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中国人の海外旅行ブームと日本の「新しい入国審査」制度

中国ビジネスレポート 各業界事情
馬 成三

馬 成三

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2007年11月16日

記事概要

「貧乏」、「鎖国」などで中国人にとって、「夢のまた夢」だった海外旅行は、現在、沿海部の富裕層を中心に一大ブームとなっている。2001年、中国人の海外渡航者延べ人数は1213万人と、日本人のそれ(約1600万人)を大きく下回っていたが、2006年には日本人のそれの約2倍にあたる3452万人に急拡大した。1990年代半ばの数字と比べると、中国人の海外渡航者数は11年間で実に約5倍に膨れ上がった。

中国の海外渡航者数は日本の2倍

「貧乏」、「鎖国」などで中国人にとって、「夢のまた夢」だった海外旅行は、現在、沿海部の富裕層を中心に一大ブームとなっている。2001年、中国人の海外渡航者延べ人数は1213万人と、日本人のそれ(約1600万人)を大きく下回っていたが、2006年には日本人のそれの約2倍にあたる3452万人に急拡大した。1990年代半ばの数字と比べると、中国人の海外渡航者数は11年間で実に約5倍に膨れ上がった。

中国人の海外渡航は延べ人数で急増していると同時に、その内訳も大きく変わっている。観光を主な目的とした「私用海外渡航者」の比重上昇がそれである。2000年までに半分未満(1995年は3割未満)だった「私用海外渡航者」は、2006年には83.4%(約2880万人)に上昇した。

 

中国の海外渡航者数の推移(単位:延べ人数、万人)

海外渡航者数 うち私用海外渡航者数
1995 713.90 205.39
2000 1047.26 563.09
2001 1213.44 694.67
2002 1660.23 1006.10
2003 2022.19 1481.09
2004 2885.00 2298.00
2005 3102.63 2514.00
2006 3452.36 2879.91

資料:中国国家統計局『中国統計年鑑』各年版。

 

今年国慶節前後のゴールデンウィーク期間(9月24日~10月7日)、上海市と北京市の出国旅行者数はいずれも前年比3割増、うち上海住民のそれは3万2271人に達し、目的地として日本、韓国、タイ、インドネシア及び香港・マカオ地区が中心となっている。旅行社の調べによると、海外旅行する中国人観光客は高所得層から中所得層に広がり、月収5000元~3万元の家庭がその中心になりつつある。

中国人の海外旅行ブームは東部(沿海部)から中西部(内陸部)への拡大もみられる。中国国際旅行社など主要旅行社の統計によると、今年国慶節前後のゴールデンウィーク期間中、西部地区の海外旅行者数も着実に増加し、旅行目的地も従来の「新馬泰」(シンガポール・マレーシア・タイ)から、日本、韓国、ロシアとヨーロッパなどに広がっている。

世界観光機構(WTO)によると、2006年中国は世界第4位の観光客受け入れ国と、アジアにおける最大の観光客輸出国となっているが、2020年までにフランス、スペイン、米国を抜き、世界最大の観光目的地に浮上すると同時に、観光客輸出国としての地位もさらに高まる見込みで、15年以内は毎年1億人の中国人が海外旅行に出かけるとの予想も出されている。

中国人の海外旅行者数の急増は主に中国経済の高成長とそれに伴う所得水準の上昇によるが、中国政府の促進策とも関係している。実際、近年国際収支の黒字拡大と外貨準備の急増を背景に、中国政府は中国人の海外旅行を促進する施策を多く採っている。

中国国家観光局によると、中国政府と相手国・地域の努力で、今年10月初め現在、中国人の海外旅行目的地はすでに132か国・地域に拡大している。今年に入ってから中国政府は「中日韓観光閣僚会議」の開催、ロシアでの「中国の年」活動への参加、「中印観光友好の年」への取り組みなど一連の促進活動を展開し、「中米商業貿易合同委員会」での「観光グループ会議」や「中国・アフリカ協力フォーラム」(北京サミット)の開催を通じて、米国、アフリカとの観光協力も推進している

