調査結果も出されている。国家労働保障省労働賃金研究所の調査によると、公務員の規定内賃金収入は全収入の3分の1しか占めておらず、全収入に占める地方政府などの政策的補填と賃金外収入の割合が67%に達し、地域間の手当てや補助金の面では最高で13倍の差もあるという。

『京華時報』(2006年6月20日付け)の報道によると、北京市統計局は北京大学第一病院の昨年1年間の労働報酬を精査した結果、5163万元もの過少申告を発見した。同病院が申告した昨年の労働報酬総額は1億4991万元となっているが、北京市統計局の調査では実は2154万元で、約26%も過少申告したのである。

北京大学第一病院の過少申告は氷山の一角に過ぎず、北京市統計局が今年3月から5月にかけて、北京市内の18の病院と24の大学の労働報酬を調査した結果、18の病院は計1億7000万元、24の大学は計5億8000元、合計7億5000万元の過小申告を発見した。

北京市内の18の病院と24の大学の労働報酬過少申告により、北京市従業者の平均賃金を159元も引き下げ、うち、北京大学第一病院の過少申告だけで、北京市従業者の平均賃金を約11元、西城区のそれを約100元も引き下げたという。

北京市統計局によると、上記の18の病院と24の大学の労働報酬に対する調査は、「統計法」を厳格に実行するための第一歩に過ぎず、今後市内の7000の機関や企業の労働報酬などについて調査する予定である。これらの機関や企業に対する調査の結果が判明すれば、北京市の従業員の平均賃金水準は大きく変わる可能性がある。

中国では北京市のようなケースは別に特殊なケースではない。他の地域、なかでも沿海部地域にも同じ現象があるとみられる。都市部の中国人の所得には地域間の手当てや補助金のほか、サイドビジネスによる収入にも大きな差がある。内陸部より沿海部地域のサイドビジネスのチャンスが多いだけに、沿海部の実際収入水準は内陸部よりはるかに高いと推測される。

 

最低賃金の引き上げラッシュ

昨年(2005年)から今年にかけて、華南地区と華東地区など沿海部を中心に、各地方政府は相次いで最低賃金を引き上げた。うち、深圳市政府は今年71日より最低賃金を平均で約2割引き上げることを決定した。同決定が実行されると、特区内の最低賃金(月)は17%増の810元(約12000円)、特区外では20%増の700元となる。広州市も最低賃金(月)を800元に引き上げることを検討している。

深圳市の最低賃金引き上げは20057月の引き上げに続いたことで、その背景には「民工荒」(農民出稼ぎ労働者の供給不足)の深刻化がある。2004年後半から顕在化した「民工荒」問題は、華南地域への影響が特に大きい。その理由として、西部大開発など内陸部開発や農民負担軽減などにより、沿海部に行く内陸部出身の出稼ぎ労働者数の減少または伸び悩みのほか、華東地区より華南地区の賃金水準が低いということも指摘されている。深圳市政府は労働者の不満を抑え、「民工荒」の解消を図るべく、最低賃金規定に違反する企業に対して、最高5万元の罰金を科すとの方針も打ち出している。

深圳市と広州市の最低賃金の再引き上げを受けて、北京市や上海市なども最低賃金の再引き上げを行なう計画である。うち北京市は3年連続で最低賃金を引き上げ、上海市は1993年以来計13回も最低賃金の引き上げを行なうことになる。北京市は最低賃金を600元(月)に引き上げる予定ではあるが、同市の最低賃金には個人上納の社会保険料を含まないため、実際の上げ幅はより高くなる見込みである。上海市の最低賃金は現在690元(月)となっているが、過去2年間の実績からみれば、10%前後引き上げる可能性が高い。

中国の最低賃金は各地方の経済状況や所得水準を勘案し、地方政府ごとに設定することとなっているが、中央政府が2004年に最低賃金を少なくとも2年間に1回引き上げなければならないとの政策を打ち出したため、他の省・市・自治区も最低賃金の引き上げを行なうだろうとの見方が強い。

