（３）吉林省延吉
ⅰ．ハングルが溢れる
２回目の北朝鮮国境線弾丸ツアーでのことです。

吉林省の延吉は、延辺朝鮮族自治州に位置する朝鮮族の街です。北京首都国際空港を飛び立ち、延吉の空港に降り立った私を待っていたのは、朝鮮族（中国の少数民族の１つ）の運転手でした。にこやかな笑顔に人の良さが表れていましたが、これまでに出会った運転手の多くは、ハンドルを握った途端、人格が一変する人達だったので、運転を開始するまではこの笑顔を信用する事ができませんでした。幸い、この運転手は本当に親切な人でした。通常、ガイドを付けていると逆に連れて行ってもらえないような場所にも、地元民であるこの運転手が融通を利かせて連れて行ってくれました。

車を走らせ始めてすぐに気付いたのは、街が一面、ハングル文字に覆われていることでした。ホテルでもどこでも、まず話しかけられる言葉は韓国語（朝鮮語）です。韓国語が分からずポカンとしていると、次にようやく、朝鮮族なまりの中国語となるのでした。

延吉空港からは、図們（丹東よりも田舎で、より間近に北朝鮮を見ることができる街）、琿春・防川（中国、北朝鮮、ロシア三カ国の境界線に位置する街で、晴れた日には、彼方に日本海が見える）へと向かった後、ホテルに戻って来ました。

ⅱ．犬肉フルコース
ホテルにチェックインした私は、荷物を部屋に置くとすぐさま、街中散策に出かけました。街中がハングル文字で溢れている以外には、見た目は他の中国の都市と大差なく、むしろ小ぎれいに感じました。

私が北京で語学学校に通い始めたとき、近くにはロシア人街の雅宝路がありました。北京地下鉄２号線の朝陽門と当時私が住んでいた建国門との間の裏道を夜に通ると、聞こえてくるのはロシア語です。目に入るのはロシア語の看板を掛けたロシア人用のデパートにロシア人用の飲食店。あの雰囲気に比べれば、延吉の街並みはまだ親しみやすく感じました。

一通り延吉の街を歩いた私は、思い切って犬肉のフルコースを食べてみようかと思い立ちました。ところが、比較的客の多そうな犬肉料理専門店を見繕ったものの、子供の頃から犬を飼っていたこともあって、店の前まで来ても本当に行くべきか決断できずにいました。そうこうしていると、近くにあった牛肉専門の焼き肉店の男性従業員が声を掛けて来ました。

男性従業員：「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
私：「う～ん」
男性従業員：「どうしたのですか？」
私：「折角ここまで来たのだから、犬肉専門店に行くかどうか迷っていて」
男性従業員：「犬肉なんて良い物ではないですよ。牛肉の方がおいしいですよ」
私：「そうだとは思うけど」
男性従業員：「犬肉を試してみたいのなら、私が出前を取ってきてあげますよ」

最後の言葉に同意しそうになりつつも、やはりここは朝鮮族自治区。犬肉を食べると元気が出る、などと自分を納得させ、犬肉専門店を最終的に選択しました。

中国では、蛇（四川省）、蛙（湖南料理、他）、極めつけは何だかよく分からない大きなネズミ（湖南省張家界）などを生きている段階から食べてきましたが（中国では店前の籠の中に調理用の生きた動物が入れられている店が多くある）、目の前にテーブル狭しと新鮮そうな犬肉が並ぶのを見ていると、少しも食欲は湧いてきませんでした。ちなみに、味は蛇が一番ましな気がします。鶏肉のような歯ごたえと味でした。中国人との宴会で食べた蛇の唐揚げは縞々模様が濃厚に残っているのには正直めげそうになりましたが。

犬肉のフルコースも、これらと同様、もしくはそれ以上のインパクトがありました。ただ、それが目や舌ではなく、心情的に後悔の念となって心に残ってしまったのです。力が出るはずが逆に力をなくし、とぼとぼとホテルに帰って、そのまま寝てしまいました。

※朝鮮族自治区延吉で食した犬肉フルコース