WTO(世界貿易機関)加盟に伴い、中国は観光分野の市場開放を進め、外資による旅行社の設立を予定より早く認め、登記資本などの面で外資旅行社に対して内国民待遇を実行したが、これも中国人の海外旅行を含む、中国の観光業の発展に寄与しているとみられる。中国政府はまた世界観光機構、南太平洋観光機構(SPTO)、太平洋アジア観光協会(PATA)など国際観光諸機構との協力を強化し、これらの諸機構の活動に積極的に参加している。

 

急増する日本への中国人観光客

中国人の海外旅行目的地として、アジア地域、特に東アジアは最大のシェアを占めている。東アジア諸国・地域のうち、最初最も多くの中国人観光客を受け入れたのは「新馬泰」(シンガポール・マレーシア・タイ)で、近年日本や韓国は観光目的地として人気を高めている。

日本国際観光振興機構(JNTO)の発表によると、中国からの観光客は1999年以来8年連続して韓国・台湾・米国に次ぐ第4位を占めている。うち2004年中国からの観光客は61.6万人と前年比37.3%も増加し、2005年は65.3万人と同伸び率が6%に低下した後、2006年には前年比24.3%増の81万1675人と、初めて80万人台に達した。

2006年の実績からみると、日本への観光客全体において、中国からの観光客は依然第4位にとどまっているものの、第3位の米国(0.6%減の81万6727人)とは僅差(5052人)しかなかった。香港からの観光客を入れると、2006年に中国からの観光客は合計116万3940人と、韓国(211万7325人)と台湾(130万9121人)に次ぐ第3位にランクされている。

中国人訪日客の急増ぶりは、中国の海外渡航者数全体の増加率との比較からも窺うことができる。例えば、2004~06年の間、中国の海外渡航者数全体は19.7%増(中国国家観光局の統計)だったのに対して、中国人訪日客の増加率は31.8%(JNTOの統計)にも上がっている。JNTOは中国人訪日客の増加要因として、ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)、訪日団体観光旅行の査証発給対象地域の中国全土への拡大、航空路線・便数の拡充、訪日クルーズツアーの催行などを挙げている。

今年に入ってからも中国人の訪日客数は増勢を保っている。JNTOによると、1月~8月の間、中国人訪日客数は63万7100人に達し、前年同期比伸び率(16.4%増)では前年の実績より低下したものの、依然として日本への訪問客全体の伸び率(前年同期比13%増)を上回っている。

JNTOの「訪日外客実態調査2006-2007」によると、中国人観光客(ビジネスなどを除く)には初訪日者と、「ショッピング」を最大の訪日動機としたものが多いというところに特徴がある。日本への観光客全体に占める初訪日の比率は50.1%、「ショッピング」をトップの目的とした観光客が34.8%だったのに対して、中国人観光客の8割以上(84.4%)は初訪日、訪日動機として「ショッピング」を挙げたものの比率は40.1%に及んでいる(第2位は自然景観見学)。

中国経済の高成長による所得水準の向上、株高・不動産価格上昇の恩恵を受けた富裕層・中間層の増加などを背景に、ブランド品を購入したい消費者は確実に増えている。近年、人民元高(円安)が進んでいるなか、中国市場での価格より日本市場での価格が安くなっているものが少なくない。この傾向からみれば、「ショッピング」を目的とする中国人の訪日客はさらに増加する可能性が非常に高い。

 

「観光立国」と逆行する「新しい入国審査」制度

小泉首相時代から日本政府は「観光立国」のスローガンを打ち出し、昨年末国会が「観光立国推進基本法」も成立した。国土交通省などは海外からの来訪者を2001年の約500万人から2010年に1000万人へと倍増させるとの目標も明らかにしている。その背景には日本は国際観光において「後進国の地位に甘んじている」という事実がある。

