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ログイン2008年6月25日
中国の労務輸出は、最初はビジネスではなく、対外経済技術援助の一構成部分としてスタートしたもので、1970年代末以降、改革開放政策の実行に伴い、労務輸出はビジネス化し、且つ対外開放の内容の一つに位置づけられるようになった。
今年は中国の改革開放政策導入30周年にあたる年である。中国の対外開放は多種多様な内容を含めているが、その一つに対外労務輸出がある。中国商務部(省)が公表している、日中経済関係に関する資料にも「中日労務合作」(中国の対日労務輸出)が入っている。
さる5月末から6月初めにかけて、筆者は中国国際貿易学会主催の「海外就業促進に関するシンポジウム」に参加するため、北京出張に行った。今月(6月)中旬、川崎に開催された移住外国人労働者支援団体のフォーラムにも出た。前者では中国の労務輸出企業の日本市場への熱い眼差しを感じさせたのに対して、後者では中国の対日労務輸出の問題点を強く認識させた。
海外就業促進の法制化
中国では「労働力輸出」を「労務協力」または「労務輸出」(中国語原文では「労務合作」または「労務出口」)と呼んでいる。中国の労務輸出は、最初はビジネスではなく、対外経済技術援助の一構成部分としてスタートしたもので、1970年代末以降、改革開放政策の実行に伴い、労務輸出はビジネス化し、且つ対外開放の内容の一つに位置づけられるようになった。中国政府は第11次5か年計画(2006-10年)において、「労務協力」(労務輸出)を、「走出去」(海外進出)戦略の一環として、「労務協力を着実に発展させる」ことを掲げている。
昨年(2007年)8月30日に公布された「中華人民共和国就業促進法」(今年1月1日より施行)は、第13条で「国が国内外貿易と国際経済協力を発展させ、就業のルートを拡大する」ことを明記している。これは海外就業の促進を法制化するものとして、画期的な意義を持っている。
1990年代後半までに、中国にとって、労務輸出は外貨獲得において重要な意義を持っていた。同後半以降、中国の貿易収支の黒字化や外貨準備の増大で外貨獲得という動機は急速に弱まったが、国内労働力過剰の消化や一部地域の住民所得水準の向上などの面での意義は依然として強調されている。
近年、「民工荒」の登場などで中国も「労働力供給不足」に入るではないかとの観測が強まっているが、現状ではむしろ如何にして過剰労働力を吸収するかに悩まされている。この過剰労働力は、主に三つの方面から来ている。一つは国有企業の「下崗」(リストラ)である。中国政府の統計では、1998~2000年の3年間だけで約3000万人の労働者はリストラされた。
今ひとつは毎年の新規労働力の増加で、その規模は年平均で1400万人にも達している。中国政府が高成長を求めている背景には、これらの新規労働力に働く場を提供しなければならないという切実な要請がある。また農村部には1億5000万人の過剰労働力がいると推定されている。
中国にとって、普通のワーカーだけでなく、短大を含む大学や専門学校の卒業生の就職難も社会問題としてクローズアップされている。1990年代以降の募集枠の急拡大もあって、中国の大学卒業生(短大を含む)の就職率は6割~7割にとどまっている(ちなみに昨年度日本の大学卒業生の就職率は96%を超えている)。
フィリピンなどとは異なり、中国が世界一の人口数と労働力数を有するだけに、海外就労は国内の労働力過剰問題を解決する上で、非常に小さい役割しか果たせないものの、一部の地域では一つの就職ルートとして重視されている。特に高収入を求める若者にとって、海外就労は依然として魅力があるようである。
そのため、中国政府は近年銀行や保険機構の協力を通じて、対外労務輸出の支援を強化している。対外労務輸出の環境を改善するため、中国政府は二国間の労務協力協定の締結にも取り組んでいる。今年1月に施行された「就業促進法」が海外就業の促進を法制化したことから、中国政府、なかでも地方政府は今後にも海外就業促進措置を採っていくものと予想される。
日本は中国の最大の労務輸出市場
中国の労務輸出は1990年代半ば以降、急速な拡大をみせている。中国商務部の統計によると、第8次5か年計画期間(1991~95年)に44億ドル未満だった労務輸出の営業額(完成ベース)は、第9次5か年計画期間(1996~2000年)に約116億ドルに拡大し、第10次5か年計画期間(2001~05年)にはさらに181億ドルに膨れ上がった。2008年5月末現在、中国の対外労務輸出営業額(累計)は、契約ベースで553億ドル、完成ベースで508億ドルに及んでいる。
