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地方公務員も狙う農業戸籍の価値

中国ビジネスレポート 各業界事情
馬 成三

馬 成三

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2010年9月28日

記事概要

今年(2010年)初め、中共浙江省義烏市組織部(幹部を管理する共産党内の部署)は公務員の戸籍状況に関する全面的調査を行なったところ、戸籍を都市部から農村部に移転した公務員は195名もいることを発見した。農業戸籍のメリットの増大を背景に、農業戸籍の不正取得も、一種の「腐敗行為」となっているようである。【4,218字】

農業戸籍を放棄したくない農民工
さる8月下旬、筆者は現地調査のため、北京、大連、瀋陽に行ったが、瀋陽であるタクシー運転手さん(以下はAさんという)と面白い会話を交わした。Aさんは、朝陽市(瀋陽市北60キロ離れた遼寧省中部にある県級市、以前は朝陽県)出身、40歳、家族3人で瀋陽市に暮らしている。本人と奥さんは農業戸籍、高校3年生の息子だけは瀋陽市戸籍だそうである。

息子さんはどうして瀋陽市の戸籍を取得できたかと聞いたところ、Aさんの説明では瀋陽市政府は不動産の販売を促進するため、瀋陽市でマンションを購入することを条件に、農村戸籍を持つ人でもその家族全員が瀋陽市の戸籍を取得することを認めるという。
Aさんは瀋陽市でマンションを購入したので、本来Aさん夫婦と息子は全部瀋陽市の戸籍を取得することができるはずだったが、Aさん夫婦は、息子だけに瀋陽市の戸籍を取得させ、親として農村戸籍をそのまま持ち続けていくことにしたのである。
その理由について聞いたところ、いま農村戸籍は大きな価値があり、農村戸籍を有することにより、農村での農地使用権と補助金のほか、将来農民養老金(年金)ももらえると、Aさんが説明してくれた。

Aさんの「人生設計」は次の通りである。年をとったら、農地と家宅がある農村に帰り、不足のない生活を送ることができるが、もし瀋陽市戸籍を取得するかわりに、農業戸籍を放棄するならば、多くの利益を失い、老後不安に陥る可能性があるという。
Aさんが運転している車は、自家所有だが、タクシー会社(農業銀行傘下のタクシー会社・「銀発出租汽車公司」)に毎月1700元の「管理費」を払わなければならない。「管理費」とガソリン代などコストを除いて、毎月6000元の純収入があるという。2009年中国都市部平均賃金が年29229元、月2436元(国家統計局)という数字と比べると、Aさんの収入はかなり良いといえる。

ちなみに筆者は北京で多数のタクシー運転手さんに聞いたところ、タクシー会社の車を使っていること(北京市ではタクシー運転手さんは個人所有の車を使用することを認めない)もあって、 タクシー運転手さんの月収は平均で3000-4000元だそうである。
大連市と瀋陽市を訪問した際、両市は互いにライバル視しているという印象を強く受けた。瀋陽市はマンション購入者に瀋陽市戸籍を与えるという政策を採っている背景にも「直轄市に昇格すべく、意識的に人口数を増やしたい」という思惑があるそうである。

大連市と比べて、瀋陽市の不動産開発はより盛んで、北京以上のバブル感がある。従来の工場団地・鉄西区などを回って、よく目にしたのは林立する建設中のマンションである。瀋陽市住民の住宅需要からみれば、全部完成されたら必ず「供給過剰」になるとの見方が多い。北京市や上海市など沿海大都市には投資のための購入が多いのに対して、瀋陽市では「實需要」が多いようで、価格も北京の3分の1~4分の1前後にとどまっている。
現地で見た新聞広告の大部分は不動産関係のもので、不動産会社は農民工を「さくら」として、列を並べさせるケースもあるようでる。新聞記者は「さくら」に「マンションの価格はいくらか」と聞いたら、「知らない」と答えた。「価格も知らないのに何故並べているか」と聞いたら、今度は「バイト料をもらえる」と回答した「さくら」もいるという。

こうした事情からみれば、瀋陽市はマンションを買う人々に戸籍を与えるという措置を今後にも採っていく可能性がある。一方、農村戸籍を放棄したくないという農業戸籍所有者が少なくないという現状から判断して、「戸籍人口数」は大幅に増加できるどうかは不明である。

農村戸籍の不正取得に走る地方公務員
大学の入学者数と卒業者数の急増を背景に、大学を卒業しても就職できないという現象は中国各地に広がり、大きな社会問題となっている。都市部で住居もコネもない農村出身の大卒者の就職難は特に深刻である。
一部の農村出身の大卒者は故郷に帰り、農村で何かをやろうと考えているが、かれらにとって、「非転農」(非農業戸籍から農業戸籍への転換)が大きな壁となっている。中国では、一旦大学試験に合格すれば、農業戸籍の学生もその戸籍を大学所在の都市に移転し、都市戸籍(非農業戸籍)を取得することができる。

大学生に対して、国家による「統一分配」が行なわれていた時代では、都市部生活に憧れ、都市部戸籍の取得を夢見ている農村出身者にとって、これに越した喜びはなかった。しかし、農村部の土地に関わる利益が目立つようになった一方、農村出身の大卒者が都市部の高い住宅と高消費の圧力を肌で感じているいま、農村出身者は農村部に帰る道を選び、戸籍の再変更を求めるケースも出ている。
中国では従来から「農転非」(農業戸籍から非農業戸籍への転換)に関する規定があるものの、反対のケース、つまり「非転農」に関する規定はないし、「下放」と呼ばれた農村への追放以外には、「非転農」というケースもなかった。目下、農村出身の大学生にとって、農業戸籍を放棄することは、一種の「リスク」となっているのである。