世界観光機関によると、1970年に1億5900万人だった全世界の外国旅行者数が2000年に6億9700万人に増加し、2010年と2020年にはそれぞれ10億人と16億人に拡大すると予測されている。国際ランキングでみると、第1位のフランスへの旅行者は7650万人(2001年)、日本への旅行者はフランスの16分の1に過ぎず、世界で35位にランクされている。2006年には日本への旅行者は約730万人に増加し、同順位も30位に上昇したものの、フランス(7910万人)の約11分の1、アジア諸国・地域の中で中国、マレーシア、香港、タイ、マカオとシンガポールを下回っているのが現状である。

近年日本への旅行者の増加は相手国・地域の情勢変化によるところが多いが、日本の制度変化とも密接な関係を持っている。日本への旅行者において第1位と第2位を誇っている韓国住民と台湾住民に対して90日以内滞在の査証免除措置の導入や、中国訪日団体観光旅行の査証発給対象地域の拡大などがそれである。

この文脈から考えれば、今年11月から導入される「新しい入国審査」制度は、中国人を含む諸外国人の日本観光にとって、新たな障碍になりかねない。昨年5月24日に公布された「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律」(今年11月20日より施行)によると、「テロの未然防止のため」、外国人は入国申請時に指紋及び顔写真を提供し、入国審査官の審査を受けなければならないこととなっている。

その対象は、①特別永住者、②16歳未満の者、③「外交」又は「公用」の在留資格に該当する活動を行おうとする者、④国の行政機関の長が招聘する者などを除く、永住者を含むほぼ全ての外国人とし、「指紋又は顔写真の提供を拒否した場合は,日本への入国は許可されず,日本からの退去を命じられる」ことも明記されている。

外国人を対象とする指紋押捺制度は、外国人を監視する目的で1952年4月から導入されたもので、在日外国人が外国人登録を行なう際、義務付けられていた。この悪名の高い制度は在日外国人の強い反発を呼び、1982年に在日外国人181万人が署名した、その廃止を求めた要望書は国会に提出された。

それ以来、日本人を含む多くの人々の約10年間にわたる戦いにより、1993年に特別永住者と永住者の登録指紋押捺制度が廃止され、1999年8月13日、日本国会が「外国人登録法部分改正法」を採択したことを受けて、2000年4月から外国人を対象とした指紋押捺制度が全部廃止されることとなった。この経緯からみれば、今回の「新制度」は「テロ対策」の名目で米国のやり方を真似て、より広い範囲で復活されたものにほかならない。

指紋押捺制度の復活・拡大に対して、日本弁護士連合会や在日韓国人団体などの団体は外国人のプライバシーを侵害し、外国人に対する犯罪者視を助長するものとして反対の声明を発表したが、これは日本への観光意欲を害し、日本の「観光立国」戦略の実行に大きなマイナスをもたらすことも予想される。観光立国会議の報告書は、「国の魅力」を「訪れたい」、「学びたい」、「働きたい」という動機に表れるとし、「住んでよし、訪れてよしの町づくり、国づくり」の総合戦略を構築する必要性を訴えているが、「新しい入国審査」制度の導入はその「逆行」としかいえない。

安倍前首相の中国訪問を契機に中国人の対日感情は改善をみせているものの、多くの中国人の対日観には依然として厳しいものがあるのも事実である。また中国人は指紋押捺に対して前々から強い抵抗感がある。昔中国では生活苦に追われて子供売りなどをするケースもあったが、その場合、指紋押捺をするシーンを、多くの中国人は「白毛女」などの映画で見た。

中国人の訪日客のうち、「ショッピング」を主要目的とした層が多いだけに、今回の「新しい入国審査」制度の導入により、一部の観光客は旅行目的地を香港やシンガポール、韓国、ひいては欧州にシフトさせる可能性が少なくない。香港はもちろんのこと、他のアジア諸国・地域も中国人を含む観光客の誘致に力を入れている。国土面積で日本の0.3%未満、人口数で同約30分の1に過ぎないシンガポールは、観光環境の改善などを通じて、2015年に外国人観光客を2006年の約970万人から1700万人に拡大するとの計画も打ち出している。

 