「労務協力」の形で海外に滞在している中国人も大幅に増加している。1979~90年に延べ40万人だった派遣労務人員数は、2007年末には延べ約419万人に拡大した。うち2007年の新規派遣人数は37万2000人、年末の在外労務人員は74.3(2008年5月末は77万人)となっている。
表1 中国の対外労務輸出営業額の推移(単位:億ドル)
|
契約金額 |
完成営業額 |
1990 |
4.8 |
2.2 |
1995 |
20.3 |
13.5 |
2000 |
29.9 |
28.1 |
2005 |
42.5 |
47.9 |
2006 |
52.3 |
53.7 |
2007 |
67.0 |
67.7 |
2008 |
30.4 |
30.6 |
累計 |
553.3 |
508.1 |
注:2008年は1~5月の数字。累計は1976~2008年5月の累計。
資料:商務省統計。
派遣労務人員の構成も、料理人、海員、看護・医療や造園関係のものが中心だったものから、製造業、建築業と農林漁牧業を中心とした多様なものに変わっている。一部の分野では技師など比較的高い技能を持つ人材も派遣対象となっている。中国政府は海員、看護人員、設計、コンサルタント、管理、コンピューター技術者など技術型人員の派遣の拡大を狙っている。
ちなみに中国政府の統計における「労務協力」は、中国政府の認可を得た企業(中央と地方の「国際経済技術合作公司」など)が外国企業との労務協力および工事請負契約に基づいて派遣した人員だけを対象とするもので、対外援助に携わる人員や、個人の責任で海外に就職しているものを含んでいない。もし後者を統計に入れると、海外に就業している中国人は、政府の統計を大きく上回っているとみられる。
中国の労務輸出市場として、アジアは一貫して最大のシェアを占めており、なかでも日本のプレゼンスが突出している。中国商務省の統計によると、2006年中国労務輸出営業額(完成ベース)に占めるアジアのシェアは約56%に達し、欧州、北米、アフリカと大洋州などの合計を大きく上回っている。同年中国の労務輸出市場として、1億ドルを超えた国・地域は六つあるが、うちの五つ(日本、シンガポール、韓国、マカオと香港)はアジアにある(残りの一つは欧州のロシアだった)。
表2 2006年中国の国・地域別対外労務輸出完成営業額
|
営業額(億ドル) |
シェア(%) |
合計 |
53.73 |
100.0 |
アジア |
30.07 |
55.9 |
日本 |
13.93 |
25.9 |
シンガポール |
4.18 |
7.8 |
韓国 |
3.28 |
6.1 |
マカオ |
2.57 |
4.8 |
香港 |
2.17 |
4.0 |
アフリカ |
1.52 |
2.8 |
欧州 |
3.73 |
6.9 |
ロシア |
2.43 |
4.5 |
中南米 |
0.52 |
1.0 |
北米 |
0.77 |
1.4 |
大洋州 |
0.14 |
0.2 |
国境内 |
16.97 |
31.6 |
資料:商務省統計。
うち日本向けの労務輸出営業額は13億9337万ドルと、中国労務輸出営業額全体の25.9%を占めている。中国商務省の国・地域別労務輸出統計には中国国内に設立されている外資系企業への人材派遣も含まれている(2006年は労務輸出営業額全体の3割強に相当する16.97億ドルと)が、この分(統計上は「国境内」と呼ぶ)を除くと、日本のシェアは実に37.9%に上っている。
対日労務輸出の不安と期待
日本は中国の最大労務輸出市場であることを、中国側の統計が明確に示しているのに対して、日本側の統計には中国人「研修生」と「技術実習生」の受け入れしか登場していない。この「ねじれ」を生じさせたのは、日本の外国人研修生・技術実習生制度(研修生の滞在期間は最長1年間、技術実習生のそれは2年間、両者を併せて最大3年間)の矛盾にほかならない。
日本の外国人研修制度は、「開発途上国への国際貢献と国際協力を目的として、日本の技術・技能・知識の修得を支援する制度」と位置づけられている。しかし、この目的は「企業単独型」(受入れ機関の合弁企業・現地法人・取引先企業等から企業単独で受入れる形態)に見えても、外国人研修生・技術実習生の9割を受け入れている「団体監理型」(事業協同組合や商工会議所等がそのメンバーである企業等と協力して行う研修生を受入れる形態)の大半は安い労働力の活用を目的にしているのが実状である。
