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日本のニュース報道における個人情報利用の原則

中国ビジネスレポート 法務
董 紅軍

董 紅軍

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2024年5月23日

日本の「個人情報保護法」は「通知の原則」を採用しており、中国の「個人情報保護法」が定める「同意の原則」に比べれば、日本の規定はより寛容なものとなっている。報道機関による個人情報の利用に関しては、日本では個人情報保護法の規定を適用除外できることまでも明確にしている。しかし、日本の個人情報保護制度が日々整備され、日本国民の個人情報保護意識が高まるにつれ、ニュース報道では個人情報をどのように利用すべきかという問題が注目されている。本文では、日本における二つの事例を紹介し、日本のニュース報道における個人情報利用の原則を分析する。

事例一 令和2(ワ)33533号損害賠償請求事件

1. 事案の概要

原告は東京の不動産仲介会社の社長であり、かつて詐欺未遂事件の疑いで逮捕されていた。警察の取り調べを受ける前に、被告(有名なテレビ局)から事件関係者として取材の誘いを受けていた。原告の要求に応じて、被告の番組ディレクターは、原告の顔を番組に映さないこと及び原告の声を加工することを約束する念書を手書きで書いた。原告は番組の放送前に逮捕され、その直後、被告は原告の顔と声を何の処理も施すことなくそのまま幾つかの番組で放送した。原告は裁判所に提訴し、被告が約束違反により自分の肖像権を侵害し、番組で行った経緯を決めつけ且つ罪を決めつけるようなコメントが自分の社会的評価を下げたため、不法行為にあたると主張し、被告に対し、損害賠償金2,200万円とその遅滞損害金の支払いを求めた。

2. 裁判所の見解

裁判所の認識によれば、容姿は高度な個人識別機能を備えており、人は自分の容姿に関わる写真又は映像をみだりに公表されることを拒否する権利を有している。ただし、このような公表が正当な報道行為であると認められる場合において、本人の同意を得ない公表が不法行為となるか否かは、被撮影者の社会的地位、撮影された活動内容、撮影場所、撮影方法、公表方式、公表の必要性等の諸要素を総合的に考慮し、被撮影者が受けた人格的利益の侵害が社会的に許容される度合いを超えるか否かを判断する必要がある。

本事件発生時の社会的背景としては、日本が平成から令和へと改元した時期にあたり、改元を口実に銀行口座のパスワードを騙し取る事件、いわゆる「改元詐欺」が多発していた。より多くの人々が被害に遭うことを防ぐために、当時原告に関わった事件の報道は必要であった。しかし、世間の注目を集め、被害者を増やさないという公益目的のためとはいえ、報道で開示される情報は、原告の陳述、事件が起きた場所、逮捕された原告の氏名に限定されるべきであり、原告の容姿を開示する必要はなかった。

また、番組の放送当時、本事件はまだ裁判が行われていなかったが、被告の番組における関連タイトルやテロップ及び司会者のコメント等は、逮捕された被疑者が犯人であると視聴者に認識させてしまいやすく、さらに、被告の番組における一部の罪を決めつけるようなコメントは、裁判に一定の世論的影響を与え、原告の人格的利益を侵害するものであり、不法行為であると認定すべきである。かかる不法行為による損害の結果は、原告の会社の取引先の減少、取引資格審査の落選、合意された取引の取消等の経済的利益の減少、及び原告の社会的評価の低下により、原告及びその家族は、周囲から偏見、嘲笑等の精神的損害を被った。

以上のことから、裁判所は、被告が約束に違反して原告の容姿を放送し、罪を決めつけるようなコメントを行ったことは、不法行為に当たると判断し、損害結果を踏まえ、被告に対し、損害賠償金500万円とその遅滞損害金の支払いを命じる。

