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ログイン2021年5月10日
司法の運用上、「同じ事案に対して判決が異なる」という現象が長期にわたって存在しており、当事者が自身の法的リスクを予測するうえで多くの面倒をもたらしていた。例えば、従業員が自己都合による退職を申し出てから30日以内に雇用主が違法な解雇を行った場合、賠償金を支払う必要があるのかについて、裁判所ごとに異なる見方がなされている。
1)(2015)滬二中民三(民)終字第1584号判4決では、裁判所の認識として、従業員が自己都合による退職を申し出てから30日以内は、雇用主との労働関係が依然存続していたが、雇用主が違法解雇を行ったことで、双方間に存続していた労働関係が終了させられることになったため、賠償金を支払う必要があるとしている。
2)(2016)滬02民終252号判決では、裁判所の認識として、従業員が自己都合による退職を申し出た後に、雇用主が労働契約を解除する決定を行ったことは、あくまでも雇用主が予告期間において得られる利益を放棄し、繰上げ解除に同意したことを意味するだけであり、労働契約の解除事由は依然として、従業員が自己都合による退職を申し出たことに帰すべきであるため、賠償金を支払う必要はないとしている。
「同じ事案に対して判決が異なる」という問題を解消するために、2020年7月31日、「法律適用を統一し、類似する事案の検索を強化することに関する最高人民法院による指導意見(試行)」(以下「『類似事案検索意見』」という)の試行が始まり、法の適用を統一し、公正な司法を促進し、「同じ事案に対して同じ判決が下される」よう、裁判官が裁判を行う際には可能な限り過去の判例・裁判例を参照又は参考にするよう求めている。
最高人民法院は、過去の判例の指導的役割が発揮されるよう、2010年の「最高人民法院による判例指導作業に関する規定」の時点からそれを意識しており、十年間の模索を経て、今般の「類似事案検索意見」の制定は、類似事案検索制度が正式に実施されていく上でのマイルストーンであり、司法実務において重大な影響を及ぼすことになる。
類似事案の検索に関して、本稿では企業が類似事案検索制度を把握し、日常の経営活動で活用していくうえでの一助を担うべく、企業が注意すべき3つのポイントを整理する。
係争中の事案及びその他の事案が類似事案に該当するかどうかについて、「類似事案検索意見」第一条では、主に3つの判断基準を定めている。それぞれ1)基本的事実の相似性、2)争いの焦点の相似性、3)法の適用における相似性、である。もしも裁判所に提出された類似事案と係争中の事案とが上記3つの方面で高い相似性を有する場合、参照可能性が一層高くなることは明らかである。
基本的事実は、民事事案の場合には権利義務の発生、変更、消滅を引き起こす事実であると理解するとよい。冒頭に述べた2つの事例を例にとると、相似する基本的事実は、従業員が自己都合による退職を申し出た後、雇用主は重大な紀律違反を理由に解雇を行ったが、解雇の根拠には瑕疵があったということである。基本的事実が相似することは、2つの事実が類似事案に該当する上での前提条件となる。
争いの焦点は、事案当事者が争っている核心的問題であり、法廷で審理される主な内容でもある。民事訴訟では、多くの場合、裁判官が原告、被告双方の陳述、答弁を聴き取り、争いの焦点を整理した後、双方が争いの焦点をめぐって弁論を行い、裁判文書上も主に争いの焦点について道理を説き明かしていくことになる。従って、もしも2つの事案における争いの焦点が相似性を持たなければ、その裁判文書上で道理を説き明かしていく内容は参照する意味合いを有し難くなってしまう。
法の適用は、裁判所が裁判を行う際の法的根拠であると言うことができる。実際に類似事案の判断を行う際には、法律の改正が法の適用の相似性にもたらす影響に注意する必要がある。例えば、2021年1月1日から施行される「民法典」を例にとると、契約編は従来の「契約法」のほとんどの内容を援用しており、法の適用において相似性を有するかどうかを判断する際には、法令名が異なるという理由だけで、その相似性の存在を否定してはならない。
異なる裁判所ごとに参照可能性も異なり、具体的には、裁判所の階級、地域、時期という3つの側面から検討するとよい。
階級という視点から見た場合、最高人民裁判所による確定した判決は参照可能性が最も高く、とりわけ、最高人民裁判所が公布した指導的判例は、係争中の事案が類似事案に該当する場合、当該指導的判例が新しい法律、行政法規、司法解釈と相矛盾すしたり又は新しい指導的判例に取って代わられる場合を除き、裁判所は、当該類似事案に照らし判断しなければならない。次に、裁判所にとって、参照性が相対的に高い類似事案には、その上級の高級人民裁判所よる確定した判決もあり、、その直近一級上の裁判所及び当裁判所による確定した判決がこれに次ぐ。