浙江省義烏市の全人代代表は、都市部で就職できない農村出身の大卒者の戸籍を農村部に移転させるとの提案を提出したが、戸籍を管理する公安局は「社会安定を脅かしかねない」との理由で、否定されたという事例も報じられている。地方政府からみれば、最大のネックは土地の問題。農村部の土地不足が深刻化しているなか、「非転農」を認めることはなかなか困難なのである。
新華社傘下の『国際先駆導報』の報道によると、浙江省の農村出身のある男性は、優秀な成績で省内の財政経済系の大学に入学したが、卒業後、都市で定職を見つけないため、故郷に帰ろうと、鎮政府(地方政府)、派出所(戸籍を管理する役所)、村委員会から省政府まで農村戸籍の回復願いを出したが、解決のめどはまったく立っていない。

かれの実家は都市部郊外にあるので、都市化の進展で村全体は都市開発計画対象となっている。政府の徴用で土地を失う農民は、住宅の配分のほか、かなり高額の経済補償ももらえるそうである。この男性は農村戸籍を放棄した後、村民たちが享受している宅地、土地(正確的にいえば土地使用権)、立ち退き補償、毎年数万元もある集団配当など福祉・待遇は全部失ったのである。
省政府は「これは下部組織の所轄」と言っているのに対して、鎮政府と村委員会は「非転農」に関する規定がないことを理由に、その申請を受理しないという態度を貫いている。農村出身のその大卒者は、大学在学4年間で8万元もかかったので、経済的に計算すれば、大学に入ったのは採算に合わず、本人が後悔しているという。

今年(2010年)初め、中共浙江省義烏市組織部(幹部を管理する共産党内の部署)は公務員の戸籍状況に関する全面的調査を行なったところ、戸籍を都市部から農村部に移転した公務員は195名もいることを発見した。戸籍を農村に移転した公務員の多くは、「後門」(裏口)、つまり「特権」を利用したという。農業戸籍のメリットの増大を背景に、農業戸籍の不正取得も、一種の「腐敗行為」となっているようである。

農民の警戒を呼ぶ重慶市の戸籍改革
中国の地方政府にとって、土地譲渡金(中国語は「土地出譲金」)など土地関連収入は、重要性を増している。「土地財政」まで呼ばれる土地関連収入は、最大の収入源となっている地方も少なくないようである。地方政府はこれらの資金を利用して、ヤミ金庫を作ったり、豪華な施設を建設したり、株投資を行なったりする例も多くみられる。
多くの地方政府は土地の確保に奔走しているが、近年その手段として急浮上したのは都市戸籍を餌にして、郊外部農民の土地を収奪することである。都市化の推進もあって、中国農村部、特に郊外部農村の土地は貴重な存在となっている。住宅の建て直し、土地補償費及び集団経営の配当などがいずれも土地と関わっているため、その土地の使用権を有する現地の農民は土地から莫大な利益を得ている。

土地を獲得したい地方政府、土地関連の利益を失いたくない農民、両者は激しい格闘を展開している。この構図を端的に表しているものとして、重慶市の戸籍改革が注目されている。重慶市は1997年3月の全人代の認可で中国の4番目の直轄市に昇格されたが、北京市、上海市、天津市と比べて、全人口(3000万人)の8割(当時)が農村戸籍人口に占められているところに特徴がある。
北京市と上海市の都市戸籍率はいずれも85%以上(近年は88%前後)、天津市のそれも60%を超えている。重慶市政府は2020年までに都市戸籍の比率を現在の4割未満から6割に引き上げ、1000万人の農村戸籍人口を都市戸籍に移行させる計画を打ち出している。重慶市政府によると、この政策の実行で以下の効果が得られる。

①農民工の利益を守り、農民工が都市住民と同等な権益を享受し、社会不公正の問題の解決に寄与すること。
②消費を刺激し、内需拡大につながる(300万人を農村から都市に移住させたら、毎年300億元の消費を増加させる効果があるという)。
③重慶市の農村部の生産効率の向上、都市と農村との資源配置の一元化、都市部の活性化に寄与すること。
④社会管理コストを低減すること。
⑤社会不安定の要因を減らし、社会の和諧(協調)を促進すること。

重慶市の戸籍改革は、都市化の推進という大義名分を掲げているが、その背後には深い打算が隠れているようである。農民の土地を取得し、都市建設の用地だけでなく、地方財政の増収や農民たちへの社会保障費の調達などの諸問題を解決しようとしている。つまり、重慶市政府は農村たちを相手にして、土地と都市戸籍及び都市部の社会保障と交換するという取引を行なおうとしているのである。

重慶市の戸籍改革は中国全国で大きな関心を集めていると同時に、重慶市の本当の狙いを鋭く指摘する声も多く出ている。農民たちが警戒心を高めていることもあって、重慶市政府は農民の不安を払うため、都市戸籍を取得した農民に対して、3年間を「緩衝期間」とし、農民が土地(林地を含む)と宅地の収益を保留することを認めるという方針を示している。しかし、これはあくまでも「緩衝期間」での措置で、これについて重慶市の農民たちはどう判断するかを、多くの中国人が見守っている。

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