魅力を増す中国人の欧州旅行

中国人観光客の誘致において、日本の競争相手としてEU(欧州連合)を中心とする欧州諸国も注目される。中国政府とEUが2003年10月にADS(観光目的指定)国に関する協議に調印し、翌年9月に中国の旅行会社が正式に欧州ツアーを実施した。それ以来、中国人の欧州旅行は確実に増加している。「欧州で中国人観光客が急増」「ブランド品買いあさり」といった報道は日本のマスコミにも登場している。他方、中国国家観光局など関係部門は欧州駐在事務所の増設などEUとの観光交流と協力を一層発展させるための施策も採っている。

中国人にとって、欧州旅行はアジア諸国・地域への旅行より、時間や費用面での負担が重いという障碍があるものの、多くの中国人が欧州旅行に対して強い憧れを持ち、経済力と時間の両方で余裕のある層が増えていることは、中国人の欧州旅行を増大させる大きな動力となっている。今年9月、筆者はフィンランド(ヘルシンキ)、フランス(パリ)とスウェーデン(ストックホルム)に行ったが、これらの都市での中国人観光客(公用兼観光のケースも少なくないと思うが)の多さを目にして驚いた。

中国人の欧州に対する憧れは、中国人留学生の留学先に対する選択にも表れている。数年前まで米国は中国の若者が優先的に選ぶ留学先となっていたが、近年米国の地位はEU諸国に取って代わられた。EU側の統計によると、2006年1年間12万人の中国人留学生は留学を目的としてEU諸国に行っている。中国人留学生を引き付けたEUの魅力の1つは多様の文化と教授法を持つことにあると指摘されている。

中国人観光客にとって、EU諸国の魅力の一つにシェンゲン・ビザという制度がある。シェンゲン・ビザとは国境の通行自由化(ビザ廃止)を目的とし、域内共通の滞在規定を定めた「シェンゲン協定」の加盟国が実行したもので、海外の旅行者らはいずれかの協定加盟国にいったん入国すれば、他の加盟国を出入国審査なしに移動できる。中国人でも少数の例外を除いて、EUの一つの国からビザを取得すれば、他の国々にも行けるのである。

現在、協定加盟国はイギリスとアイルランドを除く13のEU先行加盟国にノルウェー、アイスランドを加えた計15か国となっているが、来年3月までに中・東欧のEU新規加盟国にも拡大する予定である。中国人にとって、旧社会主義国だったEU新規加盟国には馴染み深いものが多く、「シェンゲン協定」加盟国の拡大でEUの魅力がより増大していくものと予想される。

今年9月、中国のパスポートを持つ筆者は、日本駐在フィンランド大使館でシェンゲン・ビザを取得し、ヘルシンキ、パリとストックホルムに行ったが、入出国を含む手続きの便利さを実感した。ヘルシンキからパリに入った際、入管手続きは一切不要であった。パスポートの提出はあったが、それは航空会社の窓口で搭乗手続きをした時と、搭乗した時だけで、日本のような入国検査窓口を経由しなかった。ストックホルムには船利用なのでパスポートの提出もなかった。

入出国はいずれもヘルシンキ空港を経由したが、入国カードと出国カードの提出を求められなかった。考えてみれば、ビザを申請した際、カードに記入された情報より詳しい情報を大使館に提出したので、旅行者がパスポートと、搭乗便名を載せた搭乗券を提出すれば、入国管理のスタッフは旅行者の全情報が分かるはずである。世界競争力のランキングでフィンランドは日本より上位にランクされているが、形式主義を排除し、無駄なことをしないのがその秘密の一つではないかと気がする。

日本滞在の外国人が様々の情報を入国管理局に提供したにも関わらず、依然出入国カードを提出しなければならないという事実と比べると、感慨深いものがあった。国土交通省などは「観光立国に向けて総合的な戦略を確立する」ための課題として、「他人に学ぶ」気持ちを忘れず、成功している国々の経験をつぶさに検討し、日本の観光立国への糧にしなければならないということを強調しているが、米国を真似するだけでなく、EU諸国の経験を取り入れることも必要であろう。(2007年10月記・6,185字)

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