地域という視点から見た場合、最高人民裁判所の類似事案を除いては、本地域における裁判所の類似事案の検索を優先すべきであり、本地域に絞って適切な類似事案を検索できなかった場合には、代表的地域又は隣接する地域の裁判所における類似事案を検索するとよい。例えば、上海市第二中級裁判所による「類似事案及び関連事案検索報告制度の構築に関する規定(試行)」(以下「『上海の規定』」という)第六条では、その他代表的な省、市の高級裁判所、中級裁判所による確定した裁判について検索を実施することができる、としている。
時期という視点から見た場合、類似事案が新しければ新しいほど参照可能性は高くなり、「類似事案検索意見」第四条でも、指導的判例以外の類似事案については、3年以内の判例の検索を優先させるのが望ましいとされていおり、また、「上海の規定」では、これら以外にも最高人民裁判所が直近5年間公表した官報に収載されている判例、代表的判例及び確定した裁判を認める傾向にある。
なお、最高人民裁判所の類似事案の参照可能性は通常、その他裁判所の類似事案よりも高いのだが、類似事案の検索を実施する際には、たとえ最高人民裁判所の類似事案を検索できたとしても、その他階級の裁判所の類似事案を引き続き検索しておくのが望ましい。なぜならば、もしも最高人民裁判所の類似事案より相似性が高いその他裁判所の類似事案を検索できたならば、自己の観点の支持を取り付ける上で、さらに大きな役割を果たし得るためである。
まず、類似事案の検索は訴訟活動において発生することが多い。従来は、弁護士が訴訟において自己の観点の支持を取り付けるための有力な材料として、類似事案の判例・裁判例を提供していたが、「類似事案検索意見」では、当事者及びその代理人の当該権利及びその価値を改めて明確にしている。なお、裁判所は、必ずしも全ての事案について類似事案の検索を実施しなければならないというわけではない。
「類似事案検索意見」第二条では、類似事案の検索を実施すべき事案を、1)専門(主審)裁判官会議又は審判委員会に付議する予定であるもの、2)明確な裁判規則が欠如し又は統一的な裁判規則が形成されていないもの、3)裁判所長、裁判長が審判監督管理権限に従い、類似事案の検索を要求したもの、4)その他、類似事案の検索を実施する必要のあるもの、に限定している。従って、上記した4通りの状況を除いては、裁判所は、類似事案の検索を実施しなくてよいということになる。その上で、北京、江蘇等地方の高級裁判所は、類似事案の検索を実施すべき状況を適宜広げている。
最も、裁判所が類似事案の検索を実施しなければならない事案に該当しない場合であっても、企業は自己の観点の支持を取り付けるために、類似事案の検索を実施した上で、類似事案検索報告書を提出することができ、江蘇省高級人民裁判所にいたっては、「当事者……、訴訟代理人……が類似事案の確定した裁判を提供して自己の主張を支持する事案」については、裁判所が類似事案の検索を実施すべき状況として定めている。
次に、類似事案の検索は企業の日常のコンプライアンス管理にも活用される。企業にとっては、訴訟事案がまだ発生していなくとも、類似事案の観点から自らの日常の経営行為を見直すことができれば、ビジネスにおけるリスクを予測し、適法で合理的な決定、選択を行ううえで有益である。
例えば、企業が対象金額のやや大きな契約を締結する前に、同種の取引において発生しやすい争点について類似事案の検索を実施しておけば、当該争点に対する裁判所の傾向的意見があるかどうかを把握し、それをもって契約条項を相応的に調整することができる。また、企業において生じ得る労働紛争においては、基本的事実、争いの焦点等の方面で類似事案を構成する可能性が極めて高く、これらの事例に係る問題について企業の雇用リスクを見直すことも重要な意味を持つ[1]。
「類似事案検索意見」の公表に伴い、企業の日常の経営における類似事案検索の活用は益々重視されるに値する。類似事案の検索の実施は高い専門性を要するものであり、難解な事項の検索は難度も高くなり、企業が類似事案の検索を活用し問題を解決する際に困難に直面した場合は、専門家である弁護士にその対応を依頼するのが望ましい。
(里兆法律事務所が2020年11月26日付で作成)
[1] 2020年7月10日、人的資源及び社会保障部が最高人民裁判所と共同で第一回目労働人事紛争の代表的判例を公表しており、それには2倍賃金の支給、競業制限の解除、雇用主の配置転換命令権等をめぐり、長期にわたり論争されている複数の問題が含まれており、企業が注目するに値する。
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