天津市、河南省、湖北省など少数の省・市・自治区は2005年上半期に最低賃金を引き上げたが、多くの省・市・自治区は2004年に最低賃金の引き上げを行なった後、まだ引き上げを行なっていない。海南省、遼寧省、湖南省や甘粛省がすでに年内に最低賃金の引き上げを実行する方針を明らかにしたため、他の省・市・自治区の引き上げも時間の問題とされている。

しかし、華南地区、華東地区と比べて、他の地区の最低賃金は引き上げても大幅な引き上げにはならないだろうとみられる。国家労働保障省労働賃金研究所によると、広西自治区の南寧市が年内に最低賃金(月)を数10元程度引き上げる予定だが、それでも同市の最低賃金は依然として500元程度にとどまる。遼寧省の引き上げ幅も月5070元程度で、調整後の最低賃金水準は500520元になる見込みである。


外資誘致への影響は限定的なものになるか

最低賃金の引き上げの中国の外資誘致への影響について、中国政府系のシンクタンクを含む政府関係者の間で見方が分かれている。国家労働保障省労働賃金研究所の一部の研究者は、ここ10年間で各地の労働コストの上昇率が経済成長率を下回っているため、中国の労働コストはまだ上昇する余地があるとみている。

かれらの調査によると、中国の労働コストは上昇しているものの、先進国より依然として低いレベルにとどまっており、途上国と比べる場合でも一概に高いとはいえない。中国労働者の一人当たりの労働生産性などから考えれば、ある程度上昇してもまだ大きな問題にはならないだろうという。

中国の労働力コストの上昇は業種により大きな差を示しているところにも特徴がある。一部の独占的業種の労働コストが過度に高い一方、建築業や飲食業、木材加工業など業種の労働コストが過度に低いといったアンバランスがそれである。なかでも家具製造業の労働コストは1998年から2003年にかけて低下し続けたといったケースもみられる。

また労働力コストの増大は外資誘致に関する競争力全般の喪失を意味することではなく、規制緩和やサービスの向上など他の投資環境がより重要で、各地方政府は他の投資環境の改善により力を入れていくべきだとの指摘もある。

研究者の間では、低廉な労働コストによる競争力の維持は長期的にみれば理想的なやり方ではなく、中国として労働コストの上昇を、産業構造や成長方式の転換を促進するための契機にし、「12億枚のシャツをもってボーイング機一機と交換する」(薄熙来・中国商務相)という貿易成長方式も転換させなければならないとの見方もある。

人民元レートの切り上げと比べて、賃金水準の引き上げが一部の産業の輸出競争力の低下により貿易黒字の縮小につながること、中国国内の購買力の向上を通じて内需主導型成長の達成に利すること、賃金水準の引き上げで粗放的成長方式からの脱却を促進するというメリットに着目し、賃金水準の引き上げの必要性を強調する学者もいる。

他方、最低賃金の引き上げが中国の労働コストの増大を意味することで、それにより一部の外資企業は工場を中国華南地区からベトナムなどに移転しかねないと警戒の声も聞こえる。実際、日系企業の間で「リスク分散」という理由でASEANやインドなどへの投資を増やそうとする動きもみられるが、その背景には中国の労働コストの上昇があるとみられる。

しかし、日中投資促進機構などの調査によると、華南地区や華東地区に進出している日系企業の賃金水準は、現地の最低賃金よりもちろんのこと、同平均水準や国有企業、台湾・香港企業のそれをも大きく上回っている。このことから、日系企業にとって、最低賃金の引き上げが労働コスト増に直接つながるかどうかは、まだはっきりといえないのが実情のようである。

ただ高級管理職や技術労働者・熟練工を巡る争奪戦がますます激化しているなか、これらの人材を獲得するためのコストの上昇は避けられないであろう。上海市政府が最近公布した「労働力市場指導価格」によると、一部の高級技術労働者(技師)の賃金水準(年間)は同市の平均賃金の3倍以上にあたる10万元以上に達している。         

(06年6月記・5,924字)
静岡文化芸術大学
文化政策学部教授馬成三

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