つまり外国人研修生・技術実習生制度は、いわゆる3K(汚い・きつい・危険)職種や、日本人従業者の高齢化が目立つ職種において、低賃金の労働力を確保するための手段に過ぎず、外国人研修生の大半を占めている中国人研修生の多くも、最初から「技能修得」ではなく、「出稼ぎ」を目的としているのである。
この意味で、中国側がこれを対日「労務輸出」と明確に捉えているのは、事実を直視するもので、単純労働者の受け入れを認めないとの立場を取りながら、研修生・技術実習生の形で外国人労働者を受け入れている日本のやり方は「偽装」しかいえない。実際、日本国内の多くの識者もこの制度を、「建前」と「本音」との乖離を曖昧化するためのものと見ている。
日本企業、特に中小企業の安い労働力に対する需要の増加を背景に、外国人研修生の入国は年々増加しており、2006年で9.3万人(1993年は3.8万人未満)、研修生から技術実習生に転じたものは約4.1万人(1993年は僅か160人、1996年は1.3万人)に及んでいる。財団法人国際研修協力機構(JITCO)によると、2006年までに同機構が支援した研修生総数は累計で48万4300名に達し、うち中国人は34万3700名と全体の7割以上を占めている(残りはインドネシア、タイとベトナムなどの出身者)。
近年では研修生・技術実習生を巡る人権侵害などの事件が多発している。パスポート取上げ、強制貯金、研修生の時間外労働、権利主張に対する強制帰国、非実務研修の未実施、身柄拘束、性暴力などがそれである。外国人労働者支援団体の調査によると、首都圏にも時給350円で中国人研修生を残業させた事例がある。
日本の外国人研修生制度の問題点は国際的からも注目されている。米国務省の人身売買に関する2007年版報告書は、日本の外国人研修生問題を取り上げ、非人権的な状況に置かれている研修生の状況を指摘し、この制度を「自身売買の一形態である」と断定している。2007年7月、米国務省の人身売買監視・対策室長が来日して日本側に制度の廃止を提案したと伝えられている。
内外からの批判や日本の少子老齢化の深刻化を受けて、日本の経済界・政界・学界からは現行の制度改革・建て直しを主張する声が高まっている。さる6月19日、日本商工会議所は、「中小企業の人手不足が深刻になっている」理由で、外国人単純労働者の受け入れの合法化を求める報告書を発表した。
実際、日本の一部業種または企業は、外国人労働者をなくして成り立たない状態に置かれている。中国製冷凍ギョウザーの問題で、食の安全が重視され、農産物の自給率の向上を求める声も急速に高まっているが、農業や食品加工はまさに中国人など外国人研修生・技術実習生を数多く活用している分野となっている。
2000年に研修生全体の1.5%しか占めなかった農業研修生のシェアは、2006年に6.5%に拡大し、絶対人数では14倍にも増加したのである。2006年、新規来日した研修生は計9万3000人のうち、約7万人が農業関係の研修生といわれている。この状況からみれば、日本の消費者に「安全な国産品」を供給するためにも中国人など外国人労働者を多く受け入れなければならないのである。
外国人労働者への需要の増加や、外国人労働者受け入れの規制緩和を求める日本国内の動きに対して、中国の労務輸出企業も強い関心を示し、今後対日労務輸出の拡大を図ろうとしている。他方、中国の派遣業者も幾つかの難題を抱えている。中国国内の人件費の上昇や人民元高の進展に伴い、日本への研修生派遣を含む海外就労の魅力が薄れていることのほか、派遣業者の玉石混交問題も無視できない。
中国の労務輸出が急拡大している背景の一つに、労務輸出への参入自由化がある。1980年代初め、労務輸出企業は、一部の中央及び地方の国有企業に限定されていたが、改革開放の拡大に伴い、民営企業の参入も認められるようになった。これを背景に対外労務経営企業は急増し、1990年代初めに600社あまりだったそれが、現在2000社を超えている。なかには高い手数料や保証金を取ったりする業者も少なくないようである。
日中両国政府は如何にして監督・管理を強化し、日中両国に活躍している悪質な業者を排除するかが課題となっている。また中国の労務輸出に関して、中国政府と韓国政府はすでに二国間の覚書(中国商務省と韓国労働省「中国の対韓国労務協力に関する覚書」2007年4月)を結んでいるが、中国国内では日本政府とも同様な協定を結ぶべきだとの要望が強まっている。
(2008年6月記 5,053字)
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