事例二 令和3(ネ)2839号損害賠償等請求控訴事件

1. 事案の概要

被告である静岡新聞は2018年7月5日付の朝刊において、原告が大麻不法所持の疑いで逮捕された記事を掲載し、本件記事は原告の氏名、年齢、職業、国籍及び営利目的で覚せい剤と大麻を所持していたとの被疑事実で逮捕されたことを記載していた。被疑者の住所については、市町村名だけではなく、地番まで開示されている。原告は静岡地方裁判所に提訴し、被告による住所の全面開示は不必要であるばかりか、平穏な私生活を侵害する恐れがあり、プライバシー権を侵害するとして、330万円の損害賠償金とこれに対する遅滞損害金の支払いを求めた。一審判決は、被告がプライバシー権を侵害したと認定し、33万円の損害賠償金とこれに対する遅滞損害金の支払いを命じた。その後、原告と被告の双方は一審判決を不服として東京高等裁判所に控訴した。

2. 裁判所の見解

裁判所は、プライバシー権の侵害を構成するか否かは、本事件を報道しないことによって保護される法益と本事件を報道する理由とを天秤にかけ、前者が後者に優先する場合に不法行為が成立すると考える。具体的には、報道された事件に関わるプライバシー情報の性質と内容、報道当時における一審原告の社会的地位と影響力、本報道の目的と意義、プライバシー情報を開示する必要性及び当該プライバシー情報の公表によって一審原告が被った損害等の要素を考慮する必要がある。

一審被告が原告の犯罪事実を報道した発端は公共の利益のためであった。営利を目的とする薬物の不法所持は、社会一般の関心と批判の対象となるべき重大な犯罪であり、事件の発生時刻、場所、犯罪の手口、被疑者の身元等はいずれも報道の必要があり、これにより、報道内容の真実性、捜査機関による捜査の適法性が確保され、周辺地域における不要な犯人捜し及び風評の流布をある程度防ぐことができる。住所の公表について、裁判所は、報道における被疑者の氏名、年齢、容貌等の個人情報で被疑者を特定するには十分であり、住所を完全に開示する必要はないと考える。損害の結果から見れば、一審原告は、その住所が公表されることによって不審な物を受け取ったり、周囲から差別を受けたりする可能性があると主張したが、実際にそのような状況が発生したことを証明する十分な証拠は提出しなかった。

以上から、第二審裁判所は、一審原告のプライバシー権の保護よりも、本事件を報道する公益上の理由が優先されるべきであり、一審被告は不法行為を構成しないと考える。従って、第二審裁判所は、第一審判決の損害賠償に関する部分を破棄し、一審原告の請求をすべて棄却する。

結論

日本のニュース業界はかねてから「報道の自由」の影響を受けており、個人情報保護の意識は薄い。とりわけ、犯罪に関するニュースを報道する際には、通常「実名報道」の原則を採用しており、これによって読者(視聴者)を引きつけ、犯罪事件について情報を得たいという大衆のニーズを満たし、記事に記載された事実の重要性を伝えることができると考えられている。しかし、個人情報の取扱いがぞんざいになると、当事者の人格権を侵害する紛争を起こしやすくなる。日本の裁判所はかかる「報道侵害」事件を審理する際に、まず、不法行為の有無を判断する基準として、報道が担う公益性が個人情報の自己決定権に優先するかどうかを見比べる。次に、報道によって保護される公共の利益が優先することを判断した上で、報道方式及び個人情報開示の度合が必要範囲を超えていないかどうか、当事者のプライバシー権その他の人格的利益を侵害していないか、又はその他の損害をもたらしていないかどうかも考慮することになる。

中国では、報道機関は個人情報保護法の適用から除外されないものの、民法第999条及び個人情報保護法第13条第1項第5号によれば、公共の利益のためにニュース報道や世論監視行為を行う場合、合理的な範囲内で個人情報を取扱うことができる。これは、報道機関が本人の同意を得ずに個人情報を利用することの適法性の根拠となる。しかし、「合理性」の基準について、現在のところは法的な規定がなく、学術上の意見も統一されていないため、このあたりのすべては、裁判所のさじ加減に委ねられている。この点、日本判例における裁判所の見解を参考にすることができるかもしれない。

(作者:里兆法律事務所 董紅軍、沈思明)

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